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3、蒼二郎の決死

きょう 蒼二郎そうじろう


学校卒業時は十七歳の少年。

「あはははーっ!! 不様だなぁ、蒼二郎! 未来に殺す予定だった弟に毒殺される気分はどうだ? ゲームである『GUILTY(ギルティ) GUILD(ギルド)』、通称ギルギルにパラメーターMAXで、異世界チート転生した俺様にお前のようなクズが適う訳ねぇだろうがよ!! バーカ!! あははっ、お前さえいなければ俺は安泰だ! 愛しの天使ことリボーシャちゃんと共にこの世界を満喫してやんぜ!! 俺がかわいい女の子とラブラブするためにも、お前は死ぬんだよ、今ここで!!!」


 五歳の時、三歳の弟に毒を盛られて苦しむ俺に、その弟からこんな内容のことを嗤いながらぶち撒けられたという話なんて、いったい誰が信じるのだろうか。


  俺が生まれた恭家はクズの家系だった。一番優秀な奴に家を継がせるというしきたりにより、兄弟間の蹴落とし合いは日常茶飯事だったと聞いている。だから俺の父親は、父の兄や弟たち――俺から見て伯父や叔父たち――を蹴落とし、中には事故に見せかけて処分したこともあったという。父が家を継ぐことになり、他の弟妹も始末したが、一人だけは「何でもするから殺さないでくれ」と惨めに懇願したきたので、片足だけ斬り落として、僻地に閉じ込めたと酒に酔った父自身から聞いた。幼い頃からお伽噺のように英雄談のように、何度も何度も何度も。


 俺は三歳のとき、同じ母から生まれた兄である(きょう) 賢一郎(けんいちろう)を死なせてしまっている。川遊びしていたとき、俺の眼の前で二歳上の賢一郎が足を滑らせて流されてしまったのだ。三歳だった俺は何も出来ず泣きじゃくることしか出来なかった。


 そんな俺に父はこう言って褒めた。


「もう兄弟殺しか。お前は恭家の良い後継者になるだろう!」


と。慰めでは無い、父は兄を見殺しにした俺を褒めたのだ。


 それを聞いた母親は俺が意図して兄を(あや)めたと思い、発狂して病死した――死に際の床で何回も俺を「クズだ」「人間じゃない」「産まなきゃ良かった、くずったれめ」という呪詛を吐きながら。


 だから俺は自分をくずったれだと思った。むしろ、クズ人間になろうと決めた。どうせクズなのだ、どうしようもないクズなのだ。それからの俺はメイドに当たり散らし、同年代の子供を虐めた。

 だからといって、父の再婚相手が産んだ、血の繋がらない弟に毒を盛られ、三歳時にしては――恭家は早熟で地頭の良い家系と言われているが――やけにはっきりとした明瞭な口調で訳の分からない(ののし)りを受けることになるとは思いもよらなかったが。


 三歳児の弟に毒を盛られたなんて誰も夢にも思わず、結局、俺こと五歳児の蒼二郎が好奇心から誤って父が保管している魔法薬を飲んだという事故で片付けられた。


 そして運よく一命を取り留めた俺は、死に損ないの叔父のいる僻地へ療養として送られることになった。叔父は俺をそれなりに可愛がり、神童として開花した迫三郎を両親が猫可愛がりしていることを教えてくれた。


「可哀想な蒼二郎。迫三郎の奴、お前がいないことをいいことに神童だと言われているぞ。彼奴さえいなければ、お前こそが恭家きっての神童だったというのに」


 しかし、俺には叔父の魂胆が見えていた。叔父からすると、片足を奪った俺の父親は憎むべき存在だ。俺を迫三郎及び父親への復讐者(リベンジャー)に育てたい、俺を使って復讐したいことが気持ち悪いぐらいに見え透いていて、どいつもこいつも利己心ばかりで、流石クズの家系、俺が生まれただけはある、と思った。


 そんなある日、体力を取り戻すために叔父の領地を散歩していた俺は三歳児を見付けた。この領地にあるものはすべての叔父のものであり、ひいては俺の父親のものだ。俺のものなんて何一つ無い。


(コイツは良いサンドバックになりそうだ)


 俺はその三歳児を館へ連れ帰ることにした。


「……で、誰があのサンドバックの面倒を看るんだ? 五歳児のお前には無理だろうが」

「じゃあ、今ここでサンドバックにして明日が無いようにすればいい話だろ? ただ埋める穴だけは用意してくれよな」

「このクズめ。流石、あの父親の子供だけある」

「褒め言葉だな」


 連れ帰ると、嫌味を言いながら叔父が三歳児を検分した。三歳児は何をされているのか分からず、されるがままである。すると叔父が「あ」と微かな悲鳴を上げた。それから何度も三歳児をぐるぐる回して、ううん、と唸った。


