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血の雫  作者: 梅雨
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第五章 神

 ・・・・・これで、いいんだ。

 だって、私がそばにいたらきっと私の血は彼を殺してしまうから。

「はぁ・・・っはぁ・・・・っ」

 涙がこぼれた。走っていて、息が切れた。構わずに雫は走った。

 どこへ行くのかも分からずに・・・・。



 また、振られた。

 やっぱり、俺は彼女とは一緒に居れなかった。

「あー・・・、くそっ。学校なんて行く気がしないし。」

 もどかしかった。無力な自分が。もっと、力があれば。

 結局俺は彼女のかせにしかなれなかった・・・・。



「ごめんなさい・・ってこの前の!!」

 雫は泣いていたのであまり前を見ずに走っていた。結果、不良にぶつかってしまった。運悪く、その不良はあの、ナンパ男&その他だった。

「えーなに、泣いてるの?もしかして保坂のやろうとけんかした?」

 びくりっ、と反応してしまった。不覚にも。

 それを見てにやりとナンパ男、――名前を薮原と言う――は笑った。

「じゃあ、俺達がなぐさめてやるよ〜?」

 そう言って、男達に薄暗く人気のない路地裏に、力ずくで雫は連れ込まれてしまう。

「やめてっ。離して・・・っ」

 抵抗する雫に構わず男達は力ずくで雫を押さえつける。

「離してよっ!!」

 優斗から受け取った力のせいで雫の身体は強い疲労感に襲われていた。

 数人がかりで押さえつけられれば、ろくに抵抗もできない。

 薮原が動けない雫の首筋に、スタンガンを当てた。

「か・・・ぁっ。やめ・・・。」

 すでに体力の限界を超えていた雫はか細い声を絞り出すことしかできなかった。

 本来、能力ちからを持っている雫にとってスタンガン程度の電流は平気なはずだった。だが、その時の雫は精神的、肉体的にもぼろぼろだった。雫は溢れてくる力を抑えることで精一杯だった所に思い切り、電流を何度も食らった。

