第七話 ヴァルアとシオナ
ジェイド達三人はクロト国へ入国すると、すぐに森へ向かった。
「先程の兵士は知り合いなのか?」
ヴァルアは貰った入国許可証を見ながら尋ねた。
「師匠に拾われた頃、俺の面倒みてくれたんだ」
「なるほど。……で、先程言っていた事の意味は?」
ジェイドは一瞬何の事かわからず、目を瞬いたがすぐに理解して苦笑した。
「師匠は極力他人と関わり合わない事を信条にしてるような人で……。理由は俺もよく知らないんだけどこの国に定住する条件として、魔法使いの入国を制限しろって王を脅したらしい」
「その条件を国王がのんじゃったんですか……」
リアナは信じられないというように呆気にとられているが、師匠の性格を知っているジェイドからすれば王が条件を受け入れた事は驚く事ではない。
「そこまでするのに、お前の事は拾い育てたのだろう?私には理解できんな」
「師匠を知ってる人はみんな、奇跡だとかお前は運が良いだとか言ってるよ。……見えてきた」
ジェイドが指差した先に森の木々に隠れているかのような緑色の屋根が見えた。
そこから伸びる煙突からは煙がたっていて、人がいる事を示している。
木々の間を抜け、開けた場所に出てようやく家の全貌が目に付いた。
木造のシンプルな家。
ジェイド達が家に近づくとふいにドアが開いた。
「……師匠」
家の中から出てきたのは、背の高い緑髪の女性。
「何だいその弱弱しい声は。出てってから数日で戻って来たと思ったら……」
女性はそこで一旦言葉を切った。
呆れたようにジェイドを見ていた緑色の瞳がすっと険しくなる。
その視線の先はジェイドの背後にいるヴァルアに向けられていた。
「久しぶりだね。こっちに来てる事は知っていたが……こんな風に再会するとはね」
「そちらがこの世界に来てるとは知らなかった。ジェイドの名を聞いた時に気付くべきだったな」
ジェイドとリアナは理解できずに二人の顔を交互に見やる。
「ああ、あたしとそいつは魔法界の知り合いでね。……で、そこの子はもしやと思うがスルティナの王城専属魔女?」
女性と目が合ったリアナは慌てて一礼した。
「リアナと申します」
「礼儀がよろしい。あたしはシオナ・ラスティアラ、ジェイドの師匠だ」
シオナは優しく微笑んで優雅に一礼した。
「ついでに言えば緑の魔法使いなんて称号も持っているよ」
「称号はついでなのか」
ヴァルアが胡乱気にシオナを睨む。
「魔女がいるなら、外で話した方が良さそうだね。ジェイド、手伝っておくれ」
シオナはヴァルアの言葉も視線も完全に無視してジェイドと共に家の中へ戻っていった。
シオナが魔法で軽々と小さなテーブルと四人分の椅子を外に運び出している間、ジェイドは四人分の紅茶を淹れる準備をしていた。
「ジェイドは何をしているのだ?」
並べられた椅子の一つに腰を下ろし、ヴァルアは興味深げに家を観察している。
「人の家をそうじろじろ見るんじゃないよ。ジェイドは紅茶を淹れているんだ」
「紅茶?そんなもの魔法で済ませてしまえばいいではないか」
「……魔法に頼ってばかりだと、いずれ痛い目にあうよ」
ヴァルアとシオナは無言でお互いを睨みやる。
その状態がしばらく続き、リアナが耐え切れなくなった頃ようやく家の中から四人分のティーカップを持ってジェイドが出てきた。
「お待たせしましたーっと」
トレイに乗せて運んでいたティーカップが、ふいにゆっくりと宙に浮いた。
「御苦労さま。ほら、お前も座りなさい」
シオナの魔法によって、紅茶はテーブルの上へ静かに並べられる。
ジェイドは空いている席――シオナの隣、斜め向かいにはヴァルアがいる――に腰を下ろす。
「とりあえず、紅茶を飲みながら用件を聞こうか」
シオナはテーブルに片肘をついて腕を立て掌に頬を乗せて微笑む。
「まず、ジェイド。スルティナで何があって二人をここへ連れてきた?」
「え?何がってほどの事はないけど……」
シオナの妖しい微笑みに促されて、ジェイドは二人と会った経緯を話した。
所々でリアナも補足を入れていたが、その間ヴァルアは一切喋らなかった。
「……なるほどね。つまりはそこの蒼の魔法使いに興味を持たれちゃったのか」
シオナはにやにやと笑みを浮かべて、ジェイドとリアナを見つめる。
「じゃあ次、リアナ。何故お前はこいつに着いて行こうと考えた?」
「えっと……私は魔法界について何も知らなくて、ヴァルアさんが教えてくれると言うので」
