来客
何でも屋の扉が叩かれたのは、霙が降りやんだ昼下がりだった。
「ここがリゼちゃんの何でも屋であっているかしら?」
顔を出したのは、質の良いシンプルなドレスに身を包んだ貴婦人だ。
「いらっしゃいませ、マダム・カトリーヌ。」
私は読んでいた精霊図鑑を閉じて、お茶を用意しに台所へ向かった。
亡き母の古い友人であるマダム・カトリーヌは、隣町で宝石店を営むセレブである。以前相談のお手紙をいただき、冬頃に来店すると伺っていたのでもう時期ではないかと思っていたところだ。
「お久しぶりね、リゼちゃん。」
優雅に世間話もしようと思っていたのだが、マダム・カトリーヌの表情には確かな焦りが浮かんでいた。
「お久しぶりです。もしかして状況が悪化してますか?」
早急に対処すべき案件になってしまった、ということだろうか。
手紙では、『祈りのリング』という商品に願いを叶える力が宿ってしまった。ターコイズのリングをプレゼントした不治の病を患っていた妹が元気に走り出した、ローズクオーツのリングを身に付けてから今まで見向きもしなかった彼が私を愛してくれる、というような不思議な現象が多く起こっている、ということだった。
「リゼちゃんにはお見通しかしらね、ふふ。」
緊張が解けたのかマダム・カトリーヌは愉快そうに優雅に笑う。
「今お茶を入れますから、ソファに掛けていてください。」
緊張している様子だったし、隣町からここに来るまでも気が気でなかっただろう。なにかリラックスさせるようなものを選ぼうかな。確かこっちの棚にレモンバームが…。レモンバームとは、リラックス効果のあるハーブの一種だ。柑橘系のさわやかな香りが特徴だ。踏み台に上がり上部の棚を開ける。台所上の右から二番目の棚にはお気に入りのハーブが何種類か保管してある。なかでもレモンバームはお気に入りなので手前に入っているはずだ。見つけた。
「素敵な香りね。なんのお茶かしら?」
ハーブティを淹れていると、マダム・カトリーヌが言った。
「レモンバームというハーブですよ。柑橘類みたいな爽やかな香りが特徴なんです。リラックス効果があるんですよ。」
私が説明すると、ありがとうと微笑んでハーブティを口にした。マダム・カトリーヌは満足したように水面を見つめ微笑むと、落ち着いた様子でことの次第を語った。
「実はそうなの。今までの現象はただお客様に利があるだけだったから、わたくしたちも深刻には受け止めていなかったのよ。でもね、店で取り扱っている中で一等稀少なジュエリー、「ヴァイオレットクリスタル」が急に禍々しいオーラのようなものを放つようになってしまったの。それが店中に広がるものですから、店を開けていられなくてね。貴族のお役人の方々が城下町の調査に来る頃でしょう?だからそれまでには解決したいのだけれどわたくしの力ではどうにもできなくて…。」
やはり深刻な状況になっていたようだ。このような現象の中で思い当たるのは、魔力宿りの宝石だ。魔力宿りの宝石とは、人が強い願いが魔力と共に宝石に宿ってしまい願いを叶える力を持ってしまうというものだ。だが、それには今回のような大きな変化を起こせることはないし、別の宝石に被害が及ぶこともない。おそらく別の現象だろう。
「なるほど…。手紙の状況だと思い当たる現象があったんですけど、今回のはそれとは別みたいですね。あ、そうそう。あれ、持ってきてくださいました?」
実は手紙の返信に幾つかお願いをしておいたのだ。
「えぇ。お客様のローズクオーツのリングと店で保管していたローズクオーツをはめた祈りのリングで良かったかしら。」
「はい!実物を見てみたかったんです。ちょっとお時間いただきますね。よかったらジンジャークッキー召し上がってください。」
そう言って先ほど用意していた茶菓子のジンジャークッキーをローテーブルに出した。同時に紅茶も淹れなおす。淹れたのはマダム・カトリーヌに以前お茶会をしたときにお気に入りだと言っていた北の地の紅茶だ。
「まぁ素敵。私がクッキー好きなの覚えていてくれたのね。私のことは気にせず自由に観察してちょうだい。」
マダム・カトリーヌもこう言ってくれたことなので、私は駆け足で居住スペースにあるアトリエへ虫眼鏡を取りに向かう。アトリエに入って虫眼鏡を手に取り、すぐに店舗のスペースに戻った。マダム・カトリーヌの向かいのソファに座り、じっくりと2つのローズクオーツを見比べる。どちらにも傷は見つからないので呪いの類ではなさそうだ。呪いでもなく魔力宿りでもない。その上大きな効果を発揮し、幸運をもたらす。そして全く別の宝石に被害が及ぶ…?うぅん、なんか読んだことあるような気が……
私はいつもの癖で口元に手をやる。記憶の引き出しを探る時、なんとなく口元を触ってしまう。
「リング以外の商品を選んだお客様には何も起きていないんですか?」
マダム・カトリーヌの店自体になにかが起こっているなら、他の商品を選んだお客様にもなにか影響があるはずだと考え、カトリーヌに尋ねる。
「えぇ。不思議なことが起こっているのはリングだけだったわ。リング用に用意していたジュエリーには被害がなかったはずよ。」
リングのためのジュエリーだけは無事…?
