しめしめ…!
劉温「ハーイ、劉温ヨー」
劉温「やっとマトモな話が始まるアル」
劉温「戦国時代は野心が渦巻く真っ黒な時代ネ。ある意味それを象徴した逸話が今回の逸話アル。ではご覧あれヨ」
野心家、というのはいつの時代にもタフなものである。土地を治める者が天下統一を狙うように、主に仕えるべき部下達も、その腹の中に黒い何かを抱えて生きている者がいた。
場所は変わり中国の西の下、益州。劉備がまだ台頭して間もない頃、そこには劉璋がその地を治めていた。彼は戦乱を恐れ引きこもっていた。
「戦争ダメ、絶対。勝てる気しないもん」
当時英雄が乱舞していた時代である。彼も言い分も真っ当なものである。しかし、そんな彼も戦争止む無しと考えさせる人物がいた。
その名を張魯。彼は漢中にて一大宗教を設立し、劉璋に従わず独立宣言していた。漢中は益州の丁度北東に隣接しており、本来なら劉璋が治めている土地である。しかし…。
「宗教頑張っちゃうよ!張角とやらも色々出来たらしいからね!」
そんな彼が立ち上げた宗教の名を五斗米道。その名の由来は名から推測できるように信者から五斗、現在でいう500合、さらに言うと90リットルの米を寄進させたことによるものである。
はてさて、教祖である張魯は漢中を漢寧郡と改めた。
「ここからそこまで俺の陣地なー。どうせお前ニートだろー。攻めてこないだろー?」
これがいけなかった…。劉璋はこれに激怒し、張魯は遂に劉璋の逆鱗に触れてしまった。
「久々にキレちまったよ…。いいだろう、自宅警備隊N.E.E.Tの実力を見せつけてやるわ!」
こうして戦の準備が始められていた。そんな時、劉璋に進言した人物がいた。張松という人物だった。彼はある妙案を提案した。
「曹操と連携を取り付けましょう。挟み撃ちにすれば、確実に勝てる事でしょう。使者には私をお立てください」
この案は確かに使える。劉璋にも乗り気になり、張松に曹操の地に赴くことを命じた。しかし、張松の思惑は別にあった。それは『この地を曹操に献上してしまおう!そうすれば出世できる!』という思惑からこの案を提案した。
さすが外道。面従腹背を地で行くこいつは多分三国時代では普通だった。
場所は変わり、曹操の懐。張松は益州の地図を携え、曹操と話をしにきていた。しかし…。
「へぇ、いいじゃん。やっちゃえば?」
とこんな風にドヤ顔で返してきた。ウザい。ウザい事この上ない。こんな対応を受けて張松はあっさり切り捨てる。
(こいつはダメだ。驕りがヤバい。そういえば劉備とやらが近くに居たな?)
こうして張松は劉備にこの話をし、益州に劉備を招きいれた。そして…。
「劉備殿、さっさとこの国を乗っ取っちゃってください。もううんざりなんです」
「しかし…。遠いとはいえ親戚だし…」
この時、軍師であった諸葛孔明、ホウ統、法正も『この際やっちゃいましょう』ということだった。
それでも劉備は…。
「確かに当分と敵の曹操だが、目先の利益を求めて行動を起こせば曹操と同じになってしまう」
こうして劉備は乗っ取ることに難色を示した。こんな歯がゆい状況に張松は『さっさと乗っ取れ』と脅迫じみた手紙を出した。しかし事態はそう簡単にうまくはいかない。劉璋にこの手紙がバレたのだ。よせばよかったのに…。
「裏切ったな…、俺の気持ちを裏切ったな!」
こうして、なぜか劉璋と劉備の戦と相成った。そして劉備は益州、後の蜀を奪取した。漢中の争奪戦は、劉備が基盤を整えた後に行われることになった。
野心とは恐ろしい物である。状況が悪ければ明後日の方向に向かったり、首が離れたりする。野心と手紙は用法用量を守って計画的に。




