ジェーン・ドゥについて
娼婦を"買う"と言う行為は、本来許されていない。
店からすればそれはこれからその娼婦が産み出すであろう利益を丸ごと失う事と同義であり、それを許せばあっという間に店は潰れてしまう。
ともすれば娼館から連れ出すと言う行為すら、殆どの店が規制している。店側の目の届かないところで娼婦がどんな目にあうか、分かったものでないからだ。
あくまでも客は娼婦との"時間"を買うのであって、娼婦そのものを買う事は禁忌なのだ。
「そもそも、この世界の娼婦という制度は行き倒れた少年少女がそれでもグレーゾーンで生きていける様に作られた"緩衝材"だ。それを客に売るだなんてとんでもない」
そう話すのは『私に買われてみないかい?』と言ってきた【キメラ】本人だ。
どの口からその講釈が出てくるのだろうか。
甚だ疑問ではあるが今は突っ込まないでおく。
【キメラ】は【リリス】の自室へと向かいながら、私にその制度の抜け道を語る。
「しかし、それが許される場合がある。"金"だ。大金を積み、店側の目を眩ませる。それ以外に娼婦を買う方法は存在しない」
「でも、【リリス】がそんなはした金……」
【キメラ】が差し出したのは確かに大金だったが、この歓楽街を牛耳っていると言っても過言ではない【リリス】が、これっぽっちのお金で私を手放すだろうか?
それに【リリス】だってバカではない。私が何かを探っていることに気付いているだろうし、易々と私を館の外に出すような真似はしないだろう。
「問題ない。当然、それは君の一生を買うには到底足りないからね……たった数時間。君を私の家に招待するためにその金額を払うんだ」
「そ、それは……」
そう考えるととんでもない破格である。
もちろん、高い方に。
「ちなみに私は『神』としてここに出資していて、今までの数多くの少女たちのパトロンとなってきた。言わば太客で、相応の優待権も持っている」
「……」
つまり金と権力に物を言わせて、私をお持ち帰りしようと言うことなのだ。
何と言う黒い世界か。
「でもたった数時間で何とかなるんですか?」
「私が君に与える時間は数時間どころではないぞ、ディー。私は君に、無限の時間を約束する」
「は、はぁ?」
言っている意味は分からないが、【キメラ】は金色のたてがみを揺らし、また飄々と笑っている。
「さて、小娘の部屋にたどり着いた訳だが……ディー、君はここで待ってなさい。私が話をつけてくる」
そう言って【リリス】の部屋に入っていった【キメラ】は、数分と経たずに部屋から飛び出してきた。
「ハハハ! 交渉成立だ! 逃げるぞディー!」
「え? キャアッ!?」
突然【キメラ】に抱えられて、思わず生娘の様な叫び声をあげてしまう。
「おや、死んだ目をしている割に可愛い声で鳴くじゃないか」
「うるさいですよ! それより、何のつもりですか!?」
「生意気にも条件を提示された。ディーを連れてこの館から逃げきれば、こちらの条件も飲んでくれるらしい。勿論、正面玄関から出る必要があるがな」
「そ、それって……」
かなり無理のある条件ではなかろうか。
この館は【リリス】の手足も同然で、どこからでも【リリス】の魔法が飛んで来る。
「何を言う。我は【キメラ】、純然たる獣人の『神』であるぞ」
言いながら、【キメラ】の体がメキメキと変化していく。足は雄々しく、体は太く、そしてタテガミはそのままに、四足歩行の体制となった【キメラ】は、私を背中に乗せて館の廊下を疾走する。
「ハハハハ! まさか私がゼウスの真似事をするとはなぁ!」
「誰ですゼウスって……それより、何も仕掛けてきませんね」
そろそろ魔法が飛んできても良いと思うのだが。
「何を言う。我々は正面玄関から出る必要があるのだぞ? そこで待ち構えておるに決まっておろう」
「なるほど……」
確かに、生半可な魔法で【キメラ】が止まるとは思えない。
それならば必ず通る正面玄関で特大の魔法を仕掛けるのが合理的だ。
「何か策があるんですよね?」
「いや、無い」
「……え?」
「突っ込むぞ、私のタテガミか角にしっかり捕まっておけ」
「え、ちょ……」
そんな会話をしている内に、あっという間に正面玄関へたたどり着いてしまった。
