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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第17話 眠りを守る符

 朝の空気は冷たかったが、昨日より重く感じた。

 理由はわかっている。

 悠真の顔色だ。

 夢で睡眠を削られた人間の顔は、見ればわかる。

 目の下が少し暗い。

 呼吸の深さが足りない。

 立っていても、どこか意識の芯が沈んでいる。

 本人だけが、それを“寝不足気味”くらいで済ませようとしていた。

「大丈夫です」

 そう言いながら歩く姿が、もう大丈夫じゃない。

 私は狐面の下で目悠真を追う。

「京ちゃん」

 サトリが肩の上で尻尾を揺らす。

「どうするの?」

「応急処置はする」

「根本は?」

「まだ無理」

 だからまずは、睡眠の改善を行う。

 サトリにそう説明しながら、私達は歩く。

 街道はなだらかな下りに差し掛かっていた。

 街道正面には低い森、その向こうには灰色の岩山が続いている。

 人の気配は少ない。

 魔物は出ても小型だろう。

 少なくとも、今すぐ総力戦になる感じではない。

 だから今のうちに、できることをやる。

「悠真」

「はい?」

「今夜、寝る前に札を貼る」

 悠真が目を瞬かせた。

「札?」

「夢の干渉を少し鈍らせる」

 リゼがすぐ横から口を挟む。

「ちょっと待って。それ、昨日の応急処置より上のやつ?」

「少しだけね」

「少しだけって顔してない」

「顔は見えてないでしょ」

「そうだった」

 狐面の下で、小さく息を吐く。

 リゼは本当に勘がいい。

 面倒な方向に。

 ルークが低く問う。

「危険はないのか」

「札を貼るだけならない」

「“だけなら”?」

「相手が何かしてこなければ」

 沈黙が落ちた。

 ガルドが頭を掻く。

「それ、やっぱり女神様相手ってことか?」

「仮説段階」

「でも、ほぼ黒なんでしょ?」

「ええ」

 後鬼が静かに口を開いた。

「夢へ触れている以上、ただの加護ではありません。少なくとも、こちら側から遮断を試みれば反応が返る可能性はあります」

 悠真が少しだけ強張る。

「……それって、俺のせいで危ないってことですか」

「違う」

 私は即答した。

 全員がこっちを見る。

「あなたのせいじゃない。運用のせい」

 悠真は口を閉じた。

 少しだけ、肩の力が抜ける。

 その反応があるうちは、まだ大丈夫だ。

 正午を少し過ぎたころ、小さな沢の近くで休憩を取ることになった。

 水は冷たく、澄んでいる。

 フィーナが水筒を満たし、ガルドはその場で顔を洗い、前鬼は足だけ沢に突っ込んで「冷てぇ!」と騒いでいた。

 後鬼はそんな前鬼を見て、心底どうでもよさそうな目をしている。

 私は少し離れた岩の上に座り、懐から札束を取り出した。

「京ちゃん、作るの?」

「作る」

 夢見符とは別だ。

 今度はもう少し、深く眠らせるための符。

 眠りそのものを守る。

 干渉を弾くというより、眠りを静かに沈めて、余計な波を拾いにくくする。

 札に指先を滑らせる。

 五芒。

 鎮静。

 清浄。

 薄く、目に見えない程度に守りを重ねる。

「……それ、どういう理屈なの?」

 リゼがいつの間にか横にしゃがみ込んでいた。

「見すぎ」

「だって気になるもの」

「魔法使いってみんなそう?」

「好奇心が強いのは優秀な証拠よ」

「自分で言うのね」

 私は札を一枚持ち上げる。

「眠りって、放っておくと無防備になるでしょ」

「まあ、そうね」

「だから境界を曖昧にしすぎると、外から入り込まれやすい」

 リゼが目を細める。

「夢に“鍵”をかける感じ?」

「近い」

「面白い」

 後鬼が横から静かに補足する。

「正確には、夢を見る者の内側と外側の境目を安定させるのです。揺れている境界ほど、干渉は通りやすい」

「なるほどね」

 リゼが頷く。

「それで勇者の加護も、夢に引っ張られてたわけか」

「加護が悪いというより、接続の仕方が雑」

 私が言うと、リゼがまた笑った。

「ほんと、その言い方好きね」

「好きじゃなくて事実」

 悠真は少し離れた場所からこちらを見ていた。

 不安そうで、でも口は挟まない。

 自分のことだから聞きたい。

 でも聞けば、もっと現実になる。

 そんな顔だ。

「悠真」

「はい」

「今夜、これを使う」

 私は札を一枚見せた。

「枕元に置く。勝手に触らない」

「……わかりました」

「夢を見たら、朝に内容を話す」

「それも、ですか」

「それも」

 彼は苦笑した。

「なんだか、だんだん検査されてる気分です」

