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悪役令嬢は証言台に立つ

作者: 阿久屋 九零乗
掲載日:2026/09/03

――蒼星の宝石と偽りの目撃者――


 コレット・ド・ラシェが倒れたとき建国記念舞踏会の音楽はまだ止まっていなかった。淡い栗色の髪が床へ広がりその手から落ちた硝子杯が細かな破片となって散らばっている。駆け寄った第一王子エリアスの腕をつかむとコレットは苦しげに唇を動かした。


「アデル様から……いただいた飲み物です」


 広間にいた者たちの視線が一斉にアデルへ向けられた。驚く者よりもやはりと頷く者のほうが多く氷の悪役令嬢という呼び名だけで犯人を決めているらしい。アデルは背筋を伸ばしたまま医師を呼ぶよう命じると割れた杯へ近づこうとした従僕を手で制した。


「誰も破片や残った飲み物に触れないでください。私が疑われているのならなおさら今ある状態を変えてはなりません」


 エリアスはコレットを侍女たちへ預けてからアデルの前まで歩いてきた。青い瞳には疑いよりも困惑が見えるものの婚約者として彼女の隣へ立つことはなかった。王家の行事で発生した毒物事件であり被害を訴えた者が名指しした以上は第一王子の感情だけで処理できる段階ではない。


「アデル。君がこんなことをするとは思っていない。しかし今は君を守るための言葉さえ証言への干渉と受け取られる」


「承知しております。殿下はどうぞ王族としてお振る舞いください。私も自分の立場で必要なことをいたします」


 言葉としては正しい返答だったがエリアスは何かを言いかけて口を閉ざした。その間に王室司法局の捜査官たちが広間へ入り目撃者と出入口の確認を始めている。上級捜査官マティアス・ルグランはアデルにも礼を取ったうえで王族用迎賓館にある彼女の部屋を調べたいと告げた。


 捜索を拒めば毒を隠していると疑われるためアデルは自ら化粧箱の鍵を差し出した。王妃マルグリットと二人の女官が立ち会う中でマティアスが箱を開く。中に重ねてあった青い手袋を持ち上げた瞬間その下から青い光がこぼれた。


 現れたのは王家の宝飾品である蒼星のブローチと灰色の液体が入った小瓶だった。ブローチは建国祭の儀式に使われる品であり同じ夜に白銀の間から消えたばかりだという。アデルはそれまで盗難が起きたことさえ知らされていなかった。


「こちらの小瓶は王宮医師へ渡します。ブローチについては発見位置を記録したうえで封印してください」


 マティアスは部下へ指示を出したあと箱の脇に落ちていた紙片も拾い上げた。そこにはアデルの筆跡をまねた文字で第一王子へ近づくなら二度と社交界には立てないと書かれている。毒薬と盗品と脅迫状が同じ場所から出てくる光景は出来の悪い芝居の小道具をすべて一つの箱へ押し込んだようだった。


「ずいぶん親切な犯人ですこと。私を有罪にする品を一つも残さず並べてくださいました」


「お嬢様。今は皮肉を口にしている場合ではありません」


 侍女のリゼットに低い声でたしなめられたためアデルは余計な言葉を続けなかった。マティアスは表情を変えなかったものの化粧箱の鍵穴をしばらく確認してから薄い紙を当てて形を写している。王妃マルグリットはすべての作業が終わるまで口を挟まず捜査官が封印した証拠を運び出してからアデルへ向き直った。


「七日後に貴族審問を開きます。それまではヴァルモン公爵の保証によりこの迎賓館で過ごしなさい。法律で認められた証拠確認の権利は保証しますがあなたを特別に庇うこともしません」


「公平なお取り計らいに感謝いたします。七日もあれば十分です」


 王妃が去ったあとでリゼットは顔を青くしながら扉を閉めた。七日で十分だと言ったアデルにも誰がどのように証拠を入れたのかは分かっていない。それでも無実を訴えて誰かの同情を待つつもりはなかった。悪役令嬢らしく他人を追い詰めるのが得意だと思われているなら今だけはその評判を利用してやる。


     ◆


 翌朝になるとマティアスは昨夜の証言記録を抱えて迎賓館へ現れた。アデルには事件関係者へ単独で接触する権利がないため調査には彼の立ち会いが必要となる。マティアスは協力者ではなく監視役だと断ったうえで隠し事をした場合は調査を中止すると告げた。