見れば、そこには扉の代わりに極彩色のバリアが張られていた。あんなのに当たったら、どうなるか分かったものではない。
「と、止まってください! 無理ですって! もし【キメラ】様が大丈夫でも私が……あぁぁあああ!」
止まらない【キメラ】のタテガミにしがみつきながら半泣きになっていた私が見たのは、【キメラ】がぶつかる直前で、スパン!と切り刻まれる極彩色のバリアだった。
【キメラ】は正面玄関を素通りし、通りに出るとそのまま歓楽街を走り抜けていく。
「ハハハハ! どうだ? スリルがあっただろう?」
「さ、策が無いって言うのは嘘だったんですね……?」
「いや? 嘘ではないぞ。あの斬撃が通用しなければそのまま突っ込むつもりだった」
「……。そもそもどうやって切ったんですか?」
「私は【キメラ】だぞ? 透明な腕くらい幾らでも生やせる」
言われてみれば、それもそうだ。
いや透明な腕が生やせるのとあのバリアを壊せるのは別では?それとも、"そういう腕を生やした"ということだろうか……。
「ま、まぁ。取り敢えず脱出成功……ですよね?」
「あぁ、その通りだ。これであの小娘の目を逃れられる」
「それでは、このまま【キメラ】様の家にでも行くんですか?」
「いや、行くのは警察だ」
「警察? どうしてまた……」
言っている間に、私を乗せた特急【キメラ】便は、警察署へとたどり着いた。
恐ろしい速さだ。道中は殆ど景色が見えなかった。私たちのことが見えていた人も殆どいなかったのではなかろうか。
「さぁ、ディー。これを見たまえ」
促されて見たのは、警察署の外の掲示板に張り出されている『行方不明者』の写真。
子供から老人まで、様々な種族が並んでいる中の、【キメラ】が指差した先にあったのは……
「『マモ』?」
幼いマモの写真だった。
種族は魔女、失踪したのが10年前。マモが【リリス】の館で働き始めた年と一致している。
「でも、マモはお父さんに手紙で怒られたって……マモのお父さんはマモの行方を知らないって事ですか?」
手紙まで出しておいて、それは無いだろう。
あのマモの言いぐさからして、交流が全く無いわけでもなさそうだったのに。
「彼女の父親は、毎日ここに来ては何か情報が入っていないか確認しているらしい」
「……」
「【リリス】が易々と娼婦を手放すと思うか? しかも、膨らんだ借金を返せる程に稼げるあの娘を? これが【リリス】のやり方だ。近い内に、マモには父親からの酷い手紙が届くだろう」
「……」
「一応言っておくと、マモの父親は既に借金を完済している。マモが去った後、【リリス】から届いた『手切れ金』によってな」
深入りするなと、【リリス】はそう言いたいのだろう。だがマモのお父さんはそれで納得していない。
我が身を切り刻んででも、彼はマモと一緒にいたかったのだ。
そんな娘を売ったお金で借金を返したとして、彼はどうやって生きていけば良いのだろう。
「さて、敏いディーならもう気づいただろう? こんなことを平然とやっている【リリス】が、ジーン嬢とその母親に何をしたのか」
【キメラ】は私の肩に手をおいて、言う。
「そう、仲違いさせたのだよ。何年もかけて、最初は小さな不和から、やがてお金だけを催促する母親象をジーンに刷り込ませた」
「そ、そこまで分かっているなら……」
【キメラ】や警察は動けないのだろうか。
「言っただろう? これが【リリス】のやり方だと。私や警察が掴めるようなボロを、【リリス】は出さない。マモだって、公的には"買った"事になっている」
「そんなの……」
なんと言う悪女だろうか。
何もかもが腐っている。何人もの少女をあの場所に閉じ込め、自らの肥やしにしている。
マモが私を自由だと言ったのにも合点がいった。私の正体に気付いた彼女だ。マモはこの状況について察していたのだろう。
「だが、付け入る隙はある。君のお陰でね」
「私のお陰?」
どう言うことだろうか。
ここまでで私は特に役に立つような事はしていないと思うが……。
「君が居れば内情を知るものからの暴露という形をとれるだろう?」
「あぁ、そういう……それで私をあの館から連れ出したんですね」
「そうだ。まぁ、それだけではないがな」
それだけではない?
