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ジカンヨトマレ 特別エピソード:si"star"s time☆ミ(下)

 朝食から約1時間後。美波の通う大学の付近のカフェ。美波の前には、アイスコーヒーを飲む月美がいた。


「説明が出来なくて悪かったわね。いろいろと事情があったのよ。」


「というと?」


「ここだけの話。私としては、アースを過信するつもりは無いのよ。」


 そこからの月美の言葉の内容を要約すると以下の通りだ。

 現状、月美がアースの支援を受け入れているのは後ろ盾になるのがアースだからであり、他に選択肢があるならアース以外を選ぶのもアリだと考えていること。

 アースすら知らなかった存在ということで、月美はカグヤを新しい後ろ盾候補として考えていること。

 カグヤを神名市から隔離したのは、実験の障害になる可能性を懸念しているというのも嘘では無いが、アースにこちらの動きを察知されたくなかったからという理由もあったのだということ。

 以上のことから、カグヤには記憶を取り戻して欲しかった。だが、記憶を失う前に持っていた目的がこちらに害を為す目的だったら面倒だ。なので、段階的に記憶を取り戻させることで完全に記憶を取り戻させても良いかを判断したかったということ。


「なるほど…で、これを神名市で正直に話してもアースに聞かれちゃうから、こっちからつきむんが神名市から出るきっかけを作らないとこうして話せなかったんだね…」


「そう言うことよ。」


「つきむんの目的は分かったけど…何でアースを信用してないの?アースとの付き合いは一番長いはずでしょ?」


「…仮説はあるけど。まだ確信はないから言えないわ。とにかく、あなたの直感を聞かせてちょうだい。あなたから見て、カグヤは信用に足る人物かしら?」


 問われ、美波は考える。軽く俯くと、カフェオレにうっすらと映る自分と目が合った。自分の中の本音と目を合わせる感覚。


「今のカグヤちゃんが、そのまんま本来のカグヤちゃんってわけじゃ、ないと思う。神葬神社の写真を見てから、ちょっと大人っぽい表情をすることが増えてるから。多分、そっちが本来のカグヤちゃんなんだと思う。」


「そう…」


「でも…悪い子じゃ、ないと思うよ。」


「理由は?」


「直感。」


「…そう。」


 それを聞いた月美は手で口元を隠してから、荷物を持ち席を立つ。


「帰るの?」


「えぇ。今聞きたい情報は聞けたから。会計は済ませておくわ。」


「別に良いよ!」


「いいえ。私があなたを振り回したのだから。これぐらいはさせてちょうだい。」


 そう言いながら早足でレジへと向かう。支払いを終えると、美波の方へ振り向く。


「それじゃあ、任せたわよ。何かあり次第連絡してちょうだい。それから。来週からなら来ても良いわ。神葬神社。ただ、連れてくる前に途中経過を教えてちょうだい。」


「う、うん!分かった!」


 美波の返答を聞くと、すぐに顔を逸らしてしまう。そのまま月美は店を後にした。


「素直じゃないなぁ、つきむんは。」


 そんな月美の後ろ姿を見届けながら、美波は呟いた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 金城邸に帰りついた月美を、愛が出迎えた。


「おかえり〜。」


「すみません。研究を妨げてしまって。」


 月美は緑色の砂時計を愛に渡す。両手で受け取ったそれを、機械の上にセットした。


「今ではぁ、私の擬似聖因子の性質が〜、ちゃんとした聖因子に近付いてきたしねぇ。これを借りなくてもぉ、調べられることはたくさんあるしぃ、大丈夫だよぉ。」


「そう、ですか。」


 月美は機械の上にセットされた緑色の砂時計を見る。そこから目線を変えずに愛に問いかける。


「私の聖因子を流し込む実験は明後日で良いんですね?」


「そうだね〜。」


「じゃあ、その間に。私は私のやることを進めさせてもらいます。」


「あ〜。最近こっそりやってる、アレだねぇ。」


「人聞きが悪いですよ。」


 早足で自分用のデスクに向かう月美。パソコンを起動しようとして、パスワードを打ち間違えて後ろ髪をガシガシと掻く。そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、愛は呟いた。


「本当にぃ、懐いてるんだねぇ。」


 ようやく立ちあがったパソコンには、意外な人物とのメールの履歴が映っていた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


「ただいまぁ…」


 美波がドアを開けると、腹部に衝撃。見ると、カグヤが腰に抱きつきながらこちらを見ていた。疲れが飛んでいくような感覚。


「おかえりっ!」


「うん。ただいま。」


 自然と溢れる微笑み。優しくカグヤの背中を抱きしめ、撫でる。


「遅くなってごめんね。良い子にしてた?」


「うん‼︎」


 カグヤに手を引かれてリビングへと向かう。リビングに着くと、茜が驚いた表情でこちらを見ていた。


「ただいま…どうかした?」


「いや…ちょうど1分ぐらい前から、カグヤが美波が帰って来るって言って、ドアの出入り口で待ち始めたんだよ。」


「そっかそっか‼︎えらいね‼︎」


 笑いかけると、鏡写しのようにニコリと笑い返す。そうして褒めながらも、やはり人がいるの存在なのだと思い知らされる。複雑な感情がよぎったが、そこに嫌悪感は無かった。


「何で帰って来てるって分かったの?」


「ん〜…分かんない。」


「分かんないかぁ。なら、しょうがないね〜…私がいない間、良い子にしてた?」


「…あっ、うん‼︎いいこでね⁉︎あかねと、テレビみてた‼︎」


 一瞬カグヤの様子がおかしかったのに気付き、すぐに話題を変えた美波。目的通り、カグヤは元の調子に戻ったようだ。


「二人とも、お昼ご飯食べてないよね?」


「まだ‼︎」


「準備も出来てないな。」


「ならさ、お花見行こ‼︎」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 家から5分歩けば着く距離の公園。レジャーシートを敷き、その上に弁当を広げる一組。


