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復讐者D  作者: 木下 太一
歓楽街
5/7

やりたい放題

 『被害者の会』の提案を押し退けた私に、『唐草』をどうにかする作戦があるかと言うとそう言う訳ではない。

 しかしだからと言って【キメラ】を頼ろうとは思わない。だって私には、もっと頼もしい仲間たちがいるではないか。


「物は言いようだな、結局体よく俺たちを巻き込んだだけではないか」


 不満そうな顔で『路地裏』に現着したのは、本部で待機していたエリーニュスとガーニールである。

 相変わらずマーナードは来ていないが、まぁ、彼女は治療役だと割り切っておく。


「そもそも俺たちは只の協力関係で、仲間とは程遠いだろう」


「まぁね」


 何なら私は今の今でも『B』の"メンバー"と呼んでいて、仲間と呼んだ事は一度もない。


「でも【キメラ】が関わったら絶対大事になるし、そこ以外で信用出来る人たちはいないからさ」


「俺がお前に物を頼んでいる立場上、ある程度の荒事は何も言わず引き受けてやるが……正直役不足だろう」


 確かに『B』のメンバーだけでは『唐草』に対抗するには少々心許ないかもしれない。だがそこは私も抜かりない。


「大丈夫だよ、【キメラ】の権力をちらつかせてトリエントにも声をかけておいたから」


「鬼かお前は」


 残念ながら私の種族は人間だ。鬼なんて種族は【方舟】には存在しない。


「まぁ【12議席】の立場もあるだろうし、別にトリエント本人じゃなくても弟子とかそこら辺が来てくれれば……」


 それこそ彼は高名な魔法使いだ。その弟子となればそれ相応に強い筈。


「すいません、少し遅れました」


「お、やっと来たか……ってハル!?」


 果たしてトリエントから遣わされたのは、使用人のハルだった。

 いつもの執事服のまま、ニコニコとした人懐っこい笑みを浮かべている。


「何でハルが……つ、強いの?」


 人間だし、私と大して年も変わらない筈だが……。


「酷いなぁ、ディーちゃん。あの屋敷の使用人は僕一人なんだよ? トリエントさんが出掛けるときは屋敷の留守も任されてる」


「むぅ……」


 言われてみればあの広大な屋敷に使用人はハル一人だけだった。【12議席】の屋敷ともなれば、使用人とは別にセキュリティを雇っていてもおかしくないだろうに。


「それに『B』の皆も強いでしょ? 『唐草』位ならけちょんけちょんだよ」


「ふん、当たり前だ。おい、ディー。早く元軍人がいる小屋に行くぞ。『被害者の会』から場所は聞いてるんだろう?」


「あぁ、うん。この角を真っ直ぐ行った先に……」


 言うが早いか、エリーニュスは駆け出したかと思うと『唐草』所有の屋敷に向かって物凄い勢いで突進していく。


「えぇ!? もうちょい作戦とか……!」


「あいつにそんなもの期待するだけ無駄だ。さっさとリーダーを援護するぞ」


 そう言ってトナトが影の中に消え、ガーニールが羽を広げて飛んでいく。


「あいつら連れてきたの間違いだったかな」


「いやいや、きっと正解だよ。だって相手は無法者なんでしょ?」


 ハルの楽しげに声に混ざって、その無法者たちの悲鳴が聞こえてくる。


「目には目を、悪には悪を、だよ」







 私が屋敷にたどり着く頃には、既に『異能』により変形させた腕を振り回すエリーニュスと、大剣を構えたガーニールがエントランスで暴れていた。

 初めて見たが、腕を異形に変形させるのがエリーニュスの『異能』の様だ。


「あんまり一階で相手しなくて良い! ターゲットの元軍人がいるのは二階! 各々そこまで進んで!」


 私の叫び声が聞こえたのか聞こえてないか、近くの熊族の大男をなぎ倒したエリーニュスが階段をかけ上っていく。