他の高尚なオカンガエが【キメラ】にはあるのだろうか。
そんなことを考えていると、【キメラ】は四足歩行からいつもの姿に戻り、私の前で膝をついた。
「ちょっと、何してるんですか? 悪ふざけなら止めてくださいよ……」
神に膝をつかれるなど、恐縮以外の何者でもない。
しかし【キメラ】はそっと私の手を取ると、やけに甘い声でこう言い放った。
「ディー、私と結婚しよう。私は聡明な君に一目惚れしてしまったようだ」
神との結婚。
それは英雄譚として語られる物語によく見られる一文だ。それは絶対的な栄光であり、世界の創造主と結ばれるという"偉業"があって初めて英雄であるとも言える。
「私は英雄でも何でもないのですが」
「私はあの伝統が嫌いなのだ。英雄? 勇者? いやいや、好いた者と結婚したいに決まっているだろ」
警察署を後にした私は、四足歩行で疾走する【キメラ】に乗って彼の御殿に向かっている。
しかも求婚されながらだ。
これは見た人によれば誘拐にあたるのではないのだろうか。先ほどの警察署で保護してもらうべきだったか……。
「私みたいな小娘のどこに惚れたんです?」
「小娘? 謙虚だな、『リリスの館』に居ながらにしてあの強気な態度。それにその目。強い意思を持った目だ」
「人殺しの目ですよ、これは」
どう断ろうか少し悩んだが、私が人殺しだと知れば【キメラ】も大人しく引くだろう。
「ほう? ディーは快楽殺人鬼だったのかね?」
「……そうですよ」
「嘘をつくな。もしそうなら【リリス】のチェックをすり抜けて、『リリスの館』で働ける訳がない」
チッ。なるほど、あの面接はそういう意味もあったのか。
「何故殺したのか、聞いても良いかな? 勿論、嘘は無しで」
「えっと……引く気は無いって事ですか?」
「内容次第だ」
「……ムカついたんですよ。親友の二人や皆を殺されて。科学者どもはもちろん、あんな研究全部に。だから科学者を全員殺したんです。だからジーンのストーカーも同じように……」
思い出すと、腹の奥から怒りがこみ上げてきた。
あのくそ野郎どもは全員殺せただろうか。少なくともあの孤島に人の気配は無かったが、確認は出来なかった。
「なるほど」
【キメラ】の声にハッ。と顔を上げて、喉の辺りまで競り上がってきていた熱い怒りを何とか押し込める。
私に求婚してきたとかそれ以前に、目の前にいるのは神だ。
人を殺すただの何だの言ってしまったら、その場で『世界のため』とか言って殺されてしまうのではないだろうか。
そもそも私が大量虐殺を起こした詳しい経緯なんて誰かに話すつもりは無かったのに、何で話してしまったんだろうか。
自分でもおかしい位、ちょっと【キメラ】に心を許しすぎている。
「だが、何故ジーンのストーカーを殺そうとしているのだ?」
【キメラ】の口からは、予想外の言葉が吐き出された。
「それは……今は関係ないでしょう?」
「そう、関係ない。ディーが一度人を殺したとして、なぜもう一度殺しに手を染める必要がある」
「で、でも……」
いや、その通りだ。
研究所で大量虐殺を起こしたからと言って、また人を殺す意味はない。
今私は拍子抜けした顔をしているだろうか、それとも……。
「おや、泣いているのかね?」
「……泣いてませんよ」
私はバレないように、そっと涙を拭う。
少しだけ、肩が軽くなった気がした。
「泣いてませんけど、少し気が楽になりました」
「そうか」
私の十字架は重い。しかし、あいつらの死で私が塞ぎ込むのはお門違いだ。
ましてその十字架に押されて沈むなんてもっての他だろう。
「ところで結婚の話ですが……」
「おや、一市民に過ぎない君に拒否権があるとでも?」
「いやぁ……」
それはそうだが……こういうのってもうちょっと雰囲気とかがあるもんではないだろうか。
「そもそも私って結婚出来るんですか? 戸籍とか。私故郷から拐われてここに流れ着いたんですけど……」
「私が何とかしよう」
何とかしてしまえるらしい。
「それに、無限の時間を約束すると言っただろう? これでディーは俺の庇護下に入る。【リリス】でも容易に手出し出来ない」
「あぁ、そういう意味だったんですね……」
だとするとあの時からもう私に求婚する気だったのか?もしやゼウス云々も結婚に関する話だったのかもしれない。
この人、大して策とかがあるわけではなくただ私を連れ出すために方便を並べただけなのでは?