「私に不利なことも含めて答えます。昨夜の八時半から九時までは白銀の間で儀式の確認を行いその後は広間へ移動しました。九時三十分ごろにリゼットの衣装が裂けたため彼女と一緒に迎賓館へ戻っています」


「あなたが広間を離れていた時刻に黒い外套と黒鳥の扇を持つ女性がこの建物へ入ったという証言があります。顔は見ていないそうですがその装いを普段から使うのはアデル嬢だけだと証人は話しています」


 アデルがリゼットへ目を向けると侍女は何かに気づいて椅子から立ち上がった。寝室の衣装棚と扇を収める箱を確かめたあと空の箱を抱えて戻ってくる。その表面には王都の扇工房が発行した預かり証が貼られていた。


「黒鳥の扇は三日前に骨が折れましたので修理へ出しております。昨夜は真珠飾りの白い扇をお使いいただきました。工房へ確認すれば預けた日時も分かります」


「目撃者が見たものは私の扇ではない。けれど私だと思わせる目的で作られた可能性はあります。ルグラン捜査官。扇工房の注文記録を確認させていただけますか」


「捜査上の必要があると判断します。ただしあなたは私の質問が終わるまで勝手に店主を問い詰めないでください」


 王都の扇工房ではアデルの黒鳥の扇が分解された状態で保管されていた。工房主は修理の依頼を受けた日付を帳簿から示し舞踏会の夜まで店外へ出していないと証言する。さらに一月前には同じ意匠の扇を作れないかと相談した女性がいたことも認めた。


 王家御用達の意匠を完全に複製することは禁じられているため工房主は黒い羽根を一枚減らした類似品を作っていた。注文主は顔を覆うヴェールを着けており完成品は王室慈善事業委員会の事務室へ届けさせたという。受取人の名には既に退職したラシェ男爵家の侍女が使われていた。


「コレット様の名前はありません。これだけではあの方が注文した証拠にならないでしょう」


「ええ。しかし目撃者が羽根の数を覚えているなら少なくともアデル嬢の扇ではなかったと証明できます」


 マティアスは工房主から注文書を預かりリゼットには目撃者と一緒に扇の形を確認させることにした。店を出たところでアデルは自分が容疑者から外れたのかと尋ねたがマティアスは首を横へ振る。扇を用意した者と毒薬を置いた者が同一人物だという証拠はまだなくアデルが別の扇を使って自作自演をした可能性も消えていなかった。


「慎重で結構です。私が捜査官でも同じことを申し上げたでしょう」


「嫌みのつもりなら効果が薄いようです。次はあなたの化粧箱を作った工房へ向かいます。鍵穴には正規の鍵と合わない金属を差し込んだ傷がありました」


 化粧箱を製作した鍵工房には同じ形の鍵を作った記録が残っていなかった。しかし見習いの一人が帳簿を前にして落ち着きを失い半月ほど前に記録へ載せず複製鍵を作ったと白状する。客から自分の化粧箱の予備鍵だと聞かされ通常より多い代金を渡されたため親方へ黙っていたという。


 依頼人は顔を見られないようにしていたが受取場所には慈善事業委員会の七番保管棚を指定していた。配達記録にも七番棚の管理札を使って受け取ったことが残っている。その棚は委員会の記録係であるコレットに割り当てられた場所だった。


「これであの方を逮捕できますか」


「棚を一時的に使っただけだと言われれば終わりです。鍵も既に処分されているでしょう。ですが審問で問う価値のある事実にはなりました」


 アデルは物足りなさを感じながらも反論しなかった。評判だけで人を有罪にできないからこそ自分もまだ拘束されずに済んでいる。コレットが疑わしいという理由だけで罪人として扱えばアデルを悪役令嬢と決めつけた者たちと同じになる。


 化粧箱から見つかった脅迫状にも慈善事業委員会で使う紙の透かしが入っていた。文字そのものはアデルの筆跡を一字ずつ写しているが単語の間隔と行末の傾きにはコレットが右手で書いた記録簿と共通する癖がある。マティアスは筆跡だけを決定的な証拠にはしなかったものの扇と鍵と脅迫状が同じ場所で用意された可能性を記録へ加えた。


     ◆


 三日目には王宮医師の診療記録を確認する許可が下りた。コレットはアデルから飲み物を受け取った直後に倒れたと証言している。ところが最初に脈を診た医師は倒れる十分ほど前からコレットの手に震えがあったと女官から聞き取りその内容を記録へ残していた。


