最後の脚本家
一応、少し未来の話ですが、未来的な用語などは一切入ってないのでご安心ください。
「SFじゃねぇのかよぉ、詐欺かよ〜」という方は、すぐにブラウザバックして蜘蛛の巣にでも引っかかったと思ってください。
ふと目が覚めた私は慌ててベッドから飛び起きた。おかげで足元に転がる酒瓶の一つを踏み倒しかけた。
「う、う~ん・・・」
あれほど艶やかだった妻の顔が10歳以上老けて見えるのも毎朝の事。もうおはようのキスをしなくなってどのくらい経つか。と、そんなつまらない事に思いをはせている場合ではない。私はローブだけ羽織るとほとんど裸のまま仕事部屋へ急いだ。
2階の寝室から1階の仕事部屋へ向かう道中のコレクションケースには、我が家の栄光の数々が立ち並んでいる。私がその前を通り過ぎるなり、明るい挨拶が部屋中に響き渡る。
「やあ、息子よ。今朝も素晴らしい朝だな」
「孫よ。世界一愛する我が愛しき花よ」
「おはよう、ひ孫!」
「おい、玄孫!」
トロフィーと共に並ぶ遺影の数々からは、先人たちがあの日の姿のまま私に声をかけてくれた。
まあ、父が私に愛想よく声をかけてくれた事などないし、そもそも祖父母とどんな言葉を交わしたかなど覚えてもいない。すべて個々人の記録を元にAIに人格起こしさせたものだ。足りない部分は私が多少アレンジしたりもしたが、お客に失礼がなければそれでいい。
「その顔、なにか素晴らしいストーリーを思いついたと見える」
「ええ、そうですよお父さん。ですから話しかけてください」
「それは悪かった。すまない。謝る。この通りだ」
「わかってくれればいいんです。私は先を急ぎますので」
「玄孫よ、我が家の家訓。忘れてはおるまいな」
やはり個々人に人格を与えるためとはいえ、データの共有を断ったのは間違いだったかもしれない。父に黙れと言ったのに、今度は高祖父が話しかけてきた。今度、業者に頼んで改良してもらおう。
「ええ、わかっていますとも。『原稿は手で書け』でしょう」
忌々し気にそう告げて扉を閉めるその後ろで、遺族たちの拍手喝さいがいつまでも響いた。
今朝見た夢を忘れぬよう頭の中で何度も反芻しながら、先祖の教え『原稿は手で書け』を実践する。正直こんなやり方などせずとも、声に出したものをコンピューターが自動で録音してくれるのに、父も祖父も頑なにそれを守り、そして幼少期から徹底的に私に守らせた。
「なぜ?」
と幼い私が聞けば
「それが我が家の家訓だからだ」
の一言だった。
あんまりにも私がしつこく尋ねると、父は私の持っていたタブレットを粉々に粉砕し、
「そんなにやりたくなければやめてしまえ!」
と、まるで私が悪いかのような言い方でそっぽを向いてしまうため、仕方なく父に合わせることにした。機嫌さえ損ねなければ、普段の父は物わかりが良い人だったからだ。
筆を走らせながらああでもないこうでもないと、本来見た夢とは違った形がおぼろげながら出来上がってきたころ、ふわりと香ばしい香りが漂いふわりと抱きしめられた。
「もう・・・私を置いて仕事なんて、酷い旦那様ね」
振り向くとそこにはすっかり美しくなった妻の顔が。距離が近いせいか5歳くらいは若返って見えた。
「すまないね。でも頭に浮かんだことを書き出しておかないと、どうにも落ち着かなくて」
キスを交わした妻の唇から、コーヒーの味がわずかに伝わる。
「今度、私の友達が貴方の作品をぜひ見たいって言ってるんだけど」
「ああ、喜んで」
私が心からの気持ちを告げるが、妻の表情がまだ何かを催促していた。
「そうだな、今ある原稿を書いてしまえば、今週いっぱい予定はないけど・・・」
「そうじゃなくて、おススメとかあるでしょ?貴方の作品なのよ」
ああ、そういう事だったのか。合点がいった私は瞬時に思考を巡らす。
なにせ妻ときたら、私の作品をまともに見たことがない。何度か勧めてみたものの、映画が始まってタイトルが表示された時点ですでにタブレットを開き、低俗なショート動画を見ているくらいだ。
