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悪の矜持  作者: runa
11/12

拾*葉桜の下で終わりと始まりを謳歌します

本編の終章をお届けします。

***



初夏の風が吹き抜けていく屋上に、十二時半を伝える学園の鐘が響いてくる。

お昼休みも中程。

ようやく屋上へと駆けつけて来てから、現在に至るまで。

追々語って行くこととしますが、まずは結論からお伝えしておきたい。


隠れポエマー君こと高堂君。実はその中身は女の子です。


身体が男であることは間違いありませんが、前世は乙女。

自分とは間逆の性別変遷を辿った人物だった次第ですね。


思い返すこと数十分前。

意味深な視線を残し、立ち去った天正院を見届けた後は。

姉をお姉さま方三人組の元へ送り届けて来た自分。

この時点で、既に約束した時刻は過ぎていました。

階段を駆け上がり、躊躇い無く屋上へ続くドアを開け放ったその瞬間。



あの、見覚えのある感触。もとい感覚。



流石に今回は真面目に心配しました。

土下座に等しい謝罪を送りました。

けれども、内心で思ってもいたんですよ。

どうしてこの人はいつも扉を背にして座っているのかと。

癖なの? そういう設定なの?

流石に空気を呼んで、尋ねる事だけは避けましたが。

もし全てが穏やかに過ぎ去る時が来るなら、まずは聞いてみたいものですね。



一瞬、対岸が見えた気がすると。

そう呟きつつ遠い目をした彼の傍で、ランチボックス用の保冷剤を側頭部に当ててサンドイッチをモグモグしていた自分。

切実に、お昼ご飯抜きは死活問題。

まるで高校生(ただし運動部食べ盛り属性)に則した胃袋の容量。

卵サンド一斤分を黙々と頬張る自分へ向けられる絶句。

もう慣れています。

いいのですよ。今の世は、ありのままが許される風潮なのですから。


心の中でそれをひたすらに繰り返し、自らを慰めていた食事中。

そう主張した訳でもないのに、絶句から覚醒した彼が言った言葉が凄く的を得ていたのが笑えない。



「うん………いいんじゃないかな、君はそのままでも」


「そふ、いわれる、と。……それ、はそれ、できづ、つきます」



いや、そんな頑張って食パン部分を頬張りながら返答しなくても良いよと。

生温かい目を向けられた瞬間に、梨ジュースの瓶を投げつけたのはご愛敬。


物事は終わりよければすべて良し。

梨ジュースの瓶も、それは見事にキャッチしてましたからね。

美術科の鬼才とは言え、運動神経も中々のものですね。

思わずこれには拍手を送れば、とても複雑そうな表情をしていました。



ようやく頭痛が収まったらしく、もう大丈夫だと笑った彼に思わず身を退いた自分。

彼のビジュアルに微笑みがプラスされると、本当に駄目なんですね自分。

それを苦笑して見ていた彼が、徐に切り出した言葉。


それが、今回の岐路に繋がって来る訳です。




「君の嫌そうな顔は、圭にそっくりだよね」



どこか懐かしそうにそう呟いて、自分を見詰めたその顔に一瞬だけ見知らぬ誰かが過った気がした。


圭。

その名を呼ぶ人が、まさかこの世界に現れる事などとてもじゃないが想定していなかった。


茨木 圭。嘗ての姉の名。

それを知り、ましては躊躇いもなく呼ぶ人。

それが示す意味は、さして考えるまでもなく浮かびあがって来た。



「貴方は、姉の知り合いですか……?」


「友人だった。まぁ、本人には伝えていないけどね。私個人としては今も親友だと思っているけど……ふふ、まさかこの世界で弟くんに初めてお目見えできるとは思いもしなかったよ? 圭からはいつも聞いてた。あの子、当時から並はずれたブラコンだったから」



優しい目をして、姉を語るその人に自分はもう欠片の悪寒も感じなかった。

がらり、と変わった印象には自分自身でも驚く程だ。



それから『彼女』は語った。

嘗ての名は、天草 千鶴。

姉とは小学校からの付き合いで、もう一人の友人と共に学生生活を過ごしたこと。

そして他でもない、彼女こそが姉に今作のゲームを勧めた当人であり。

前世では寝食を惜しみ、今作の攻略に心血を注いでいた一ゲーマーであったこと。



「『桜の褥~この手を血に染めても君を抱く~』は、当時からほんとに異作として有名だったからね………かなりやり込んだ。君と同じで、私も透子様の解放を目指してたんだよね。でも、正直しんどかった。終わった後の感想はそれに尽きるね。……だから、この世界を認識した時は切実に頭抱えたもの。しかも男になってて、それも合わせて認識したから凄い違和感でね。今だからこそ、笑い話だけど当時は全く笑えなかったよ?」