「てめぇら! 狙いはあの新人か!」


 指示を出した私を頭とでも思ったのか、龍人が私に向かってメイスを振り上げる。

 しかしそれが振り下ろされる前に、横から滑り込んだ銀色のトンファーがメイスを破壊した。


「なにぃ!? ぶへっ!」


 トンファーの片割れが龍人の頬に叩き込まれ、端の壁まで吹き飛ばされる。


「ディーちゃん、油断は禁物だよ」


 やったのは、相変わらず笑みを浮かべるハルだ。


「トンファーとかどこから……」


「収納庫から武器を取り出せる『空間魔法』だよ。中々便利でね」


 言っている間に、握っている武器が警棒に変わっている。

 一体いつの間に取り替えたのか。


「一階は任せて、ディーちゃんたちは先に行きな」


「あー……それすっごい死亡フラグ」


「えー? そんなに頼りない?」


 バチンッ!と、警棒から火花が散る。

 『雷魔法』だ。


「大丈夫、僕はトリエントさんの一番弟子だから」


 言葉と共にハルが警棒をふるい、辺り一体に稲妻が走る。

 バシャンッ!と青白い閃光が広がり、焼け焦げた床と痙攣する多数の無法者たちが後に残った。


「……本当に任せても言い?」


「もちろん!」


 力強く頷いたハルに一階を任せ、私とガーニールはエリーニュスが向かった二階へ急ぐ。

 二階では、エリーニュスが2m強のドラゴンと取っ組み合いをしていた。


 エリーニュスも腕を巨大化させて応戦しているが、そもそもの体格差があり少し押されているようだった。


「ハハハハハハハハ! 我が名はゼノ・グランドン! 強き物を求める武人だ。中々骨のある獣人よ、名乗れ!」


「なに、名乗る程でもない」


 エリーニュスはそう言ってニヤリと口角を上げ、急に腕の変身を解く。


「ぬぅ!?」


 バランスを崩したゼノが、ガクン。と膝を地面に付けた隙に、私とガーニールがエリーニュスの背後から跳躍した。


「き、貴様ら……!」


「残念ながら、俺は武人ではないのだ」


 直後、ゼノの顔面に私の風とガーニールの大剣が直撃し、ゼノは壁を突き破って屋敷の外へと吹き飛んでいった。


「ハーハッハッハ! 勝てば官軍よ!」


「私たちのリーダーって汚いやつだよね」


「同感だ」


 まぁ、そのリーダーの意図を汲み取って攻撃に参加したのは私たちな訳だが、主導はエリーニュスだ。

 責任だけ押し付けておく。


「それで、ターゲットはいた?」


 二階にいたのはあの龍人だっただけのようで、一階の喧騒は鳴り止まないが構成員たちが二階に上ってくる気配もない。

 今のうちにここに匿われているというストーカーを捕まえるべきだろう。


「うぅむ。見当たらないな……」


 屋敷と言っても既にボロボロで、殆どの部屋の壁が繋がってしまっている。潜伏出来る様な場所も無さそうだ。


「デマを掴まされたのでは?」


「いやぁ……私たちが手間取ってる間に逃げたんでしょ。『唐草』は新人を守らないとメンツが危ういだろうし、何としてでも逃がすんじゃないかな」


「なんと、では早く追わねば」


 慌てて先ほど壁に空けた穴から出ていこうとしたが、エリーニュスの影から伸びた手が私たちを引き留めた。トナトだ。


「待たれよ。ストーカーとはこいつのことだろう?」


 そう言ってトナトが影から吐き出したのは、黒い狼の獣人。間違いない、こいつがジーンのストーカーだ。


「いないと思ってたら先んじて捕まえてたんだ。やるじゃん。でも……」


 しかし吐き出されたストーカーは既に血だらけだった。息も絶え絶え……というか、気絶してしまっている。


「これが拙者のやり方故」


「もしかして影の中で痛め付けてたの?」


「拷問をしていた」


 おっと、幾らここが『路地裏』とはいえやって良いことと悪いことがあるのでは?


