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ラブコメ・恋愛

神絵師の同級生と一回バズっただけのボク


 典型的な陰キャモブの話をしよう。青春の片隅、日陰を歩んで、青い春に咲くことのない人間の話。


 モブらしさを極めていたボクは、教室の隅のイケてない仲間とオタトークをしていた。今期のアニメ話ーーあのシーンが良かったとか声優の演技がいいとかOPが神だったとか。

 こういうトークを教室で繰り広げていれば、それはもうキモオタ認識は確定だ。しかし、まぁ、女子にモテるよりも、男同士の方が気楽でいいし、ボクは、こういう状況に居心地の良さを感じていた。ボクは教室のカースト的な人間模様に、さして興味はなく、所詮、学校という盤上の蝿の王にすぎないと。

 だけど。


「ちょっと来てよ」


 ボクたちのオタトークに怯むことなく、話しかけてくるのはーー。

 もちろんS級美少女とかクラスのアイドル的存在というわけではなく、同じくクラスの片隅で、小さなつぼみ程度の印象しか与えないイケてない女子。

 大きな丸縁のメガネに、そのまま垂らしたような前髪。癖っ毛で、セットするのが億劫なのか、大雑把に整えただけという髪。スカートも無駄に長い。

 チープそうなオシャレじゃない真っ赤な腕時計をつけた腕につかまれて、ボクは、オタトークという平和空間からゲットアウトさせられようとしていた。


「あの二人、釣り合ってるよね」

「同レベルで付き合った方が楽だよね」


 ボクには聞き捨てられない言葉だった。ひそひそとした小さな声だったけど。

 だから、ついーー。


「同じわけ、ないだろっ」


 苛立って、女子たちに聴こえるように、悪態をついた。

 まぁ、ちょっと驚いた顔をされただけですんで、御堂(みどう)(かえで)に、ぐっと腕を引かれていってしまったけど。





「なに、これ?」


 彼女はスマホを見せる。赤いスマホカバーが印象的だ。


「なにって。ボクのSNSだろう」


 ボクがSNSに投稿した力作。ハロウィンの美少女イラスト。トリックオアトリートをしかける可愛いドジっ子女子高生。二次元ならではの可能性を詰め込んだ服装が萌えポイント高め。


「なんで、こんなにバズってるの」


「そういう季節だから」


 バズるかどうかなんて運次第のところも多いんだけどなぁ。とりあえず、勝者は勝利を必然という衣に包むものだ。どう考えても御堂の方の絵の方が、作画コスト高そうで、バカ丁寧だけど。レースや刺繍が本当の布地のようで。背景までしっかり描いていたし。

 ただ、あんまりコンセプトもなく、描きたいものを描きました感。それでも、すさまじい人気だけど。自分とはフォロワー数が違いすぎる。


「さて、勝者は、敗者に要求ができるはず、だよなぁ」

 

 ふっふっふ、こういうときは、ねっとりとじっとりと舌なめずりをする変質者のような、キモ笑いをするのが作法というもの。くっくっく、さぁ、怯えてるがいい。そして、身体を両腕で抱きしめて、赤い顔を見せるのだ。女騎士よろしく、くっ殺せと言えばいい。


「で、いったい、なにを要求するつもりなの」


 腰に手を当てて、御堂の反応はつまらなかった。

 せっかくのボクのげひた盗賊のような小物感が台無しだ。


「まぁ、とりあえず、今度の同人誌即売会の同人誌をくれ」


「そんなの、別に要求しないでもあげるわよ。他に」


 余裕の澄ました表情だ。しかし、ここで妥協して要求を飲まなかったことを後悔させてやろう。

 ボクは常々思っていたんだ。御堂楓は素材がいい。だから、あの全オタクが望む、陰キャなあの子が突然美少女になって登校して話題を集める、の素質があると。ファッションや化粧に興味がなかった子が大学生で化けるように、ワンランクいやツーランク上を狙える顔立ちだと。

 それに、なんか御堂楓がクラスで低カースト扱いは腹が立つ。別に俺自身は底辺で靴でも舐めていても気にしないが、いやむしろ女子なら舐めたい。オタクの義務として。そして、蔑んだ目で見つめられたい。鍛えれたオタクは、Mという衣を見に纏う。


