4、I would die for you(君のためなら死ねる)
目が覚めると、少女趣味の部屋にいた。
自分の身長の二倍もあるような、くまとうさぎのぬいぐるみ。星と月をモチーフにしたカーテン。万華鏡のように緩やかに廻るシャンデリア。どこからか流れてくる甘い香りとディスクオルゴールの音楽。薄紫色の雲がたくさん描かれた壁紙。
(確か、俺たち、迫三郎に捕まって――蒼二郎は!?)
押し付けられるような少女趣味に寒気を覚えながら、無駄に柔らかい天蓋のベッドから飛び降りた。頭がやけに重い。足元もスースーしている。胸が締め付けられて痛い。ベッドからすぐ近くにあった全身鏡を見て絶句した。
大きな大きなツインテールの髪形。服なんて、裾にも袖にも何処かしこにもふんだんにフリルがあしらわれている。スカートもふんわりとしたものだが、ほとんどがレース生地なので肌が丸見えで、なんとガーダーベルトまでされていた。そして、蒼二郎から貰った眼帯は無く、代わりに蝶々と花の形をしたアイパッチが貼られていて、誇張なく吐き気を催した。
「なんだよ、これ。気持ち悪い……、気持ち悪い!」
鳴一郎は鏡を蹴倒し、アイパッチを剥ぎ取ると、服のフリルを引き千切ろうした。しかし、魔法値が高い装備品のようで生半可な力では引き千切れそうになかったので、破くような勢いで服とガーダーベルトを脱ぎ捨てる。その勢いのまま割れた鏡の破片を掴むと、掌に血が滲むのを我慢してまで長くなった髪をざんばらに切り落とす。下着姿になった鳴一郎だが、上はキャミソール、下は布の範囲が少な過ぎるパンティーであった。とどめに、女性しか身に着けない下着――ブラジャーが付けられていたことに気付き、鳴一郎は声なき悲鳴を上げてはたき落とした。
「迫三郎め! あのくずったれ野郎! 男である俺に女装させやがって、どういう了見だ! くそっ、早く蒼二郎を見付けて脱出しねぇと」
怒りで気分を立て直そうと鳴一郎は乱暴にカーテンレールからカーテンを引き剥がす。そうして音を立てて外れたカーテンを身に纏って服代わりにしながら、扉をぐっと押した。だが、開かない。
「クソが!!」
罵声を上げ、ガチャガチャとドアノブを揺すっていたら途端に扉が開き、扉の外側にいた人物の胸に鳴一郎は飛び込む形になってしまった。しかし、鳴一郎はその感触だけで理解した。こいつは蒼二郎ではない、敵だ、と。
「リボーシャちゅわん!! 下着姿でお出迎えなんて、随分と刺激的じゃないか!」
鳴一郎が瞬間的に放ったパンチを軽く受け止めながら、迫三郎が言いのける。まるで砂糖を焦がした|Apfelkuchen(アップルケーキ)の中身の林檎のような、でろでろとした目尻下がった情けない面に攻撃が通らないことに鳴一郎はギリギリと歯軋りした。
「せっかく魔法で髪を伸ばして俺好みのツインテールにしたのに切ってしまうなんて……っ! まぁ、また伸ばすから良いけどね」
「迫三郎、お前がくずったれ野郎とは知っていたが、まさか嫌いな奴に女装させる趣味があるとは思わなかったぜ……っ!」
「女装趣味!? とんでもない! 君はれっきとしたレディーではないか、リボーシャ」
「俺が女だって? 俺と違って両目ある癖して、目の前の俺が見えてねぇのかよ?」
「メニールは異性を愛して変化するんだよ、リボーシャ。そう、俺が男なら、君は女の子に」
「薄気味悪ぃ! メニール? リボーシャ? 何だ、それは? 俺は鳴一郎だ! 俺の親友の蒼二郎は何処にいる?!」
拳を掴まれたままの近距離で鳴一郎ががなり立てるが、迫三郎は蜂蜜に漬け込んだような表情を浮かべたままだった。
(気色悪い!)
