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陰陽師朝霧、異世界にクレームをつけにいく ~勇者召喚の裏で女神が雑すぎる件~  作者: 和幸雄大


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第14話 勘のいい魔法使い

 翌朝。

 宿の一階へ降りる前から、ざわめきが聞こえていた。

 人の気配が多い。

 朝食目当ての旅人にしては、少し多すぎる。

「京ちゃん、増えてる」

 肩の上のサトリが、眠たそうな声で言う。

「見物人ね」

 私は短く返した。

 昨夜のうちに噂が回ったのだろう。

 勇者らしき少年。

 騎士と魔法使いと僧侶。

 そのうえ狐面の術者に、鬼を二体連れた一行。

 見に来ないほうがおかしい。

 私は狐面の位置を軽く直し、そのまま階段を下りた。

 食堂には、すでに勇者パーティーが集まっていた。

 ルークは朝から背筋が伸びている。

 ガルドはもう二杯目のスープに手をつけていた。

 フィーナはそんな二人の間を慌ただしく取り持っていて、リゼは窓際から外の様子を覗いている。

 そして――悠真は、私の顔を見た瞬間に視線を逸らした。

 露骨だ。

「おはよう」

 私が言うと、悠真は一拍遅れて返した。

「お、おはようございます」

「ぎこちないわね」

「ぎこちなくないです」

「そう」

 私はそれ以上突っ込まず、空いている席に座った。

 リゼがにやにやしながらこちらを見る。

「へえ」

 朝から嫌な笑い方だ。

「なに」

「別に?」

「その顔は“別に”じゃない」

 リゼは肩をすくめる。

「勇者様が朝から変だから、ちょっと気になっただけ」

 悠真がむせた。

「おまっ……!」

「なに、図星?」

「違う!」

 ずいぶん元気だ。

 昨日までの疲労が抜けたわけではないだろうに、精神面だけ無駄に忙しそうでなによりだ。

 後鬼が、すっと私の隣に座る。

 今日も無駄に姿勢がいい。

「おはようございます、ミツネ様」

 わずかに間があった。

 訂正したのだろう。

 私は頷くだけに留める。

「おはよう」

 前鬼はその向かいにどかっと座った。

「飯!」

「一言目がそれ?」

「大事だろ」

「大事でしょうけど雑」

 宿の主人が引きつった顔で皿を運んできた。

 前鬼の前に置く瞬間、手が少し震えている。

 前鬼は気にせずパンを掴んだ。

「お、うまそうだな!」

「静かに食べなさい」

「無理言うなよ」

 後鬼がため息をつく。

 そのやり取りを見ていたフィーナが、小さく笑った。

「なんだか、にぎやかですね」

「騒がしいだけよ」

 私が答えると、フィーナは困ったように微笑む。

 その時、後鬼の視線が悠真に向いた。

「勇者様」

「は、はい」

「昨夜はよく眠れましたか?」

 空気が止まった。

 リゼの目が輝く。

 ガルドは吹き出す寸前だ。

 ルークは露骨に眉間を押さえた。

 悠真だけが固まっている。

「えっと、その……普通に」

「そうですか」

 後鬼は意味深に微笑んだ。

「それは何よりです」

「なにその言い方!」

 悠真がとうとう声を上げる。

 リゼがにやりと笑う。

「へえ。昨夜、なにかあったんだ?」

「なにもない!」

「即答するあたり怪しい」

「怪しくない!」

 前鬼がパンを齧りながら首を傾げた。

「なんだ、勇者。夜這いでもしたのか?」

「してない!!」

 食堂の空気が一気にざわついた。

 宿の主人が皿を落としかけ、給仕の娘が真っ赤になる。

 朝から最悪だ。

「前鬼」

 私は低く言う。

「朝食中に余計な単語を増やさないで」

「だって面白ぇだろ」

「面白くない」

 きっぱり言い切ると、前鬼はようやく口を閉じた。

 リゼはまだ面白がっている。

 完全に勘づいている顔だ。

「ねえ、勇者様」

「やめて、その呼び方」

「じゃあ悠真」

「もっとやだ」

「じゃあ勇者」

「戻ってる!」

 リゼが笑う。

「で、何見たの?」

 悠真が固まる。

 わかりやすい。

 私はスープを一口飲んでから言った。

「リゼ」

「なに?」

「食べなさい」

「はいはい」

 不満そうにしながらも、リゼはスプーンを取った。

