題:忘れる男
忘れる人のお話です。
俺の名前は……なんだっけ。忘れた。俺が忘れっぽいことだけは覚えてるんだが。そんなことはどうでもいい。何か用事があったことは覚えているんだ。お腹も空いているし、早いところ終わらせないと。
何かを持っていることに気づき手を見ると、封筒が握られていた。そうだ、これを送らないといけないんだ。どうして送らないといけないかは……忘れたけど。
念のために腕に書いておくことにする。マジックを握り、袖をまくり、何をしようとしていたんだっけ?
そこには
「手紙出す 忘れるな」
と書かれていた。そうだ、手紙を出すんだ。封筒を持って玄関まで歩き、靴を履く。家から出る。鍵は絶対に忘れないように。それで……何のために家を出ようとしていたんだっけ?
腕だ、腕に書いてあるはずだ。それだけは覚えている。
「手紙×す 忘れるな」
読み方を忘れた字があるが、大方手紙を読むということだろう。見れば手に封筒が握られている。忘れないうちにと乱暴に封を破り、便箋を取り出す。
「食料 忘れるな」
それだけが書かれていた。一体なんだってんだ?言われてみれば、と台所に確認しに行く。もしかすると切らしていたかもしれない。手紙の主が何故それを知っていたかは知らないけど。
そうだ、食料を買いに行かないと。せっかくだから手元の手紙にメモしておくとしよう。
「食料 忘れるな」
ん?まさか……この紙きれが食べ物だっていうのか?信じがたい事実だが、この書き方であれば「これが食べ物であることを忘れるな」と書いてあるとしか思えない。他の可能性を忘れているだけかもしれないが。
物は試しだ、と齧ってみる。あまりにお腹が空いていたからか、一度に半分以上食べてしまう。くちゃくちゃ。咀嚼。口の中の水分が持っていかれる。水を飲みたいな。何故か台所にいるしちょうどいい、とコップに手を伸ばすと、
「手紙×す 忘れるな」
の文字が目に入った。腕に書かれているということは、何かのメモだろう。大方読むということか。しかし、そんなものはどこに?
ふと何かを持っていることに気づき手を見ると、紙きれが握られていた。齧られた跡と、辛うじて残った
「忘れるな」
の文字が哀愁を漂わせている。多分、この惨状は俺がやったのだろう。仕方がないので内容を聞きなおすための手紙を出すとしよう。二度手間にして申し訳ないが。ペンと便箋を探すと、思ったより早く見つかった。
そういえばお腹が空いていたな、と思い手元の紙に
「食料 忘れるな」
とメモしておく。ああそうだ、これは手紙だったんだ。まあいい。後で塗りつぶせばバレないだろう。
読了ありがとうございました。
これの半分くらいのことをやったことがあります。