鳴一郎がガシガシと蹴り上げるが、迫三郎の顔付きは変わらない。いい加減腹が立った鳴一郎は迫三郎の股間を思っきり蹴り上げたのだった。
「ぐお……っ!」
蹲る迫三郎を無視し、拳が開放されたことをいいことに鳴一郎はその場から逃げ去った。鳴一郎が閉じ込められていた少女趣味の部屋――だけが特殊な魔法が敷かれていたのだろう――と違って、ゴツゴツとした石畳の廊下が広がっており、ポツポツと魔法松明が灯っているのを見る限り、昔の大戦で使われた砦跡だと思われる。
「蒼二郎、お前、何処にいるんだ。早く此処から出ねぇと……うわっ!!」
だが、幾ばくも走らないうちに鳴一郎は魔法のシャボン玉に包まれてしまった。鳴一郎は今更ながら、迫三郎のパーティーに魔法使いの女がいたことを思い出す。ぷかぷかと浮かぶ魔法球に渾身のエルボーを叩き込むが全く割れそうになく、鳴一郎は「チクショウ!」と叫んだ。
「随分と言葉遣いが荒いのね。ねぇ、アメ、本当にこの子が天使なのかしら?」
「あら、ムチ、迫三郎さまを疑うのですか?」
鳴一郎が逃げ出そうとした先から、魔法使いのムチと僧侶のアメが現れる。双子のような姿をしているが、纏う雰囲気も性格もまるで異なっていた。
「装備品が無かったらガチでヤバかったな。早速の夫婦喧嘩とはいえ、流石にコレは禁物だぜ」
「迫三郎さま、お手当を」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
迫三郎が復活してしまったことにより、身動きが取れないうえに挟まれてしまった鳴一郎は顔を歪ませる。
「お前ら、何が望みだ? 蒼二郎は何処にいる?」
「迫三郎、ホントにこの子がリボーシャなの?」
「間違える訳が無い! この子こそが俺のエンジェルで俺のママでお嫁さんのリボーシャたんさ!」
「しかしながら、迫三郎さま、肝心のこの子は自覚も無ければ、真実も知らないようですよ」
「くそったれ共が! 俺を無視すんじゃねぇ!!」
「あと、口もかなり悪いよ、この天使」
「あとで矯正(強制)するさ。せっかくあげた服も脱いじゃったけど、俺のものになるんだ、かわいらしい服なんて幾らでも買ってあげるよ。ねぇ、リボーシャ」
「俺は鳴一郎だ! お前らが俺を攫ったとき蒼二郎も近くにいたはずだ! 蒼二郎に会わせろ、蒼二郎は何処にいる?!」
全く話を聞かないまま歩みを進める迫三郎とアメとムチに、鳴一郎は苛々が募るが、シャボン玉は爪を立てようが何をしようが微塵も割れそうになかった。
「ふふふ、俺のかわいいリボーシャ。そんなにあのくずったれの蒼二郎に会いたきゃ会わせてあげるよ」
シャボン玉の中にいる鳴一郎に向けて、迫三郎が薄気味悪く微笑む。気が付けば、大きな鉄の扉の前に来ていた。ムチが謳うように呪文を唱えると、扉は音を立てて一人でに開いていく。まず鳴一郎の鼻先を擽ったのは、開いた衝撃でわいた風と、その風に乗って届いてきた血の匂いだった。
「迫三郎の親分! お早かったではありませんか? あっしは、てっきり初夜まで済ませるんかと思っていました」
「コバンザメ、まだ身体がそう出来てないと何度言えば分かるんだ?」
「へへへ、すいやせん」
「この足元のゴミも捨てとけよ」
「へいへい」
其処は大広間のようであった。盗賊のコバンザメと下卑た会話をしながら、薄暗い室内に入った迫三郎は足元にあった、細長い“なにか”を蹴り飛ばす。細長いと言っても、パイプのようなものではない、もっと柔らかいけど芯のあるものだった。蹴り飛ばされた“なにか”は壁に当たり、ぐちゃりと形が崩れた。その壁の下には血に染まった迫三郎の両手剣が床に突き刺さっており、その横には柔らかいけど芯のある“なにか”――骨ごと切断された左腕の持ち主こと、血塗れの蒼二郎が壁に凭れ掛かっていた。