彼の顔で、笑うその人に何と言って返したものか。

此方も割と切実に悩んでいますよ、という心境は言わずとも伝わっていたものらしい。

気にしないで、と淡麗な顔を綻ばせる。

それは、まさに女神が降誕した様な美しい表情だった。

まあ、男なんですが。

残念ながら、男なんですよね………。

正直なところ、今やお姉さまと呼びたい位なんですけどね。


溜息は尽きなかった。

同時に、疑問も尽きない。

それを言葉にして問いかける前に、まずは遅れて来た理由を話すことになった訳ですが。





その憐憫に満ちた表情に、何ともいえず複雑な心境を抱くことになった自分。

話し終わって向けられた第一声が、優しさを含むあたりが逆に辛かったりする。



「遅い遅いとは思ってたけど、君も相当な苦労人体質らしいね……」


「やめて下さい。言葉にしないで。言霊の力は馬鹿にならないです」


「ふふ、尤もだ。それにしても本当に君たち姉弟はいつだって他人の為に頑張ってしまう性が抜けないね。……圭は前世でどんな死を迎えたのか、弟の君には話さなかっただろう?」



柔らかな微笑みが影を潜め、憂いだけが後に残る。

頷いた自分へ、ぽつぽつと語られたそれに遠く予鈴の響く音が被さっていた。



けれども、そんなことは耳に入らない程に。

自分は込み上げてくる怒りや悔しさで手一杯だった。

姉に死をもたらした原因。

その理不尽さと、吐き気を覚える身勝手さに殺意すら覚えていたからだ。


自分が生きてさえいたら、その男を確実にこの手で殺しに行っただろう。


確信をもってそう言える。

姉の苦しみを思えば、そう思わずにいられない。

きっと痛かった筈だ。

自分よりも遥かに、姉は苦しんだだろう。

それでも。

そんなことは一切触れずに、再会した姉はただ自分を待ってくれていた。

姉は強い人だ。

それが時々、とても哀しい。



嘗ても今も、変わらずに自分は姉に救われ続けている。



改めてそれを自覚した自分は、とうとうその問いを口にする。



「千鶴さんは、どうして姉に前世の事を伝えずにいるのですか……?」


「どうしてだと思う?」



まるでそう問いかけて貰う事を、ずっとずっと待ち望んでいたという様な表情を前に。

その問いがどれほどに残酷なものだったかも、同時に思い至った自分は。

つくづくその愚かさを噛み締めつつ、消え入るような声で伝えた。



「姉が、『男』を憎んでいる事を知っていたからですね」


「君のその、相手の心情を察する感性を大切にして欲しいと思うな。……そう、それも理由の一つだよ。元々男嫌いの気があった圭が、前世での死により一層の嫌悪を募らせているだろうことは仮にも友人であった自分だからね。うん、分かってた。それに初めから圭が『久遠寺 透子』として生まれ変わっているとは流石に思わなかったしね。確信を持ったのは、入学して数ヵ月後。あんまりにもバグだらけだったから、密かに観察していて徐々に確信を得たって感じだったから」


