カオリのバスケレッスン
バスケットボールのボールが体育館に響いていた。高校の午後の練習時間、女子バスケットボールチームが汗を流していた。観客席はほとんど空っぽで、唯一、陰から一人の姿がじっと見守っていた。
彼がそこにいるのは偶然ではなかった。ボールのバウンド音、床を蹴る足音、そしてシュートが決まる音。それらは彼を引き寄せる磁石のようだった。自分でも認めたくはなかったが、結局、彼はまた体育館に戻ってきてしまう。ここに来るべきではないとわかっていたのに。
コートの上では、一人の少女が目立とうと奮闘していた。彼女の動きは機敏で、ボールの扱いもかなり上手だったが、どこか物足りなさがあった。難しいシュートを狙ったり、ペースを上げるたびに、ボールは彼女の期待に応えてくれないことが多かった。プレーのたびに、彼女は悔しそうにため息をついた。
「もっと集中しろ。」ベンチから声が飛んだ。声の主は中年のコーチ。普段から多くを語らないが、その目はいつも厳しかった。「才能はあるが、そのままじゃ、遠くには行けないぞ。」
少女は返事をしなかった。ただ、手に持ったボールを見つめ、まるで今にも爆発しそうな勢いで強く握りしめた。それでも、彼女が諦める気配はなかった。
観客席で見つめていた彼の目は細まり、少女の動きを一つ一つ冷静に分析しているかのようだった。その姿は、かつての自分自身を思い出させた。彼女が何を感じているか、彼にはわかっていた。彼女が必要としているものも。
翌日、放課後。彼は校庭を歩いていると、昨日のバスケコートにいた少女が一人、ベンチに座っているのを見つけた。足元にはバスケットボールが転がっていた。彼女は何かに迷っているようだった。
彼はあまり考えずに近づいた。「昨日、練習を見てたよ。」
少女は驚いた様子で顔を上げた。「あ、そう?」興味なさそうに答える。「男子チームの一員?」
彼は首を振った。「いや、俺はプレーしてない。」
「じゃあ、なんで見てたの?」彼女は好奇心が湧いたのか、少し興味を示した。
「たまたま通りかかったんだ。少しだけ見てたんだよ。」彼は肩をすくめた。「難しいシュートをいくつか失敗してたけど、足の位置を少し変えれば、入ってたかもな。」
少女は眉をひそめた。「何よ?バスケのこと、知ってるって言いたいの?」
彼は微かに笑った。「少しだけな。」
彼女は彼をじっと見つめた。彼はバスケ選手のようには見えなかったが、何か隠されたものを感じた。「じゃあ、私にそれを証明してよ。明日、放課後に体育館でね。もし本当に知ってるなら。」
彼は一瞬ためらったが、うなずいた。「いいだろう。」
翌日、放課後に二人は体育館で再会した。少女はボールを手にして待っていた。彼女は挑戦的な目で彼を見つめていたが、彼はどこかリラックスしていた。
「さあ、見せてよ。」彼女はボールを彼に投げた。
彼はボールを受け取ったが、すぐには動かなかった。ただ立って、彼女が焦れているのを見つめていた。そして、驚くほど落ち着いた声で、ボールを返した。
「君が教えてくれ。」
「え?どういうこと?」彼女は戸惑って聞き返した。「あんた、私が何を間違ってるか知ってるって言ってたじゃない!」
「確かに。でも、俺はプレーしてるわけじゃないんだ。君のプレーを見て、何かを教わるかもしれないと思ったんだ。」彼の声は冷静で、目の奥には何か隠された感情が見え隠れしていた。
彼女は不信感を抱きながらも、反論はしなかった。「分かったわ。教えてあげる。そんなに難しくないし、ちゃんと努力すればできるわよ。」彼女の言葉には自信が感じられたが、どこかで誇りが揺らいでいた。
こうして、奇妙なトレーニングが始まった。放課後の時間、二人はいつも体育館で会うようになった。彼女は彼にポジションの取り方、ドリブル、シュートの基本を教えた。彼は一見、学んでいるように見えたが、実際には彼女の動きを観察し、エラーを指摘することで、彼女を知らず知らずに導いていた。
「左足、もう少し早く動かしてみて。」
「シュートのときは手首をもっとリラックスさせた方がいい。」
彼はまるで彼女がミスをする前から知っていたかのようにアドバイスしていた。自分が指摘される前に、彼女もそれを感じ始めた。シュートの精度が上がり、ボールのコントロールも向上していった。しかし、彼女はまだ、彼がなぜこんなに詳しいのか理解できていなかった。
ある日、特に厳しい練習が終わった後、二人は観客席に座っていた。彼女は息を切らしながら、満足そうな顔をしていた。
「ねえ、あんたって意外と悪くないね。全然やってない割には、覚えるのが早いじゃん。」
彼は小さく笑った。「まあ、そんな感じかな。」
彼女は彼を見つめ、目を細めた。「でもさ、なんかおかしいよね。普通、バスケやってない人がそんなに詳しいわけないじゃん。あんた、私がミスする前にいつも直してくれるしさ。」
彼はしばらく黙っていたが、肩をすくめてこう言った。「ただ、観察してるだけさ。」
その瞬間、体育館の扉が開き、男子バスケチームのメンバーが入ってきた。その中の一人が彼を見つけて、すぐに笑顔を浮かべた。
「おい!お前、久しぶりだな!またここに来るとは思わなかったよ!」
彼女は驚いた表情で彼を見た。「彼を知ってるの?」
その男子は笑いながら答えた。「知ってる?彼は俺たちのエースだったんだぜ。でも、もうバスケ辞めちまったんだ。誰もその理由は知らないけどな。」
その瞬間、彼の秘密は明かされた。彼女は彼を真っ直ぐに見つめ、問いかけた。「なんで教えてくれなかったの?なんで、バスケができないふりをしてたの?」
「君を助けたかったんだ。」彼は正直に答えた。「最初から教えようとしたら、君は壁を作ってしまうと思った。だから、君自身で成長できるように、そっと導こうとしたんだ。」
彼女はしばらく黙っていたが、ため息をついて、こう言った。「分かったわ。でも、もし本気で私を助けたいなら、もう隠さないで。私、もっと強くなりたいの!だから、全力で頼むわ!」
こうして、二人の関係は新しい段階に進んだ。彼は今度は本気で彼女に技術を教え、彼女はそれを全力で吸収しようとした。彼女はどんどん上達