「蒼二郎っ!!」
鳴一郎が絶叫する。爪なんて折れてもいいぐらいの勢いでシャボン玉を掻き毟りながら、鳴一郎は嗚咽を挟みながら何度も親友の名を叫んだ。涙で視界が歪んでも、ひたすらに呼び続ける。すると、歪む視界の向こうで蒼二郎がぴくりと動いた。
「なんだ、よ、その格好。随分、と男らしくな、いじゃない……か、鳴一郎」
「蒼二郎!? 死なないでくれ、蒼二郎!」
「おっやぁ? まだ生きていたんですね、くずったれのお兄サマさんよ」
血や泥に濡れていない場所を探すのが困難なぐらいにボロボロになった蒼二郎を、迫三郎がゲラゲラと嗤う。
「迫三郎! どうしてこんなことをするんだ!? 俺たちは卒業してからお前たちには一切何もしなかったぞ!!」
「俺からリボーシャを奪った、それだけで充分過ぎるくらいだ」
「リボーシャって何なんだよ! 誰なんだよ、そいつは!?」
「リボーシャは貴方のことですよ、メニールのお嬢さん」
鳴一郎の質問に答えるようにして、大広間の柱の影から一人の恰幅の良い男が現れた。
「メニール……? なんだよ、それ?」
「迫三郎どの、この子は本当に何も知らないようです。わたくしから説明しても」
「おう、ソデノシタ、頼んだぜ」
リーダーの迫三郎に了承を貰うと、商人であるソデノシタは話術を使って恭しく語り始めた。
「祖先にエルフがいる家系の隔世遺伝として、稀にメニールと呼ばれる個体が生まれます。メニールは両性未分化体であり、要は男でも女でも無く、大人――つまり十八歳前後に男女に分岐する性質を持っています」
「……」
「メニールは未分化前は天使と呼ばれ――天使には性別が無いですし、ね――天使時代は非常に非力ではありますが、分化してからは、男ならば勇者のような力と体力を、女ならば賢者のような魔力を得ると言われております。また、遠縁とはいえエルフの血が流れておりますので、分化したあとは振り返らぬ者がいないほどの見目麗しい姿を得るとのことです」
お分かりになりましたか? と最高レベルの話術士クラスの流暢な喋り方でソデノシタは説明を終える。鳴一郎は呆然としながらも、自身の真っ平らな胸と何も無い下半身に触れた。そして、蒼二郎が絶対に人前で着替えさせることを許さなかったことを思い返していた。
「鳴一郎、お前の本当の名前はリボーシャなんだよ。……君は本来ならば、緑の土地の領主に拾われ、すくすく育ち、俺と結ばれる予定だったんだ。だが、俺の計画を知ったクソ野郎が君の人生を捻じ曲げたんだ。俺の力に敵わないから、というくだらない理由で俺に嫌がらせするためだけに。拾われたあと、君は随分と蒼二郎に虐められたというじゃないか。俺に嫌がらせするためだけに、あのくずったれ野郎は俺に君の左目を斬らせたんだ。随分と酷い男だと思わないかい、リボーシャ」
「ははは……っ! 迫三郎、よくもまぁ、自分のこ、とを棚に上げて其処、まで言え、るなぁ。おか、しくって腹が捩れ……げほっ、がはっ……」
「チッ、まだ生きていやがったのか!!」
「蒼二郎っ!!」
ぼろ雑巾にされても血反吐を吐いても嘲笑う蒼二郎に、五体満足の迫三郎が近付いていく。今度こそ殺されてしまうのではないか、と鳴一郎は恐くなって叫んだ。
