狼といっしょ
あけましておめでとうございます。
マダム・カトリーヌが帰って数刻。今私は今朝森で採集したキノコを使ってスープを作ることに失敗したところだ。というのも、とりたかったキノコとは別物のキノコを取ってきてしまったようなのだ。傘が大きく良い出汁が取れるキノコが欲しかったのだが、見た目がよく似たキノコと間違えてしまった。それ故、とってもスパイシーでファンキーな味のスープが出来上がった。
「おいしくない…」
諦めて失敗作スープは森の魔獣にでもあげることとしよう。魔獣は辛いものが好きなようで、前回大量に作り過ぎてしまった東ノ國に伝わる辛味の漬物「キムチ」をお裾分けしたところ大変喜んでくれた。きっとこのスパイシーキノコスープも気に入ってくれるはずだ。
気を取り直して、今日はシチューを作ることにする。
まずはホワイトソース作りだ。鍋で小麦粉を軽く炒め、そこに同量程度のバターをいれて混ぜ合わせる。ひとまとめになったものに牛乳をその5倍程度流し入れて混ぜる。その片手間に玉ねぎや人参、芋などを切り別の鍋に入れ煮込みはじめた。
野菜を煮込み終えると、そこに作ったホワイトソースを入れる。
それらをことこと煮込み、時折焦げ付かないように底をすくうようにゆっくりを混ぜる。味見に一口すくって口に入れた。
「うん、上出来。」
シチューを作り終わり今朝採集した薬草の仕分けをすることにした。月椿はによっ器官て作用が異なるため、はさみで切り離しておく。キノコ類は食べる用のものは台所の籠に、毒のあるものは薬棚にしまっていく。ほかの薬草も同様に乾燥させるものとそうでないもの、器官ごとに作用が異なるものや保管方法が特殊なものなど、様々な特性に合わせて処理していく。
薬草などの仕分けを終わらせた頃、ヴォルフが帰ってきた。
「おかえりなさい、ありがとう。」
おいでというように彼に向かって手を広げると、仕方ないとでも言いたげな顔でこちらに歩いてくる。尻尾が上がっているので喜んでいるのはバレているのだが。ヴォルフのが寒い場所にいたはずなのに、彼の体温はやはり人間の私よりずっと高い。あったかい…。
「シチューはできてるけど食べる?」
そう問うと彼はこくりと頷いた。
ヴォルフ用の木のボウルにシチューをよそって、彼に前に置く。私もシチューとトーストを用意してて席についた。
「いただきます。」
スプーンでシチューを掬い口に運んだ。とろとろに煮込まれた野菜も濃厚なルーもすごく美味しい。我ながらよくできたと思う。いつか固形のルーの開発もしよう。トーストも焼き加減がうまくいき、外はさくさく、中はもっちりとした食感が残っている。ヴォルフの方に目をやると彼も美味しそうに頬張っていた。ここへ来たばかりの頃は動物の肉しか食べなかったが、一度私の料理を食べてからはすっかり気に入ってくれている。母直伝の料理はうまかろう。
夕食の食器を洗いおえると、バスタブを掃除し外の窯でお湯を沸かした。お湯が沸いた頃、ヴォルフにも手伝ってもらい湯をバスタブに移していく。この作業があるために外の窯はバスルームの近くに設置したのだが、英断だった。幼き日の私、天才。私とヴォルフの分のバスタオルと寝間着を持って、脱衣所兼ランドリールームへ向かう。着ていたシャツや下着、スラックスを脱いで洗濯籠に投げ込んだ。明日にはまとめて洗濯しなくちゃいけないな。そう思いながら今朝結った髪をほどき、ブラシで軽く梳かす。バスルームに入ってスクラブで頭を洗い、石鹸とボディタオルで体を洗う。森を走り回ったこともあり、汚れが落ちるとすっきりする。体にタオルを巻き、お湯につかった。あったまるぅ…。
「ヴォルフ、おいで。洗ってあげる」
脱衣所でお座りしている影に声をかける。ヴォルフがうちに来たばかりの頃、一緒に入ろうとしたらひどく拒否された。私が駄々をこねた結果タオルを巻いてお湯につかってからなら良い、ということで双方妥協した。
いまだに少し嫌そうに入ってくるが気にしないことにしている。洗面器にお湯をすくってヴォルフの背中にゆっくりとかけ、石鹼を使って丁寧に洗っていく。ヴォルフは水にぬれてもいい男感が消えない。獣って水にぬれると弱弱しい感じになるイメージがずっとあったのだが、彼は例外のようだ。そんなことを思いながらお湯をすくって彼にかけ泡を流していく。
「ヴォルフも入ろう?」
そう言うと、ヴォルフはバスタブに跳び入った。ばしゃんっと水しぶきが飛ぶ。いや、お湯しぶきとでも言うべきだろうか。
「ふふ、あったかいでしょ」
思わず笑みがこぼれる。お湯の温かさが心地よいのか、ヴォルフは眠そうにゆっくりと瞬きしている。とてもかわいい。
