第12話 後鬼
前鬼が金棒を振り下ろした瞬間、周囲が揺れる。
轟音。
巨体の魔族が金棒を片手で受け止める。
衝撃で地面が裂け、周囲の木々がばさばさと音を立てながら葉を落とした。
「はっ、硬ぇな!」
前鬼は笑う。
だが魔族の外殻は、前鬼の一撃を受けても砕けきらない。
逆に、黒い瘴気が腕から溢れ、金棒に絡みついた。
「……ちっ」
前鬼が舌打ちする。
私はその瘴気の流れを見た。
力押しでは削り切れない。
外殻そのものより、巡っている呪の流れが厄介だ。
「京ちゃん、あれやだ」
肩の上でサトリが耳を伏せる。
「呪いっぽい」
「ええ」
私は短く答えた。
「物理だけじゃ面倒ね」
前鬼がまた踏み込む。
魔族もまた腕を振りかぶる。
正面衝突。
重い音が森に響いた。
その隙に、別方向から黒い影が二つ、三つと枝の上へ跳んだ。
「増援!?」
リゼが杖を構える。
ルークがすぐ前へ出た。
「悠真殿、下がってください!」
「でも――」
「下がる」
私が言うと、悠真は反射的に口を閉じた。
よろしい。
従うなら、まだ修正できる。
私は袖から霊符を二枚取り出す。
一枚は前鬼の維持。
もう一枚は――
「後鬼」
霊符が青く燃えた。
空気が変わる。
熱ではない。
むしろ、ひやりとするような冷たい妖気が、足元から静かに這い上がってきた。
青い火が、私の前でふわりと灯る。
その中心から、細い指先が伸びた。
青白い炎をまといながら、一人の女が姿を現す。
長い黒髪。
月光を溶かしたような白い角。
青磁のように滑らかな肌。
切れ長の目が細められ、唇にはわずかな笑み。
「お呼びですか、京花様」
その場の空気が、一瞬だけ止まった。
悠真が言葉を失う。
ガルドが目を丸くする。
「……お、おう」
ルークがわずかに眉を寄せ、咳払いした。
リゼだけが一拍遅れて叫ぶ。
「ちょっと待って、今度は美人!?」
後鬼は静かに視線を流した。
それだけで、男三人の動きがほんの一瞬鈍る。
魅了、というほど強くはない。
けれど視線を奪うには十分な妖気だった。
私はため息をつく。
「何してるの」
その一言で、全員が我に返った。
後鬼は微笑を深める。
「失礼。少し目を引いてしまいました」
「少しじゃないだろ……」
ガルドがぼそりと漏らす。
リゼがじとっと睨んだ。
「へえ。そういう反応するんだ」
「いや、違っ」
「黙って」
私が言うと、今度こそガルドは黙った。
よろしい。
前鬼が大きく笑う。
「おい後鬼! 見せつけるのは後にしろ! こっちは忙しいぞ!」
「前鬼こそ、力任せが過ぎます」
後鬼は袖を払った。
青い鬼火が三つ、四つと宙に浮かぶ。
「外殻ではなく、呪いの流れを断てばよろしいのでしょう?」
「ええ」
「承知しました」
後鬼が片手を上げる。
青い火が糸のように伸び、魔族の身体に絡みついた。
瘴気の流れが、見える。
黒く濁った筋が、青い火によって浮かび上がっていく。
「……そこ」
後鬼が指先でなぞる。
次の瞬間、青い鬼火が瘴気の節を焼いた。
魔族の動きが止まる。
「ぐ、ぁ……!?」
外殻ではなく、内側の術式そのものが乱されたのだ。
私は口元だけで笑う。
「前鬼」
「おう!」
「今」
前鬼が地を蹴る。
巨体が一瞬で距離を詰めた。
金棒が真横から叩き込まれる。
砕音。
今度は外殻に、大きな亀裂が走った。
「っしゃあ!」
さらに別方向から飛び込もうとした小型魔族に、悠真が反応する。
だが私は手を上げた。
「まだ前に出ない」
「……っ」
「あなたは中央」
悠真は悔しそうに息を呑むが、踏みとどまった。
その判断は悪くない。
リゼが火球を放つ。
フィーナが後方で結界を維持する。
ルークが脇を固める。
ガルドが左から回り込む。
形になってきた。
私は後鬼を見る。
「封じられる?」
「もちろん」
後鬼は優雅に一礼した。
「鬼術、蒼火封縛」
青い火が輪になって広がる。
魔族の足元から立ち上がった火焔が、鎖のように絡みつき、その動きを完全に止めた。
前鬼が笑う。
「いい縛りだ!」
「あなたが雑すぎるんです」
「うるせぇ!」
そのまま前鬼の金棒が振り下ろされ、巨体の魔族の外殻はついに砕け散った。
遅れて、森に静寂が落ちる。
青い火が消え、瘴気が薄れていく。
悠真が後鬼を見る。
まだ少し、視線が泳いでいる。
後鬼はそれに気づき、わざとらしく首を傾げた。
「何か?」
「い、いえ!」
即答だった。
リゼがにやりと笑う。
「へえ」
「ち、違いますって!」
私は狐面の下で目を細める。
「うるさい」
全員が黙った。
前鬼は金棒を肩に担ぎ、後鬼は青い残り火を指先で弄ぶ。
これで前衛と鬼術は揃った。
私は魔族の残骸を見下ろす。
力任せの前鬼。
術で流れを断つ後鬼。
使い分ければ、十分戦える。
そして思う。
この世界は――
敵の作りまで、雑すぎる。