「全力でオシャレして一日学校に来て欲しい」


 首を傾けて、よく分からないと言いたげに、自分の横髪を指でもてあそぶ。


「意味が分からない」


「オタクの夢だ。分かるか。高校デビューみたいな、一瞬のきらめきが見たい」


 一瞬の流れ星。その淡く儚い光は、今まで光り続けていた星々を無視させるほどに、幻想的で素晴らしいのだ。陽キャであり続けない点滅こそ理想的な陰キャの星。


「ああ、つまり、イタいことして笑われろと。ーー分かった。敗者だしね、罰ゲームとしてやってあげる。二回戦で後悔させてやる」


「勝ち逃げしたいんだが」


「同人誌にするわよ」


 冷たい言葉に、僕の下半身の大事なところがすぼまった。

 やめろ、そんな人気神絵師、BLに参入、モデルは同級生っ!?みたいな展開。


「せめてカップリングは磐境(いわさか)でお願いします」


 我が校が誇る最カワの男子である。あれ、反論するつもりが、自然と口が求めてしまった。上の口が正直すぎた。人類は三つに分けられる。男子、女子、磐境トオル。


「オタク友だちか空手部の、いや、先生でもいいかな」


 ニヤニヤと笑うが、俺のようなキモさがない。羨ましい。嗜虐性すらも色気を付加するように。





 ハロウィン当日。

 いつものサバけた適当なボサっとした髪をきちんとナチュラルなウェーブにして、前髪もしっかりと分けられいた。メガネをやめてコンタクトにして、パッチリとした目が印象的だ。スカートも膝上ぐらいになっている。

 クール系の近寄りがたい美少女オーラが溢れていた。底辺カーストから氷の美少女クラスにランクチェンジです。いつものツンとした様子が残っていても、凛とした輝きが発光していた。


「どう、笑える?」


 垢抜けすぎて、やばい。ボクの目は間違っていなかった。クラスのみんなも、いったい誰だよ、ってレベルでチラチラ見ているし。その視線は明らかに、むっちゃ美少女がいる、という驚きのもの。ボクは満足だ。いいものが見れた。


「磐境の次ぐらいに美少女だ」


 つまり、女子で一番可愛いと言って、過言ではない。


「磐境は男なんだけど、まぁ、いいわ」


 よしよし、モブはあとは退散しておこう。これだけのクラスのビッグイベント。陽キャ達が話しかけてきて、御堂楓のクラス内カーストは急上昇するのだ。そして、二度とオタク萌え豚陰キャ集と同一レベル扱いされることはなくなるだろう。

 いいか、陽キャパリピたち、御堂楓は超神絵師でルックスもイケてるオタクの夢を体現した女子高生イラストレーターなんだ。もはや天上に祀りあげて拝んでもいい高嶺の花なんだ、そこんとこシクヨロ。

 

「御堂、イメチェンか」


 おっと、ボクが去ったら、すかさず話しかけに来ているイケメン。俺だったら、絶対にできない芸当に、そこに痺れる憧れない。


「ハロウィンだから」


 そっけない。そして、どこにハロウィン要素があるんだ、御堂楓。

 そんなんだから、ハロウィンバズり対決でボク程度に負けるんだぞ。せめて魔女っ子ですぐらいのコスプレを申し訳程度にでもしてクレヨン。


「そっかー、ハロウィンだからかー」


 コミュ力強者が反応に困ってるだろう。コミュ力とコミュ力のぶつかり合い、これはどっちが勝つのか。モブは外野席に徹するのみ。


「で、なんか用でもあるの」


 あ、ダメだ、こいつ。クラス内カーストに興味がなさすぎる。ちょっと階段を登れば、終わるのに。モブとしては手のひら返しが見たいけど、御堂楓は御堂楓で、一匹狼の孤高の女子でしかないようだ。

 ああ、行けばいい。君の道を。ボクは後方彼氏ヅラで腕組みをしておくから。全てを理解している。完全に理解している。

 さて、無聊に終わりそうな、御堂楓プロデュース計画は放っておいて、磐境という人類の宝とイチャつこう。いちおう男子同士だから、何もいかがわしくない。おっと、勘違いするなよ、ボクは磐境を男性という範疇には入れてないつもり。だから、これはBLじゃない。だって、シュレディンガーの磐境をボクはまだ開けてないから。まだ男装女子の可能性が微レ存。



「磐境、俺と同人誌にならないか」


 男の娘も嫉妬するほどの女子っぽい男子高校生に、いきなり声をかけた。憂いを帯びた表情は男子達を一瞬赤くさせるには十分すぎるほど。


「ごめん、同人誌って何?」


「薄い本」


 何も理解していないご様子もまたいい。愉悦とは、清楚な子が意味もわからず、隠なる言葉を言うところにあるのだから。


「ごめん、やっぱり訳が分からないよ」


「魔法少女になろうということだ」


 オタクは用語を回収することに余念がないのだ。故に、コミュケーションが破綻しやすいの。だが、許せ。

 

「磐境、そのバカの相手はしなくていいから」


「えっ、御堂さん。なんか雰囲気、変わった?」


「罰ゲームで、オシャレしたの。どう、似合ってないでしょ」


「ううん、すごく似合ってるよ」


「……ありがと」


「さて、ハロウィンだし、ヤーシブにでも行くか」


 ボクは空気とか読まずに、自分勝手に思いついたことを言った。

 そもそも3人で出かけたことなどないのだ。

 でも、このままだと二人は二人の世界を構築し、モブを空気にしてしまう。ボクは、沈黙せよという圧力を超えていくんだ。


「いや、痴漢されそうだし」


 はい、バッサリ断られる。言い訳があるっていい。

 しかし、ボクは諦めない。だって、特に理由がないな。強いて言えば、あんまりにもバッサリ切り捨てられたから。


「大丈夫、対策はある」


「何」


「俺自身が痴漢になることだ」

 

