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悪の矜持  作者: runa
10/12

玖*基本的に平和主義です。ただし、状況によってはその限りではありません。

本日、連続投稿にて今作の終わりをお届けしたくお知らせします_(._.)_

***




放課後の生徒会室に、二つの人影。

夕暮れの光に照らされた彼らは、影絵の如く沈黙していた。

他の役員が返った後。

それを見計らっていた一方の人物の内心はと言えば。

本心は、幼馴染をこの先のシナリオへ進ませたくない。

ただそれだけを胸に、交差することの無い視線の先を見詰めた。



「暁人、君のそういう一途なまでの頑固さは本当に変わらないね」


「……ああそうかよ。俺はお前のそういう生温かい目が昔から嫌いでなァ。………さっさと本題に入れ。生憎俺もそんなに暇じゃない」



慣れないノラ猫のようだねぇ、と嘆息しながら。

双眸を普段のそれから、やや硬質なものへと変化させた副会長こと三宮 隼。

それを見て取り、ようやく皮肉気な笑みを素面へ戻した会長 天正院 暁人。

彼らは、幼少からの顔なじみであり。

数少ない理解者と呼べる間柄と言えよう。

しかし、それも学園への入学を機に一変した。



「『彼』と共に、終幕を望む気持ちは変わらないんだね……?」


「それについて、お前にわざわざ申告する義務が俺にあるのか? 一度冷静になって考える必要があるのはお前らの方じゃねえのか。『反シナリオ側』とは上手く言ったもんだなァ?」



これに対し、苦笑に留めた彼ではあったがその目は些かも笑っておらず。

今やその硬質な輝きは、誰の目にも明らかな冴え冴えとした色を灯している。



「もしかしたら…と、期待し続けていた自分の愚かさが今となっては虚しいだけだ。暁人、君の選択だ。僕はもう何も言わない。……ただし、今後について最後に忠告しておくよ。今日の午後の様な騒ぎを起こすことがあれば一切容赦はしないから、そのつもりでね」



天使とさえ称されるその顔に憂いを残したまま、決別を言い渡す。

その声にもはや迷いはない。

そう言い置くや、生徒会室を後にする彼の背に掛かる声は無く。



沈黙だけが残されたその部屋に、唯一残ったその影は。

やがて頭を巡らせ、血のように染まった夕空を見上げたようである。




ひっそりと、落とされたその声は。

おそらく誰に立向けられたものでもないのだろう。





「………は、面倒くせえなァ………」




彼自身、それを意図して呟いたかもわからぬような呟きであった。

しかし、それは結果として翌日もまた同じ口から吐き出されることとなる。



それは昼休みの最中に打ち鳴らされることとなる、再演の合図。


彼女を見据え、対峙した瞬間。

彼はこれ以上無いほど、凶悪に微笑んでみせた。







時を遡ること、早朝。

瞬きを繰り返しています。

爽やかな朝とは縁遠い、そんな私の三日目がやって参りました。



さあ、整理しましょう。

どれほどに億劫でも、今やらなければ何時やるの精神を働かせてみせますとも。

一度底辺まで落ち切れば、後は上がるだけですから。

用意は整った。いざ行かん!!

二日目のおさらい!!