「ごめんなさい。私にはちょっと難しかったみたい」
アルファベットで言えば『B』くらい導入も導入の部分だと思うが、そう言われては仕方がない。そんな妻の友人だと言うのだから、知能指数は同レベルと考えるべきだろう。
「それじゃあ『ソーヤングの空に』はどうだい?」
「どんなストーリー?」
見る気はないようだ。おいおい、私の代表作だぞ。まあ、これを機に知ってもらえればいいか。
「犯罪者が脱獄する話なんだけどね・・・」
「ちょっと待って。とりあえずタイトルだけいくつか並べてもらえる?あとで要約動画を見るから」
それで映画の何がわかるのかはなはだ疑問だが、これも興味を持ってもらうための入り口だと耐えるしかない。私はアカデミー賞最優秀賞の『ローマの平日』と、個人的にお気に入りである『七輪のちゃぶ台』を教えた。
「うそ!冗談でしょ」
妻の顔色が変わる。それはそうだろう。この国に・・・いや、この世界に住んでいて私の作品を知らぬわけがない。自分の無知に気づいてくれて嬉しいよ。
「どの映画も1時間もあるじゃない!」
そこかーい。
「なんなのよ、なにするのよ一時間も!」
妻は心底訳が分からないという風に私を見た。
「しょ、しょうがないよ。人一人の人生を描くにはどうしてもそれくらい・・・」
「ねえ、貴方を愛しているし、仕事も理解しているつもり。けど人生は限られているのよ?それはみんなも一緒。もっと人の人生を有意義にしてあげたら?」
「・・・例えば?」
妻はしばらく考えたが、「それを考えるのも脚本家の仕事じゃないの?」と訳の分からない事を言って出ていった。コーヒーは私の物ではなかったようだ。
乗りに乗った筆が徐々に減速し始め、いよいよオーバーヒートしかけた頃、ディスプレイに着信の表示がされた。そこには今、上映中作品のプロデューサーの名前があった。本来、執筆中は電話など出ないのだが、空気を変えたい私は受信ボタンを押した。
「やあ、我が友よ。おっと、もう仕事中だったかい?」
赤ら顔の小太り男は肩をすくめた。
「構わないよ、いい構想が浮かんだが、ちょうど手づまりしていたところだ」
「へえ、それは興味あるな。試しに聞かせてもらえるか?」
「まださわりの部分だけだぞ?」
「いいから」
赤ら顔があまりにしつこく頼み込むので、私は今朝見た夢とそこから生まれた物語を聞かせた。まるで赤べこのように頷いていたプロデューサーは、耐えきれなくなったのかいよいよ噴き出した。
「なんで過去に行ったからって、未来のお前がいなくなるんだよ!」
「いや、確かに時間の法則からしておかしいのはわかるけど・・・いいだろ、思い付きなんだから」
だから未完成品を教えたくはなかったのだ。ただでさえ私の作品は高尚といわれ、富裕層などしか見ないと言われている。1分で起承転結が語られる現代において、妻すらも夫の作品には興味ないのだ。
プロデューサーはひとしきり笑った後、何かに納得するように何度も頷いてみせた。
「ああ、これで次の作品も大ヒット間違いなしだな!」
「なんでそうなる」
「俺はお前の作品はすべて見ている。プロデューサーだからな。だが意味はぜんぜんわからん」
「褒めようとしているのか?貶そうとしているのか?」
「強いて言えば両方だな。俺がわからんって言った作品は、ことごとく当たってることは確かだ」
私を褒めるように見せかけて、結局自慢だったか。
「そういえば今作の試写会どうだった?そのために連絡くれたんだろう」
『シットダウン・ミー』という、近日上映される少年たちの青春映画だ。今回は豪華にも生の人間を使って撮影したため、普段よりも大分予算がかかった。このこだわりから我々、制作陣とスポンサーで大分揉めたのだ。
この男がその間を取り持ってくれたのだ。その点だけ見ても十分に有能だろう。
「男の子たちの演技が素晴らしくて、自分の作品なのに泣いてしまったよ」