「いや・・ぁ・・・っ。かは・・・ッは・・・ぁ・・。はあ・・・―――ああぁぁああ・・ッ!」

 薮原はスタンガンの電流をどんどん強めていく。首筋にそれを当てられるたびにびくりッ、と雫の身体が痙攣する。

「おいおい、そのくらいにしとけよ。女だろ?流石にかわいそうじゃんか。」

 男の一人が言った。薮原は「あと少し・・・」といって手を止めない。実はこの男、かなりのエスだった。仲間はもう呆れていた。

「いつものことだけどさ、ホント薮原ってこういうの好きだよな。」

「毎度毎度ターゲットにされる女の子が可哀相になってくる・・・。」

「つーかさ、この子・・・雫だっけ・・雫のこと相当気に入ってるみたいだぜ。」

「うわー。もう死んじゃうな、この子。」

 と、仲間だけで勝手に雑談し始める。

「でも、雫みたいにかわいいのだったら、俺もやりたくなるかも。」

「うえー。お前趣味悪っ。マジかよ。」

「あ、ソレ分かる。薮原みたいにあそこまでやらなくても、ちょっとやりたいかも。」

 不良達の雑談の間も、雫は電流を受けていた。

「あれっ。まだ気絶しないの?すごいね。頑張ってる?じゃあ、最大値・・・。初めて使ってみるか。」

 薮原がスタンガンをいじり始める。

「・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・。」

 もう、雫には抵抗する力も、あふれてくる力を抑える気力もなかった。

「やめて・・・・。」

 雫が静かに言った。だが、さっきまでの怒りは消え失せていた。

「ん?やめてと言ってやめる馬鹿がどこにいるの?あ、そこの人たち。最後にするから両手押さえといて。倒れないように。」

 心底楽しそうに薮原が笑う。

 他の男達がへいへいと従う。

 雫は両腕を捕まれて立ち上がらされる。

「・・・・・。」

 両手を羽交い締め状態にされても雫は黙って俯いていた。

 もう、この男達に何も感じなかった。感情がないなら、能力ちからも出ては来ない。

「あれ?観念したのかな?雫ちゃん。それとももう力が残ってない?」

 くい、と俯いてる雫の顔を上げて自分の方を向かせる。

「うわ・・やば、薮原の気持ち分からないでもないかも・・・。」

 雫の顔を見た不良の一人が言った。

 雫は瞳に涙を溜めて、男達を見上げていた。

 薮原が雫に言った。

「なぁ、雫ちゃん。今日は一緒に遊んでくれるよな?まあ、起きたらもう逃げられなくなってると思うけどな。」

 薮原が今度こそ逃がさない、と言う風に笑った。そしてゆっくりとパワー最大のスタンガンを雫の首筋に近づけていく。

 ばちばちっ、とスタンガンが鳴った。

 あと少しで触れそうなとき。

「・・・・・ぅと」

 雫が何か言った。

「ん?何??」

 薮原が聞く。

「・・・・ゆう、と・・・」

 雫はそれだけ言った。ただ、無意識に出た言葉だった。

「だから、保坂は来ないって。」

 薮原は嘲るように笑う。


【確かに優斗はこないが。】


「!?」

 瞬時に男達の顔は強ばる。理由は、その“声”が直接脳に響いてくるような、そんな感覚だったからだ。薮原も、流石にスタンガンの手を止めた。

「・・・・・・・。」

 いつもの雫なら瞬時に反応し、男達を守ろうとしただろう。だが、その時の雫にとって悪霊の出現は何でもないことのようにそのまま頭の中をスルーしていった。

 なにも、感じなかった。

 眼には見えているが、それは認識されずにそのまま放置される。

 耳は聞こえているが、それは認識されずにそのまま放置される。

 人形のように、何も感じなくなった雫。

【雫をはなせ。まあ、命まで取りはしない。】

 その言葉に恐怖を覚え、次々と男達は逃げてゆく。

「・・・・・。」

 雫を押さえ付けていた男達が逃げ出した。それと同時に、雫の身体は崩れ落ちた。

 倒れる寸前に、雫と同年齢くらいの背の高い、顔立ちの綺麗な黒髪の男の子―――煉が雫の身体を受け止めた。

「・・・雫・・・。ごめん。すぐに助けられなくて・・・・。」

 煉は悔しそうに言って、まだ意識の戻らない雫を抱きしめた。




「ん・・・?」

 目を開けると、そこにはのぞき込んでいる煉の顔があった。

「大丈夫か・・・・?」

 連は心配そうに尋ねた。

「う、うん・・?大丈夫・・・・。」

 どういうこと?

 煉からは全くと言っていいほど悪霊の邪気が無い。

 おかしい。おかしすぎる・・・。あのとき、確かに悪霊の気配がしたはずなのに。

 辺りを見回すと、そこは古びた公園だった。たしか、双葉山公園。雫は、ベンチに寝かされているのだった。自分と煉、それ以外の人は見あたらない。

 だいたい、邪気のあるはずの悪霊(もしくは取り憑かれている人間)が何故神社に近寄れる?

 この双葉山公園はその名の通り双葉山のふもとにあり、その奥に神社がある。

「・・・?ホントに大丈夫?」

 全く他意のない様子で煉は自分を気遣ってくれる。いつもの煉だ。

 ま、まさか・・・・・。

 でも、あり得ない話ではない。今まで小学校から一番そばにいる時間が多かったのは、煉だ。つまり、霊感が鋭くなっていてもおかしくはない。

「ねえ、煉。ここ最近、変な事って無かった?妙に調子がいいとか悪いとか。」

 そう聞くと案の定、煉は少し首をかしげながら、予想道理の答を言った。

「ん〜。そうだなあ。何か突然記憶がなくなってたりとか、妙に疲れなくなったとか・・・。」

 やっぱり・・・。マジで?

「そう・・・・なんだ。ありがと。」

 そう言って起きあがろうとする。

 がくっ

「!?」

 身体に力が入らなかった。スタンガンは予想以上に効いたようだった。よく見ると、身体中に傷跡があった。特に、直接電流にさらされていた首筋は皮がはがれ、無惨に黒く焦げている。

「お、おい。無理するなよ。」

 そう言って煉が抱き留めてくれる。

 どうにかベンチに座り直した後、煉に言った。

「・・・・・出てきて。」

 は?と言う顔を煉がした。

 当たり前か。素直には出てこないよね・・・。

「出てこないと力ずくで出すわよ。」

 ますます煉が困った顔をする。

「・・・・・何が?」

 煉が当然の問いを言う。

「煉、あなた悪霊に取り憑かれてる。しかも、同化し始めてると思う・・・。」

 簡潔に、言った。簡潔すぎて逆に煉は意味が分からないようだった。

「・・・・別に、取って喰おうってワケじゃないわ。話がしたい。」

 雫の熱意が通じたのか、煉の中にいた悪霊が・・・・・ってあれ?