そのいちー。透子様が、実は姉だった件。自分と同じく前世を引き摺った模様。

そのにー。反シナリオ勢力が存在していた件。親近感しか感じません。

そのさんー。悪魔が今週末に学園に襲来する件。考え得る限りの最悪にして災厄。

そのよんー。自分はこの悪魔に正面から戦いを挑む事を宣誓した件。

………これに関しては、今はノーコメントでお願いしたく再度お伝えしておきます。

今、止めを入れられたら学園生活が終わります。

もっと具体的に言えば、登校さえ儘ならなくなる自信がありますので。

同情はいりませんので。

今はただ、沈黙と優しさを下さい。

それだけを切に願うチキンがここに一人。

私です。


………ええ。こんな壊れた様なテンションで臨まなければ、時に光明は見いだせないのです。


例え死んだ魚の眼をしているとしても、思考を働かせられているだけマシと言えるでしょう。

うん、前向き前向き。

笑う門には福来る。

さあ、笑おう。

朝から笑って見せますとも。


あはははははああああぁぁぁ………



ああ、おかしい。

どうしてかな、笑い声が維持できない現実。

途中から溜息に切り替わるあたりに、僅かな淀みも見られないのはどうしてなのかな。

凄くスムーズ。

大切なので繰り返し。

大変スムーズに移行。



はい。そろそろ現実を見ます。

皆様の労わる様な視線が、全身を刻んでいますので。

洒落にならない痛さです。



正直、甘く見ていた。

と言うよりか、油断していたといっても間違いではない。


記憶の奥底から、時々どうしようもなく違和感を感じることは今までにもあったのに。

それを全て、見ない振りをしたままで。

気付かない振りを、し続けて。

そうして迎えることになる現実を、分かっていた筈だった。





諦めること。

仕方がない、と割り切ること。

自分は今も嘗てもまるで変わらない。

平気な振りで、時が過ぎるのをただ眺め続けた。

病魔が、命を狩り取るその瞬間。

その時に覚えた絶望感にさえ、抗う気力を持てないほどに。



酷く空っぽで、虚しい人間だった。



それを認識した時でさえも。

ああ、どうしようもないな。

ただ、それだけで終わらせようとした。終わる、筈だった。


けれど。

姉が、泣いてくれた。

それはお世辞にも綺麗な顔とは言い難い、涙とその他でぐちゃぐちゃになった顔。

それでも、とても綺麗で優しくて、愛しかった。

きっとそれを、自分が自分であり続ける限りは忘れることはない。

家族が囲み、自分に生きて欲しいと望んでくれた。

脆弱で、何も無い。

そんなどうしようもない自分にさえ、向けられる手を思った時。

ようやく、それに気付いた時。



過ったのは、彼女の叫びだった。



ああ、自分はなんて贅沢でどうしようもなく幸福だったのだろう。

生きて欲しいと叫び、泣いてくれる家族がいる。

それだけで、ただ救われた。


けれども、彼女にはそれすら無かったのだ。


たかがキャラクター?

違う。少なくとも僕にとって、『彼女』は幸福を望む一人だったから。



幸せになって。

どうか、笑って。

姉の泣き顔を最期に、閉じた前世の記憶。




今、再び姉に巡り合った私は震え続ける心を叱咤して、垂れていた頭を上げる。


もう、諦めるのは止めた。

そうそう変わらない本質を認識もしている。

それでも諦めたくないと思うなら、脆弱な自分のままで足掻くしかない。


状況は最悪でも、共に足掻いてくれる人たちがいる。

姉が生きたいと望み、得た絆の形だ。

そう簡単に崩されてなるものか。



今だからこそ、自分に出来る事を今一度考えてみるべきだ。

本作では名前すら、まして存在すら上がってこなかった自分だからこそ。

出来る事が、きっとある。



鬱々を振り払い、起き上がった三日目。

天気は快晴。蒼い空に、鳥たちの囀り。早くも初夏の風が吹く登校風景。

寧ろこれに不安さを覚える自分は、やはり毒されつつあるのだろう。

それはさて置き。

打って変わって、平穏な朝を謳歌しつつ教室へと足を運んだ自分の視界。

うろうろと動物園の檻の熊もどきが彷徨っている様子を捉えています。



「……めんどくさい」

あ、心の声がダダ漏れに。

なんでだろう。彼の前だと割と本音がオープンになるのが不思議で仕方無い。



「あ、君。ちょっと話を……」


「煩い。ちょっと今考えてるから、もう少し黙ってて」


「……この扱い。やっぱり昨日俺が会ったのは君に間違いないね……」



朝から、遭遇しましたポエマー君。

酷くダメージを受けている様子を見ながらも、どうしてこの人は再び自分に会いに来たものか……?