しばらくお湯につかってふたりで微睡んだのち一緒に風呂から上が…りたいとことだが、いつもヴォルフは一人先に上がってしまう。濡れたタオルも洗濯籠に投げ、もう一枚で髪と体を拭いた。寝間着に着替え、ヴォルフの体を拭く。といっても、彼はぶるぶると体を振って水滴を飛ばすので割と乾いている。
ふたりでリビングに戻り、暖炉の前でゆったりと読書タイムだ。毛足の長い絨毯の上でヴォルフの体温を感じながら静かに本を読み進める。今日読んでいるのはもう何度目かもわからないほど読み込んだ薬学書だ。母が生きていたころに私にプレゼントしてくれたもので、この本のおかげでアルカナムで生計をたてられているといっても過言ではない。何でも屋には、悩みを解決してほしいという依頼も少なくはないが、最も多いのは怪我や病気に関する依頼である。そのため薬学や医学の知識は必要不可欠なのだ。
薬学書の第3章を読み終えたころ、居眠りしていたヴォルフがすっくと立ちあがった。
「もうそんな時間?」
窓の外を見るとすっかり暗くなり、月や星が見え始めている。私は一度読書を始めると誰かに止められるまでいつまでも読み続けてしまう。それこそ日をまたいでも、だ。そのためいつも適当な時間にヴォルフが止めてくれる。ありがとうの気持ちを込めてヴォルフの背を撫で、私も立ち上がる。
歯を磨くため洗面台の方へ向かった。ブラシに練り歯磨きをつけぼんやりと歯を磨く。歯から病気になることもある、と以前本で読んでから寝る前には歯を磨きはじめた。この歯ブラシも練り歯磨きもアルカナムの商品ではあるが売れ行きはあまりよくない。歯磨きはいまだ都心の方でしか普及しておらず、こんな国の外れの村ではほとんど知られていないそうだ。口と歯ブラシゆすぎ、カップと歯ブラシを定位置に戻すと、寝室へと向かう。寝室と言っても、居住スペースのリビングの奥にベットと仕切りがあるだけなのだが。
バタンッ
ベットに入ろうとしたそのとき、客室の方から物音がした。起きたのだろうか?様子を見に行くべきではあるが友好的な人物でなかった場合、状況の認識ができず混乱して攻撃してくる場合がある。平均的な一般男性程度であれば私1人でも押さえつけることは難しくないのだが、今日運んできた男は上背があったしそれなりに筋肉もついていた。私は背が低い方であるためこれだけの体格差があると押さえつけられる自信がない。そのため横にいたヴォルフに声をかけ付いて来てもらうことにした。彼がいれば安心である。
「ヴォルフ、私が開けるから君が先に入ってくれる?」
ヴォルフが頷いたのを確認して、ドアノブに手をかけ扉を開ける。私が入るより先にヴォルフが体を滑り込ませた。
男はベットから滑り落ちて眠っていた。落ちた音だったのか。
男の様子を見ると額や首元に汗が浮かび、息が荒くなっている。男に近づき額に手を当てる。
「あつい…熱上がってる。ヴォルフ、バケツに水入れてこれる?今朝汲んだ井戸水が勝手口の方にまだ残ってるはずだから。」
ヴォルフが水を汲みに行っている間に私は男をベットに引き上げた。今朝の布は乾いて枕元に落ちていた。怪我が原因の熱ではないのだろうか。私の解熱剤が効いてない…?そんなはずは…。いや、なにか特殊な病気や複合的な呪いや魔法の類であれば私の薬が効かないこともあり得る。いや、そもそも病気であれば森に一人で入るようなまねしない。呪いか魔法ってこと?もしかして相当な事情があるのだろうか。
「貴方、いったい何者なの…?」
思わず独りごちたとき、丁度ヴォルフがバケツを咥えて部屋に戻ってきた。彼に感謝を告げバケツを受け取る。冬に長い時間そとに置かれていた井戸水はすっかり冷えていた。冷たくなった井戸水に布を浸し額に乗せる。水に浸したもう一枚の布で男の上半身を拭った。男は時折呻きながら、顔を歪める。正確に検査し新しい薬を調合してあげたいが、本人の許可なく応急処置以外のことをするのは褒められたことではない。
「ヴォルフ、私今夜は彼を見ていることにする。先に寝ていていいからね。」
私の言葉を聞き、ヴォルフは彼のベットの横で丸くなった。ここにいてくれるということだろう。
「ありがとう。」
その日は一晩中看病をしていた。定期的に額の布を取り換え、体を拭い、水を飲ませた。窓から日の光が差し始めたころ、熱は下がり男はゆっくりと呼吸し始めた。峠は越えた。男の手首に手を当て脈があることを確認する。よかった、正常だ。
生きてる。
それを認識したとき安堵で緊張の糸が切れたのか、私は意識を手放した。
今回短めになってしまいました。すみません…。