「なんだよ、もうボケたか?」

「おい、蒼二郎。やったな、コイツはメニールだ!」

「メニール?」

「ああ、SSS級のお宝だ。お前は天使をゲットしたんだぞ!」


 メニールというのは、エルフを遠縁に持つ人間の家系で、極々稀に現れる個体らしい。雌雄未分化が一番の特徴であり、つまり男にも女にも分化していない、これからそのどちらかになるという変わった成長をする。天使という俗称は天使には性別がないと言われている所以からだ。

 そして、メニールは特大の力を秘めており、分化するまでは非力だが、十八歳ぐらいにはどちらかの性に分化し、男になると勇者のような力と体力に、女になれば賢者ほどの魔力に目覚めると言われている。加えて分化を終えるとエルフ並の美しい外見へ変化するらしい。つまり、成功が約束された存在とも言えよう。


「ギルドはパワーこそ全てだ。コイツさえいればダンジョン攻略能力は格段に上がるし、表のマーケットには売れんが、マニアには億で売れるぞ。特に今がベストだな。両性未分化なんて滅多にいないからな」


 涎を啜りながら言う叔父に俺は「へぇ」と思った。サンドバックが金に化けるとは面白いものである。


「これはお前が手に入れた。お前が好きにする権利を持つ。売るときはブラックマーケットを案内してやっても良いが、最も案内料として売れた金額の半分は貰うぜ」

「金の亡者め。……おい、お前の名前は?」

「……リボーシャ」


 リボーシャ。

 その名前に迫三郎の台詞を思い出す。リボーシャ、そうか、彼奴が欲しがったのはこんなサンドバックだったのか。

 結局、すぐには答えが出せなくて保留にして、叔父に預けた――勝手に売るなよ、と付け加えるのを忘れずに。


 叔父の言う通り、売れば大金が手に入るだろう。しかし、神童と言われるように迫三郎は能力がかなり高いようだ。俺に毒を飲ませた時に『パラメーターMAXで、異世界チート転生』と意味不明な言葉を吐いていたが、もしかすると本当にその通りなのかも知れない。その場合、もし大金を得たとしても、恭家のしきたりに倣えば、俺は殺され、折角の財産であるリボーシャも迫三郎のモノになる。


(つまり、このまま持っていたら、リボーシャはアイツのモノになるということか。……つまらないな。俺の手の内にはアイツが喉から欲しくてたまらないリボーシャがあるってのに。いっそのこと、アイツの眼の前でリボーシャを殺して嘲笑ってやろうか。その後、俺も殺されるが、どうでも良い。俺はアイツが泣き叫ぶ様を見て、嗤えればそれで良いのだから)


 そこまで考えて閃いた。


 そうだ、迫三郎にリボーシャを殺させれば良いのだ。


 きっといつか俺はギムナジウムに入学する。いずれ未来に迫三郎は蒼二郎に殺されるみたいなことを、アイツは言っていた。つまり、アイツは俺を殺したくて仕方がないはずだ。辺鄙な土地に療養されている俺は殺しにくいから、きっとギムナジウムに入学した瞬間を狙うだろう。その時に従者として連れていたリボーシャを、何も知らないアイツに殺させれば良い。そしてアイツに言ってやるのだ、お前が殺したのはお前が愛してやまないリボーシャだと。


 勝てない相手なら最大限の嫌がらせをしてやれば良い。その後に殺されたとしても、悔しさで歪んだ顔を見ながら死ねるのなら御の字だ。俺を殺したって、何一つ戻らないってのに。


 計画が決まった俺は、ベッドの上でケタケタ笑った。本当に最高の気分だった。


 翌日、叔父にそのことを話した。大金を当てにしていた叔父は「お前の好きにすれば良い」とつまらなそうに告げただけだった。俺は三歳児から『リボーシャ』という名前を取り上げ、五月一日に拾ったことから『鳴一郎』と名付けた。今日からコイツは迫三郎に気付かれないためにも『鳴一郎』という男で通すのだ。


 鳴一郎には自身がメニールであることを知らせず、男として従者の教育を受けさせ、男らしい髪型をさせ、男の服を着せた。一人称も『俺』にさせた。迫三郎に殺させる前に俺が殺したら意味がないので、サンドバックとして利用するときは手加減してやったし、散々俺が主人だと叩き込んだ。鳴一郎は馬鹿なのか、主人である俺を敬った。迫三郎がコイツを殺した時、いったい奴はどんな顔をするのか、正直ワクワクが止まらなかった。