「わあっ。なんだおまえっ。」

 自分の中から出てきたモノに煉は大きな声を上げる。

「きみ・・・。優斗が言ってた半悪霊化した少年の霊?」

 こくこくっ

 と、少年のカタチをしたモノは頷いた。待って、優斗の話だともっと強力な・・・・そうか!!

「――ってことは!!煉、逃げて・・・っ」

 雫はそう言って、煉を思いっきり後ろに押し倒した。抱き合うような体勢で雫と煉は転がった。

 ついさっきまで煉がいた所には大振りのナイフが地面に突き刺さっていた。

「っ。やっぱり、これが狙いだったのか。―――乖離かいり!!!」

 雫が呪文の様な言葉を発すると、その場の空気が変質した。公園全体を覆う灰色のソレは、中の時間だけ止めてしまったようだった。中にいる人間に、灰色のフィルムを通して風景を見ているように錯覚させる。これは名の通り、外の世界と一定の空間を隔離する働きがあった。

 前にも、あった。

 俺は、前もここに入ったことがある・・・。そうだ、真那が死んだとき・・。

「ごめん、煉。巻き込んじゃった・・・。」

 覆い被さるように煉の上に乗っていた雫が立ち上がろうとする。

「ったぁ・・・。まだあんま動かないな。―――でてきなさい!!」

 雫が言い放つとふっ、と十メートルくらい先にさっき飛んできたナイフと全く同じカタチのモノを両手に握りしめている、中年の男の悪霊が現れた。

「くくく・・・っ。霊はいいねえ。誰かに取り憑くのはおもしろいよぉ。そこの生きている少年にも闇があった。だから俺ぁ取り憑けたのさ。くくく・・っ俺の力だって使ってやったんだ。」

 雫は静かに、悪霊へと堕ちてしまった中年の男を睨み付けた。

「言うことは、それだけ?闇があるから何なの。そんなもの、みんな心に持ってるわ!!」

 そう叫ぶと雫は右手を横に挙げた。

『私の中にある神の血よ。私に力を貸しなさい。』

 すると、雫の指の先から紅い珠がふわりと出てきた。ソレはするすると次から次へと列をなして鎖のようになった。

「おお、それが神代かみしろの力か。話には聞いていたが、本物は初めてだ。」

 中年の男が言う。

「何言ってるの。いま神代の能力ちからが使えるのは私だけよ。それに、神代の能力ちからは個人個人で違うのよ。そんなことも知らずにこの地区に来たの。殺してくれと言わんばかりに馬鹿ね。」

 雫は冷静に言う。

「へへっ。その神代を殺せば、名も上がるだろう?」

 そんなことを言う男を雫は無視して、右手を標的に合わせた。

血雫ちしずく珠鎖たまぐさり、あいつを―――しばれ。』

 そのとたん、ゆらゆらと揺れていた血のように紅い珠の鎖は、もの凄い速さで中年男に襲いかかった。

「こんなの簡単に斬れるんだよ!!」

 中年男はナイフを振り回す。紅い珠鎖はぷすっ、ぷすっ、と鎖は切断されていく。

「へへへ・・・っ。お前は俺には勝てない。おまえはここで殺されるんだよッ」

 薄ら笑いを浮かべる、中年男。

「まるで麻薬中毒者だね・・・。自我が壊れかけている。ついでに言うと周りを見なさすぎ。」

 雫はそう言った。そして、中年男が言葉の意味を理解する前に、分からせてやった。

『繋がれ。』

「お、おお!?なんだこれ、どんどん繋がって・・・ぎゃあああああ!!!」

 男に細かく切断された珠は、落ちることなく男の周りに浮遊していたのだった。その一つ一つが雫の言葉に反応して近くの珠同士、繋がっていった。そして、繋がった鎖は男を締め付けた。