「だなー。どう見たって素人なのに、俺以外みんな泣いてたもんなー」
だから大当たり間違いなしとでも言いたげである。
ちなみに役者なんて職業は大昔に廃れてしまったため、素人からオーディションで決めることになった。審査員に選ばれた私と彼は、ワクワクしながら会場へ向かったのだが、驚いたこと一人も志望者が現れずに早くも座礁しかけた。
そこを怒り狂った彼がその辺りに金をばら撒きだしたところ、なんとかオーディションの体をなすこととなり、最初は嫌々だった志望者(仮)にもなんとか自分の思い描くキャラになりきってもらった。
驚いたのは、志望者の多くが最後には笑顔で会場を後にし、選ばれた者たちも嬉々としていたことだ。恥ずかしながら、立ち会った私はその光景だけで大変満足して思わず涙を流していた。まあ、立ち会ったのは私だけで、彼は「コレ以上、かまってられるか!」と欠席を叩きつけてきたわけだが。
まあ、彼としてもだいぶん骨を折ったうえ、私の意も汲んでもらった処もあるし、今度は私が話を聞く番なのかもしれない。
「そういえばお前さん、まだ手書きで原稿執筆なんてしてるのか?」
「そうだよ」
もう何度目かわからないこの会話には、さすがに少しげんなりする。
「いいだろ?そっちに送るときにはちゃんとAI音声なんだから、迷惑はかけていないはずだぞ」
少し強気に反論すると、彼は突然真顔になり画面に張り付かんばかりに顔を近づけてきた。
「お前は自分というものをぜんぜんわかっていない!どこの配給会社もお前というブランドを取り合って、10年先まで予定を埋めてんだぞ?」
なんだそれは・・・私になんら断りもなく、私の予定は決められていたと?しかも10年も先まで?
「文字をスキャンする、それをAI音声に変換する。その作業の積み重ねが、お前の10年を奪っているんだぞ」
人の人生をバラ色どころかばら売りしといて、なんていう言い草だ。
だが――私も常々そのことは考えていた。仕事がもっと効率よくスムーズに済めば、家族との時間も増えるし、自分のやりたいことも出来る。なによりも紙という、貴重な資源を無駄にしなくて済むわけだ。ゴミとなった原稿をゴミ箱へ捨てるストレスに比べれば、先祖代々の家訓など惜しくはない。
「わかっている。手書きの原稿は今回まで。私の子供たちにも、今後は好きな媒体で原稿を作れと言ってある」
「なに?それは本当か!」
「ああ。本当だとも」
「やっぱりお前は最高だ!さあ、これからもジャンジャン稼ごうぜ」
赤ら顔のプロデューサーは、最後まで上機嫌で画面の奥へ消えていった。
これで良かったのか?とも思わなくはない。私という一代で、先祖代々が後生大事に守り続けてきた家訓を放棄してしまっても。それにより失われるものが、どれほど大きいのかわからぬうちに。
私はしばらく考え、部屋の外の先祖たちに相談してみることにした。なんとか皆で話し合い、改善できる方法を模索するつもりだ。最悪、見つからなくてもプログラムの書き換えはするつもりだから、その後でまた考えればいい。
その後の彼と、彼の家族について少し書いておく。
彼が執筆したその時つくっていた作品『バックトゥザファーザー』はAI時代における最高峰のアートとして「最高の脚本賞」を受賞し、その後『バックトゥザマーザー』、『バックトゥザティーチャー』(3作品で合計12時間超えの超超大作!!)の三部作られ、彼は莫大な富を得ることになる。
しかしそれは、数百年続いた誇り高き脚本家の最盛期でもあった。この日を境に、静かに、そして完全に衰退していったのだった。
脚本の酷い映画を見ている時に思いつきました。
AIの発達によって役者もシナリオもデジタルに置き換えられ、すべてが視聴者側の望む最適なもので埋め尽くされた世界では、作品に対して不満をいうという事すらできなくなるのでは?
世界は合理化を求めるけども、完璧な世界に自分たちの感情が入る余地ってあるのかな?それって幸せかな?
と思って書きました。




