第6話 勇者の足跡
交易都市ヴァルミナの朝は、静かに始まった。
焼け落ちた門の修復作業が進み、瓦礫は少しずつ片付けられている。
町はゆっくりと落ち着きを取り戻しつつあった。
泣き腫らした顔の子どもが、母親と手をつなぎ、慎重に石畳を歩いていく。
私はその様子を眺めながら、ゆっくりと通りを進んだ。
「……立ち直りは早いのね」
狐面の奥で、小さく呟く。
隣を歩くエリシアが、穏やかに答えた。
「生き延びた者は、前を向くしかありません。止まれば、次の戦火に飲まれてしまいますから」
強い声だった。
だが、その奥にわずかな疲労が滲んでいる。
城館に通され、領主との簡素な面会が行われた。
「この度の救援、感謝申し上げます」
初老の男が深く頭を下げる。礼は王女に向けられているが、視線の端では私を測っている。
異物を見る目。
まあいい。
「確認したいことがあるわ」
私は単刀直入に言った。
「異世界から召喚された勇者。ここには寄っていない?」
領主は首を振る。
「三日前、北街道を通過したとの報告があります。滞在はしておりません」
「同行者は?」
「神殿の司祭が一名。それと、数名の冒険者が護衛として」
神殿。
私は黙って頷いた。
エリシアが静かに続ける。
「勇者殿は、魔王軍幹部を追っていると聞いています。功を焦っている様子だったと」
焦り。
それは若さか。
それとも――
午後、私は冒険者ギルドを訪れた。
酒と汗と鉄の匂いが混じる空間。
壁には依頼書が並び、荒事に慣れた視線がこちらを向く。
「勇者様の件でしょうか?」
受付の女が、面倒そうに言った。
「強かったよ。確かに」
「確かに?」
「無茶だ。前に出すぎる。仲間が追いつかねぇ」
別の冒険者が笑う。
「魔法も剣も、伸び代はある。だが、休まない。止まらない。
まるで、追われてるみたいだったな」
追われている。
敵に?
それとも――期待に。
「戦場は?」
「北西。ガストニア国境沿い。
魔王軍の補給拠点があるらしい」
私は礼を言い、外へ出た。
町外れの街道。
焦げた草。
地面に刻まれた剣痕。
魔力の残滓。
私はしゃがみ込み、指先で空間をなぞる。
「……荒い」
力で押し切っている。
だが未熟ではない。
むしろ優秀だ。
それでも。
この流れは、余裕のある戦い方じゃない。
必死だ。
誰かに「英雄であれ」と押し出されている戦い方だ。
「京ちゃん、どう?」
肩のサトリが小声で聞く。
「悪くない。むしろ優秀よ」
そよ風が吹き、草が揺れる。
「でもね」
私は立ち上がる。
「これ、休んでない戦い方だわ」
全力。
常時前進。
撤退という選択肢が薄い。
それは勇敢さじゃない。
焦燥だ。
夕暮れ。
城館のバルコニーで、エリシアが空を見ていた。
「勇者殿を追われるのですね」
「ええ」
「止めるために?」
私は少し考える。
「確認するためよ」
女神の采配が正しいのか。
少年が、自分の意思で戦っているのか。
「彼は、まだ子どもでしょう?」
「ええ」
狐面の奥で、私は目を細める。
「勇者を見てから、判断するわ」
北西の空は赤く染まっている。
戦火の色。
勇者は、そちらへ向かった。
私は背を向ける。
机上の推測に意味はない。
証拠は、戦場に落ちている。
「行きましょう」
ヴァルミナを後にし、勇者の足跡を辿る。
焦りの痕跡。
未熟ではない強さ。
そして、背負わされた役割の重さ。
その先で、私は彼と会うだろう。
まだ会わない。
だが、近い。
北西の空に、かすかに光が瞬いた。
――あれが、少年の戦いの火だ。




