序章
薄紅の花弁散り逝く中で、大きな枝の上には、だらしなく、単衣は、薄桃色、袴は、濃緋の桜の精。
見た目は、少年のように見え、けれど、何処か少女のように見える。
桜精に名など無い。
永遠に生き、永遠にこのように、薄紅の花弁を散り咲き乱れて生きて逝く。
ただそれだけの存在。
そんな桜精には、『恋愛』というものは永遠ではないと思っていた。
それは、退屈で、残酷で、永遠でないものだと。
「今年も、また、退屈に過ぎ行くのじゃな」
桜精のつぶやきなど誰も聞こえはしない。
そんないくつもの月日がたち、また、咲き乱れる頃。
一人の旅人が現れた。
「君は、そこで何をしているんだい?」
見たこともない、異国の服を身にまとう少年。
桜精にとっては少年。けれど、その少年は、成人した青年だ。
「我に何用か、人の子よ」
答えると人の子は、明るく屈託のない笑顔で言った。
「僕は、旅をしているんだ」
「我の問いに答えてないぞ、人の子よ」
「そうだね。君があまりにも美しかったから、声をかけてみたくなったんだ」
「……」
変わった人の子だ。第一印象は、そうだった。
「用がないなら消え失せるがよい」
「また、明日も来てもいいかい?」
「二度と来るな」
「わかった。来るよ」
来るなと言ったのに、何故、逆のことを言うのじゃ?
少年は、去ろうとしていた。
背を向けて。
じっと、見つめていると、少年はくるりと振り返り、大きな声で言った。
「僕の名前は、俊っていうんだ!覚えていてね!」
そういって、駆け足で去って行ったのだった。