「……でも、今なら自分が間に入って説明できます」


姉は、きっと会いたがっている。

それは他でもない友人である彼女自身、同じ気持ちでいる筈だと表情で分かる。

それでも、首を振る。

その理由を、自分は否定できない。

自分も同じ思いを抱いて、その選択をしたからだ。



「傍にいて、全てを回避できる保証はない。だからこそ、自分は選択した。今の形をね。………もう二度と、友人を見送る側には立ちたくない。それが私の一番の願いだ」



涙こそ、流しはしない。

それでも振り絞られたその声は、まるで涙が沁み込むように優しい響きを持っていて。


姉は、良い友人を持った。

屋上を吹き渡る風に髪を舞い上げられながら、どうか今の表情を隠してくれればと。

ツン、と痛む鼻に気付かない振りをして頷いた。




***




「それでね、実はここからが本題にはなるんだけど………」


「はい。現状については、もうご存じなんですよね?」


そう返せば、何やら暫し呆けた様な表情に出会う。

疑問のまま、首を傾げて見ればようやく正気に戻ったらしい。

どこか寂しげに笑って、言った言葉は。



「いや、何だか以前のノリが恋しくてね……」


「まさかの……М告白ですか?」



半ば退きながら言えば、いやいやと首を振って言う。



「正確にはМじゃ足りないんだよね。………ドМなの」


「悪化してる!? しかもそんな頬染めて言うことじゃありませんから。現在の身体が男だと自覚した上で、それ相応のリアクションに留めて下さい………」


「ふふ、至福。やっぱり可愛い子に指摘されるとテンション上がるわー」



先の発言を撤回したいくらいの残念さ。

思わず半眼になりかけるのを、気力だけで辛うじて抑え込みます。

とにかく今は、深呼吸だ。

このペースに持っていかれたら、後々取り返しのつかないことになると本能が告げているので。



「さてと、ふざけるのはこの辺りまでにしておきましょう。楽しみは、後に取っておくタイプだから。結論から言うと、まだ間に合うよ。だから、今日は悪魔を罠に掛けるための相談をしよう」



そういって微笑んだ彼は、やはり女神だった。

若干仄暗いまでも、限りなく女神だった。

もうこの際、性別云々は抜きにして伝えたい。

『彼女』は紛れもなく、姉の大切な友人で。

それ以外の何者でもないのだから。





時というのは不思議なもので。

意識している時は、全くもってその針は思うようには進んで行かない。

一方、まるで意識せずにいる時は過ぎ去ってしまったことを後から惜しむほどに。

儘ならない。

まるで生き物に近しい、その有様。

今日に至る日々を、後者に例えるならば。

唐突に考えている今現在は、どちらかと言えば前者に当たるだろう。





「それにしても、まさか裏で千鶴が糸を引いていたなんて………本当に昔から策士なんだから」



呆れた様な溜息を零しながらも、姉が泣きそうなところをギリギリで抑えている事くらい周囲に集まった全員が知っていた。



あの屋上での告白から、三日が経つ。

今日で運命の週末を迎えた。

現在私たちが集まっているのは、学園の中庭。

吹きあげる噴水を横目に。

揺れる水面に映るのは、顔面偏差値の最上たる人々。

学年もクラスも異なるだけに、なかなかこの光景を平時で拝むことは叶わないことだろう。


そんな中に混じる異物こと、自分の容姿の残念さが際立つ現在。

今から何をするのかですね?