 俺が十二歳になったとき、叔父が病死した。思っていた以上に俺の計画にしっかり乗る気だったようで、置き土産として鳴一郎を養子にしていた。これのおかげで鳴一郎は大手を振って、ギムナジウムに入学することが出来たのである。そして、俺は二年遅れで迫三郎の同じクラスに入学を果たした。


 入学して早々に頭角を現し、自分の能力を見せびらかし、教師陣を味方につけ、舎弟を引き連れることに成功した迫三郎は早速俺と鳴一郎を袋叩きにした。期待を裏切らないクズで安心した。流石、恭家の者だ。

 迫三郎共が俺たちを散々ボコボコにして満足して去っていった後、ボロボロになって泣く鳴一郎を見た俺は笑いが止まらなかった。迫三郎、お前がリンチしたのはお前の愛するリボーシャなんだよって思うと、腹が捩れるくらいだった。だが、いつでも泣く鳴一郎がうざっとおしくて吐き捨てるように言った。


「男の癖に情けねぇ面だなぁ、鳴一郎」


 鳴一郎がリボーシャだとバレないよう、男らしくあるために俺はわざと「男の癖に」という言葉を多用した。それに「男の癖に」と言うと、鳴一郎の泣きが早く治まるのである。


(コイツが迫三郎に殺される日が楽しみだ)


 その時の迫三郎の顔を思うと、俺は清々しい気分でいっぱいになった。


 流れが変わったのは俺が十四歳、鳴一郎と迫三郎が十二歳の時だ。

 その時は水泳の授業があり、俺は鳴一郎の水着を昨年同様に隠れて破り捨てていた。迫三郎はしょっちゅう俺たちの私物を捨てていたので、良い隠れ蓑になった。水泳なんかしたら、鳴一郎がメニールだとバレちまう。それだけは絶対に隠し通さなくてはならない事項だった。だが、あの馬鹿な鳴一郎は“俺に黙って”下着の予備を用意していたのだ!


「めいちゃんは大人になったのかなぁ?」

「お前! “俺に黙って”なにをやっている!?」   


 更衣室から聞こえてきた迫三郎の声に、俺は瞬時に中へ飛び込んだ。くずったれの鳴一郎め! こんなところでメニールだと――リボーシャだとバレてみろ、俺の長年の計画が水の泡じゃねぇか!


「じゃあ、代わりにアンタにしてもらおうか。くずったれの蒼次郎お兄様?」

「俺が! 俺が代わりにするから蒼次郎おぼっちゃまを放して下さい!」

「このぐずったれ! お前は黙ってろ!」


 迫三郎の緊縛魔法に捕まり、餌食になった俺を見てギャーギャー叫ぶ鳴一郎に一喝する。結局、鳴一郎は抑えられただけでそれ以上は何もされなかったため、リボーシャ(メニール)だとバレることは無かったが、そのおかげで俺は酷い目にあったのでたっぷり鳴一郎を折檻しておいた。


「俺の代わりになったせいで!」

「勘違いするな。お前の為じゃねぇよ、ぐずったれ」


 散々蹴り飛ばして鳴一郎が動かなくなったので、俺は寮の部屋に戻ることにした。本当に最悪な日だった。


 だが、最悪の後に良い事は起きるものである。

 なんと、あの泣き虫の鳴一郎がその日の夕方に迫三郎に真剣で決闘を挑み、鳴一郎は負けた挙げ句に大怪我を負ったのだ。


 入学して二年。こんなに待ち望んだ日が早々に来るとは思わなかった俺は諸手を叩いて喜んだ。最高だ、やっと待ち望んだ日が来た。しかも、迫三郎を神童として甘やかしていた教師陣も流石に殺傷沙汰はアウトのようで、迫三郎は謹慎処分にされ、教師陣に叱られたというのだから嬉しい限りだ。

 しかし鳴一郎の大怪我が片目喪失と聞いて、致命傷じゃないのかよ、やっぱり半端者だな、と俺は唾棄した。


「お前、男の癖して随分と情けない顔になったもんだな」


 しばらく無視していたら死ぬかな、と思ったが死んでくれなかったので、鳴一郎が収監されてから五日目になって俺は嫌々病室に見に来ていた。鳴一郎というと、本当に片目を失くしたようで、顔半分ぐらい包帯を巻き付けられていた。思った以上の痛々しさに俺は腹を抱えて笑いたくなったが、どうにか耐える。見舞いではなく、様子を見に来ただけなので扉に凭れ掛かるだけで、室内に入る気はゼロだった。すると、そんな俺の態度をどう捉えたのか、鳴一郎が声も出さずに泣き始めた。