「それで? そいつはなんて?」


「ジェーン・ドゥの"信徒"で、『ジーンのストーカー』と『ジーンの母親の殺害』を頼まれていたらしい」


「あんたの言ってたこと合ってたね。まさかジーンの母親まで殺してるとは思わなかったけど」


 これは予想外の収穫だ。グッ。と真相に近づけた気がする。


「トナト、ご苦労だった。マーナードに傷を治させて、警察に突き出しておけ」


「承知」


 エリーニュスの指示にトナトが頷いて、ストーカーと一緒に影の中へと消えていく。

 なるほど。拷問なんかして大丈夫なのかと思っていたが、そう言えばこちらには治癒の『異能』持ちがいた。

 魔法では成し得ない治療も、彼女なら可能だろう。


「これで貴様の探偵ごっこも少しは終わりに近付いたか?」


「まぁね。て言うかもう探偵はやってないんだけど……」


 ただストーカーの件についてスッキリさせておきたかっただけだ。

 これで心置きなく『リリスの館』をぶっ壊せる。


 さて、ストーカーから情報を得ることが出来たなら、私たちがここに長居する意味はない。一階で大立ち回りを演じていたハルを回収して、そそくさと『路地裏』から退散する。


 その道中、ハルと別れた頃にエリーニュスが、それで。と私の方を向く。


「これからどうするつもりだ。【リリス】からの依頼はおじゃん、それどころかお前を自分の娘のシンパにしようとしていたのだろう?」


「まぁね。そうじゃなくてもマモ達を助けたいし……『リリスの館』をぶっ壊そうと思ってるんだけど」


「そうなると【リリス】が問題だな。必ず妨害してくるぞ。正直、俺はあまりそういう小細工に頭が回らない」


 結局、問題はそこだ。

 どんなマモを助けるにしても、【リリス】が邪魔になる。


「ん? じゃあ先ず【リリス】をぶっ飛ばせば良いんじゃない?」


「なるほど、それなら分かりやすいな」


 何も考えていない私たちが、うんうん。と頷いて、それを端から見ていたガーニールが呆れたように息を吐く。


「それが一番難しいのでは?」









 大方の目標は『【リリス】をぶっ飛ばす』に固まったが、私一人ではやれることに限界がある。幸い、『B』の協力は簡単に得られそうだった。エリーニュス曰く


「俺を騙してメンバーを引き抜こうとした罪は重い」


 らしい。まぁ、私としてはありがたい。

 正直勝手に探偵ごっこをやっていた事を咎められて協力してくれないと思っていたのだが、案外情には深いらしい。私の『異能』に対する情かもしれないが。

 エリーニュスはエリーニュスで協力者を探すとの事だったので、夕方の合流までに私は最も【リリス】に対抗出来そうな【キメラ】に協力を要請することになった。


「何を言う。妻に協力しない夫がいるものか」


 そして要請してみれば、即答でこれだ。

 【キメラ】がいたのはとんでもない広さの庭園を見渡せるバルコニー。そこに大理石のテーブルと豪奢な装飾の椅子が二つ、並び立っている。

 片方に座りながら、私にもう片方に座るよう促すと、【キメラ】は楽しそうに笑って私の顔を見つめる。


「なんだ、断られると思っていたのか? そんな呆れた表情をして」


「思っていなかったから呆れてるの」


 まぁ、でも。【リリス】と同じ神が協力してくれるのはありがたい。

 その為にわざわざ【キメラ】の御殿に戻ってきたのだ。

 事情を説明している間にメートーさんが淹れてくれた緑茶を飲みながら、【キメラ】は、しかし……。と呻く。


「【リリス】をぶっ飛ばすとは大きく出たな。そう簡単にはいかないぞ? 【リリス】の相手は俺がするとして、問題なのは二人の娘だ」


「娘たち? そういえばジェーン・ドゥは二人目なんだっけ」


 ジェーン・ドゥにばかり気を取られていたが、もしや長女の方もやばかったりするのだろうか。


「もう一人の娘の名前はメアリー・スー。彼女はジェーン・ドゥとは対照的に魔法の才に溢れ、【リリス】ですら知らない魔法の知識を持っているという」


「【リリス】以上ってこと……?」


 それは思ったよりやばそうだ。


「でも今回共謀してるらしいジェーン・ドゥはともかく、メアリー・スーまで出張ってくるかな?」


 やや希望的観測かもしれないが、わざわざ長女が出てくる意味もないのではないか。

 というか出てきて欲しくない。【リリス】をぶっ飛ばすのが今以上に難しくなってしまう。


「どうだろうな。あの家族は仲が良かったから……」


「な、仲が……」


 ちょっと、パッとは想像できない。

 悪行の限りを尽くし、歓楽街の支配者とまで言われる【リリス】が娘に慕われるだろうか。

 共謀している事と仲が良い事とは別だろうし……。


 いや、そうか。母親だからか。


「少なくとも母のピンチに駆けつける程度に情はあるだろう。【リリス】をぶっ飛ばすならジェーン・ドゥやメアリー・スーとも戦える戦力を集めなければ」


「むぅ……」


 【リリス】の相手を【キメラ】に任せてそれでお仕舞いだと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。

