第四話 想い
ピーンポーン・・・・
インターホンが鳴った。
誰だよ、こんな朝早くに・・・。
鞄の中身の確認作業を中断して(そろそろ家を出ようと思っていた)「はい。どちらさまですか・・・」と玄関モニターの受話器を取った。
『や〜、おっはよぉー♪大丈夫?声が死んでるけどぉー』
!?
『あ、やっぱ驚いた??今日から一緒に学校行こーよ』
・・・・・・・・・・・・おいおい。
『早く来てくれー。あれ、もしかして通じてない??切っちゃった!?』
雫が一人で騒ぎ始める。
「あーもうっ・・・。分かった。すぐ行くからちょっと待ってて。ふぁぁあぁ・・・。」
眠い。
猛烈に、眠い。
予想以上に、反動は強かったようだ。
「・・・おまたせ〜」
自分でも分かる。死にそうな顔だと。事実、ほとんど寝れなかった。
「うわー、大丈夫・・・。――!」
突然、雫ははっとしたようだった。
「ねえ、昨日どのくらい霊気受け取った?」
心配そうに彼女は上目づかいに見上げてくる。
「たいしたこと無いから大丈夫。」
優斗の明らかな嘘を当然の如く雫は見破った。
「うそっ。きっと限界以上に受け取ったんでしょ?」
そう言って雫は額に手を乗せてきた。ひんやりと冷たくて気持ちいい。
「んー。これしか役に立たないんだからさ。無理さしてよ。」
自分で言ってて説得力無いなあと思った。
「だめに決まってるでしょ。多すぎると身体にダメージがでるんだから。・・・そうね、優斗の器が塵同然だとして、受け取ってしまった量は・・・・・うん、小石並かな。」
うわーぉ。スケールの小ささに泣きそうです。
「非道くないか、俺の扱い。」
雫は平然と答える。
「先に塵同然って行ったのは誰?」
う・・・。言い返せません。
「・・・・・」
少しの間、雫は考えるようなそぶりを見せて、
「・・・・・・キスして。」
こう言った。
はあ!?
「だから、もう一回移すの!!どうせ黒い霊気ばっかり受け取ったんだろうし。もう落ち着いたから、大丈夫。」
え・・・。
「ううぅ・・」
唸ってみた。諦めてくれないかな。
「唸ってもだめ。はい、早く!」
雫の剣幕は勢いを増した。
「・・・・・わかったよ・・・・」
なんだかなぁ。どうして好きな子にキスしてって言われたのに嬉しくないんだろう。
「あ。」
不意に気がついた。
「ん?どうしたの。」
ここは自分の家の前だった(しかもマンション)。
いいことを思いついてしまった。そうだ、許可は下りてるんだから。
「ちょっとこっち来て。」
雫の腕を掴んでマンションの建物の影に連れ込んだ。
「え、ちょっと―――・・・・ん・・ぁ・・・。」
雫は状況を理解できないまま唇を奪われることとなった。
「・・・・はぁ・・っあ・・」
優斗は明らかに必要以上の時間長くくちづけてやっと雫を離した。
「・・・・こういうやり方はずるいと思う。」
赤くなって雫は言った。
「いいじゃん。雫はもう人を好きにならないんだろ?だったら行為だけでも楽しめば。」
素知らぬ顔をして言ってやった。少しは意識したか、ばかやろー。
「そ、そりゃそうだけどさ。やっぱりこういうコトされると、その・・・意識しちゃう・・・・し。」
雫から意外な答えが返ってきた。
「え。俺とかどーとも思われていない感がすっごくしてたんだけど・・・・違うの?」
俺の彼女の心配していたときとか。
「意識してないわけ無いでしょ。でもさ、思っちゃいけないじゃん。私、煉の件が終わったら優斗とは逢わないつもりだし・・。私がそばにいるから、真那は死んだ。三年の時のクラスメイトだって、私がいなければ死ななかった。そして今は煉。みんな、私のせいだ。」
そんなことない、そう言おうとしたけど初めて見る雫の瞳の暗さに押されて言えなかった。
「“そんなことない”?ううん、違う。違うんだよ。優斗はまだ分かってない。この能力の本質を。優斗だっていい加減嫌になってきたでしょ?私のそばにいるのが。」
何言って・・・。そんなわけ・・。
「“ない”?そんなの言い切れる?だって次かもしれないよ?」
な、何が・・。
「優斗の番。」
雫の声はどこまでも暗く、深い。
「どういうこと・・。」
それだけ、言葉を絞り出した。
「私が大切に想えば想うほど、その人を私の能力は殺しちゃうんだよ?」
どういうことだ・・・?
「ねえ・・。優斗、私の一族が昔からやってる家業・・・・ってなんだと思う?」
自嘲するように雫は言った。
「・・・・呪いで霊から人を護ることだろ?・・・違うのか・・・?」
まさか、四年前の真那が死んだときと煉が悪霊に取り憑かれているのは・・・関係があるのか?おぞましい考えがよぎる。・・・・いや、薄々気がついていたんだ。本当は。けれど考えないようにしていた。俺は弱い。雫のように全てを受け入れるなんて無理だ。
「うん、半分はあたり。けど優斗が言ったのは表の姿だよ。物には必ず裏があるよね?」
光が強くなれば、闇が濃くなるように。
「!!・・・やっぱり・・・・っ。」
“雫が悪霊を引き寄せていた?”
その時、確信してしまった。
もはや雫の瞳には何も映ってなかった。
「そう、私の一族は裏でいつも悪霊憑きの仕事もしていたんだって。いろんな人の恨みを聞いてその人の恨んでいる人を、悪霊に取り憑かせたり呪いを使って殺すんだって。――――恨まれている人に憑ける悪霊はどこから連れてくると思う?」
もう、分かってしまった。
「私の身体に流れている血はね、悪い霊を引き寄せる力があって、それは必ず一番近しい人に取り憑くんだって・・・・。」
雫の瞳から涙がこぼれた。
「好きだよ、優斗。でも、好きだからもう優斗とは―――逢わないことにする。」
そう言って、雫は走っていった。
俺は一人、取り残された。