いつか読んだことのあるような、宝石の話。
たしか随分と前、鉱石から薬を《創作》しようとしていたときになにかの文献で読んだはずだ。
どの本だっただろうか。『鉱石細胞学』『鉱石と魔法』『魔法石の作り方』『宝石学のすゝめ』…。
何かの調合に失敗していろいろな論文を読み漁ったことがあったような。
「あぁ、思い出した。」
それは確か、2年ほど前のこと──────────
当時、婚約者から希少な宝石が首飾りとなって送られてきた。質の良い宝石をただ自分を飾るのだけにつかうのはいささか勿体ない気がして薬の研究に使ったことあがあった。
回復薬に精神の安定の効果を加えることを期待してアクアマリンを砕き、魔力を込めて溶かして薬に混ぜた。効果は絶大だったようで、やんちゃで遊び心のある性格がすっかりまるくなって穏やかで菩薩のようになってしまっていた。
─────当時の原因も、精霊がいたずらをしていたことで効果が増大してしまったことが原因だった。
その薬を飲ませた近衛兵は水属性魔法しかつかえなくなって、業務に支障をきたして上司に叱られていたなぁ、と思い出してリゼットは思わず笑みをこぼす。
そういえば────再び思考に沈もうとしたそのとき。
「きゃぁぁー!?」
マダム・カトリーヌの悲鳴が聞こえた。私の家の周りには魔物除けの鈴を張り巡らせているから、魔物や魔獣が勝手に侵入した場合私が気付かないわけがない。入れるとしたら、店の入り口から人間くらいであろう。強盗か!?
顔を上げた時視界に入ったのは大きな灰色の狼___ヴォルフだった。忘れていた。店舗スペースからすぐ近くのリビングに放置していたのだった。慌てて立ち上がったマダム・カトリーヌが体勢を崩し、今にも転びそうだ。とりあえず彼女に駆け寄って、抱き寄せるとそのままかかえてカウンター席の方へ移動した。少しでもヴォルフと距離を置いておいた方がいいだろう。ヴォルフには目線で合図し、居住スペースの方に戻ってもらう。
「失礼いたしました。ドレス、汚れていませんか?ヴォルフの説明を完全に忘れていました。申し訳ございません。」
数十秒の沈黙ののち、やがてマダム・カトリーヌが口を開いた。
「え、えぇ。驚いてしまっただけよ。それもしても、どうしてグレイウルフがここに…?」
「私の従魔なんです。何年か前に拾って世話したら懐いてくれたので、従魔契約したんです。いつもは私の影に入っているのですが、今日は森に薬草をとりに行ったのでその帰りに護衛として呼び出したんです。そのまま暖炉の前で寝落ちちゃったのでそのまま放置してたら忘れてました。危害は加えて来ないので心配しないでください。」
カウンターの席にマダム・カトリーヌを降ろし、その正面に立ってヴォルフについて一通り説明した。彼女は目を真ん丸にして固まっていた。従魔契約がよほど珍しかったらしい。
「じゃあ、気を取り直して祈りのリングについてのお話をしましょうか。わかりましたよ、私これ解決できます。」
私はそう前置きをしてから事件について説明を始めた。
今回の事の原因は精霊だ。精霊が宝石の持ち主の想いと同調し、気まぐれに願いを叶えようとする現象「精霊の悪戯」が起こってしまったのだと考えられる。願いを叶えると代償として別の何かが失われてしまうのだ。そのため今回は彼らがヴァイオレットクリスタルに宿りそれを媒介に願いを叶えたために、ヴァイオレットクリスタルが代償となり「輝き」を失ってしまったのだろう。解決策は精霊と会話、交渉をして現在のクリスタルから出て行ってもらうことだ。宿るための別の宝石を用意したり好物を与えたりすれば快く立ち退いてくれるはずだ。宝石に宿る精霊と会話するには聖清水という特別な液体に宝石を沈める必要がある。聖清水に沈め、「お話しましょう」と語りかけることで精霊は応えてくれるのだ。
