第六話 神を狩る男
ちょっと血とか出てきます。苦手な人はやめといて下さい。すみません。
「じゃあね、ばいばい。」
そう言って自分へとナイフは下ろされる。
正直言って、何が起こっているのか煉には、理解できなかった。確かにこの男は、自分の願いをあのときは聞き入れてくれた。だが、その男に今度は殺されそうになっている。理解不能だ。
しゅっ・・・。
ナイフが風を切る音がはっきりと聞こえる。ひどくゆっくりと、その凶器が大きくなってゆく。そして徐々に視界に入るモノがそれだけになり・・・。
ぐさり。がり・・・っ。
ナイフが肉に深々と突き刺さる湿った音と、骨に金属が突き立てられ削れる音が聞こえた。
にもかかわらず、煉の身体には何の痛みもない。
「ぐ、あ・・・ッ!!」
雫が声を上げていた。雫の手のひらには柄まで刺さったナイフがあった。痛みをこらえ、彼女はナイフを押し返すように力を込めている。
思考が、停止した。
雫が自分を庇ったのだと、すぐには判らなかった。
「やっぱり、そうすると思ったよ。ずっと見てきたかいがあったなぁ。雫の行動パターン、すっかり読めるようになったよ。」
にこにこしながら双葉は言った。ぞっとする笑みだった。返り血が顔についているせいで余計にすごみを増している。
ずしゅ・・・っ。
双葉がナイフを乱暴に引き抜いた。
「―――ッ!!!」
雫が言葉にならない悲鳴をあげる。
「今のナイフには、心を殺すクスリが塗ってあったんだ。これを食らうと、徐々に何も考えられなくなって、何に対しても感情を持たなくなる。いや、“持てなくなる”の方が正しいかな?雫、お前も直に上からの命令に従わなくてはならなくなる。・・・俺のようにな。せめて、お前が大切に思っていた煉と、優斗とか言う奴は助けてやるよ。」
言い返したのは、雫ではなく、煉だった。
「ふざけんなッ。何が助けてやる、だ。俺はそんなので助かっても、嬉しくない。今すぐそのクスリとか言うのを無効にしろ。」
しゃがみ込んでいる雫を支えながら、煉は言った。
「残念ながら、俺には無効にすることは出来ませーん。俺だって、そのクスリが恐くてこうやって渋々上に従ってんだ。無効になんか、出来るわけ無いだろう?」
そう言って、双葉は首を振る。
「でもさ、これでも出血大サービスよ?俺への命令内容は、『雫を操れるようにすること。雫を元に戻せそうな人物は排除しておくこと。』だぜ?煉も優斗も当てはまりそうだけど、霊力無いって嘘ついて、上には通しておくよ。感謝してほしいな?」
煉はぎり、と奥歯をかみしめた。俺では雫を守れない・・・・。
「う・・ん。ありがとう。」
手のひらが貫通した痛みと、クスリによる自我崩壊。その二つに耐えながら、雫は微笑みさえ浮かべそうな顔で、双葉にお礼の言葉を向けた。皮肉でも何でもなく、ただ、『ありがとう』、と。
「!!なんで・・・っこいつはお前を壊そうとしているのに。どうしてだ・・・っ!?」
煉はそんな雫の行動が理解できないようだった。
「あーあ。気をつけろって、言われてたのに・・・な。私が悪いんだよ。煉。こんなに力を操れきれない人間は、危険以外の何でもない。“上”の判断は当然だよ。私たち、力がある者は無知で弱く、時に傲慢なたくさんの人々を守らなくちゃならないんだ。私はその使命遂行の邪魔になる。今の内に操っておくのが賢明。まあ、煉と優斗が無事ならいいや。さっきからどうやって逃がすかばっかり考えてたし。だから、双葉。すっごく感謝してる。・・・・ありがとう。」
一気に喋ると、雫は力なく俯いた。もう、顔を上げていることすら、出来なかった。
「このクスリ、拷問にはもってこいかも。進行を遅らせたりはやめたりすることが自在に出来れば、相当脅しに使えるね。なんか、めっちゃこわい。自分が壊れてくのが判る・・・。」
そう言う雫の目にはもう、光が無くなりかけていた。
「・・・・最後にサービスだ。煉と優斗、二人の霊気、無くしてやれ。お前なら出来るだろう。今後の危険も減る。一緒にお別れの言葉とか出来るかもな。優斗ももうすぐくる。」
双葉の遠回しな優しさの言葉と共に、雫の目に光がわずかに戻ってきた。
「俺の力じゃ、これくらいが限界だ。これ以上、クスリを食い止めることは出来ない。人として最後の時間だ、これから雫、お前は操り人形になるんだから。」
うん、という、さっきより元気な雫の声が聞こえて、煉はほっとした。だが、すぐにもうすぐ雫は雫でなくなるのかと思うと、気持ちが沈んだ。
「煉・・・。初めて会った五年生の時。怖がらないで、話しかけてくれて、嬉しかった。何でも話せる友達だったよ。一番、近しい人だったよ・・・。」