 硝子杯に残った毒は症状の強さに対して量が少なく飲んだ直後に意識を失う種類でもない。コレットの症状は舞踏会へ入場する前に毒を服用した場合と一致しているという。ただし医師は本人が量を誤れば死んでいた可能性もあると付け加えた。


「命まで賭けて第一王子の婚約者になろうとしたのでしょうか」


「そこは本人にしか分かりません。私たちが示せるのはアデル嬢から受け取った飲み物だけでは症状を説明できないという点です」


 マティアスの返答は正しいがアデルには簡単に切り離せない疑問だった。ラシェ男爵家が負債を抱えていることは社交界でも知られている。爵位を失う前に王族との縁を得られれば家は救われるもののそのために自分で毒を飲む決意まではアデルにも理解できなかった。


 同じ日の午後にコレットへの聞き取りが許可された。寝台から起き上がった彼女の顔にはまだ血の気がなくエリアスから贈られたという白い花が枕元に飾られている。アデルを見ると怯えたように肩をすぼめたが帰ってほしいとは言わなかった。


「私をお疑いなのですね。アデル様の青い手袋の下からブローチと毒薬が見つかったのにそれでも私が自分で仕組んだとお考えなのでしょうか」


「私はまだあなたが犯人だとは申し上げておりません。昨夜の飲み物を受け取る前から手が震えていたという証言について理由を聞きに来ただけです」


 コレットは寒さのためだと答えて毛布を握りしめた。署名を求められると右手で不安定な文字を書いたものの返された筆が机から落ちそうになった瞬間には左手で迷わずつかんでいる。アデルはその動作を覚えておきながらもう一つの言葉を頭の中で繰り返していた。


「どうかなさいましたか。私の顔に何かついております?」


「いいえ。お話を聞かせてくださって感謝します。身体を大切になさってください」


 部屋を出て扉が閉まるとアデルはマティアスへ発見時の記録を見せてほしいと頼んだ。青い手袋の下に証拠品があったことを知るのは捜索へ立ち会った六人だけであり記録も封印されている。立会人の行動記録にもコレットや彼女への面会者と接触した形跡はなかった。


「先ほどの言葉は記録へ残しました。彼女には証拠品が化粧箱から見つかったことまでしか知らせていません」


「置いた本人なら正確な場所を知っています。誰かから聞いたと言い逃れるでしょうが状況証拠の一つにはできます」


「アデル嬢。あなたは最初から彼女を疑っていたのですか」


 マティアスの問いにアデルはすぐには答えられなかった。第一王子へ近づく男爵令嬢を嫌っていたからではなくアデルが罪人になって得をする者を考えればコレットが最初に浮かぶ。それでも動機だけで疑ったことには違いがなかった。


「疑っていました。ですから自分の判断だけで犯人と決めないためにあなたの立ち会いを求めています」


 マティアスは記録帳へ何かを書き加えたあと反論せずに歩き出した。翌日は慈善事業委員会の書類と保管棚を調べるという。容疑者と監視役だった二人の足並みがそろい始めたことをアデルはそのとき初めて意識した。


     ◆


 五日目の夜を迎えるとエリアスが迎賓館を訪れた。捜査への干渉を避けるためマティアスも同席し事件に関する話は審問まで行わないという条件が付けられている。婚約者同士が話すために監視を必要とする状況をエリアスは受け入れにくそうにしていた。


「君を信じていないわけではない。それだけは事件が終わる前に伝えておきたかった」


「信じていると公言してほしかったのではありません。殿下が私を疑っていないと私には説明しなくても分かるとお考えになったことへ腹を立てております」


「同じことだと思っていた。だが君にとっては違ったのだな」


「ええ。私は殿下の臣下になるためではなく伴侶になるために婚約したはずです」


 エリアスは言葉を探したものの不用意な謝罪で済ませようとはしなかった。アデルも今後の関係について結論を求めず審問が終わってから話すとだけ告げる。短い面会を終えて彼が立ち去ると廊下で待っていた王妃マルグリットが入れ替わるように部屋へ入ってきた。


「あなたは無実を証明したあとも第一王子の婚約者でいるつもりですか」


「今は分かりません。私の無実と婚約を続けるかどうかは別の問題です。審問では混同しないようにいたします」


「それで結構です。王妃になるために自分の判断を捨てる者を私は後継者の伴侶に選んだ覚えはありません」


 王妃はそれ以上の助言を一つも与えずに退出した。アデルを守る言葉ではなかったが容疑が晴れればすべてを元へ戻せと命じるつもりもないらしい。アデルは答えを急がず机の上へ証言記録を並べ直した。


