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悪の矜持  作者: runa
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エピローグ*少年の独白と終劇

学園の屋上よりお届けします。

***



まるで、小学生が拙く画用紙に塗り広げた青絵の具のようだと思う。

平坦で、のっぺりとした空が視界に広がる。

ある男の終焉から、数えること三日。

青天を待てば、それだけの日数が掛かった。


長い長い退屈と、ほんの僅かな予定不和。

緋色がかった双眸を閉じ、いつものように呟く。



「………は、面倒くせえなァ………」



彼はそれに敢えて、気付かない振りをする。

その口元に刷かれた、歪んでいない笑みの名残。



もう、この世界で見るべきものは見た。

彼にとっては、破滅の道を辿ることにすら本当の意味で関心は無かった。

彼が本当に望んでいた風景は、そもそも存在すらしていなかったのかもしれない。


それはそれで、別に構わない。


ふぅ、と溜息を一つ吐き出して上体を起こす。

人気の無い屋上を見渡し、慣れた様子でフェンスを越えた。

もう二度目になる。

大した感慨もない。


そして躊躇い無く踏み出し、ふわりと浮かび上がった一瞬の解放感。

しかし、それは思いがけず重力に逆らう反動と共に中断した。



「………馬鹿なの?! 」



水を差したのは、ひどく聞き覚えのある声だ。

想像以上に留められた力は強く、そこから一歩たりとも進ませまいという確固たる意志が感じられる。


振り返った先には、やはり少女がいた。


皐月 比奈子。

ただ一人の姉を助けるべく、この世界の理を歪める事を厭わない。

自分の目を、誰よりも真っ直ぐに見据えてきた存在。

生まれて初めて本心から、望んだ。

その少女の双眸に、自分の姿を映すことだけが。

この世界にあって、ようやく退屈を忘れられた。


初めて渡り廊下で見合った瞬間。

彼女が自分へ向ける感情は、欠片の好意も含まないことを知った。

微笑みながら、憎悪に等しい色を向けてきた少女。

その顔には『天正院 暁人が嫌いだ』とありありと書いてある。


それを見て取った瞬間から、少女は自分にとって特別な存在になった。


同じだったからだ。

彼女の憎しみを、誰でもない自分こそが共感していた。



自分は、きっとこの世界にいるどの人間よりも『天正院 暁人』という存在を嫌っている。

誰にも明かしたことの無い、その本心を。

報われぬことを承知で生きてきた。

死を眼前にした今も、変わらぬ愚かさを引き摺ったまま。


シナリオが終焉を迎えた今、心残りもない。


日々向けられるのは殺意にも似た、それであったが。

そこに込められた思いに、いつも救われていた。







フェンス越しに、一方が服を掴み、一方が掴まれたまま彼らは対話する。



「………おい、何でそんな予想外の怪力を持ってる」


普通の女生徒ならば、下手をすれば巻き沿いになりかねない勢いを引き戻したばかりか。

今もこうして、物理的に留め続けている腕の力。

普通に考えて、異常といっても過言でない。



「知り合いのジムで鍛えて貰っているのよ……学園内でさえ、襲いかかる馬鹿がいるから。その対策用に通い始めたの」


これには苦笑するほかない。

初心者レベルの怪力として片付けるにも、説明が付かない部分は多いに残る。

しかしそれよりもまず、撃退用に身に付けた筈のそれによって命を支えられているという現状。

その本末転倒な展開を、当人としては笑うほかない。



「………あなたが死を選ぶ理由は何?」


「はァ、……理由を話せば、その手を外すのかよ?」


「私を納得させるだけの理由を、あなたが有しているのなら」



溜息を隠さない彼を、見据えたままの少女。

暫しの沈黙を挟み、装うことを止めた少年の声が屋上に落ちる。




「生きる意味が、無い。いや、正確には生きている時間の方が面倒だと知っている。生きるための日々を過ごして来たというよりか、死ぬまでの準備を整えて来たと言った方がしっくりくる。それでは、駄目か?」



静謐で、無機質で、感慨に欠けている。

彼が今見上げている空の色の様に、抑揚に掛けた声だった。



……此方の方が、どちらかと言えば素に当たるらしいね。

それにようやく辿り着いた少女は、思う。



ああ、これでは救いようがない。と。



ふわり、と放された手。

その無くなった感触に、彼が再び死へ向けて一歩を踏み出した寸前。



掛けられたのは何でもないような声だった。

彼の背越しにそれはまるで、その状況にそぐわない軽い調子で紡がれる。

けれども。

それを耳にした瞬間に、彼は再び挫かれたことを知る。




『覆された』ことを知ったのだ。




「時間はね、有限なんだよ。だから、それほどまでに死を焦る理由なんて捨ててしまう方をお勧めする」




見下ろした先に、見覚えのある面々。

申し訳ない程度に広げられた、マットの山と即席のネット。

これには眩暈を覚えた。

踏み出した足を戻し、代わりに溜息を吐く。

ここまでされて、飛び降りる気などもう起きる訳もない。



「……やってくれたな。否、そもそも気付かなかった自分がおかしいのか」


「死ぬのなんて馬鹿らしくなってきただろう? 本当の意味での開放ルートなんて現実には存在しないんだよ。恐らくね。だからこそ、人は生きていける」



そう言って、フェンス越しに手を差し出して来た少女に少年は苦笑する。



「救いの無い話だな」


「ふふ。今更それに気付くなんてまだまだ青いね、君は」



彼らが交わす言葉の中に、互いを思いやる響きは皆無である。

相容れない存在は、理屈では測れないところで決まっているものだ。


触れ合った指先が、互いにそれを伝える。


本質的に、彼らが交差する時は今までもこれからも訪れることはない。

彼らは、あまりに似通っているが故に。

無意識よりか深い部分で、拒絶し合うのだ。

それは同族嫌悪に近しいのかもしれない。

互いに対峙し合うことはあれど。

双方が惹かれあうことは、まず望めないであろう関係性。

それはある意味で、特別なのだろうけれど。


それはシナリオとは、また別の話。



そんな少女の声を受け。

再び見上げた空は、霞みが晴れた様に蒼く透明に光っている。


それを見上げ、諦めたように笑った彼はその一歩を踏み出した。




シナリオを失った彼らを待つ明日へ、向けて。


最後まで見届けていただき、ありがとうございました。

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