つまるところ、お迎えです。

ゲームの終了を伝えるべく、集まった面々。

全員が朗らかに会話しつつも、どこか疲れ切った面持ちであるのは今日を迎えるべく駆け回った結果です。


一人では、叶わなかったであろうルートエンド。

それを叶える為の、最後のパーツがとうとう姿を現す時が訪れる。





天正院を従え、木漏れ日の下で微笑む人外めいた美貌。

あまりにも整い過ぎたそれは、見るものに畏怖を与える怜悧さを纏う。

まさに、悪魔と称するに相応しい。

その宵が如き漆黒の色彩に、入り混じる喜悦を遠目に見て取った瞬間に抱いた感情。



それは、けして絶望に非ず。

そう。まさに、ようやく訪れた終わりへの確信。



今はまだ、けして悟られてはいけない。


恐らく全員が、その志を胸に見事なまでの悲壮を被っていた。



全員役者だ、と。

思わず感心に似た何かを抱いている間にも。

距離を縮めて来た彼が、とうとうその口火を切る。




「ごきげんよう、皆さん。そしてお久しぶりです、久遠寺の姫君」


「ええ、お久しぶりです。逢見 朔夜様? 早速ですが、一つ宜しくて?」


「……ええ。お伺いしましょう」



表面上はにこやかに挨拶を述べながらも、まるでその目は狂ったそれだ。

ただの一つも、平穏を望まない目。

まさに悪魔と称するに相応しい、外見だけならば艶やかなその男。

しかしその内面は、人と称せない程に歪み切った異物。

切り取った影絵のように、実態の掴み切れない不快さを纏っている。


対峙する形で姉を立たせることに、躊躇いが無かったと言えば嘘になる。

けれども当人である姉の意思を受けて、最終的には全員が首を縦に振らざるを得なかった。

結局のところ今も昔も、姉の頑固さには敵わないのだ。



「貴方の望む顛末は、もう既に失われたわ。だから、学園にもう貴方の為のシナリオは存在しないことをお伝えしてさよならの挨拶に代えさせて頂きたいの」



その台詞を待っていたのだろう。

シークレットエンドを迎える際、必ず久遠寺 透子が発する台詞だ。


悪魔は獲物を前にして、歓喜に満ちた表情を浮かべる。


しかし、それも今となっては意味を失くしたシナリオだ。

それをまだ悪魔は知らない。

本来ならば、その台詞を引き金にして切り替わる筈の場面であるが。

引き起こされるものは何一つ無い。

起因が存在しない為である。

結果、何一つ変化は起こらずに変わらない平穏が周囲を包んだ。



身を震わせ始めた悪魔は、この時点でようやく気付いたのだろう。

主人公の不在。


シナリオ通りに進めるために、必須となる人物が欠けていることに。



「ヒロインは何処にいる」



もはや装う気も失ったのだろう。

飾り気の無い、淡々と低められた問い掛けに対峙している姉が艶然と微笑んで告げる。



「もう、この学園にはいないわ」



それを聞き、とうとう哄笑を隠さない悪魔は血走った目をして最後の手段に出る。

もはやそこに、優雅さの欠片もない。


ああ、やはりこの男は自らの手を血に染めてまでもシナリオに終始するのだ。



全員が、この流れになる可能性を知らされていた。

だからこそ、打てる手は全て打ってこの場に望んだ。

例え、その結末があまりに型破りなものであったとしても。

生き残るために手段は選んでいられない。

その為に、全員が協力して今回の舞台を作り上げて待っていた。

絶対はないと知りながらも、用意できる対策は全てかき集めて臨んだ終焉の日。

終わらせない、ただその意思を一つに集った。

救いたい、その一心で駆け回った。

奪わせない、その為に今日この日がある。

それを知らずに来訪した悪魔へ、最後に用意しておいた罠。

そうとも知らずに踏み入った後に、待つのはゲームのシナリオでは無いというのに。





逢見 朔夜がその手にナイフを持ち、躍りかかったそのタイミングで後方から飛び出した複数の警備員たち。




予想外の展開に、掴まれた利き腕を捩じり喚きながら狂乱に至った悪魔。

しかしその抵抗は虚しく、成す術もなく拘束された。

そのまま引きずって行かれた先には、現実の法が待つ。

そんな夢も希望もない顛末。


ゲームなら、きっとこんな展開は受容されない。

けれどもここは私たちが生きて生活している世界に他ならないのだ。

それを認識した時、私たちの道はようやく開けた。

従来の枠に縛られず、ありのままのこの世界を受容することでしか迎える事の出来ない救いの道標。


それはかの『シークレットエンド』ですらない。

本当の意味での、私たちが見出したゲームの終焉。

面白みに欠ける上に。

どうしようもなく歪んでいて。

偽りを支えにした、正しさとはかけ離れたもの。

正規ルートを食い荒らし、バグたちが張り巡らせていた蜘蛛の巣に掛かった獲物は悪魔。

初めから歪みが肯定されて成り立っている世界の中で、生きる岐路を模索し続けた結末。

歪みには、歪みを。

結果としてはそう言うことになるのだろう。



そしていつしか、その姿を消していた人物が一人。

終焉を目にした彼は、結局最後まで動くことはなかった。

初めから、終わりに至るまで傍観に徹していた灰色。

最後に浮かべた表情は、凪いでいた。






「本来であれば、現実を歪める程の設定を与えられた逢見に圧倒的な有利性が働いている筈だった。それを、歪める為にはまず物語の枢にあたる『ヒロインの不在』を演出することが何よりも重要なポイント。それによって、悪魔としての設定自体に狂いが生まれるから。本来の力が封じられた状態であれば、もはや『覆す』力は発動不可能。………ここまではシナリオ枠の考え方。それで、今回の勝因はこれに現実の対応策を組み合わせたことにある」


