第三章 「ダメだよ」
暑い夏が過ぎ、真っ赤な紅葉の秋が過ぎ、冷たく白い雪が降る冬が過ぎ。
そして、やっと約束の春が来た。
まだ、肌寒い中、少女のように見え、どこか少年のように見える桜の精、千代は、薄暗い空を見上げていた。
約束の春。彼は、来るだろうか?
我は、いつからあやつのことばかり考えているのだろう?
ああ、不思議だ。この気持ちは、いつまでもわからぬままだろうな。
あやつは、来ぬよ。
もう、忘れてしまっている。
ああ、寂しいよ。寂しいよ、俊…
日が昇り、暖かくもなり、昼時の時刻。
彼は、やってきた。
「やぁ、千代。元気にしていたかい?」
そこには、あの時と変わらない屈託のない笑顔の俊がいた。
「覚えていたのか、人の子よ」
「約束だったろう?それと、僕の事名前で呼んでくれるんじゃなかったのかい?」
ああ、そうだった。
覚えていたよ。でも、覚えていないのかと思ったのだ。
「…俊」
「うん、なんだい千代?」
俊の近くに舞い降りると俊は、以外にも大きかった。
見上げてみなければならないほどに。
こうして、並んだのは、初めてだ。
「俊、お前の願いを叶えてやろう。何を願う?」
「もちろん、千代。君と一緒にいたい」
「我と?」
「そうさ。僕は、君が好きだ。大好きだ。誰よりも君を愛しているよ、千代」
それは、愛の告白。
ああ、そうか。これは、恋か。
俊の頬は、少し赤みをおびていた。
「我の事が好き?」
「うん。そうだよ」
「我とお前の過ごす時間は、全くと違う。そういっただろう?」
「それでも、気にしないよ。僕は、千代がそばにいれば世界なんてどうなってもいいよ」
「世界を敵に回すというのか?」
「そうさ。僕は、人で、千代は、桜の妖精。みんな、僕たちの事を祝福してくれないだろう」
「我は、俊と共にいるだなんて答えていない」
「なら、答えておくれ、千代。君は、僕の事をどう思っているんだい?」
「…世界というのは少々言い過ぎではないのか?」
「それくらい、千代の事が好きなんだよ」
誰からも祝福されなくても、か。
何故、こやつは、俊は、ここまで言えるのだろうか?
「のう、俊よ」
「なんだい、千代」
「我は、人ではない」
「うん」
「我は、俊に対して抱くこの気持ちが恋なのかどうかもわからない」
俊は、黙って我の言葉を聞いてくれる。
気づいている。これが恋だなんてとっくに気づいている。
けれど、認めたくないのだ。
「我はともかく、俊は、人だ。人は、人と共にいるべきだと思う。俊よ、我の事など忘れてしまうのだ。そして、人の、それも、俊と同じ時間を歩む人の娘が俊にとって一番だ。」
「じゃあ、聞くけど千代は、それでいいと思っているの?」
「ああ、そうじゃ。我は、その方が俊の為だと思うのじゃ」
「千代、僕は、千代の本当の言葉が聴きたい。千代は、本当は、どう思っているの?」
「我は……」
きゅっと、口を引き結び、答えることをためらう。
そっと、優しくて暖かい手が頬に触れる手は、俊の大きな手。
「どうしてもだめ?」
「我は…我は…」
「無理に答えなくていいよ、千代」