6、鳴一郎の罪悪
夜になった。二つの月がぼんやりと浮かび上がっている。
涙で赤く被れた頬を冷やすため何回か顔を洗った俺は、とりあえずの当て布で左目を隠すと、蒼二郎が眠る部屋に戻った。昼間の笑い声が嘘のように、蒼二郎は静かに眠っていた。
蒼二郎は全て話してくれた。
最初は迫三郎に嫌がらせするために俺を拾ったこと、迫三郎にバレないようにするために男として育てたこと、迫三郎に俺を傷付けさせて殺させて「お前が殺したのはお前の大事なリボーシャだぞ」と嘲笑ってやるつもりだったこと。
でも、左目を失くした俺が蒼二郎を心配したことで自身が『本当のくずったれ』だと気付けたこと、俺を大事にしたいと思ったこと、仲良くしたいと思ったこと、女の子のリボーシャにしか興味が無い迫三郎から俺を守るために俺がメニールであることを黙って男にしようとしたこと、迫三郎に追われないためにギルドに入らなかったこと、俺が男になった後で気付いた迫三郎に蒼二郎が八つ裂きにされても構わないと思っていたこと。
けれども、それと同時に俺のために迫三郎を殺そうと考えて魔法値ゼロのピストルを用意していたこと。
いろんなことを謝りながら蒼二郎は語ってくれた。
確かに蒼二郎は俺に酷いことをしただろう。だが、それ以上に蒼二郎は俺を守ろうとしてくれていた。冒険を楽しむ俺の裏で、ずっと気を張って案じてくれていた。どうして今更そんなことを責めれようか。
今でも蒼二郎の無い左腕を見ると涙が零れ落ちそうになる。そんな俺を「また泣き虫に戻っちゃったのか」と蒼二郎はおどけながら慰めてくれた。本当ならば、俺が蒼二郎を慰め無いといけないのに。
布団からはみ出た蒼二郎の残った右腕に触れる。床に膝を付いて、ベッドにしなだれかかった俺は大事そうに蒼二郎の指に触れ、気が付けば、迫三郎を殺すために引き金を引いてくれた人差し指に唇を落としていた。
「え、なんで、俺……?」
自分のした行動が理解できなくて飛び上がりそうになる。蒼二郎は男で俺の親友で、年上の従兄弟だ。蒼二郎が俺を抱き締めるのは友情の延長線上であり、俺が年下の保護の対象だからだ。
(じゃあ、俺がした指先への口吻は……?)
胸がドキドキする。頬が熱くなってくる。唇の感触が蘇ってくる。今まで覚えのない感情だが、それが何であるか理解していた。
(俺は男だ。蒼二郎だって俺が男になることを心から望んでいる。これでは蒼二郎に対する酷い裏切りではないか。……ああ、でも、どうしよう。蒼二郎、俺はお前が――)
すがるように蒼二郎の右手を包み込む。蒼二郎は知らないようだが、迫三郎がメニールは愛の力で分岐するのだと言っていた事実を思い出していたら、ぼたり、とぼたんの花のように涙が零れ落ちていた。
(恋は罪悪だ)
そして、それと同時に、俺は眼の前で眠る男へ恋に落ちたことに気が付いたのだった。
つづく
とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。
そうして神聖なものですよ。
夏目漱石『こころ』より