「つまり、警備員のおじさま方を巻き込んだ現実的な大捕り物の画策ですわね」


「美鈴さん……もうちょっと言い方があると思う」


「あら、でも事実はそうでしょう? 偽の怪文書を作成するのは本当にワクワクしましたわ。ふふ、文面を考えるのも楽しかったですし……」


「その微笑みが怖い」



中庭における一連の騒動。

その背景について補足の説明を行っているのは高堂君である。

彼の説明に、両脇を囲む形で着席した美鈴さんが相槌を打ち、もう片側の葵さんが美鈴さんの発言に冷静に突っ込みを入れる形で進められる説明の最中である。

因みに、葵さんの横に着席して事態を静観している花音さん。

極力口を挟まない方向を選んだらしく、じっと耳を傾ける側に徹している。



「ヒロインの転校の顛末は………たぶん自分よりか、オレンジ君に説明して貰った方が分かりやすいと思うな」


「オレンジ君って……僕はそんな愛称を許容した覚えはないんですけどね」



朝摘みオレンジ君こと白河 宵弖君。

非常に不満げな様子を隠さないまでも、周囲の視線を受けてその重い口を開いた。



「自分が働き掛けたのは、当人というよりも両親の方ですけどね。顔見知りの後輩その一、という設定で彼女のいない時間帯を見計らって家を訪ねました。その時にあること無いこと吹き込んで来ただけですよ。半分は事実を混ぜておきました。嘘を付くには、ほどほどの事実を混ぜるのがポイントだと姉が以前に言ってましたから。彼女のご両親はどちらも公務員で、なお且つ父親が警察官でした。その辺りを見込んで、序でに保険医の犯罪性についてもそれとなく吹き込んできましたよ。

そこからの展開は早かったですね。そんな学園に愛娘を置いてはおけないという流れに持って行けたのは最善でした。序でに保険医も排除できましたしね。取り敢えずは、そんなところでいいですか?」



すらすらと口上を述べ、着席した白河君。


「末恐ろしい子……!!」


そんな葵さんの驚愕に震える様子が、やたらと真に迫っているあたりに安心感を覚えているのは自分だけだろうか。

やはり葵さんはこの中でも、かなり良識的な人物に当たる。

そう、たった一人でも良識が存在すればそれはとても幸運なこと。



「姉さんは今も昔も、男運だけは壊滅的だけど……何故か友人には恵まれるね」


「そうかしら? ……でも、言われてみたら確かにそうかもしれないわ。今回の顛末も皆の力があってこそ迎えられた終焉。わたしは、良い仲間に恵まれたわ」



ありがとう、と。

そういって微笑んだ大輪の薔薇の様な美しい人。



その微笑を受け、ようやくその場に集った全員が久方ぶりの安息を得たのだった。










私には、幼少からずっと憧れていた存在がいる。


それは狂った世界の、狂わされた悪役。


正しさの定義は、とても曖昧で。

大勢が望む方へと、簡単に『覆される』。

頷くのは、とても安易で誰にでも出来る事だ。

大勢に迎合することで、世界は簡単に受け入れてくれるだろう。

偽りの平穏に、いつしか疑う事すら億劫になる。

人は、楽をしたい生き物なのだから。

苦しみ続ける事を、苦手とする生き物なのだから。

そうして生まれる歪みを、見てみない振りでも生きて行くことは出来てしまう。

だからこそ、気付けない。

悪ではない、『悪役』が背負うものの重さに。

後悔するまで、本当の意味では気付けない。

彼らは時に、その世界の歪みをその身を持って体現してくれる。

彼らは時に、その血を流してまで世界の矛盾を示してくれる。


それを痛ましいと思い。

それを愛おしいと感じ。

脆弱な自分は、いつしかそれに憧れを重ねていた。


それを支えたいと願った。

その重みを、分かち合う手が増えたその先に。

きっとその苦しみが報われる時が、きっと来る。


世界が多くを望むなら。

少ない方の声が、掻き消されてしまうそんな世界に挑んでみせよう。

きっと元々は善も悪もなかった。

益虫も害虫も、全ては見る側の都合に過ぎない。

正義も悪も、全ては周囲の評価に過ぎない。


選択するのは、自分だ。


諦めない。

その気持ちがなかったなら。

本来の『悪役』を真っ当することなど出来ない。


報われないことを恐れて、もう二度と諦める選択を選びたくない。


けして報われなかったとしても、そうして存在した軌跡。

それが全て、喪われることはない。

それは残される。

それは引き継がれる。

輪廻を経て、ようやく辿り着いた先で。

今なら、実感を以て伝えられる。



それが、私の悪役に掛ける矜持(しんじるこころ)

それが、僕の悪役に掛ける矜持(しんらいのあかし)


最後に締めくくる一言は、物語の始まりから決まっている。



『さよなら。でも、きっとまた会いにくるよ』



悪役には愛嬌も必要だからね。


丁寧さよりも、粗削りな部分の残る作品となりました。

それでも歪みを前面に押し出した世界の中を、頭を抱えつつ引っ張ってくれた主人公には頭が上がりません...<(_ _)>


また、終わりまでを共に歩んで頂いた読者の方々へ。

この場を借りて感謝の気持ちをお伝えします。


ありがとうございました。


蛇足的な、一話を最後に今作を締めくくりたいと思います。

宜しければご観覧ください<(_ _)>

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