確かに迫三郎の言うとおりかもしれない。だが、左目を失ったとき、一番に心配してくれたのは蒼二郎だった。平衡感覚が失くなってふらつく鳴一郎を支えてくれたのも、授業に遅れないようサポートしてくれたのも、卒業してから一緒に冒険に出て、鳴一郎の隻眼を気味悪がる奴等に怒ってくれたのも、鳴一郎の左側の見えない闇から守ってくれたのはいつも蒼二郎だった。一緒に笑って、たまには喧嘩して、それでも信頼し合って此処まで二人はやってきたのだ。その絆が嘘じゃないことぐらい、鳴一郎は心の底から分かりきっていた。だからこそ、蒼二郎を喪うことが恐ろしくてたまらなかった。
「迫三郎! 俺は好きにしてもいい! お前のものなってもいいから蒼二郎は見逃してくれ!!」
「おお、俺のかわいいリボーシャ! いくら君の願いでもそれだけは無理だ。此処でやらなきゃ、いずれ俺が未来でやられちまうからな」
「ははっ。……分かってい、るじゃねぇ、か、迫三郎」
とうとう迫三郎は蒼二郎の前まで来て、床に突き刺したままの両手剣の柄に手を伸ばした。そして、その手が剣を掴むか掴まないかぐらいのときに蒼二郎がやけにはっきりした声で言い出した。
「おい、迫三郎、俺と決闘しねぇか?」
「は? 決闘だと? そんなズタボロでなに抜かしてんだ? お前の折り畳み鎌だって、俺サマが粉微塵の破片にしてやったのによく言うぜ」
「切り札ぐらい残しているさ……。それともなんだ? こんな俺相手でも怖いのかよ?」
ドス黒くなった血で塗れた顔でニィと嗤う蒼二郎に、迫三郎の眉間に皺が寄る。
「いいぜ、乗ってやるぜ。どうせ、俺サマの勝ちに終わるがな。それで、貴様のラストリゾートは何なんだ?」
「これさ」
そう言って蒼二郎が懐から取り出したのは麻のような袋に入ったままの拳銃だった――拳銃だと分かったのは、蒼二郎の握り方から判断しただけに過ぎない。
「……? おい、コバンザメ、あれはなんだ?」
「形からしてピストルだと思いますぜ、迫三郎の親分」
「私からも言わせてもらいますが、魔法の匂いも感じられませんわ」
「アメに同感同意。……ってか、ピストルなんてヘボ武器の代名詞じゃん。アイツ、馬鹿なの?」
「ふむ、わたくしの鑑定眼にも引っ掛からないということは価値にもならないAlteisen(鉄くず)といったところでしょう」
「ふぅん。つまり、蒼二郎、お前はそんなガラクタ品で俺サマとやろうってのか?」
「くくっ、決闘らしくロマンがあっていいだろう?」
片腕ではピストルを構える余裕も無いのか、血を吐きながら蒼二郎は背中を壁に預けると、投げ出した両足の左足だけを動かし――きっと右足は折れて役に立たないのだろう――その膝の上にピストルを握った右腕を置いたのだった。
「ロマン! 確かに決闘で死ぬのはロマンだろう! いいだろう、最期の決闘を受けてやる!」
自身では判断出来なかったあれが、パーティーからピストルで鉄くずだと断定されると否や喜んで迫三郎は決闘の申し出を受け入れた。そして、両手剣を床から抜くこと無く、たった数歩下がって両腕を広げた。
「はずれないように、ようく狙えよ(強バリア発動)。もしかすると、お前に当たっちまうかもしれないからな(反射バリア発動)。」
迫三郎がアメにウインクを飛ばすと、彼女と迫三郎は彼自身に無用なぐらいのバフを掛けた。これは見せ付けているのだ、今からお前のやることはすべて無駄で、負けるのは蒼二郎だと。
「蒼二郎、嫌だ、お前が死ぬなんて、俺……」
「泣かないで、リボーシャちゅわん♪ コイツは俺にお前を傷付けさせた癖して、君の能力とかわいらしくなる容姿が惜しくなっちゃったくずったれ野郎なんだよ。あとで蒼二郎との記憶、きれいに消してあげるからね♡」