「───って感じですかね。聖清水は倉庫にたくさん保管してあるのでいくらでも持って行ってください。」
「リゼットちゃん、本当にありがとう。これでお役人の調査までにお店を開けられるわ!」
「ところでマダム・カトリーヌ、ここは何でも屋です。依頼されればなんだって解決しますが、それは仕事です。」
「そうね。依頼を受け、それを実行するのは立派な仕事だわ。」
マダム・カトリーヌには、私が何を言いたいのか予想が付いているのだろう。マダム・カトリーヌが客として何でも屋に相談した以上、これは「依頼」となる。そして私がそれを解決したのであればこれは「仕事」になる。で、あるならば。
「マダム・カトリーヌ、お仕事に報酬はつきものですよね?」
満面の笑みでお客様に問いかけた。
「ふ、ふふ。そんな遠回しにしなくたってお代は支払うわよ。リゼちゃんってばもう…ふふっ。」
マダム・カトリーヌはひとしきり笑って言った。
「それで、リゼちゃんは何が欲しいのかしら?」
さすが、商売人は話が早くて助かる。
「グラキエス山の氷柱も実験に使いたくて。あっ、夜啼きの樹の枝とそれに関する研究論文も読みたいんですよね…。マダム・カトリーヌので伝手で何か手に入ったりしませんか?」
禁忌の古代魔法「絶対零度」発動の必須素材であるグラキエス山の氷柱。私のような一般人では到底用意できないのだが、今復活させようとしている古代魔法や治癒魔法の《創作》のときにこれを使ってやってみたい実験がいくつかあるのだ。
「それは…時期的にも素材の入手は難しいかもしれないわ。ほら、冬の時期は冒険者たちの活動が減ってしまうから、全体的にどの素材も供給量が減るでしょう?」
そうだった。この時期はそもそも素材供給が少ない。
「そうですよね…。うぅん…」
「そうね、2つと同じくらい希少価値の高いものだったら、ヴァイオレットクリスタルの欠片でどうかしら。最近発見されたばかりの稀少鉱石で、取り扱っている店もまだほとんどないわ。流石に全部はあげられないけれど、親指くらいでよければ。リゼちゃんの《創作》には使えるかしら…?」
…え?
「本当ですか!?本当にいいんですか!?それでお願いします!」
ヴァイオレットクリスタルは、彼女の言っていた通り先月発見されたばかりの稀少な鉱石だ。今まで確認されていた別種のクリスタルとは異なる性質を持っているらしく、試してみたいことがいくつもあるのだ。
「ふふ、ありがとう。おまけに山羊のミルクもどうかしら?この間酪農家の方に多くいただいたの。」
「ありがとうございます、マダム・カトリーヌ。記録だけしちゃうので依頼記録に署名だけお願いします。」
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何でも屋アルカナム:依頼記録
霜秋の月/18番目の日
依頼者:カトリーヌ・ハインツ
相談内容:商品が謎の力を持ち購入者の願いを叶え始めた。店の宝石の一つが輝きを失った。
期間:1日
報酬:ヴァイオレットクリスタルの欠片,山羊のミルク
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「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております。」
聖清水を入れた瓶を渡し、扉の前に立ってマダム・カトリーヌに手を振る。ヴォルフは村まで彼女を送ることになっており、背に彼女の荷物を乗せている。私の家兼店が村の外れにあるために乗合馬車も滅多に来ないので、近くの村まで安全に行ける護衛が必要なのだ。ちなみに、報酬の品は隣町についてから郵送してくれるそうだ。彼女たちが大通りまで出たのを確認した後、扉に掛かっているドアサインを裏返した。




