第3話 王女と狐面の術者
私は、王女一行の後ろを歩いていた。
草原を抜け、森を越えた先には、石畳の道が続いている。
整備されすぎている気もするが、異世界の“文明”というやつは、案外几帳面らしい。
――道があるということは、維持する者がいる。
壊すのは簡単。でも、維持は難しい。
この世界の“管理者”は、どこまで目を届かせているのだろう。
「京ちゃん、あの鎧の人たち、ずっとこっち見てるよ」
肩に乗ったサトリが、耳をぴくぴくさせながら囁く。
「まあ、狐面の術者なんて怪しさ満点だし、当然よね」
私は肩をすくめる。
護衛騎士たちの視線は、警戒と好奇心が入り混じっていた。
中央を歩く銀髪の王女が、振り返る。
「魔術師殿。歩きづらくはありませんか?」
「気遣いはありがたいけど、私は“殿”って柄じゃないのよ」
「では……京花殿とお呼びしても?」
「狐面の術者でいいわ。そっちのほうが、距離感も保てるし」
王女は微笑み、再び前を向いた。
その背中は、戦場で傷ついたはずなのに、どこか凛としていた。
「姫様、あの者は信用してよろしいのですか?」
騎士の一人、ライオネルが低い声で問う。
「助力をいただいた以上、礼を尽くすのが我が国の流儀です」
流儀。
いい言葉だ。だが、流儀だけで世界は回らない。
制度と責任があって、はじめて秩序になる。
「……承知しました」
別の騎士、カルドが私に近づいてくる。
「狐面の術者様の術、興味深いですね。魔法とは異なる理に見えました」
「魔法って、あの炎を出すやつ?」
「ええ。我々の世界では、術式ではなく“魔力”によって現象を操ります」
「体系はあるの? 登録や制限、使用資格とか」
カルドが一瞬、言葉に詰まる。
「……基本的には、個人の素質と訓練に依存します」
「なるほど」
管理台帳なし、許可制なし。
随分と自由な運用らしい。
「ふーん。じゃあ、あたしのは“異端”ってことね」
「いえ、むしろ“異才”かと」
サトリがくすくす笑いながら、カルドの肩に乗ろうとしてベルンに引き戻される。
「おっと、そいつは俺の肩に乗るにはちょっと軽すぎるな」
「京ちゃん、あの人うるさい」
「放っておきなさい。陽気な騎士って、どこにでもいるものよ」
若い騎士、ユリウスが少し離れた位置から私を見ていた。
目が合うと、慌てて視線を逸らす。
「……あの、狐面の術者殿。先ほどの術、すごかったです」
「褒められても、燃やしただけよ」
「いえ、それでも……」
私は、彼の真っ直ぐな目に少しだけ苦笑した。
森を抜けると、遠くに石造りの城壁が見え始めた。
夕暮れの光を受けて、町の輪郭が赤く染まっている。
「やっと町が見えてきたわね」
私は狐面の下で小さく息をついた。
異世界に来てから、ようやく“人の営み”らしいものに触れられる気がした。
守るべきものがある。
ならば、守り方にも責任があるはずだ。
「この町は、エストリアの交易拠点のひとつです。戦火を逃れ、まだ人々が暮らしています」
王女エリシアが静かに説明する。その声には、安堵と緊張が入り混じっていた。
「戦争の余波がここまで来ているのね」
「ええ。ガストニアは世界制覇を目前にして、制圧の部隊を各地に派兵しています」
「世界制覇……その後の統治計画は?」
エリシアがわずかに眉をひそめる。
「……存じません」
やはり、だ。
サトリが私の肩に飛び乗り、耳をぴくぴくさせる。
「京ちゃん……なんか、嫌な気配がするよ」
「どこから?」
「町の方。人の気持ちがざわざわしてる。恐怖と焦りが混じってる」
私は眉をひそめた。
サトリの読心は、ただの直感ではない。異界においては、確かな“警鐘”なのだ。
護衛騎士のライオネルが剣に手をかける。
「姫様、町の様子が妙です。警戒を」
カルドが冷静に周囲を見渡し、短く頷いた。
「敵の斥候か、あるいは魔獣兵の残党でしょう」
私は霊符を指先で弾きながら、町の城壁をじっと見つめた。
「……どうやら、平穏な到着は望めそうにないわね」
狐面の奥で、私の目が細くなる。
次の瞬間、町の門の向こうから不穏な影を感じた。




