題:侵略
冴えない芸人と女の子の話です。
六年間。長いようで短かった。一浪一留の俺が逆転狙いで挑んだ芸能界は甘くなかった。事務所には所属しているが、縦の繋がりも横の繋がりも希薄で、劇場に立っても客席は閑散としている。鳴かず飛ばずもここまで来ると笑えてくる。俺が笑えてどうすんだ。笑わせないといけないのに。コントはいつもダダ滑り。唯一まともに口を聞いてくれた先輩には
「柿山、向いてないよ。悪いこと言わないから今からでも就職しな」
と言われる始末。
そんな俺も三十歳を迎えて、誕生日には帰省したけど、一週間経った今はもう心の準備は決まっている。もちろん、全てを終わらせるための。大成という名前に反して芽吹くことすらなく俺は散っていく。親には本当に申し訳ない。だが、このままだらだらといつまでも続けていくわけにもいかない。
とりあえず今までコントに使ってきた道具を箱にまとめる。これを近所の公園で俺ごと焼いて、存在を抹消するとしよう。後処理の諸々は面倒かもしれないが、直前に警察を呼べばなんとかなるだろう。最後の最後まで迷惑をかけっきりの自分が嫌になるが。
ダンボール箱から道具があふれて入りきらない。仕方ない、身に付けられるものは着ていこう。そうしてどうにか家を出た俺の全身は、安物のグレイスーツに包まれていた。しかも顔まで。息苦しいったらありゃしない。
まあしょうがない、深夜だから誰にも見られることはないだろうし。近所でちょっと噂が立つかもしれないが、焼身の方が話題性が高いしすぐに忘れられるだろう。もちろん、後者の方もすぐに。
公園までの道はいつもより長くて、心の奥底で拒絶してるのかもな、と思った。それでも歩みは止めない。ケリはつけないといけないから。
街灯が点いていて、公園は予想以上に明るかった。まあ、暗すぎて手元が狂うよりはいいのかもしれない。それに、この明かりが俺だけのスポットライトみたいで悪い気分はしない。当然、観客は誰もいないが。さて、箱を置いて。持ってきたライターをポケットから取り出す。
「え、え、え!宇宙人さん!?」
声の方を振り向くと、ブランコから女の子が飛んでくるのが目に入った。今何時だと思ってるんだ?よいこはもちろん、草木も眠ってる頃合いだってのに。しかも、見た感じ小学校低学年くらいだぞ。
「なんだい嬢ちゃん。もう寝る時間は過ぎてるんじゃないのか?」
わざと冷たく突き放す。悪いけど、目の前で燃えるよりはマシだろう。変なトラウマを植え付けたくない。どうしようもない俺のせめてもの抵抗だ。
「ホンモノですか?のーが言ったから来てくれたんですか?」
当然のようにガン無視。まあ、子どもにはよくあることだ。こっちの話なんか聞いてくれやしない。
「違う。俺は宇宙人じゃない。わかったら失せろ」
「わー!本当に違うって言うんだ!すごい!それ、ビーム銃もあるのっ?」
取り付く島もない。腰につけたビーム銃(自作。L字パイプにアルミホイルを巻いたもの)に目を輝かせているんだから、何を言っても無駄な気がしてきた。
「じゃあ、じゃあ、のーのお金全部あげるから、のーのお父さんとお母さんに、のーを殴らないでってのーの代わりにお願いしてください!」
無茶な要求までしてくる始末。とはいえ、これでうっすら察していた心配が形を浮かび上がらせてきた。
この子、虐待されているのだ。あまりにも痛々しいから目を背けてしまっていたが、見える範囲だけでもかなりの痣がある。顔は腫れあがっていて、よく見ると涙の跡があった。こんなに小さい子に。こんなに小さい子が。
義憤じみた怒りが湧いてくるが、俺に何ができるのか。通報したとしても俺の仕業だと思われるのが関の山じゃないか?だからといって、この子の言う通り家に突撃するわけにもいかない。自慢じゃないが俺はかなり貧弱で、バイト先で運ぶのに苦戦した荷物が10コ下の後輩に軽々と持ち上げられていた時にはさすがに落ち込んだ。それで行っても返り討ちに遭うに決まっている。いや、本当にそうか?
俺は今から、全てを終わらせようとしている。道具は沢山ある。馬鹿げたハリボテの山でも、一瞬驚かせることができるくらいのモノは揃っている。隙を作れば、あるいは。
勇み足になりそうなところに、冷静な俺が突っ込みを入れる。仮に勝てたとして、どうなる?警察に引き渡されるのはこの子の親じゃなくて俺だし、この子は引き続き、あるいは今までよりずっと、酷い仕打ちを受けるに決まっている。
幼い少女──のーちゃんは、こちらを期待に輝いた目で見つめている。否、その輝きは期待というより祈り。これでダメならどうにもならないという、絶望と涙の混じった輝き。溺れる者は藁をもつかむというが、まさか俺が掴まれるとは。
俺は静かに頷くと、家まで連れていくように言った。彼女に導かれて、俺はその家の前まで来る。不思議と、公園までの道よりは短く感じた。もう引き返せないぞ、と俺は呟く。どうせ捨てる予定だったんだ、最後に一幕演ってやろうじゃないか。
「ショートコント、侵略」
ビーム銃を片手に、宇宙人が窓を破る。
読了ありがとうございました。
NOちゃんです。