「気分じゃなくて検査よ」

 リゼが吹き出す。

「言い切った」

「今さらでしょ」

 夕方まで大きな戦闘はなかった。

 小型魔物が二度ほど気配を見せたが、前鬼が立ち上がっただけで逃げていった。

「つまらん」

「平和で結構」

 夜は前日よりも静かだった。

 岩場に囲まれた窪地。

 風は弱く、焚き火の匂いが長く残る。

 いつもの見張りの順番を決め、私は悠真の傍へ行く。

「貼るわよ」

「はい」

 悠真は横になったまま、少しだけ緊張した顔をする。

「痛くない?」

「札でどう痛くなるの」

「いや、その……なんとなく」

「気分の問題」

 私は札を彼の枕元へ置いた。

「護眠符」

 小さく唱える。

 札が淡く光り、すぐに落ち着いた。

 見た目にはなにも変わらない。

 でも空気の張り方が少しだけ違う。

 あの周辺だけ、静かに沈んだ感じがする。

「これで少しはましになる」

「少し、ですか」

「相手が相手だから」

「女神様……」

 その言葉に、私は少しだけ眉を寄せた。

 まだ彼にとっては“女神様”だ。

 急かされ、削られ、夢にまで入り込まれていても。

 そこは、一朝一夕では変わらない。

「寝なさい」

「はい」

 私は少し離れた場所に腰を下ろす。

 サトリが肩へ戻り、後鬼は静かに気配を消すように座り、前鬼はすでに寝息を立てていた。

 早い。

 どこでも寝られる才能は見習いたくもある。

 夜が深くなる。

 私は目を閉じ、気配を追う。

 昨日と同じように、まずは静か。

 呼吸も深く、脈も落ち着いている。

 札は効いている。

 でも、しばらくして――

 ふっと、冷たいものが触れた。

「……っ」

 私は目を開く。

 野営地の空気はそのままだ。

 風も、火も、見張りの足音も変わらない。

 でも一瞬だけ、悠真の枕元のあたりに白い気配が差した。

 光、というより。

 気配の薄い手が、眠りの表面を撫でたような。

 護眠符が淡く光る。

 押し返す。

 白い気配は消える。

「今の」

 サトリが声を潜める。

「ええ」

 私は札を見た。

 完全には入らせていない。

 でも、向こうは来た。

「触りにきた」

 後鬼が静かに言う。

「昨夜より浅いです。これは、干渉というより確認ですね」

「こちらの対策に気づいた」

 札の光は落ち着いている。

 悠真の眠りも崩れていない。

 成功だ。

 でも同時に、向こうも“こちら”を認識した可能性が高い。

 私は小さく息を吐いた。

「雑なくせに、反応だけは早い」

 サトリが肩の上で身震いする。

「京ちゃん、それ褒めてないよね」

「当然」

 その夜、悠真は昨日ほど苦しそうにはしなかった。

 朝になって起きた時も、顔色は少しましだった。

「どう?」

 私が聞くと、悠真は自分の額に手を当てた。

「夢は見ました」

「見たのね」

「でも、なんていうか……遠かったです」

 私は頷く。

「それでいい」

 リゼが面白そうに身を乗り出した。

「遠かった?」

「白い場所と声はあったけど、昨日よりはっきり聞こえなかったです」

「効いてるじゃない」

「応急処置としては十分」

 ルークが小さく息をつく。

「なら、続けられるか」

「当面は」

 私は札を回収した。

「でも、昨夜、向こうも来た」

 空気がまた静まる。

「来たって……女神様が?」

 フィーナの声がこわばる。

「干渉の手が触れた。護眠符に押し返されたけど、たぶん対策したことは知られた」

 ガルドが腕を組む。

「つまり、こっちがちょっかい出したって向こうもわかったわけか」

「そういうこと」

 前鬼がようやく話についてきた顔で笑う。

「なら、次に来たら殴ればいいんじゃねぇか?」

「夢をどう殴るの」

「気合いで」

「雑」

 後鬼が即答する。

 少しだけ、空気が和らいだ。

 でも、本質は変わらない。

 女神は夢に干渉してくる。

 悠真の加護は、それに反応する。

 こちらが守れば、向こうもそれに気づく。

 つまりこれはもう、ただの観察じゃない。

 見られているのは、こっちも同じだ。

 私は空を見上げた。

 薄い雲が流れている。

 二つの月は消え、朝の青だけが広がっていた。

 女神。

 少しは手応えを感じてくれたかしら。

 私は荷を持ち上げる。

「行くわよ」

 北の街道は、まだ続いている。

 戦場も。

 魔王軍も。

 そして、勇者を前へ押し出すこの世界の運用も。

 だったら、見て、調べて、止めるだけだ。

 この世界は――

 夢の覗き方まで、雑すぎる。

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