 慈善事業委員会の調査からは複製扇と鍵が七番棚へ届けられた記録が見つかっている。目撃者に意匠図を確認させると見たのは羽根が一枚少ないほうだと答え注文書とコレットが右手で記入した記録簿には同じ書き癖があった。さらに事件当日に証拠品として回収されたコレットの舞踏会用手袋からは白銀の間の花台に使われた黄色い花粉が検出されている。


 コレットは展示準備中も白銀の間へ入っていたためそれだけなら不自然ではない。しかし準備の担当者には白い作業手袋が支給され退出時に回収された記録があった。舞踏会用の緑色の手袋に花粉がついた理由を説明するには準備を終えたあとで花台へ触れた可能性まで考える必要がある。


「盗んだブローチを花台へ隠し部屋の封印後に回収したのでしょう。けれど花台は白銀の間の内側にあります。封印を破らずに回収する方法がありません」


 リゼットの指摘を受けてアデルは白銀の間の配置図を見直した。花台の鉢は壁に固定されているが茎を支える筒だけは給水のため裏廊下から抜ける構造になっている。封印前にブローチを筒の中へ落としておけば部屋が閉ざされたあとでも裏側から回収できる。


 マティアスが実物を確かめると筒の内側から蒼星のブローチの装飾石と同じ成分の青い粉が検出された。白銀の間から品物を持ち出す瞬間を誰にも見られず封印後に盗まれたように見せた方法もこれで説明できる。残る問題は集めた証拠を一つの犯行として審問官に認めさせられるかどうかだった。


     ◆


 七日後の貴族審問には国王の代理として王妃マルグリットが出席し左右には三人の審問官が並んでいた。エリアスは管理責任者として証言席へ座りアデルとコレットは向かい合う位置へ席を与えられる。傍聴席に集まった貴族たちは悪役令嬢の断罪を期待しているのかそれとも男爵令嬢の転落を待っているのか判別できなかった。


 最初にマティアスが毒物と盗難について報告した。コレットの症状はアデルから飲み物を受け取る前に始まっており杯へ残された毒だけでは倒れた時刻と合わない。蒼星のブローチについても封印前に花台の給水筒へ隠され裏廊下から回収された可能性が高いと説明する。


「可能性にすぎません。わたくしが毒を飲んだという証拠もブローチを回収したという証拠もないではありませんか」


 コレットは弱々しい被害者の表情を保ちながら反論した。審問官の一人も個々の証拠が彼女の犯行へ直接結びついていないと指摘する。そこでアデルは許可を得て立ち上がり黒鳥の扇と複製品を描いた二枚の意匠図を傍聴人にも見える高さへ掲げた。


「目撃者はこの意匠の扇を持つ女性を私だと判断しました。しかし私の扇は事件当日に工房へあり目撃された扇は羽根が一枚少ない複製品です。複製品と化粧箱の鍵はどちらも慈善事業委員会の七番棚へ届けられ脅迫状にも委員会で使う紙が選ばれています」


「委員会には多くの者が出入りします。わたくし以外の誰かが棚を利用したのでしょう」


「七番棚の管理札はあなたが所持していました。扇の注文書とあなたが右手で記入した記録簿には同じ書き癖があります。先日の署名も右手でしたが落ちかけた筆は左手で取られましたね」


 コレットは筆跡が似ているだけだと否定した。続いて緑色の手袋に付着した花粉について問われると展示準備中についたものだと言い返す。白い作業手袋を使ったはずだと指摘されても外した時間があったかもしれないと答えを変えなかった。


「すべて偶然です。扇を注文した誰かが鍵も作りわたくしの棚を使い同じ花粉をわたくしの手袋へつけたのでしょう。アデル様はご自分を守るため身分の低いわたくしを犯人にしようとなさっています」


「では最後に一つだけお尋ねします。私の化粧箱から何が見つかったのかもう一度お答えください」


「蒼星のブローチと毒薬です。青い手袋の下に隠してあったと先日も申し上げたではありませんか」


 答えた直後にコレットの顔から怯えた表情が消えた。審問の間には発言を書き取るペンの音だけが残っている。アデルはコレットを見下ろさず審問官へ向けて発見時の記録を差し出した。