「また泣き虫発動か。うざってぇ奴。左目を失くしてまで攻撃して擦り傷しか負わせられないなんて、本当にお前は――」

「蒼次郎おぼっちゃまが無事で何よりです」

「はぁ? 何だってぇ?」

「蒼次郎おぼっちゃまがご無事で何よりでございます。俺の無謀な行動のせいでおぼっちゃまがリンチされていたら、と思うと気が気でなりませんでした」


 鳴一郎は震える声でそう言い切った。静かな部屋に鼻を啜る音が無闇に響いた。顔を動かすと、眼球のない左目が強く痛むのか、鳴一郎は顔を一瞬顰めるが、その温かな涙を零すのをやめない。眼なんてどうでもいい、俺が無事だったことにただ安心したのだ、と鳴一郎は態度だけで確かに語っていた。


 俺はそんな鳴一郎を嗤おうとしたが、は、と短く息を吐くことしか出来なかった。はっ、ではなく、は、だった。途端、上手く呼吸が出来ないことに気が付いた。ほら嗤えよ、いつもみたいに、と己自身に呼び掛けるが、喉が震えて何も出ない。何故嗤えない? でないと、らしくない俺を疑問に思った鳴一郎がこちらを見るではないか――あんな心配気な目で。


「鳴一郎」


 足を縺れるようにしながら俺は近付くと、ベッドから上半身を起こしていた鳴一郎を思いっ切り抱き締めた。鳴一郎、お前に今の俺の意図が読めないだろう。俺だって俺自身の意図が分からない。読めてこない。でも、それを読み解きたくて二歳下の身体を抱き締めると、俺よりもこんな薄くて小さい身体で頑張っていたと思うと涙が出ていた。


(ああ、俺は本当にクズだ。くずったれだ。こんな俺にこんなにも心配してくれるお前に、俺は――)


「すまなかった、鳴一郎」


 謝罪が自然と零れ落ちる。

 今まで俺は俺をクズだと自認してきた。くずったれだと思ってきた。そんな俺にここまで心配してくれる鳴一郎にどうしてこれ以上の酷いことが出来ようか。


「蒼次郎おぼっちゃま! 格上の貴方が俺みたいな格下にこのような真似はいけませ――」

「なら、鳴一郎、今日から対等な友人になろう」


 失くした眼の(うろ)が痛いだろうに声を上げる鳴一郎へ俺は咄嗟的にそう返した。なんで、そんな台詞が出たのか分からない。だが、今以上にずっともっと鳴一郎を労わりたかった。大事にしたかった。鳴一郎は何度も「なりませぬ」と強く反論したが、俺に諦める様子がないことを知ると、最終的には「分かった、蒼次郎」と敬語抜きの、しかも呼び捨てで呼んできてくれた。


 その優しさだ、その優しさに俺は今救われたのだ、と強く思った。


 次の日から俺の世界は一変した。

 片目を失った鳴一郎の補助を行い、入院した鳴一郎が授業に遅れないよう、ノートを貸して、あれこれ教えてあげた。他人にしてあげるのは初めてだったので、上手くできているか正直不安で鳴一郎の心境が気になって仕方がなかったが、鳴一郎は鳴一郎で俺の態度が急に変わったことについていけないようで常にびっくりしていた。

 鳴一郎が退院した後も俺は変わらず一緒にいた。鳴一郎はそれが擽ったいようで時折「蒼二郎おぼっちゃま」と言い間違えていたが「蒼二郎と呼んでくれ、鳴一郎」と頼むと、次第にそれも無くなっていった。


 迫三郎の謹慎処分が解け、教師陣の目が厳しくなったとは言え、迫三郎たちは相変わらずちょっかいを出してくるものだから俺は瞬時に反論した。いつもならヘラヘラ笑っている俺が反論したことにアイツらはビビっていたが、俺の態度は変わらなかった。鳴一郎が俺のために闘ったように、今度は俺が闘う番だと決めていた。


 それから卒業するまでの三年感はあっという間だった。鳴一郎が従者であった時、俺は鳴一郎を無視して好き勝手にしていたが、鳴一郎と共に過ごしたり巫山戯(ふざけ)たり協力したり遊んだり勉強したりするのが楽しくて仕方無かった。鳴一郎が無理して俺に合わせているのではないか、と不安になることもあったが、鳴一郎が俺に対して怒ったときは喜びのあまり謝罪の言葉を通り越して「嬉しい」と言いそうになったぐらいだった。