その思惑を、計りかねる現状。

ここはもう、率直に聞いた方が早いだろう。

ええ、けして面倒だからなんて思ってはいませんよ。

無害判定を受けた彼だから、多少はマイルドに接していこうと思う心の表れです。



「それで、今日は何ですか変態さん?」


「俺は変態では無くて、断じて変態では無くて……」


「ああもう、ウジウジしないでください。終いには蛆がわきますよ。高堂 枢君」


「俺の名前を知って……? ならどうして変態呼びに固執するんだ」


「ごめんなさい。単純に私、貴方の見た目と声とその他が生理的に駄目なんです」


「……全部?! あと、その他って具体的に含まれるのは何?!」



あらら、全く話が先に進みませんねこれでは。

どうしてこの人と会話をするとどんどん脱線していってしまうのでしょうか。



「高堂君? そろそろ本題に入って下さい。十秒以内に纏めないと、悲鳴を……」


「君に相談がある。昼休み、時間をくれないか?」


「嫌です」


「即決過ぎる!!」



何が哀しくて、貴重なお昼休みをポエマー君の相談などに割かねばならないのか。

端から端まで、疑問過ぎる。

と言うよりか、相談て。

一体君のなかで、自分はどんな立ち位置になっているというのだろう。

不快を通り越して、寧ろ興味が出て来た。



「と言うのは冗談にしても………内容次第です。今ここで要約して下さい」


「それは難しい。他に聞かれたくない」


「なら、今回の話は無かったことに……」


「『今週末』………これで、通じるか?」



不意打ちだ。

思いがけない言葉と、一瞬だけ見せた切羽詰まった表情。

これを見て、頷かないなどという選択肢があったら教えて貰いたい。




去って行くその背を見送り、時間と場所の掛かれたメモを手に暫し立ち竦む。


一体、この先に自分を待つものは何なのか。

握り締めた紙の感触だけが、今聞いた言葉が現実だったことをまざまざと伝えていた。




正直に言おう。

殆ど授業に身が入らずに、辛うじて午前中の時間割を消費した三日目。

学生の本分を、甚だ真っ当出来ていない現状を全くもって笑えない。

これは帰宅した後に、本腰を入れて復習に取り組むしかないと机に沈没している自分。


でもね、考えてもみて欲しい。

人の生死が掛かっている現状で、どうして目の前の計算式に集中できるだろう。

うん、そうだ。これは人として正しい。

何やかんや理由を付けて、心を平穏に誘導していく最中。

それとは知らず、上から掛かる声に顔を沈めたままで返答する。



「どーしたのぉ? 大丈夫、比奈子ちゃん?」


「大丈夫ですよ。縹さん」


「えー? せめてちゃん付けでお願いしたいなぁ」


そうか。そこはやはり君付けは選択外なのですね。


「じゃあ、尚ちゃん。……私に何か用ですか?」


彼の名前は縹 尚人。この際面倒なので、一気に短縮呼びに変更します。


「わーい。一気に昇格だね? ちなみに用が無かったら話掛けちゃ駄目?」


「………普通は用も無く、声を掛けることはないと思いますけど」


「クールだねぇ。うん、流石は未来の義妹。僕は幸せ者だねー」



今、何か途轍もなく違和感を覚える語句が聞こえた気がする。

ああ、やっぱり疲れているんだな自分。

やはり休息は適度に挟まないと、矮小なスペックでは持ちませんねこれは。



「おーい、現実逃避しないでぇ。そうそう、比奈子ちゃんだと少し長いから今度からは比奈ちゃん、って呼んでも良いかなぁ?」


「……大して変わらない?! というよりも、何時まで続けるつもりですか。義妹ごっこ。程度が過ぎると笑いはとれませんよ?」


「うわぁ、哀れみの目。なんて言うか……やっぱり姉妹だねぇ。いや、姉弟と言うべき?」



どうやら聞き間違いではなかったらしい。

認識した以上、疲れ切った体に鞭打って起き上がる。

ああ、私の安息日は何処にあるのか………



「本作のシナリオ中に、そんなルートは存在しなかったと思いますが?」


「ふふ、そうだね。でも現在進行形で、バグが蔓延るこの世界では今更元のルート云々は全く意味を成さないとは思わない?」



艶やかな口元に、げんなりする。

どうやら先の発言は事実らしい。

加えて。相変わらずのその女子力、自分からしたら凶器に等しいですから。



「これが義兄(あに)とか………色々詰んでる」


「ここですかさず訂正!! 義姉(あね)でしょう?」



もう嫌だ。

色々疲れるね、未来の義姉との会話なんてもっと先の話だと思っていたよ。

そもそも男嫌いを常日頃から公言していた姉が、よくまあ婚約など頷いたものだ。



「ふふ、そこは事後承諾の形を取らせて貰いましたー」


「最悪だ。出来るなら、今後一切近寄らないで貰えますか自称義兄さん」


「だから、義姉だってば。……本当、そういう害虫を見る目は透子にそっくり。親近感を覚えるなぁ。こんなに可愛い義妹を持てて幸せ」


「語感で良い感じに纏めようとしても、無駄ですから。色々手遅れです」



自分に出来得る限り、最底辺の声でもって敬遠したというのにね。

当の本人は、ただ艶やかに微笑んでいるのだから。

何処の世界でも共通ですね、うん。

変態の精神力というものは、尋常ではない。

これ、不変律らしいね。

まだスリッパで粛清できる分、害虫の方が可愛げがあると個人的には評価します。



「ところで、比奈ちゃん。お昼休みは空いてる?」


「いいえ。珍しく予定が入ってます」


さっくりと返答すれば、瞠目された。

その反応は、乙女的心情を著しく傷つけるものですよ義姉さん?


