第二話 初日で魔法が使えなくなりました
部下に角を折られた。怒りは全く湧いてこない。むしろ嫌われてしまったのではないかという不安だけが胸の中で渦巻く。
意識を失う直前に見たヘラルドの目には光がなく、俺に冷め切ってしまったようだった。
あいつが怒るのはもっともだ。
急に人間界に行くと言って、今までの生活を捨てさせてまで連れてきた。
それなのにいざ人間界に着いてみたらどうだ。俺はこっちの世界について事前に調べていたわけでもなく、あいつに頼り切ってばかりだった。
ヘラルドが怒るのも仕方ない。
悪いのは俺だ……。
「様……ベル様…………アベル様!」
聞きなれた声が耳に入る。泣いているのか、声は震えていた。
「アベル様!起きてくださいよ!」
俺はゆっくりと目を開ける。青い空……ではなく茶色い天井があった。
少女が運んでくれたのかと考えていると、ヘラルドの顔が映り込んでくる。
俺が目を開けたのを見て、焦りと不安で堅くなっていた表情は柔らかくなっていった。
「アベル様!よかったああああ!」
すぐ横で膝をつき、ベッドの淵に額を乗せて『ふぅ』と安堵の息を漏らす。
少し安心した。
嫌われたと思っていた相手が、自分のことを心配してくれていたことに。
「アベル様、すみません.....僕、冷静じゃなくなっちゃってっ……やってはいけないこと……」
俺に怒られると思ったのだろうか、下を向きながら話す様子を見て、何をすべきかはすぐに分かった。
「謝らなければいけないのは俺の方だ」
そう言って体をゆっくりと起こし、ベッドに横向きで座る。
「いつも俺を支えてくれたお前に甘えてしまっていた、これは主としてあってはならない姿だ」
ヘラルドと向き合い、顔を見ながら話す。
「申し訳ない」
俺は頭を下げた。
「そ、そんな!僕はアベル様の角を折ってしまったんです。とても大切な角を……」
「そんなものただの飾りだ」
角はただの飾り......胸の中に違和感が残った。
「それに人間と偽るなら無い方がいいだろう」
笑ってそう言うと、俯いていたヘラルドが顔を上げる。
「主人に気を使わせるなんて配下失格ですね......」
「俺の方こそ主人失格だ、配下の気持ちを考えられていなかった」
「ヘラルド」
俺が名前を呼ぶとヘラルドは顎を引き、目を合わせてきた。
「これからもよろしく頼む」
「はい!」
二人とも、よく通った声だった。
俺もヘラルドを頼りすぎないようにしないとな。
コンコン
「起きられましたか?」
仲直り?が一段落したところで、先程の少女が入ってきた。
「ああ、ベッドまで貸してもらってすまない」
「大丈夫ですよ、お二人が倒れた時は驚きましたが……」
「二人?お前も倒れたのか?」
アベルはヘラルドの方を向く。
「はい、アベル様が倒れた少しあとに」
「そうか」
「やはり角を折ってしまったことが……」
ヘラルドが思い出したかのようにドアへ目線を移す。
水2つが乗った盆皿を持つ『人間』が、きょとんとした様子で立っていた。
「そっそういえば!まだ名前を伺ってませんでしたね!」
その事に気づき、慌てて話題を変えるヘラルド。
「あぁ!自己紹介の途中でしたね」
少し待ってください、と少女は部屋から出て行った。
タタタタ……
十数秒もしないうちに足音が聞こえてくる。走っているのか、そのリズムは速かった。
「はぁ…はぁ……私の名前はイリアです!そしてこちらの方こそが……」
息切れをしながら自らの名をイリアだと明かす。
その後イリアが左手を引き寄せると、初老の男が姿を現した。
「かの有名なグレゴール先生です!」
その名前を聞き、アベルとヘラルドは顔を合わせる。
(……知ってるか?)