私相手に何故そこまでするのかは甚だ疑問だが。
「ついたぞ」
「あ、はい」
少し考え事をしている間に、【キメラ】の御殿にたどり着いてしまった。
御殿の壁は真っ白な漆喰が塗りたくられていて、屋根には深緑色の瓦が見える。そして御殿の中央上部には【キメラ】の家紋のステンドグラス。
「……すごいチグハグですね」
確か、どれも別々の場所で使われている建築様式だった筈。
正に【キメラ】と言うことか。
「やはり同じことを言うのだな」
「何がですか?」
「何でもない。さぁ、ようこそ我が家へ」
いやちょっと待て。
よく考えなくても、ここで逃げなければ最悪監禁されてしまうのでは。思わずここまで着いてきてしまったが、神とは言えよく知らないやつの家には入りたくない。
「何を突っ立っている。早く中に入れ」
「えーっと……」
ワンチャン『異能』を解放して御殿を燃やすべきか……。
「ディー、まさかとは思うがその格好で外を出歩くつもりか?」
「……え?」
言われて自分の体を見ると、風俗店独特のやけに薄く、肌色が眩しい服が目に入ってきた。
しまった。そのまま出てきてしまったか。と言うか私はこんな格好でさっきまで歩き回っていたのか、流石に恥ずかしさが勝つ。顔が赤くなってないと良いが。
いや、それよりも……
「あの、【キメラ】様。もしかしなくても分かってて黙ってましたね?」
「眼福だったからな。イテッ」
恐れ多くも【キメラ】の背中をグーで殴りながら、私は渋々御殿の重い扉を押す。
「お帰りなさいませ……? 【キメラ】様、こちらの方は?」
広々としたエントランスにはタキシードを着こなした竜人の老執事がピシッとした姿勢で佇んでいて、急に現れた私に首を傾げている。
「妻だ」
「え?」
「妻だ」
「ご、ご結婚なさったのですが? あなた様が?」
「まだ籍は入れていないがな」
そもそも私はオーケーしていないのだが。
「そ、それはえっと……えぇ?」
先ほどまでの堂々とした立ち振舞いはどこへやら、明らかに動揺して両手をアワアワと動かしている。
「着替えさせろ。ディー、こやつはこの御殿のチーフバトラーのメートーだ。何でも申し付けろ」
言うだけ言うと、エントランスに置いてあるソファーにドカッ。と座り込んでしまった。
ちーふばとらーに聞き覚えはないが、見た感じ執事のリーダーとかだろうか。
「え、えっと……奥様。ではこちらの部屋へ」
「ど、どうも……」
お互いぎこちなく頭を下げる。
VIP待遇どころか奥様扱いか。
いや、どうしてこうなった。私は【リリス】の悪行を暴こうとしていたのではなかったか?
