第8話 神谷悠真の焦燥
魔族が消滅したあと、草原には静かな風だけが残った。
勇者パーティーはまだ戦闘態勢を解いていない。
僧侶の少女が勇者へ駆け寄る。
「悠真さん、大丈夫ですか!」
銀髪の僧侶――フィーナだ。
「……平気です」
そう答える声は強がりに近い。
呼吸が荒い。
肩が上下している。
魔力の流れも乱れている。
私は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
肩の上でサトリが小さく囁く。
「京ちゃん、かなり消耗してるよ」
「ええ」
霊力の流れを見る。
勇者の体内で、光の加護が無理に出力を上げている。
補助というより――
強制駆動。
長く続けば、身体がもたない。
私は小さく息を吐いた。
「典型的ね」
「なにが?」
「急かされてる戦い方」
勇者は水を飲み、呼吸を整えると私の方へ歩いてきた。
「……さっきの術」
まっすぐな目で言う。
「ありがとうございました」
「礼はいらないわ」
私は首を振る。
「少し手伝っただけだし」
「それでも助かりました」
悠真は頭を下げた。
仲間たちが少し驚いた顔をする。
どうやら、この少年は礼儀がいいらしい。
後ろで魔法使いの少女が苦笑した。
赤髪の魔法使い――リゼ。
「悠真ってこういうとこ真面目すぎるんですよ」
隣では騎士の青年が腕を組む。
盾を背負った騎士――ルーク。
「だが礼を言うのは当然だ」
さらに格闘家の大男が肩を回す。
闘気を纏う拳士――ガルド。
「俺たちだけだったら長引いてたな」
私は軽く肩をすくめた。
「それより」
私は悠真を見る。
「あなた、ずっとこの調子?」
「え?」
「戦闘」
悠真は一瞬だけ言葉に詰まる。
そして小さく頷いた。
「……はい」
「休んでないわね」
「時間がないんです」
勇者は拳を握る。
「魔王軍幹部を追っています」
「逃げられたら、また被害が出る」
言葉はまっすぐだ。
正義感。
使命感。
それ自体は悪くない。
だが。
「休息は?」
私が聞くと、悠真は黙った。
リゼが苦笑する。
「こいつ、休息って言葉知らないんですよ」
「リーダーなのに?」
「だから困ってるんです」
フィーナが小さくため息をつく。
ガルドは肩をすくめた。
「止めても突っ込む」
なるほど。
状況は見えた。
私は悠真を見る。
「あなた」
「はい」
「急かされてるの?」
悠真は目を伏せた。
そして小さく言う。
「……夢で」
私は眉を動かした。
「夢?」
「女神様が」
悠真は迷いながら続ける。
「急げって」
風が草を揺らした。
サトリが小さく呟く。
「京ちゃん」
「ええ」
私は静かに悠真を見る。
「毎晩?」
「……はい」
やっぱりね。
私は空を見上げる。
女神の加護。
勇者召喚。
そして夢での指示。
ここまで揃えば仮説は立つ。
ただ――
まだ証拠が足りない。
「ねえ」
私は悠真を見る。
「一つ提案」
「なんですか」
「しばらく同行しようかな」
悠真が目を見開く。
「え?」
リゼも驚く。
「いいんですか?」
「見学したい」
「見学?」
「あなたの加護」
悠真は困惑している。
私は続けた。
「女神の加護がどう働いているのか」
「生で見たいの」
悠真は仲間を見る。
少し迷う。
そして――
「……お願いします」
深く頭を下げた。
「力を貸してください」
私は肩をすくめる。
「貸すかどうかはまだ決めてない」
悠真が顔を上げる。
「え?」
「調査よ」
私は背を向ける。
「あなたが壊れる前に」
悠真が固まる。
サトリが笑う。
「京ちゃん、それ優しい」
「事実を言っただけ」
私は歩き出す。
草原の先。
北西。
魔王軍の気配がまだ残っている。
「狐面さん!」
悠真が呼ぶ。
「名前を……」
私は少しだけ足を止めた。
「ミツネ」
それだけ言う。
狐面の陰陽師。
陰陽寮から依頼を受けて、この世界へ来た。
本来の目的は護衛。
だが――
この世界は少し気になる。
証拠は現場に落ちている。
そして勇者の背中には――
重すぎる期待が乗っている。
私はそれを確かめるために、歩き出した。




