第二章 「賭け」
あれから、毎日人の子は訪れた。
雨の日も風の日も。
とうに、花弁は散り、すでに緑に変わっていた。
我もそろそろ消えかかるころ、少年は、今日もやってきた。
「やあ。千代、おはよう」
「また来たか。人の子よ」
いつもの挨拶。けれど、少年は、なぜか苦笑に変わる。
「…日に日に薄くなっていくね」
「そりゃそうじゃ。我は、桜が咲いている時にしか、姿を現すことができるが散ってしまえば、行く行くは、消えていく」
「そうか。また、会えるかい?」
「会えるだろう。次の花が咲くときに」
そう答えると、少年は、良かったと安堵の息をつく。
我は、もうこやつに会う気は、なかった。
けれど、なぜかほんの少しでもいいから少年とこうして話がしたかった。
「今日は、何用じゃ」
「千代に会いに」
「いつもそれだけじゃ。おまえは、暇なのか」
飽きれてしまう。けれど、どこかで嬉しいと思っている。
「暇じゃないよ。いつもいつも千代と離れたくなくて早く会いたい会いたいって思っているんだから。千代は、僕の事を思ってくれないのかい?」
「人の子よ。おまえと我とは、生き方が違う。時間の進み方も。我にかまうな。それはお前の為になる」
何故、こんなにも苦しいのだろう?
初めてじゃ、こんな気持ちは。
「できないよ。僕は、どんなことがあっても千代から離れる気はないよ」
真剣な眼差し。
どうしてじゃろう?
この気持ちは、嬉しいけれど泣きたくなるのは。
ああ、嫌じゃ嫌じゃ。
こんな思いは、捨てなくては。
「聞かぬこじゃの。まあ、いいさ。どうせ、お前は、忘れるじゃろう」
「忘れないよ」
「いいや、忘れるさ。お前は、しょせん人の子。時が経てば忘れる」
「忘れないよ。どんなことがあっても。君を、千代を忘れたりなんかしない」
どうしてこうも一途なのじゃろう?
我は、一つの賭けをしてみることにした。
「のう、人の子よ」
「ねぇ、千代。いい加減僕の名前を呼んでくれないのかい?」
「呼ぶまいよ。貴様は、人の子なのだから」
「そう…」
少年は、がくりと肩を落とす。
「人の子よ、我と賭けをせぬか?」
「賭け?」
「そうじゃ。もし、次の春に我の事を覚えていたとき、我が出来うる限りの願いを叶えてやろう」
「覚えていなかった時は?」
「貴様を殺す。貴様を探し出し、その首を斬り落としてやろう」
「いいよ、殺しても。千代に殺されるなら本望だ」
何故笑う?
死ぬのだぞ。恐れたりは、しないのか。
「僕は、絶対に、千代を忘れたりしないよ。次に会うときは、僕の事を名前で呼んでね」
「良いじゃろう。では、また次の春に」
「ああ、またね。お休み、千代」
別れを告げた後、千代の姿は、すーっと消えていく。
俊は、千代がいた場所をじっと日が暮れるまで見つめていたのだった。