題:開かない
開かない話です。
新居のクローゼットは開かない。
内見のとき、不動産屋の人が「建付けが」とか「湿気の影響で膨張して」とか色々な言い訳をしていたが、この分家賃を安くしてもらえたから私としては文句なんてない。
それに、収納スペースは他にも沢山ある。リビングにある小さめの収納とか、床下収納とか、その他諸々。だから生活をするうえで困ることは何もない。
だから、最初の方こそうっかり開けようとしていたものの、一週間もすれば慣れて無視できるようになった。まるで溶接されているかのように動かないから、取っ手のついた壁となんら変わらない。そのはずだった。
かなり酔っぱらっていたある日、クローゼットが開かないのがどうにもムカついて、何度も足蹴にした。ついでに罵倒もしていたと思う。おいこらなんで開かねえんだ、家賃もっと安くしろよ、畜生これ直るんだろうな、そんなことをぶつぶつ言いながら、殴ったりもした。
かしゃ。木の擦れる音。それは小さい音なのにも関わらず、妙にハッキリと耳に焼き付いた。音の元はもちろん、クローゼット。
そこでなんだか怖くなってしまって、その日はそそくさと床に就いた。
それから、間違ってもクローゼットには触らないようにしている。おかげでまだ、クローゼットは開かない。
読了ありがとうございました。