「な、何故急にご結婚など? 失礼ながらあなた様のその格好は……?」
メートーに連れられて御殿の廊下を移動している最中、【キメラ】の目が届かない場所まで来たところで静かにメートーが口を開いた。
「あー……『リリスの館』から【キメラ】様に連れだされて……」
「なんとまぁ……あの方がそんな横暴を……」
付き合いの長そうなメートーでも、思わず横暴と言ってしまう事態らしい。
やがてメートーが立ち止まったのは、ズラリと女物の服が並ぶ部屋だった。
まさか私向けに用意されたものではないだろう。しかも部屋全体がやや埃を被っていて、あまり触れられてないのが分かる。
「あのー私って何人目の妻です?」
この感じだと私が初めてでも無さそうだ。
こういうのは『実は10人目でした』とか言われるのがお約束だが……
「初めてですよ! だから驚いているんです……!」
「えー?」
ますます【キメラ】の考えていることが分からなくなってきた。
「実は、居たのです……。【キメラ】様にもご結婚をお約束なさっていた人間の女性が」
「なんだ、やっぱりいるんじゃないですか」
「しかし、その方はとある争いで戦死しました」
「……」
戦死とは穏やかではない。
この【方舟】では戦争と呼べる規模のいさかいは一度も起きていない筈だ。
しかしわざわざ戦死という言葉を使ったということは、何かと戦って死んだのだろう。
「あれは私が丁度この御殿に仕え始めた頃です。その日、ボロボロの少女がこの御殿に転がり込んで来たのです。【キメラ】様は始め渋い顔をしましたが、共に過ごすうちに打ち解けていき……私は訳あって子を残せない故、彼女を実の娘の様に想っていたのですが……」
だが、戦死した。
【キメラ】との約束を果たせずに。
「私が驚いたのは、【キメラ】様がご結婚なさるとおっしゃっただけではないのです。奥様があんまり彼女に似ているものですから……」
「やっぱり……」
昔結婚を約束していた女の面影を感じて私をここに連れてきたのだろう。
「いえいえ、決してそれだけだとは思いませんよ。【キメラ】様がその程度であなた様との結婚をご決断される訳がありません」
「そうですかね……」
違うと言いたいが、断言出来る程、私は【キメラ】について知らない。
「まぁ……取り敢えず着替えましょうか。えぇと、どんな服がよろしいですか?」
「動きやすい服が良いかな」
多分この後また外に出ることになるだろうし……。
メートーは『畏まりました』と言うと、てきぱきと数着選び出し、私の前に並べた。
「えー……こちら短めのボトムスや運動靴、Tシャツ、下着にヒートテックとジーパンや上に羽織るタイプのコートを。全体的にストリート系に纏まるようにしてみましたがいかがで……」
「ちょっと待って。よく見たら全部人間用じゃない?」
持ってこられた服は勿論だが、部屋に並ぶファッションは全部人間用に見える。この広い部屋を埋め尽くすほど並んでいるのにだ。
「え? あぁ……【キメラ】様のご意向で」
「もしかして各種族に一つずつこんな部屋が?」
「いえ、それにこの御殿にはメイドがいませんので女物はこの部屋だけです……」
「……」
ちょっと怖くなってきた。
もしかして【キメラ】は未来予知でも使えるのか?
幾ら結婚を約束していた女性がいたとしても、これは異常じゃないか?
「服で迷っておいでですか? 私はその長い黒髪には白いTシャツが似合うと思いますが」
「あーじゃあそれとジーパンにします」
メートーさんを部屋から追い出し、部屋に用意されていたシャワールームで汗を流す。
はーやれやれ。と着替えを済ませて部屋を出ると、部屋の前には【キメラ】が待ち構えていた。
「うぇ……」
「なんだその顔は。別に取って食われる訳でもあるまいに」
「別の意味で食うつもりなのでは?」
「……ノーコメントだ」
「ほぼ肯定でしょう、それ。あ、そうだ。聞きましたよ? 前の女の事」
「なんだ、メートーに聞いたのか?」
「そうですけど?」
なんと弁明があるのかと待っていると、突然【キメラ】が、フフッ。と微笑んだ。
「ちょっと?」
「いや、すまない。その少し膨れている顔がそっくりだったものでな」
「真剣に答える気あります?」
まぁ、いい。求婚はされているが、まだ婚姻届は出していない。
【リリス】の件を片付けるまでは保護してもらって、その後こっそり逃げ出せば良い。
『B』の仕事もあるし、エリーニュスになんと説明すれば良いのかも分からないし。
「あっ。依頼……」
ジーンの護衛をほっぽりだして出てきてしまった。
だがあの館なら別に問題ないだろう。なんたって【リリス】が守っているのだから。
「……ん?」
そうだ、問題ない。
私なんかがいなくても、ジーンは大丈夫な筈だ。
何せあの館はこの世界でも最高峰の【リリス】のセキュリティによって守られているから。
「あの館にいる魔女たちは自由な外出を許可されていないし……ストーカーなんて、入る前に弾けばそれで終わりの筈」
あの極彩色のバリアを作って見せた【リリス】が、その程度の事を出来ない訳がない。
なら、何故あんな依頼をしたんだ?