 エリーニュスはどれくらい戦力を集めてくれるか……。


「ねぇ、リュキア。他に(つて)とかないの?」


「俺か? ふむ、一人だけ心当たりがあるぞ」


「ホント?」


「あぁ、今呼ぶから待っていろ」


 そう言うと、【キメラ】はバルコニーを後にする。

 【キメラ】と【キメラ】推薦の助っ人がいれば、取り敢えず何とかなりそうだ。


 一息ついて緑茶を啜り、私はマモについて考えを巡らせる。

 結局、ここ数日で私が関わった人の中で確実に信用できるのは彼女位だった。【キメラ】もまぁ信用は出来るが、個人的にあまり心を許したくはない。


「マモ以外の人たちも助けたいけど……問題は【リリス】を倒した後か」


 【キメラ】が言っていたように、歓楽街は行き場のない少年少女のグレーな受け皿になっていた。

 『リリスの館』だって大勢の魔女が働いている。

 彼女たちのその後もどうにかフォローしてやりたい……。それこそ、神以外の強い肩書きを持った権力者が必要かもしれない。

 神は権力を持ってはいるが、世界の意志決定はあくまでも私たちに委ねられている。【12議席】が良い例だ。


「そう、せめて警察を動かせる位の人が良いな……」


 やはり公的な権力と言えば警察だ。

 お母さんもよく、「困ったら警察署に駆け込め」と言っていた。今回のは規模が違うが、まぁ大きくは外れていないだろう。

 そんなことを考えながらボーッと庭園を眺めていると、フッ。と急に辺りの太陽が遮られた。


「ん、雲? いやドラゴンか」


 いくらなんでも雲にしては速すぎた。

 『パンゲア』は空輸において龍やドラゴンたちが活躍しており、彼らが通った後は一瞬太陽が遮られる。

 よく見られる現象なのでいつもの事だとスルーしていたのだが、今回はどうも様子がおかしい。


 辺りを覆っていた影が徐々に濃く、小さくなっているのだ。まるでここに降り立とうとしているようだった。


「え? 嘘でしょ?」


 空輸はそれこそ大陸の端から端までなどの長距離の輸送手段であり、それ専用の中継地点がある。

 いくらこの庭園が広いからと言って、ここに降りてくる筈がない。

 しかし影はみるみるうちにドラゴンの形をとっていき、ものの数秒で影の主が姿を現す。


「貴方が【キメラ】様の奥様ですね? 僭越ながら助太刀に参りました」


 それは全身真っ赤な鱗と澄んだエメラルド色の瞳を持つドラゴンだった。

 しかもピッシリした紺色のスーツを着ている。

 全長10mはあろうかと言う巨体はそこにいるだけで威圧感が凄まじく、地面に降り立った筈なのに私がいる3階のバルコニーを上から覗き込んでいる。


「そ、そうですけど……あの……」


 私は思わず顔がひきつる。

 この世界でエメラルド色の瞳を持つドラゴンの一族は、一つしかない。ドラゴンの神【竜神】の一族だ。そしてこの真っ赤な鱗は……。


「これは申し遅れました。私は【竜神】の愚息兼、警察庁長官、ドラゴニル・マグニティカ。気軽にマグニとお呼び下さい」


「こ……」


「こ?」


「ここまでやれとは言ってない!」


「そ、そうなんですか? では……」


「あぁ、待って! 帰らないで!」


 なぜか素直に帰ろうとするマグニを引き留めて、私は、ふぅ。と息を吐く。


「え? 本物? 警察庁長官?」


「はい。正真正銘、警察庁長官です」


 そう言ってマグニがスーツの胸ポケットから取り出したのは、警察手帳だ。

 写真も肩書きも一致している。


「なんだ? 俺が連れてきたのに疑うのか?」


 マグニの背中からひょっこりと顔を出したのは、したり顔の【キメラ】だ。


「いや、だって……やり過ぎでしょ! 警察の一番偉い人でしょ!?」


「俺の方が偉い」


「いや……!」


 なぜちょっと不満げな顔で張り合うようなことを言うんだ。そこを張り合ったってしょうがないだろ!