ニンマリ笑う迫三郎を見て、蒼二郎は怖気が走った。蒼二郎との記憶を失って、コイツのものになるなんて恐ろしい以外の何物でも無かった。青褪めるを通り越して、絶望感で真っ白になった鳴一郎の鼓膜を叩いたのは蒼二郎の嗤い声だった。
「おい、蒼二郎、何がおかしい?」
「くくくっ。迫三郎、分かっているじゃねぇか。……そうだよ、くずったれ野郎なんだよ、俺もお前も。だからな、そんなくずったれ野郎の俺たちが、自分が傷付いているのに相手を心配しちまうような鳴一郎の人生に介入しちゃいけねぇんだよ。こいつは自由であるべきなんだ。くずったれ野郎の俺たちは、こいつの人生に存在しちゃいけねぇのよ。でなければ、こいつがけがれちまう」
機嫌を悪くした迫三郎に蒼二郎は一気に言い切ると、袋に入ったままのピストルを構え直した。血が足りないのだろう、そもそも片腕をもがれて死に掛けなのだ。震える銃身を見て、迫三郎こそが大笑いした。
「寝言は寝て言えよ、蒼二郎。おっと、これから永眠するんだったな」
呵々大笑しながら、迫三郎は舞台俳優のように大きなポージングを取る。
(死に損ないの癖して、なに訳の分からんことを。聞いてあきれるぜ。撃てよ、蒼二郎。撃ったときがお前の最期だ!!)
勝利は見えていると安心しきったような顔付きの迫三郎のパーティーメンバー、あとは如何にしてリボーシャをものにするか夢想する迫三郎、絶望感で目が真っ赤になるぐらい泣き叫んでいる鳴一郎。
ダブルアクションリボルバー故の重い反動を覚悟しながら、蒼二郎は言った。
「泣くな、鳴一郎。男らしくないぜ」
銃声が大広間に反響する。左の脇腹から血を噴き出したのは迫三郎だった。蒼二郎以外の誰もが何が起きたか分からず硬直する。その硬直を解いたのは迫三郎の痛さによる絶叫だった。
「あ、あ、あ、いでぇ、痛いよぉ、なんだよ、これ。バフ効、果は――」
迫三郎の台詞を打ち消すように二回目の銃声が鳴った。やはり片では照準が定まらなかったのだろう、次に血を噴き出したのは迫三郎の右太腿だった。片足を撃たれ、先程までの余裕が嘘のように迫三郎は床に倒れ込む。
三発目は無かった。ソデノシタが銭投げで蒼二郎を手の甲を打ち、ピストルを手放させたからだ。
「あははははっ!! ザマァねぇ、な、迫三郎!」
痛さでのたうち回る迫三郎を見下ろしながら、銭投げの衝撃で崩れ落ちた蒼二郎は血反吐を吐き捨てつつも悪鬼のように嗤い続けた。あまりの痛さに声ならぬ声をあげる迫三郎を救護しようと僧侶のアメが駆け寄って回復呪文を唱えるが、全く血が引く気配も痛みが引く気配も無かった。
「ちょっと、アメ! 真面目にやっているの!?」
「真面目にやっています! 本心から唱えているのですが、全く効かないのです!!」
「おい、バフはどうしたんだ!? あんな鉄くずが親分とアメの姉ちゃんが掛けたバフを割るって、有り得ねぇよ!?」
「それにバフが割られたとしても魔法値の高い装備をしているのにどうして攻撃が通るの!? なんで、たかがピストルの攻撃で致命傷に至るのよ!」
ムチとアメとコバンザメがギャーギャー騒ぎながら迫三郎の回復をしようと試みるが、どんな魔法を唱えようが、魔法値の高い回復アイテムを使おうが、迫三郎の怪我が治ることは全くなかった。血と共に確実に迫三郎の命は溢れ落ちていく。
「わたくしとしたことが気付かないとは……。あのピストルは魔法値ゼロの武器です」
「魔法値ゼロ!? はぁ? ソデノシタのおっさん、何を言って――」
「ははっ、話の分、かる奴がい、るじゃねぇか」
ソデノシタとコバンザメのやり取りに、半分瞼を落とした蒼二郎が呟く。