(知りません……)
(人間界では有名なのかもしれないな)
(ですね、話を合わせておいた方がよさそうです)
再びイリアたちへ視線を戻す。
「あっあのグレゴール先生!?」
わざとらしく驚くアベル。
「もちろん存じ上げております、まさかこんな所でお会いできるとは……」
礼儀正しく感嘆の意を表すヘラルド。
(完璧ですね)
(ああ、俺たちの絆でまた1つ危機を脱したぞ)
二人は後ろで拳を合わせた。
イリアは驚いた様子で隣の男を見て、また満足気な二人に視線を戻した。
右手で口元を隠す。
「うふふ、グレゴール先生はそんなに有名じゃないですよ。気遣ってくれてありがとうございます」
(この女、可愛い顔してしっかり罠に嵌めてきましたね)
(旅は終わりだ、人間がどういうものかよく分かった)
合わさった拳は互いに食い込んだ。
とはいえこの男、アベルたちが騙されるくらいには威厳があった。
短い髪は年のせいか白くなっているが、太い首に整った姿勢。そして何より、いつ切られてもおかしくないと感じさせるオーラ。剣を持っていないことに違和感を抱くほどだ。
「イリアが世話になったそうだな、なんでも魔物を倒してくれたとか」
「いえいえ、大したことじゃないですよ」
「ここで剣術道場をやっているグレゴールだ。とは言っても、まだ住み込みの生徒が一人だけだがな」
鳥たちが鳴く森、風が走る草原、のどかな緑に囲まれたこの道場。その中でイリアとグレゴールは二人で生活しているようだった。
「ところで、君たちはなぜこんなところへ?」
「旅の途中です」
「ほう、何のために?」
アベルは悩んだ。どこまで言っていいのか。
結果、多少濁せば本当のことを言っても問題ないという結論に至った。
「実は俺たち、遠く離れた田舎の出身なんです。いろんな人たちと話してみたくて」
「そうか、それはいいことだ。人を知れば世界を知れる、世界を知れば自分を知れるからな」
グレゴールは旅の理由を聞くと、にこりと笑ってそう言った。
アベルの表情も緩む。
「どこへ行くのかは決まっているのですか?」
無駄にある行動力のせいで急遽飛び出してしまったのだ、もちろん行先は決まっていない。
イリアに聞かれたが、二人とも黙ってしまった。
「まだ決まっていないのならニュースタントに行くといい」
(ニュースタント……どこかで聞いたことがあるな)
二人が困っていることを察し、グレゴールが提案してくれる。
「あそこは世界最大の軍事都市だからな。人も多いし技術も発展してるだろう」
(軍事都市……そうか、父が話しているのを聞いたことがある)
アベルとヘラルドは一度お互いの顔を見て頷く。頷いたはいいものの、ヘラルドの方は何か心配そうな顔をしていた。
「ではそこを目指そうと思います」
この旅の最初の目的地が決まった。
アベルは内心ウキウキしていた。魔族でも知っている名前だ、きっとたくさんの人に出会えるのだろうと。
「ニュースタントでしたら私たちも用事があるので案内できますよ」
イリアがニュースタントまでの案内役を買って出てくれる。
「それはありがたい、ここら辺のことはあまり詳しくなくてな」
道を教えてくれるだけでなく、道中いろいろなことを聞ける。人についても、魔族についても。
アベルにとって願ったりだった。
「早速準備してきます、先生行きましょ!」
イリアはまたグレゴールを引っ張っりながら部屋を離れていった。
残るアベルとヘラルド。
「アベル様、いきなり軍事都市ってマジすか……しかも世界最大の」
しばらく黙っていたヘラルドが汗をかきながら声を出した。
「ああ、どうした?何か不満があるならどんどん言ってくれ!」
(配下の意見も尊重しないとな!)
自信あり気に聞くアベル。
「いや、アベル様何も思わないんですか?軍事都市ですよ?」
ヘラルドの言いたいことに気づく様子はない。
「僕たちが魔族ってばれたら一瞬で殺されちゃいますよ!」
アベルは黙り込み、考える。
「…………まあバレないだろう」
「今考えること放棄しましたね!」
面倒くさがる主とそれに四苦八苦する配下。いつもの光景が戻ってきた。
「それに『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とも言うだろう」
「なんですかそれ!自分で勝手に作らないでくださいよ!」
アベルは納得のいかない顔をする。
(どこかで聞いたことがあるのだがな……)
「大体アベル様、想像力が足りてないんですよ!この間だって…」
「ヘラルド!」
話を遮りアベルは声を上げた。
「大丈夫だ、万が一バレたとしても魔界の中でも最強格の俺たちが負けるわけないだろう」
その言葉にヘラルドはハッとする。
「たしかにそうですけど……」
「俺は魔王の息子だぞ、いざとなったらこの魔法で……」
アベルは左手を前に出す。
「この魔法で……」
一度ヘラルドを見る。そしてまた前を向きなおす。
「この魔法で……」
何も起こらない。
「アベル様ふざけてるんですか?」
ヘラルドは少しイラついた様子で聞く。
「……ヘラルド」
「?」
「魔法が使えない」
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