「えー……奥様。今回私ども警察の協力が必要との事でしたが……何事でしょう」


 痺れを切らしたマグニが、オホン。と咳払いをして深々と頭を下げる。


「あぁ私は奥様じゃなくて……まだプロポーズされただけでOKしてないんですよ」


「おや、そうでしたか。ではディー様、とお呼びしますね」


「それでお願いします」


 横で【キメラ】がまた不満げな顔をしているが、さすがにここまで偉い人に奥様だなんて呼ばれたくない。

 恥ずかしさで顔が赤くなるどころの騒ぎではないからだ。


「それで、お話とは……」


「えっと、【リリス】の悪行についてなんですが……」


「あぁその件ですか……」


 【リリス】と聞いた瞬間に、マグニの顔が曇った。


「我々もほとほと手を焼いているのです。何せ中々シッポを出さないもので……」


「そのシッポを掴めるとしたら?」


「ほぅ? 詳しく聞きましょうか」


 顎に手を当てて、興味深げにマグニは頭を近づけてきた。

 一通り事情を説明すると、マグニは、なるほど。と目を細める。


「『リリスの館』から【キメラ】様に助け出されたのですね。つまりディー様は内部告発者であると……いやはや、まさか【リリス】様の情報管理に穴が出来るとは」


「どうですか? 警察は動けそうですか?」


「うーん。今一つと言ったところでしょうか。もう一押し、何か欲しいですね……誰が見ても明らかに『リリスの館』が異常だと分かれば良いのですが……」


「誰が見ても……」


 ふと、右手に熱が籠る。


「もしも『リリスの館』で火事が起こったら……どうです?」


「ん?」


「火事からの避難を名目に魔女を保護出来ませんか?」


「……おやおや。私を前に犯行予告ですか?」


「まさか」


 誰も燃やすだなんて言ってないではないか。


「ただ、今日の夜は予定を空けておいて下さい」


「まぁ……私は何をしようとも構いませんが、バレないように頼みますよ」


 立場がありますので。と言い残して、マグニは飛び去っていった。


「ディー、本当に燃やすつもりか?」


「うん」


「即答か……だが普通の手段では警察の目は掻い潜れないぞ? 別にバレても守ってやれるが、面倒なことになるのは必至だ」


 それはそうだろうが、こちらには普通ではない力がある。そう、『異能』だ。マーナードが『異能』は痕跡が残らないと言っていた。ここまで都合の良い能力はない。

 というか、トナトは既に影を操る『異能』を使って似たような事をやっていた。

 ストーカーの誘拐とか。


「『リリスの館』を燃やして、魔女たちを逃がしながら邪魔してくる出てきた娘たちと一緒に【リリス】をぶっ飛ばす。……これでいけそう?」


「無論だ。俺が成功に導くからな」


「そういうのを聞いてるんじゃないんだけど」


 まぁ、【キメラ】に【リリス】の相手をしてもらわなければ立案出来ない作戦だ。

 【キメラ】がヤル気満々なのに悪いことはないだろう。


「あとはエリーニュスがどのくらい戦力を集めてくれるかだね……」


 エリーニュスというか『B』の顔の広さはよく知らないが、確実に交流のある【12議席】のトリエントを連れてきてくれれば御の字だろう。

 ジェーン・ドゥはかつての【12議席】に捕まったと言っていたし、同格のトリエントなら不足は無い筈。


「まぁ、トリエントは【リリス】には関わりたくないって言ってたけど……」


 そこはエリーニュスの手腕に期待するしかない。


「あとは夕方まで待機か……」


「おや、ということは夕方まで暇だな?」


「そうだけど……」


 日の落ち具合からしてもう数時間と無い。余計なことをしてる時間はないだろう。

 などと考えていると、【キメラ】は私をひょいと抱えあげた。


「何するつもり」


「まぁ、そう睨むな。少し空の旅をしようじゃないか」


「空って……羽まで生やせるの?」


「もちろん。旧世界では有名だったんだがなぁ……」


 知らないよそんなの。と私が答える前に、【キメラ】は私を抱えたままバルコニーから身投げした。

 そう、身投げだ。


「はぁぁあああ!?」


 しかもまるで飛び込みの様な形で身投げしたからか、頭が下になっている。

 これでは私の『異能』の風で軽減しても大怪我じゃすまないだろう。

 もうダメかと目をギュッと閉じたが、グンッ。と奇妙な浮遊感が私を襲う。