「ぎゃあああああああ!!!やめてくれ!!もう、やめるから!!」

 あまりの痛みに男は懇願する。

「そう、わかったわ。離してあげる。」

 意外にあっさりと、雫は言った。すると、すぐに鎖は男を締め付けるのをやめた。

「か、はあ、はぁ・・」

 やっとの思いで男は息をする。

「なんか、おかしい・・。なんでこんなに弱いの?まだ、何かある気がする・・・。あ、煉。大丈夫?」

 雫が男に背を向けた。その瞬間、男は雫に背後から斬りかかろうとした・・・・が。

「あれ?もうやんないっていうのは誰だったかなぁ?」

 くるりと一回転し、男に満面の笑顔を向ける。

「ひっ」

 その笑顔のあまりの恐ろしさに、男はナイフの手を止めて、凍り付いてしまった。

 凍り付いた男を無視して、もう一度雫は振り返った。

「―――そう言うことだったんだ。少年の幽霊君?って、今の姿じゃ“少年”とは言えないか。私より、ちょっと年上?それに、その様子だともうすぐ幽霊でもなくなるよね。」

 雫の視線の先には金縛りでもされて動けないで居る煉と、その煉の首筋にナイフを当てている、雫と同年齢くらいの男の子のカタチをした幽霊。

「同い年なワケないじゃん。俺、随分前からここに居るんだよね。てゆーかやっと分かったの?神代の娘。」

 端整な顔立ちをしたその青年の幽霊は、雫を睨み付ける。

「うん。つまりこういう事でしょ?君はこの神社に宿ってるほぼ妖怪化した、幽霊。いや、妖怪って言うより神社にいるから八百万やおよろずの神の中の一人になったのかな?まあそれはどっちでもいいとして。悪霊・・・ここにいる男の人が、私に引き寄せられてやってきた。この人は普通に私のもっとも大切に想っている人に取り憑こうとした。けれどあなたが、この人に妖気を与えたでしょ。だから器の足りなかったこの人は、自分の意識がはっきりしなくなるまで壊れてしまったんだ・・・。」

 神社に宿る神は雫の推理をただ、黙って聞くだけ。

「分からないのが、どうしてあの・・・えーと・・薮原って人から私を助けてくれたのか。・・・・・どうして?この悪霊の人に指示を出したの、あなたでしょう?私のこと嫌って、男の人に妖気を与えたのに。」

 雫は尋ねる。心底、不思議だったのだ。

「答えてやる。理由としては二つ。一つ目。この煉という人間の事が気に入ったから、彼のほしいと思った力を与えてやった。まあぎりぎりまで焦らしたがな。二つ目。お前が予想以上に、健気だったからな、つい魔が差してなぁ。」

 絶対この人、生きていた頃は女好きだったんだ・・・。

 その場にいた三人(中年の男の悪霊・煉・雫)がほぼ同時に全く同じ事を思った。

「まあ、理由を聞いたところで、状況は変わりはしないと思うけど?」

 にやり、と神が笑って言った。

「その様子だと、おとなしく煉を離してはくれなそうね・・・・・。」

 不敵に雫は笑う。

「当たり前だ。そうでなければこんなコトしてないし。ところで、名を何という?」

 神は聞く。

「神代雫。生まれて持った肩書きは、『血の雫・血雫の珠鎖』。名前はここから取ったのね。きっと。ちなみにこの肩書き、私は・・・・大嫌いだわ。あなたの名は?神様。」

 神様は、答えた。

「人間だった頃の名は、忘れてしまった。今の名は・・・そうだな、双葉ふたばみことかな・・・。まあ、略して双葉だな。この名は、まえここで神様やってたやつの名だ。ちなみに神様と呼ぶのもやめてほしいな、その肩書き、嫌いだから。」

 にっこりと顔に笑みを張り付かせながら双葉の尊は言った。

「ふーん。そうなん、だッッ!!」

 最後の語尾の部分で、雫は強く地面を蹴っていた。

 一気に双葉との距離を詰める。そして射程距離内にはいると鎖を左の手から勢いよく放ち、煉に今にも触れそうなナイフを弾いた。

「・・・っと。あっまいなぁ。煉を見捨てれば勝機はあるのに。」

 双葉はそう言って、弾かれたナイフを無視して、その手で煉を前に、つまり雫のいる方向に突き飛ばした。

「!?」「!!」

 状況を全く理解していない煉と、瞬時に反応する雫。

ぅ・・・っ。」

 すぐさま煉を受け止めようとするが、スタンガンに痛めつけられた身体が言うことを聞かない。踏ん張りきれずに雫は煉と一緒に倒れてしまった。


 強さの次元が違う・・・・。雫は自分が思い上がっていたことを痛感した。

「ごめんね。二人とも気に入ったんだけどさ、これが上からの命令だからさ。」

 双葉が煉と一緒に倒れている雫を見下ろして、言った。

 また、私は守れない。本当に大切な人を・・・・。

「俺がここに宿されること、そして俺が雫を殺すこと。全てがはじめから仕組まれていたってのが気に入らないがな。」

 そう言いながら、双葉がナイフを振りかぶる。

「じゃあね、ばいばい。」




 確かに、このままでは雫に勝機はなかった・・・・。

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