 一度、鳴一郎と大喧嘩をした時があった。鳴一郎は迫三郎にまた決闘してやろうと思っていたらしく、俺がそれを咎めると「まだ片目があるから、ワンチャンある」と言い出してきたのだ。俺はお前を男らしく育てたが、そこまで男らしくしなくて良い。両目を失うなんて恐ろしい、もっと自分を大事にしてほしかった。


「お前が傷付く様はもう見たくない」


 あの病室のように抱き締めながら俺は伝えるが、鳴一郎は口をへの字にして「けど、あのくずったれを見てるとイライラする」とぼやいてきた。


「じゃあ卒業したら、卒業式なんて抜け出して二人で旅に出ようぜ。そんで、あのくずったれのこと忘れるぐらい二人で冒険を楽しもうや」


 俺がそう言うと鳴一郎が嬉しそうに頷くものだから、俺はもっと嬉しくなって鳴一郎を更に強く抱き締めた。


 この時、俺には既に覚悟が出来ていた。

 たとえ俺が死んだとしても、コイツをクズの迫三郎には渡さない。優しいお前をくずったれなんかに渡すわけにはいかないのだ、と。


 運が良いことに鳴一郎は自分の身体に疑問を持っていなかった。男性器は大人になれば勝手に生えてくるとさえ信じている。文献によれば、メニールは十八歳頃には分化を終え、男か女のどちらかになる。鳴一郎は自分が男だと信じているので、このまま何もしなければ百パーセント男になるだろう。


 ならば俺のすべきことはただ一つ、鳴一郎が分化を終える十八歳まで――つまり卒業してから三年間、迫三郎から逃げ切れば良いのだ。


 迫三郎はリボーシャのことを『かわいい女の子』と言っていた。つまり、男になったリボーシャこと鳴一郎には興味がないはずだ。鳴一郎を完全に男にしちまえばこっちのもんだ。卒業してから一年ぐらいなら奴も気付かないだろうが、アイツは無駄に聡いから、いずれ鳴一郎=リボーシャだと気付くだろう。だが、気づいて見付けた頃には鳴一郎が男になっていれば、もはやどうしようもあるまい。その怒りの矛先を向けられ、迫三郎によって俺が八つ裂きにされても構わない。


 しかし、そのためには幾つかの前準備があった。


「ちなみに、鳴一郎、ギルドには登録しないからな」

「え!?」


 ギムナジウムの卒業式を抜け出して数時間経ってからの俺の発言に、鳴一郎は素頓狂な声を出した。当たり前だ、この国の冒険者ならばギルドに登録するのは当たり前のことだからだ。


 迫三郎は、この世界をゲームである『GUILTY(ギルティ) GUILD(ギルド)』と言った。その真意は理解できないが、ギルドが付く以上、ギルドが重要なキーワードなのだろう。その証拠に迫三郎はギルドやダンジョン、魔法・技については異様な知識量を誇っていたが、この世界における文化や経済にはさっぱりだった。ならば、アイツは確実にギルド中心、いやギルド関係のみで行動するはずだ。ギルドの外で行動すれば、迫三郎との接点はずっと低くなり、見つけられにくくなるはず、と俺は踏んでいた。


「えー、なんでだよ、蒼二郎! 俺はずっと冒険したかったのに!!」

「ギルドに縛られたら本当の冒険とは言えないだろ? 俺はもっと自由に旅したいんだよ、お前と」


 無茶苦茶な説得だったが、鳴一郎は「蒼二郎がそういうのなら」と渋々認めてくれた。こういう時に昔の上下関係が見え、それをあまつさえ利用しているので胸が痛くなる。


「でもさ、蒼二郎、いつかはギルドに登録しようぜ。お金を稼ぐのも大事なんだからさ」

「ああ、三年経ったならな」


 むすくれる鳴一郎の背を叩きながら「あの木まで競争!」と俺は走り出す。後方から「いきなりずるいだろ、そんなの!」と鳴一郎が駆けてくる音を聞きながら、三年後なんて来ないことが分かっている俺は心の中で「ごめんな」と謝った。


 三年経つ頃には俺はきっと迫三郎に殺されているだろう。だが、俺はそれで構わない。鳴一郎をクズの手から守りきれればそれで良い。そのためならば、むしろ、笑って死んでやるとさえ思った。


 これが俺の決死で、必死(必ず死ぬこと)の覚悟だった。




第三章 おわり

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