「ディー、目を開けてみろ」


 という声に恐る恐る目を開くと、『パンゲア』の様相が眼下に広がっていた。

 真下には【キメラ】の屋敷があり、広大な緑色の瓦の群れと、その何倍もある庭園が見える。

 顔を上げれば、住宅街、商店が並ぶ大通り、歓楽街と続き、それよりも遥か遠くに禍々しい城がそびえ立っている。あれが『パンゲア』の王、【魔王】の居城だ。


「でっかいお城……」


「あぁ、あれか。俺は【魔王】が嫌いでね。あいつの城から一番遠くに御殿を建てているんだ」


「そうなの……?」


 落ちないように気を付けながら後ろを見ると、【キメラ】の御殿の奥には関所が一つあるだけだった

 ここは正真正銘『パンゲア』の端だ。

 【魔王】の城は『パンゲア』の中心にあると言うから、【キメラ】が【魔王】を嫌いだと言うのは本当らしい。


「だからってこんなに離さなくても……」


 『パンゲア』はとてつもなく大きい。

 ここからでも見える【魔王】の城のせいでいまいち距離感を掴みかねるが、私の足なら横断するだけでも数ヶ月はかかると聞いた。


「あやつは年に一度、催しとして闘技場でトーナメントを開くんだが……それがうるさくてかなわんのだ」


「そんなご近所トラブルみたいな感じなの?」


 てっきり過去の確執とか言い出すものだと……。

 いやまぁ別にその理由を否定はしないけど。


「殆どの神々はあの城の近くに御殿を建てているが……全く気が知れない」


「ん? 【リリス】は? 歓楽街にあるよね」


「【リリス】のあれは『リリスの館』だ。商売の場ではあるが住みかである御殿ではない」


「じゃあさ、このまま【リリス】の御殿に行けたりしない? もしかしたら何か【リリス】たちに有利になれる何かがあるかも」


「ほぅ……それはそれは」


 さぞ愉快そうに、【キメラ】は口角を上げる。

 次の瞬間には周りの景色が後方へと飛び、気付いた時には目の前に真っ黒で大きな壁が迫っていた。

 少し驚きながら首を動かすと、大きなステンドグラスの窓とその中で働く悪魔たちの姿が見える。


「……まさかこれが【魔王】の城?」


「あぁ、近くで見ると只の壁だろう? しかも一般人は中には入れないからな、がっかりする観光地としても有名だ」


「そんな実情が……」


「それよりも、ほら……この下にあるのが【リリス】の御殿だ」


 ゆっくりと地面に降りた私の目の前に現れたのは、こじんまりとした"お菓子の家"だった。

 ビスケットの壁、キャンディーの柱、チョコの屋根に飴の窓。その全てが色とりどりで、しかも美味しそうな匂いを辺りに漂わせている。


 まるで童話に出てくる様な小さな小屋だ。確かに魔女が住んでそうな見た目だが、【キメラ】の御殿や【魔王】の城を見た後ではショボい大きさだと言わざるをえない。


「なにこれ」


「お菓子の家だ。立派なものだろう? ちなみに実際に食べられる。ただその為には【リリス】の魔法障壁と保存の魔法を突破しなければいけないがな」


「な、なんでこんな……」


「娘たちの要望だったらしい。お菓子の一つ一つを三人で作り、ついにこれを完成させた」


「……」


 それはどれだけの手間だったのだろう。思わず言葉を失ってしまう。

 子供のためにここまでやってしまう【リリス】が、今なおこの家に魔法をかけ続けている【リリス】が、その横では魔女たちを食い物にして歓楽街を牛耳っている。


「一体何で……」


 一体何のために。


「気になるなら問いただしてやれば良い。正直、俺としてはこんな茶番劇さっさと終わらせてしまえば良いと思うがね」


 その意味を尋ねる前に、太陽がオレンジ色に染まり始めたのに気付く。


「そろそろ合流しなきゃ……リュキア、送ってくれる?」


「妻の頼みならなんなりと」


 相変わらずの恭しさに顔をしかめながら私はその手を取る。

 背中に乗せられると、お菓子の家は一瞬で後方へと消えていった。

 【キメラ】が目的地に到着するまでのほんの数秒だが、私は【リリス】とその娘たちの平和な日常を夢想する。彼女たちもただ純粋に、あの家を作っていた時があったのだ。

 今の【リリス】たちは許せない。それは揺るぎ無いが、なぜそのままでいられなかったのかと、ほんの少し残念に思った。

お読み頂きありがとうございます。

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