第5話 交易都市ヴァルミナ攻防戦後
戦いのあとの町は、静かだった。
静かすぎる、と言ってもいい。
瓦礫の山。焦げた門。崩れかけた石壁。
さっきまで死霊兵が歩いていた場所に、今は人々が集まり、泣き声と安堵のため息が夜気に溶けている。
「助かりました……本当に」
自警団の男が、深く頭を下げた。
狐面の奥で、私は軽く肩をすくめる。
「礼はいらないわ。退けただけよ」
本当は、退けるのも楽ではない。
けれど、それを口にする必要はない。
問題は、戦いそのものじゃない。
私は崩れた門の内側へ歩く。
まだ空間に、薄く力の残滓が漂っている。
霊符を一枚、指に挟む。
「……散」
小さく術を解くと、空間に張り付いていた力の流れが、淡く浮かび上がった。
波のような揺らぎ。
結界の名残。
規則性はある。
けれど――
「……安定してない」
途切れ途切れだ。
術で例えるなら、循環が甘い。
根を張る前に、無理に広げたような感触。
「狐面の術者殿」
振り返ると、カルドが立っていた。
「結界を調べておられるのですか」
「ええ。これ、誰が張ったの?」
「神殿魔導院です。女神の加護式を基にした標準型結界と聞いております」
「標準、ね」
私はもう一度、空間を見る。
標準なら、もっと均整が取れているはず。
「詳しい記録は?」
「……神殿の管轄です。我ら騎士は、詳細までは」
現場は知らない。
神殿に任せている。
私は小さく息を吐いた。
責めているわけじゃない。
ただ、違和感があるだけ。
酒場では、別の話題が飛び交っていた。
「聞いたか? 異世界から召喚された少年だってよ」
「女神に選ばれた勇者様だ!」
「ガストニアに向かったらしい」
私は椅子に腰掛け、水を口にする。
選ばれた。
便利な言葉だ。
選ばれたのではない。
持っていかれたのだ。
トラックの急制動。
消えた自転車。
あの瞬間。
異界干渉。
「……やっぱりね」
小さく呟く。
神が弱っているなら、勇者投入は理にかなう。
けれど、それは応急処置だ。
構造がどうなっているのか。
今はまだ、判断材料が足りない。
夜。
町はようやく静まり返った。
私はひとり、外門の前に立つ。
霊符を九枚、円環状に配置する。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
薄い光が浮かび、結界の残滓が再び視える。
今度は、少しだけ深く。
波長を読む。
――弱い。
鼓動のような周期がある。
本来なら、一定の律動を刻むはずのそれが、今は揺らいでいる。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、安定していない。
私は霊符を回収し、夜空を見上げた。
女神の名を、誰もが当然のように口にする世界。
けれど。
「……まずは勇者ね」
机上の推測に意味はない。
現場を見なければ。
彼がどう戦っているのか。
何を背負わされているのか。
それを確認してからだ。
監査も、是正も。
すべては、証拠から始まるのだから。
私は、勇者の足跡を追う決意を固めた。