 この辺りは素直で助かる。

 食事を終え、荷をまとめる。

 宿の前へ出た瞬間、朝の空気が少しだけ張り詰めた。

 やはり、人が集まっている。

 昨夜より、はっきりと。

 通りの両脇に、宿場の人間が自然に集まっていた。

 露店の主人。

 馬番の少年。

 旅商人。

 洗濯籠を抱えた女。

 子どもは親の後ろから顔だけ出している。

「勇者様だ……」

「ほんとに若いんだな」

「狐面の術者って、あの人か?」

「ホブゴブリンまで連れてるぞ」

「赤いの、やばくないか」

「青いほうも……なんだあれ、綺麗すぎるだろ」

「見るな、目を合わせるな」

「でも見たい……」

 ひそひそ声が広がっていく。

 まるで見世物だ。

 悠真が、わずかに肩を強張らせた。

 気づいている。

 視線の重さに。

 勇者として見られること。

 期待と好奇と不安を、まとめて向けられること。

 私は横目でそれを見た。

 これもまた、雑な運用だ。

 英雄は戦場だけで削れるわけじゃない。

 こういう視線でも削れる。

 前鬼はそんな空気をまるで気にしない。

「おう、見ろ見ろ!」

「やめなさい」

「減るもんじゃねえだろ」

「品位が減る」

 後鬼は静かに目を細め、視線を流した。

 それだけで数人が息を呑む。

 宿場の男たちが見惚れ、女たちは警戒しながら距離を取る。

 後鬼は本当に、存在そのものが目立つ。

「朝から目立ちますね」

「あなたが言う?」

「わたくしは努力しております」

「信用できない」

 ルークが前に出て、出発の号令をかける。

「行くぞ。ここから先は街道を北へ取る」

 悠真が頷いた。

 その声はちゃんとしている。だが、少しだけ硬い。

「はい」

 フィーナが周囲へ小さく会釈をして、リゼはわざとらしく外の人々を見渡した。

「人気者ねえ、勇者様」

「からかわないでください」

「でも本当でしょ」

 ガルドが肩を竦める。

「これだけ見られりゃ、嫌でも気合い入るな」

「逆よ」

 私は言った。

 全員がこちらを見る。

「気合いを入れるんじゃなくて、力を抜くの」

「……え?」

 悠真が目を瞬かせる。

 私は歩きながら続けた。

「見られてる時ほど、無駄に格好つけない。背負いすぎない。応えようとしすぎない」

「でも……」

「期待は、便利だけど重いわ」

 悠真は少し黙った。

 きっと昨日までなら、その重さごと前に抱えて突っ込んでいた。

 けれど、今は少しだけ踏みとどまるようになっている。

 悪くない変化だ。

 リゼが横からにやりと笑う。

「さすがミツネ先生。勇者指導が板についてきたわね」

「調査よ」

「似たようなものじゃない?」

「全然違う」

 前鬼が笑う。

「どっちでもいいだろ!」

「雑」

 後鬼と私の声が重なった。

 一拍遅れて、ガルドが吹き出す。

 宿場の出口に差しかかるころ、後ろから子どもの声が飛んだ。

「勇者さまー!」

 悠真が振り返る。

 小さな男の子が、母親の陰から手を振っていた。

 その母親は申し訳なさそうに頭を下げる。

 悠真は一瞬戸惑い、それからぎこちなく手を振り返した。

 その瞬間、周囲の空気が少しだけ和らいだ。

 見物人のざわめきが、ほんの少し柔らかくなる。

 期待だけじゃない。

 ああいう小さな希望も混じっている。

 面倒だ。

 でも、放っておけないのも事実だった。

 私は前を向く。

 街道は北へ続いている。

 その先に、戦場がある。

 女神の雑な管理も、魔王軍の動きも、勇者の加護の異常も、全部そっちへ繋がっている。

 その時。

 ふと、悠真の背から立ち上る光が揺れた。

 ほんの一瞬。

 加護の波長が乱れた。

「……京ちゃん?」

 サトリが囁く。

「ええ」

 私も見た。

 群衆の視線を浴びた時とは違う。

 今のはもっと内側。

 勇者自身の感情に引っ張られて、加護の出力がわずかに不安定になった。

 やっぱり、あれは危うい。

 私は悠真を見る。

 本人は気づいていない。

 なら、気づかせるしかない。

 この世界は――

 戦い方だけじゃなく、

 勇者の扱いまで、雑すぎる。

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