「お前達は確かに特殊だからね」
シオナの言葉に少し引っかかったリアナだが、よくわからず首を傾げた。
「リアナ、ジェイド、ちょっと二人で買い出しに行って来ておくれ」
シオナは懐から一枚のメモを取り出して、ジェイドに渡す。
「俺は良いけど、リアナも?」
「当然だ。ほら、早く行っておいで」
シオナは二人を追いだすかのように、片手をひらひらと振る。
不承不承ながらも、ジェイドはリアナを促して街へと向かった。
それをしっかり見送ってから、シオナは一度深い息を吐く。
「……いつから、こちらの世界にいらしてたのです?」
いつもの強気な態度とは打って変わって、丁寧にヴァルアが尋ねる。
しかし、態度が変わってもシオナを睨む視線を変わらない。
「ずっとさ。お前と魔法界で会った時は、ある人に召喚されて戻っていただけだよ」
シオナは鋭いヴァルアの視線を意にも介さず、静かに紅茶を飲む。
「……レディアーツ、ですか?」
「お前に話す義務はないよ。それにしても、あの生意気小僧が称号を貰ってるとはね」
嬉しそうに笑うシオナに対して、ヴァルアの表情は暗い。
「努力の賜物です。もしくは才能ですかね」
「おやおや、そこは師匠のおかげと言うべきじゃないかい?」
「誰かに教わった覚えはない」
ヴァルアは素っ気なく言い放ち、温くなった紅茶に口を付ける。
「全くツレないねえ」
シオナは楽しそうに笑っているが、ヴァルアのほうは険しい表情を浮かべている。
「……そもそも、あなたは途中で私の前から消え去ったではないですか」
シオナは顔に笑みを張り付けているが、その目は全く笑っていなかった。
「考えてみれば、私の目的を知ってからあなたは消えた。……まるで逃げるように」
何も言わないシオナを無視して、ヴァルアは話し続ける。
「私が知りたい情報を、あなたは知っているのでしょう。それを教えない為に、逃げ続けた」
ヴァルアはそこで言葉を切り、残り僅かとなった紅茶を一気に飲みほした。
そして、答えを窺うようにシオナを見つめる。
シオナの顔からは張り付いていた笑みが消えていた。
「今現在称号を持つ魔法使いの中で、あたしが一番古株だろう。だからこそ確かに、お前が知りたい事は大抵知っているよ。だがそれらの殆どは、お前が知らなくてもいいことだ」
「……私は知らなければならないのだ」
ヴァルアは顔を俯け、小さく呟いた。
机の上に置かれた握り拳が微かに震えている。
「知って、確かめて、選ばなければならないのだ。それが、私の存在意義なのだから」
自分に対して言い聞かせるかのような口調で、ヴァルアは震える声で続ける。
「……だから、知ってる事を教えてもらいたい」
顔を上げ、シオナを真っすぐに見つめるヴァルア。
シオナはふっと息を吐き、冷めきった紅茶に口を付けた。
「……では――」
その頃、シオナに買い出しを頼まれたジェイドとリアナは森を抜け城下町にいた。
ジェイドはシオナから渡された買い出しメモを見ながら、歩き慣れた通りを人波を避けながらするすると歩いて行く。
一方リアナはというと、スルティナとはほんの少し違った街並みに目移りして人波に流されてしまいジェイドとの距離がどんどん開いてしまっている。
メモを見ながら歩くジェイドは、リアナと離れてしまった事に気付いていなかった。
「あ……あれ?」
やっと人波から外れたリアナは辺りを見回して、近くにジェイドが居ない事に気付き慌てる。
「どうしよう……」
「どうかしましたか?」
突然声をかけられて、リアナは驚いて背後を振り返る。
そこには濃い緑色に紅のラインが入った兵服を着た若い青年がいた。
青年の手には緑色の兵帽が握られている。
「えっと……」
リアナはどうすればいいかわからず、言い淀む。
「何かお困りですか?」
「ちょっと、はぐれちゃって……」
「ああ、お連れの人をお探しでしたか。じゃあ、一緒にお探ししますよ」
青年兵士は兵帽を被り、ぴしっと敬礼した。
「お連れの人はどのような方で?」
「えっと……私と同い年の、紫色の髪の」
「もしかしてジェイドですか?」
青年はリアナの言葉を遮って尋ねる。
「え?あ、そうです」
青年はにこりと微笑む。
「ジェイドと一緒にいらした方ですね。……入国の際は、お時間をとらせてしまい申し訳ありません」
「もしかして、入国の時にジェイドと話してた方ですか?」
「はい、王城警備兵のリガルと申します」




