第三話 謁見
スルティナ国に珍しい旅人が訪れた。
旅人は黒いローブを羽織って黒いフードを目深に被り、魔法具であろう翡翠の玉が先端に付いた銀色の長い杖を左手に持った少年。
この国には魔法具を堂々と持ち歩く者は居ない為、国民の目には旅人は不思議な者と写った。
さらに言えば、魔法具を堂々と持ち歩いているこの旅人は魔法使いだと推測できる。
国王に謁見したいという旅人を案内しながら、王城専属魔女のリアナはそんな事を考えていた。
リアナは後天的に魔力を身に備えた魔女だった。
この世界には先天的に魔力を身に宿した魔法使いも存在する。
魔法具を持つ事が出来るのは魔法使いだけであり、魔女と魔法使いでは根本的に違う。
世界に無数に存在する魔女とは違って、魔法使いは魔法界と呼ばれる世界にしか存在しない。
魔法界からこちらの世界に移住する魔法使いは極僅か。
リアナは滅多に会う事の無い魔法使いに興味があった。
王室前まで辿り着き、軽くノックをして扉を開く。
室内には国王しかいない。
普段なら執事や侍女など何人もお付きの者がいるが、どうやら王が人払いをしたようだった。
「国王、お連れしました」
リアナはそれだけ言って部屋の隅へ行きそこで待機した。
旅人は王座の前へ行き、フードを脱いだ。
フードの下から綺麗に梳かれた紫色の髪と藍色の瞳が露わになる。
「随分若い魔法使いだな。そなた名は何と言う」
旅人はふっと息を吐き、優雅に微笑みお辞儀をした。
「初めまして、国王陛下。ジェイド・ラスティアラと申します」
「ラスティアラ殿よ、何用で参った?」
国王は首を傾げて尋ねる。
「人を捜しています。……名前しか覚えてない人ですが」
旅人ジェイドは悲しそうに顔を俯けた。
「人捜し……」
隅で待機するリアナの呟きが聞こえたのか、ジェイドは顔を上げリアナを見た。
リアナに向け静かに微笑っている。
その微笑みに、リアナは何故か妙な既視感を覚えた。
「この国の者か?」
国王の問いにジェイドが視線を戻す。
「わかりません。どの国に住んでいるのかすら、知らないのです」
「それはまた……難題だな」
国王は低く唸り考え込んでしまった。
「あの、この国に魔法使いはいますか?」
考え込んで黙ってしまった王にジェイドが尋ねる。
「魔法使い?……ああ、確か数年程前から国に住みついているが」
「その魔法使いに、会わせていただけますか?」
ジェイドの頼みに、国王は申し訳なさそうに首を横に振る。
「国に居るには居るのだが、居場所を知らないのだ」
そんな国王の言葉にジェイドは目を瞬かせる。
「魔法使いは国と契約してそこに住んでいるから、居場所は知っているはずなんじゃ……?」
「確かに契約しているし契約書にも住所は記されている。しかしだな……」
国王は諦めたように溜息を吐いた。
「その魔法使いは殆ど家に居る事が無いのです。大抵街中をウロウロしているのです」
国王の様子を見て、リアナが代わりに口を開いた。
「そう言う事なのだ。……リアナ、彼の居場所を聞いた事はあるかい?」
「……確か、最近では城下町にある喫茶店でよく見かけると聞いた事があります」
リアナはスルティナ国の最高位魔女である為、様々な噂や情報を他の魔女達から収集することができる。
魔女は国の深い部分まで入り込める立場の為、かなり有力な情報を得られるのだ。
「城下町か……。リアナの情報は有力な物が多いが、全てがそうとは限らないのだが」
「いえ、事実で無くとも良いのです。何か痕跡さえあれば……」
ジェイドの言葉に国王は強い決意のようなものを感じて、強く頷いてリアナに命じた。
「リアナよ、ラスティアラ殿をその喫茶店へ案内してあげてくれるか」
リアナは一瞬迷ったが頷いた。
「では、自己紹介を」
王に促されて、リアナはジェイドの正面に立って深くお辞儀した。