真っ直ぐ、雫が見つめてきた。とても、今から自分が壊れてしまうことが判っている人間には見えなかった。それほど、雫は穏やかだった。
煉は、最期に伝えておこうと思った。例えそれが叶わなくても。意味のないモノでも。
「なあ、俺の闇ってなんだか判る?」
雫は首をかしげる。
「・・・・優斗に対しての嫉妬、だよ。確かに高校に入ってからも雫とはよく会った。優斗よりも俺の方が長く一緒にいた。けど、いつも雫も心の中には優斗がいたんだ。一緒にいるのは俺なのに、雫の心が俺の方を向くことはなかった。多分、俺の闇はソレだ。・・・・雫が優斗を好きなのは判ってる。誰よりも理解しているつもりだ。だけど、俺も好きだったから。雫が一番大事だったよ。」
煉がひとしきり、喋った。雫はありがとう、と言っただけだった。けれど、煉は満足だった。
「キスしていい?」
煉は聞いた。
「ん、いいよ。」
雫が目を閉じた。
実際はの所、霊気を移すにはどうせキスしなければならなかったが、雫は何も言わなかった。
「ん・・・・。」
こうして、雫は煉の分の力も背負った。
「あ、来た・・・・。」
双葉がそう言った。
視線の先には優斗の姿があった。
「ど、どうしたんだよ、雫!?」
双葉や煉まで頭が回らないといった感じに、一直線に雫に駆け寄ってきた。
「その手・・・。」
優斗は絶句していた。雫の手のひらは、白い骨が見えるほど、肉が削られていた。
「ん、ホントだ、ひどくなってる。双葉、これ酸性だったりする?」
雫が言った。煉の霊力は一時的に雫を助けたようだった。やっと優斗も来て、雫も安心したようだった。が、次の瞬間には
【発。】
もう、その目には光が無くなっていた。
一言の発動手続きによって、光は奪われてしまった。
「・・・・・・・・。」
がくっ
雫が崩れ落ちる。
「ちょ、ちょっと待て!!どうして、俺力弱めてないぞ?!」
「は!?お前が何かやったのか!!!」
双葉が違う(いや違わないのだが)と言う前に誰かが遮った。
「双葉、貴様がしっかり仕事が出来ないからだ。神代の娘に感情移入しすぎだ。保坂優斗は排除する。上からの命だろうが。これは譲れんぞ。」
突然、一人の男が現れた。
「おい!!神狩!ふざけんな。あと少ししかできなかったのにっ。しかも、優斗は殺させないからな。雫との約束だ。」
その双葉の様子に、神狩と呼ばれた男は、静かに言った。
「何を言っている。その娘に貴様が強く惹かれていたことは知っていたが、これほどまでとはな。こんな事をしたら、貴様までその娘の二の舞だ。そんなことは俺が許さん。」
神狩の言葉に言い返せない双葉。実際、その通りなのだ。こんな、雫の肩を持つ様な事をしていたら、双葉の命も危ない。
「ちょっと待った。どういう事だ。お前らが雫をこんなにしたのか。何故雫がそんなことされなきゃならない?―――ふざけんな・・・ッ!!!」
そう言うと、優斗の瞳が変わった。 優斗の瞳は、琥珀色に輝き始めた。
「優斗・・・?」
煉が彼の名を呼ぶが彼はこちらを向かない。
優斗は双葉や神狩から感じるモノと同じ、人間ではない者達の気配を漂わせていた。優斗の周りを眩い純白の光――霊気が包み始める。
「――俺は人じゃない。神だ。神狩り、お前にあの日、人間の身体に入れられたんだ。」
優斗は言う。神狩りとは、神狩のことだ。じつは『かがり』は双葉が勝手に付けた省略したあだ名のようなもので、双葉しか使わない。
「えっ。おまえ、そんなコトしたのか!?これってあの白籠じゃないのか?十七年前に忽然と姿を消した純白の龍神・・・しかもめっちゃ名のある主じゃねえか!」
双葉が驚く。そんな双葉を無視して神狩りは言った。
「ふん。今になって思い出すとは。やはり、できが悪いな。上が今更、殺せ殺せと五月蝿いのでな。証拠を無くすようにと。それでわざわざ神代に目を付けさしたわけだ。思い通りに動いてくれたよ、上は。おかげでお前と戦うことが出来る。」
煉には、優斗の奥歯をかみしめる音が聞こえたようだった。
「それが目的だったのか。」
優斗が怒りを押し殺したような、そんな殺気を放って、言った。
「そうだ。あの姿のままで居られては邪魔が入る。お前と戦うために十七年、待っていた。」
戦闘狂なのは知っていたが・・・と双葉がつぶやいた。
「・・・なんで、俺と戦いたいなら雫まで巻き込んだ。」
優斗は憎しみを込めた琥珀色の眼で、神狩りを睨み付ける。
「その方が面白い。だからわざわざお前と神代を引き合わせるように仕組んだ。最高の舞台を造るためには、入念な準備が必要だからな。」
その答に激怒したように、優斗を包む光が輝きを増した。
「では始めよう。全てを壊す戦いを。」
神を狩る男は暗く悦びに満ちた顔で、嗤った。