「証拠品が化粧箱から発見されたことは公表されています。しかし青い手袋の下にあったことを正式に知らされているのは捜索へ立ち会った者だけです。立会人全員の行動記録はルグラン捜査官が確認しております」


「誰かから聞いたのです。王宮の女官か捜査官が話したに違いありません」


「誰から聞いたのか名前を挙げてください。あなたへ面会した者の記録にはその場にいた人間がすべて署名しています」


 コレットは女官の名を一人挙げたがその女官は証拠品の発見へ立ち会っていなかった。別の捜査官の名へ変えてもその人物にはコレットや面会者との接触記録がない。言葉を重ねるたびに記録との矛盾が増え先ほどまで偶然だと切り離していた証拠が一つの計画へつながっていく。


「扇は私に見せかけるために用意され複製鍵は私の化粧箱へ証拠品を入れるために使われました。あなたは舞踏会の前に毒を飲み私から渡された杯へ残りを入れています。白銀の間では給水筒を利用してブローチを持ち出し緑色の手袋に花粉を残しました」


「違います。わたくしはただ殿下をお慕いしていただけです」


「殿下を慕うことは罪ではありません。私を陥れるために王家の宝石を盗み自ら毒を飲んだことが罪なのです。問われているのはあなたの感情ではなくそのために選んだ行動です」


 コレットは救いを求めるようにエリアスへ視線を向けた。エリアスはその視線から目をそらさず王族として審問の決定に従うと答える。王子の情へ訴える最後の道まで閉ざされるとコレットは机の縁を左手でつかんだ。


「わたくしには他に方法がなかったのです。家を失えば誰もわたくしを男爵令嬢として扱わない。アデル様には最初からすべてが与えられていたではありませんか」


「私に与えられたものがあなたから盗んでよい理由にはなりません。あなたの家の負債を作ったのは私ではなく私を罪人にしても借金そのものは消えません」


 コレットはそれ以上の反論をせず王室衛兵が近づいても抵抗しなかった。王妃マルグリットは審問官たちの確認を受けたあとアデルに対する窃盗と毒殺未遂の嫌疑を棄却する。コレットについては王家の宝飾品を盗み証拠を偽造して他者へ罪を負わせた疑いにより正式な裁判へ送ると決定した。


     ◆


 審問が終わると傍聴していた貴族たちはアデルを褒める言葉を並べ始めた。七日前まで彼女を毒婦と呼んでいた者も含まれているためアデルは礼だけを返して足を止めなかった。廊下ではリゼットとマティアスが待っており二人とも無罪を祝うより先に今後の手続きを説明する。


「お嬢様の化粧箱は証拠品ですのでまだ返却されないそうです。戻り次第、複製されにくい鍵へ取り替えてくださいませ」


「私からも同じことを勧めます。あなたが調査へ加わらなければ審問までに証拠をそろえることはできませんでした」


「あなたが私を特別扱いしなかったから調べられたのです。礼を申し上げるならその点でしょう」


 マティアスは褒め言葉として受け取っておくと答え記録を抱えて司法局へ戻っていった。リゼットも迎賓館の荷物を片づけるために先へ進む。廊下に残ったアデルの前には審問を終えたエリアスが一人で立っていた。


「無実が証明されたからといって何もなかったように婚約者へ戻ってほしいとは言わない。私は君なら説明しなくても分かると考え必要な言葉を渡さなかった」


「殿下が捜査へ介入しなかった判断は正しいものでした。それと私が傷つかなかったかどうかは別です」


「分かっている。だから王家が決めた婚約ではなく私自身を見たうえでもう一度選んでもらいたい。今ここで答えを求めるつもりはない」


 アデルはすぐに返事をせず差し出されたエリアスの手を眺めた。無実を信じてもらうだけなら証拠があれば足りる。しかし伴侶として信頼できるかを判断するには七日間の捜査記録だけでは足りなかった。


「では殿下。まずは私を婚約者だと思わず一人の女性としてお茶にお誘いください。判断するための証拠は多いほうがよろしいでしょう」


「それは審問より厳しい調査になりそうだ」


「当然です。名探偵を欺こうとなさらないでくださいませ」


 エリアスはようやく差し出していた手を下ろし改めてアデルの隣へ並んだ。二人は触れ合わない距離を保ちながら同じ廊下を歩き始める。黒鳥の扇は修理を終えておらず氷の悪役令嬢という呼び名もまだ消えてはいなかったが次に選ぶものだけは誰かの評判へ任せるつもりはなかった。

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