 先に痴漢しておけば、痴漢されない。痴漢一対一の法則によって、集団痴漢反対。

 バカだ。

 ボクはいったい何を言っているんだろう。コミュ力が四方八方に飛んでいるぜ。





 ハロウィンです。

 なぜか女装しています。

 俺自身が痴漢になることが、まさか俺自身が被害者になる側だったとは。

 しかし、磐境も魔女っ子化したので、背に腹を変えました。


「で、なぜファミレスに来てるのか」


 しかも渋谷ですらない。


「いやだから、あんなヒトゴミにまみれるのが」


 本当に東京っ子か。満員電車はどうしてはるのどすか。痴漢さんも悲しんでいるよ。一生、悲しませておこう。


「まぁ、群衆雪崩になっても右手だけは守ってあげるよ」


 ガリレオの指のように、家宝にしよう。


「なに、右手だけ守ろうとしてるの」

 

 ファミレスのテーブルの下で、スカートの下の激情以上の、お怒りコサックアタック。痛みで考えが、まとまらない。

 そも、どうしてボクはこんな夢のような空間を手に入れて、女子会をしているのだろう。魔女っ子の磐境が可愛いすぎる。


「ごめんね、僕もお邪魔しちゃって」


「いやいや、磐境なら、うちの家で三年間泊まっても迷惑なんて思わないよ」


「それはもう結婚しなさい」


「僕は男なんだけど」


 たとえ本人が男だと言おうと、ボクは信じない。男とか女とか超越したところに磐境はいるんだよ、byアニメ脳。


「それで、わたしは、さっさと意趣返ししたいんだけど」


「意趣返し?」


「この格好をさせられた復讐ね」


「絶賛、復讐は完了してないか。店員から白い目で見られたんだが」

 

「わたしは勝利の美酒が欲しいから」


「わかった。勝負をしようじゃないか。どっちがより萌える磐境を描けるかどうか対決を。グッドボタンが多かった方が勝ちだ」


 よーし、磐境の二次元バージョン萌えイラストを神絵師に描かせられるぞ、わーい。勝っても負けても美味しい。勝負とは始まった瞬間に勝敗が決まっているものなのだよ。


「却下」


「僕も嫌なんだけど」


 にゃ、にゃんだと。


「下心がキモい」


 ああ、陰キャ特有のデュフフボイスが隠しきれてなかったか。早口でテンパりながらも頑張ったのに。


「共同制作しましょう」


「ん?」


「わたし、一回、マンガを描いたみたいと思っていたから。あなたがネームとストーリー。わたしが作画。それを、ストーリーと作画に分けて、評価させよう。それで勝敗」


 やばい。

 神絵師に自分の趣味爆発のマンガを描かせられるとは。






 バズった。

 どれくらいバズったかというと、出版オファーが来るくらいバズった。

 当然、クラス中に、マンガを読まれた。ボクが考えた、実は男装して女子が登校しているというありきたりなストーリーを。

 ほぼ100で作画が良すぎたおかげです。画力でぶち抜いたようです。


「はい。わたしの勝ち」


 なにがストーリー性がないだ。ボクは別にマンガ原作者じゃないんだ。こんな卑劣な勝負があっていいものか。

 でも、神絵師マンガが読みたい欲で勝負を買ってしまったのが運のつき。

 


「全然釣り合ってないよね」

「もっとマシなのに頼めばよかったのに」


 聴こえてる、聴こえてるぞ、クラスの奴ら。

 でも、ザッツライツ。

 分かったか。才能の違いが。

 

「さて、なにをお願いしようか」


 以前と変わって、すでに適当ボサボサ髪でダサダサ着こなしをしている。

 負けた側が何か言うことをきくなんて決めてあったかな。覚えてないよ。


「足の裏でも、舐めますよ、指の間も丹念に」


「おぞましい。そうだなー、じゃあ、全力でオシャレして学校に来ようか」


 はいー、やられたらやり返す、通常返しだ。

 ボクが決め決めで学校に来たら、キメェキメェですよ。知ってますか、ボクはビジュアル系の対極にいる顔なんです。

 というか、これでも精一杯オシャレしているつもりだ、一応。




 後日ーー。


「絶望した」


「なんで」


「ボクも実は陰のイケメンだったらよかったのに」


 マンガがバズって調子にのってる痛いやつ認定されてそー。

 どうせモブです。モブですよ。でもな、ボクはちゃんとモブなりに好きな人間の周りで公転するからな。だって十分に楽しいし。


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― 新着の感想 ―
[一言] メインの二人に付き合ってくれる 磐境くんは性格においても神ではないか、と。 自分の興味あること以外は興味ない御堂さんと 空気読みつつ空気読まないムーブをするボクは いいコンビですよね。 …
[良い点] そこはかとなく両片思いの雰囲気があって、でも特にくっついたりしてない日常の一コマが描写されてる感が良かったです。 [一言] きっとこういうのが青春 いつかくっついても、そのまま卒業で離れ…
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