「スルティナ国王城専属魔女のリアナと申します。以後、お見知りおきを」
城下町にあるという喫茶店へすぐにでも行きたかったジェイドだが、かなり遅い時間の来訪だった為案内は次の日に先送りされた。
その代わりなのか、王城の奥にある小さな一室をあてがわれた。
小さいと言っても一般人から見れば、十分広く豪華な客室であったが。
ジェイドはあてがわれた部屋へ引き上げて、無駄にふかふかなベッドに横になって考え事を始めた。
一番気になったのは王城専属という最高位の魔女、長い黒髪に紅い瞳の少女リアナ。
師匠であるシオナから魔法使いと魔女についてはそれなりに教わっていた。
魔法使いは生まれた時から魔力を宿している為にその髪や瞳の色が鮮やかになる。
魔力を持たない普通の人間は黒や茶色が多い中、魔法使いは赤や青や緑などが多い。
その普通の人間が後天的に魔力を宿したのが魔女。
魔女は後天的とはいえ魔力を宿す為、徐々に髪色が変化していく。
変化していくといっても一部分だけ色が変わるのだ。
そして、魔女は髪色は変わっても瞳の色は変わらない。
だが、リアナという少女は魔女だと言っているのに瞳の色が普通ではありえない紅なのだ。
教わった事に当てはまらない少女。
それに彼女の声を、ジェイドは何処かで聞いた事があった気がした。
だが、何処で聞いたのか全くわからない。
ジェイドは五年前にシオナと出会い、一年ほどたった後に人捜しを始めた。
その間、魔女はおろかシオナ以外の魔法使いとも接触した事が無い。
だからこそ、彼は早く魔法使いがいるかもしれないという喫茶店へ行きたかった。
朝、人々が動き出す頃ジェイドの部屋に来客が訪れた。
来客はかなり眠たそうにしているリアナだった。
「お、おはようございます。そろそろ喫茶店が開店する時刻なのですが……ご案内しますか?」
「おはようございます。すぐに案内してほしいです」
「わかりました。では、参りましょう」
リアナは一度自分の頬を叩いて眠気を飛ばす。
その間にジェイドはローブを羽織ってフードを被る。
魔法具である銀色の杖は、そのままだと長すぎて目立つので魔力を流して掌サイズに縮小する。
小さくしたそれに失くさないよう紐を通して首にかける。
全ての準備を手早く終えて部屋の外で待っていたリアナに声をかけて部屋を出た。
リアナに案内されて、王城の裏口から城下へ繰り出す。
いつの間にかリアナも黒いローブを羽織っていた。
ローブには金糸で国の紋章が刺繍されている。
城下を歩いていると、幾度もリアナに声がかかる。
声をかけるのは大人だったり老人だったり、時々子供が駆け寄ってくることもある。
リアナはそれら全てに応じて微笑みを向けていた。
「……あんた、有名なんだね」
その様子を隣で黙って見ていたジェイドがぽつりと呟いた。
リアナは隣に視線をやって小さく首を横に振る。
「有名ってわけじゃなくて。私小さい頃に国王に拾われて、それ以来国の人々も良くしてくれるんです」
「……この国出身じゃないの」
「ええ、まあ。……あ、ラスティアラさんここです」
ラスティアラと呼ばれる事に少し戸惑いを感じながら、リアナが立ち止まって指差した物を見る。
そこには、喫茶ミラージュと記された看板。
窓越しに店内を覗いてみると、朝早い時刻に関わらず結構な人数が入っていた。
リアナは店内を覗いているジェイドを促して、扉に手をかける。
からん、と乾いた音ともに扉が開く。
「喫茶ミラージュへようこそ。……あら、リアナじゃないの」
二人を迎えてくれたのは長い茶髪をポニーテールに結わえた女性だった。
「お久しぶりです、ミリヤさん」
リアナは女性に向かって小さくお辞儀した。
久しぶりの更新となってしまい、申し訳ありません。
「月に啼く」が終了したのでこれからは多少早い更新ができると思います。