先ず、【リリス】は黒だ。ジーンを母親と仲違いさせた件と言い、マモを騙し父親と引き離した件と言い、明らかに私に対しても何かを企んでいる。
しかもトリエント曰く、ジェーン・ドゥ絡みでだ。
「……分からない事は三つ」
1、何故ジーンの母親は殺されたのか
2、何故【リリス】は無意味な護衛を依頼したのか
「3、ジェーン・ドゥは誰に化けているのか」
「良いぞ、ディー。やはりお前は聡明だな……さすが私の初めてで唯一の妻だ」
「すいません。【キメラ】様はちょっと黙ってて下さい」
「ふむ、様はよそよそしいな……リュキアで良いぞ」
「そういうの後にしてもらえませんか?」
横から入った茶々を一蹴しながら、私は脳をフル回転させる。
先ず、1に関しては何も分からない。
【リリス】にはジーンの母親を殺す動機がないからだ。そのままギスギスした関係を続けさせていれば、それで良かった筈。これは後回しだ。
2は依頼を持ってきたエリーニュスにでも尋ねてみよう。何か知っているかもしれない。
そして3だが、これはジェーン・ドゥについて知らないと分からない気もする。
化ける傾向とか、そういった足掛かりが欲しいところだ。
「あの、【キメラ】様。ジェーン・ドゥについて教えてくれませんか?」
「……」
あれ、無視された?
「【キメラ】様? あー……り、りゅ……?」
「リュキア」
「リュキア……」
「よし。その調子で敬語も止めて良いぞ」
めちゃくちゃ言わされた。
意外と強情だなこの人。いや、神。
「ではジェーン・ドゥについて話すとしよう」
気は済んだのか、【キメラ】は嬉々として話し始めた。
「ジェーン・ドゥはこの世界が出来てから100年が経った頃、【リリス】の二人目の娘として生まれた。神々はジェーン・ドゥの誕生を喜んだが……なんとジェーン・ドゥは魔法を使えなかったのだ」
「え……」
魔女という種族は【リリス】に血が近い程力が強い。
そんな魔女達の中でも最も【リリス】の血が濃いであろうジェーン・ドゥが、魔法を使えなかった……。
「神は自ら創った『こどもたち』からの"信仰"を力にする。魔女の『血が強い程強い』と言う"信仰"の根幹を揺るがしかねないこの事実は、必死に隠された」
「あれ、でもジェーン・ドゥは自在に姿を変えるんでしょ? それは魔法じゃないの?」
「魔法で骨格まで変えることは出来ん。ジェーン・ドゥのそれは魔法とは違う力、『異能』によるものだ」
「『異能』!?」
ここで『異能』が出てくるのか。
かなり特殊な力だと聞いているが……。まさかジェーン・ドゥが『異能』の使い手だったとは。
「無論、この事実は少数の者しか知らない。ジェーン・ドゥが齢12の時に目覚めた『異能』は彼女の唯一の魔法であるとされ、【リリス】は"信仰"を維持することに成功した」
「ジェーン・ドゥは魔女としては落ちこぼれだったんだ……」
「そう言うことだな。周りからの羨望の目と、自らの現実とのギャップ。やがてジェーン・ドゥの心は壊れ、本名を隠し、あだ名として名付けられたジェーン・ドゥという名前を名乗るようになったのだ」
魔女として称賛される日々と、本当は魔法が使えない自分。バレたらどうなるのかというプレッシャーは、12歳の少女にはさぞ重かっただろう。
「ジェーン・ドゥと名乗るようになった彼女は、吹っ切れたように各地で悪事を繰り返すようになる。やがて見かねた当時の【12議席】によって捕らえられたものの脱獄。世界的に指名手配され、彼女は世界の爪弾き者となった」
そして彼女は未だ捕まらず、悪事を続けているのだろう。
「ジェーン・ドゥは"信仰"というシステムの被害者と言えるだろうな……そんな彼女が手下として信徒を増やしているのは何の皮肉か」
もしくは当て付けかもな。と【キメラ】は目を伏せる。
「それで、ジェーン・ドゥは今回の事にどう絡んでくるの?」
どいつもこいつも気を付けろだのなんだの言うだけで、一向に核心に触れてくれない。
「あぁ、そうだな……。ジェーン・ドゥは世界中を飛び回り、そこで見つけた"お気に入り"を信徒にしているのだが、その際、かなり酷い手段を取る」
「……まさか」
「そう……家族や友人を皆殺しにするのだ。自分以外の寄る辺を無くすために」
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