「残念……この機会に親睦を深めようと思ってたのになぁ……。はっ! もしや未来の義妹に男の影が? 義姉さんは許さないよ?!」


「外堀を埋めるつもりが丸見えですよ。………それと、どさくさに紛れて抱きつかないで下さい。暑苦しいです」


「………姉妹そろって毒舌とか。ふふ、やっぱり幸せ」



救いようがないかもしれない……。

これに目を付けられてしまった姉に、心から同情するとともに。

相変わらずの男運の無さに絶句する。

頑張れ、姉さん。今はただそれしか言えないよ。




時計の針が、正午を少し回る頃。

待ち合わせ場所へ向かう私は、その途中で看過できない光景を目にすることになる。


本日のお昼はシンプルに卵サンドと、梨ジュース。

ランチボックスに入れて屋上へと向かう途中でした。

隠れポエマーこと高堂君の相談内容に考えを巡らせつつ、とんとんと階段を上って行く私の視界の端に、見覚えのある二人の人物の背中が過った瞬間。


何を考えるまでもなく、その足を止めていました。


待ち合わせの時間が迫っていたのは分かっていましたが、とてもそのまま屋上へと上がる状況にはないと判断したのも無理はありません。

状況が状況でした。

二人が入って行った特別教室の扉の脇へ、足音を忍ばせて身を潜ませる。

押し当てた耳へ届くのは。

怒りを内包する様な静かな姉の声と、凶悪さを隠す気もないであろうもう一方の声。


久遠寺 透子と天正院 暁人。

けして相容れる事の無い二人が、対峙しているその空気はまるで凍りついたように冷たく。

同時に互いを炎で炙る様な、嫌悪に満ちている。




「入学前にお伝えしたと思ったのですけれど……お忘れになっている様子ですから、仕方なく今回はお呼び出し申し上げました」


「相変わらず気色の悪い女だなァ、久遠寺? その張りつけた様な笑みは止めろ」



これほどに怒りを堪えている姉の声を耳にしたのは、前世も含めて覚えが無い。

向けられた当人では無いというのに、知らず鳥肌が立ったほどだ。



「ではお言葉に甘えて、素で対応いたしますわ。…その記憶力の貧相さに掛けては、あなたに勝る愚者は存在しない。改めて忠告して差し上げる。あの子に近づかないで。私に嫌悪を向けるのは自由だけれど、昨日のような愚行を再び犯す気でいるのなら私は貴方をこのままにはしておかない」


「は、……つくづく面倒くせえなァ。お前に俺をどうこうする力があるとでも? 死に駒が。言葉は選んだほうが良いんじゃねぇのかァ……?」



耳にしただけで、切り裂かれそうな殺気を孕んだ声。

それを恐ろしいと思った。

けれど、姉が守ろうとしているのが誰かも分からないほどに鈍くはない。


それよりも、決定的であったのは。

その後に続いた声を、耳にした瞬間。

その侮蔑を含んだ言葉に弾かれる様にして、躊躇い無く扉を開け放つ。



目を見開いた姉の、声にならないその呟き。

『どうして、ここに』

それを視界に捉えた時には、思い切り振りかぶっていた手の平。

完璧に捉えました。

自分でも惚れ惚れする位の、見事な軌道です。


渾身の力を加えた為、それなりに転がっていった当人。

それを見届け、教室の真ん中で姉を背に立つ。



「安易な暴力は、常日頃から自重している方ですが………今回は例外中の例外です」



低めた声で、見据える先。

やはり嗤う口元へ、どうしてこの仄暗い気持ちを抑えておけるだろう。

世の中には、不倶戴天という言葉が存在するらしい。

それを踏まえた上で、自分は確信を持って宣言できる。

天正院 暁人。

彼こそが、自分にとってのそれに当たると。

(とも)には(てん)(いただ)かず』

自分がこの世界に生きている限り、彼と分かり合う時はけして訪れることはないことを。




「視界に入れる事さえ、不快だよ。……分かったら、校内中に響き渡る悲鳴を聞く前に消えてくれないかな。……今の自分に出来る最大限の配慮と同時にこれは最後の忠告だ」



二対一。

その利を生かし、伝えるそれは。

端的に、脅しだ。

男と女、その力の差を思い知らされた自分が同じ愚を犯すわけがない。


出来るものなら、二人分の口を封じてみろと。


その意図が伝わらない相手では無かった。




「………お前は、毎回ながら俺の期待を裏切らねえなァ………」



ふ、と悪魔の如き端正な面を歪ませて睦言の様な囁きを紡ぐ。

触れられてはいないのに、まるでその熱情を耳元で囁かれた様な錯覚を覚えて身震いを抑えられない。

その目は、言葉にするよりも雄弁に語るのだ。


『必ず、お前を堕としてやる』


どうしてこれほどに執着されるに至ったかは、指先ほどの興味もないが。

ただ一つ、伝えられることがあるとすれば。



あなたの望みは、今生で叶うことはない。と。

ただ、それに尽きるだろう。


今まで読んで頂いた皆さまへ、感謝を込めて。

最後まで見届けていただければ、幸いです<(_ _)>


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