「我々が扱う武器・装備品・アイテム全てに魔法値が掛かっております」
「ソデノシタ、それがいったいどうしたっていうの? 当たり前のことじゃないの?」
「ムチどの、魔法値ゼロのアイテムに対しては、どんなに高い魔法値の装備品・バリア魔法を張っても意味がないのです。魔法値ゼロなので、他の一切の魔法値と干渉しないのです」
「伊達に、魔法値ゼロ地帯で幼、少期を……過ごし、ていねぇさ」
その時、鳴一郎が思い出したのは、ギムナジウム卒業時、脱走防止に魔法が掛けられた塀に魔法値ゼロの鉤縄を引っ掛けた蒼二郎の姿だった。蒼二郎は既にこの時から構想していたのだ――迫三郎を殺す方法を。
「迫三郎、お前は確、かに強い。……学生時代、俺はお前を、いつか殺すためにずっ、と観察していた。逃げ、るのも良いが、お前を殺さ、ない限り、鳴一郎に平、穏は訪れないか、らな。お前は魔、法と技の強さに過、信して……その背景や源、果ては理論を理解し、ていなかった。め、鳴一郎との決闘で付、いた傷なんて、たかが擦過傷なのに、お前はいつま、でも『痛い』と騒いでいた。そこで閃いたのよ、こいつは魔法値に対する深い造詣は無いうえに、少しの痛みでも耐え、れない、と。ほら、現に今、お前は俺に反撃すら、出来ないだろう……?」
「クソがぁぁああーーっ! あがが、痛い、熱い、死ぬぅーーっ!」
息も絶え絶えに語る蒼二郎の言う通り、迫三郎は痛い痛いと悲鳴を上げるばかりで他の何も出来ないようだった。
「ま、魔法値ゼロのピストル、卒業してから、作り上げるのに、一年も掛、かっちまったぜ。ふ、ふふ……、魔法値ゼロによる傷だ、魔法なん、て利かねぇし、治せねぇよ。第一、銃弾だって貫通しちゃいねぇ。迫三郎、お前は死ぬんだよ、今ここで、くずったれな俺と一緒に……っ!!」
「テメェ!!」
半死半生の蒼二郎に怒り狂ったコバンザメとムチが武器を向けるが、それを「おやめなさい」とソデノシタが止めた。
「今、ここで彼を殺しても迫三郎どのは助かりませんよ。わたくしの知り合いに、民間療法で魔法を使わない『医術』を研究している者がおります。彼女でしたら、迫三郎どのを助けてくれるかもじれません」
「魔法値ゼロの鉛玉が体内にある以上、迫三郎さまに魔法は効きません。脱出魔法や脱出アイテムを使わずに自力で彼を担いで、この砦から逃げ出さねば……っ!」
僧侶のアメは最後まで言わなかったが、こうなれば時間との勝負である。だが、盗賊・商人・僧侶・魔法使いに魔法戦士である迫三郎を運べるのだろうか。だが、判断の早い商人ことソデノシタは痛さで呻くしか無い迫三郎を抱え上げると、蒼二郎の眼の前に脱出用アイテムを置いた。
「貴方の決死の行動に免じて、ここは引きましょう。彼が復活したら、いずれまた」
「へっ……! そ、そのまま迫、三郎が死んで、野望が潰、えることを祈る、ぜ」
迫三郎パーティーが去っていく。術者がいなくなったことで魔法のシャボン玉が割れた鳴一郎はすぐさま蒼二郎に駆け寄った。
「蒼二郎! 死ぬな、死なないでくれ! すぐに街へ連れて戻るから! だから、また二人で冒険しようぜ……っ!」
涙で瞳どころか鼻まで赤くした鳴一郎を蒼二郎は見た。酷い服装で、ざんばら髪だが、守り切れたことは確かだった。守り切れれば、自身の命なんてどうでも良かった。くずったれな己の命なんて、所詮ゴミみたいなものだ。いちばん大事な者さえ守れれば、それでいい。
「良かった、お前が無事で」
俺や迫三郎みたいなくずったれに絡まれず、自由に生きてくれ、と心の底から強く願いながら蒼二郎は瞼を落とした。
つづく