「ほら‼︎カグヤちゃん‼︎これが日本の桜だよ‼︎ジャパニーズチェリーブロッサム‼︎」


「じゃあぃーず、ちぇいーぼっさむ‼︎」


 二人は木の上に咲き誇る花に見せつけるように団子を掲げる。そんな二人に冷たい視線を向けながら、茜は小さな声で呟く。


「まぁ、これは梅の木だけどな?」


「あーちゃん、細かいことは良いじゃん‼︎」


「お前…絶対ここでワイワイする口実が欲しかっただけだろ…」


「ばれちゃったかぁ。さっすがあーちゃん‼︎」


「さくら、ちがう?」


「悪いな。これは、梅だ。う、め。」


「うめ…うめぇ‼︎」


「カグヤちゃんは花より団子か‼︎イイね‼︎」


「どこから突っ込めば良いんだ…」


 そんな茜をよそに、団子を頬張る二人。それが彼女達らしいと思った茜はそっと微笑む。


「美波が花見って言い出したときは、うちの近くには花見が出来る場所なんて無いって思ってたけど。まさか梅の木の下で花見なんてな。」


「まぁ、近くに桜が咲いてる公園が無かったってのもあるけどさ。桜じゃないからこそ人が少ないじゃん?」


「それもそうだな。」


 恐らく、カグヤというイレギュラーをむやみに人前に出すのを避けたのだろう。ふざけているように見えて、きちんと考えるべきことは考える。それが火野美波なんだと茜は再認識する。と、カグヤの団子に花びらが付いた。


「ん〜?あっ、うめぇ‼︎」


「ん…?ってカグヤちゃん‼︎食べちゃダメだから‼︎多分‼︎ダメだから‼︎」


 花びらごと団子を食べようとしたカグヤをなんとか制止し、団子に付いた花びらを取る。


「こーいう自然のものはそのまんま食べちゃダーメ。」


 取った花びらを手のひらに乗せ、フゥと息を吹きかけて遠くへ飛ばす。カグヤの方を見ると、花びらより遠くを眺めるような目をしていた。目の焦点がずれていて。感情が無いようにも見えて。


「カグヤ…ちゃん…」


 そんなカグヤの姿を見て、美波は不安になってしまう。美波の声を聞き、だんだんと目の焦点が合っていく。それと同時に、表情に感情が戻ってくる。


「あっ…ごめん…ね…?」


 戸惑っているように、困ったように笑いながら謝るカグヤ。


「大丈夫大丈夫‼︎ほら‼︎私が花びら取ったから、団子食べて良いよ‼︎」


「…うん。ありがとう。」


 感情が戻ったのと同時に、記憶も戻りつつあるのだろうか。発された言葉がどこか大人びているように聞こえて。


「どーいたしまして‼︎」


 今のままの生活が、遅くとも来週の神葬神社までには終わってしまうことを嫌でも思い知らされた。


「ちゃんと、弁当とお茶もあるからな。好き嫌いするなよ。」


「うん‼︎でもうめぼしのおにぎりはいらない‼︎」


「カグヤ…好き嫌いするなって言ったそばから…」


「そうだよ‼︎ちゃんと食べて‼︎じゃなきゃ、この梅の木も報われないよ‼︎」


「美波?何のフォローにもなってないからな?」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 それから約一週間後。神葬神社行きの前日。美波は布団の中で、眠れない夜を過ごしていた。この一週間はとても濃密な日々だった。月美の目的を茜に共有したり。三人で一緒にケーキを作ろうとして、上手く生地が膨らまなかったり。舞が一時的にだが復活したという話を聞いたり。遊びに来たあかりとともりを加えた五人でショッピングモールに出かけたり。その他にも、様々なことがあった。その全てが、美波にとっては宝物で。だからこそ、別れが怖い。別れが寂しい。


「寝れないのか?」


「なんかね。」


「そうか。」


 二人の沈黙の間を埋めるように、布の擦れる音が部屋に響く。美波が隣を見ると、茜も美波の方を見ていた。


「唐突ではあるが。初めて会ったときの美波と、今の美波。結構違う部分もあるよな。」


「ホントにいきなりだね…まぁ、そりゃ、あのときは、家族以外と話すのは初めてだったし。今の私とは、大分違うんじゃないかな。」


「かもな。けど、一番大事な根本は、あのときから変わってないと思うんだ。」


「根本?」


「あかりとともりが大事で、守りたいってところとか。」


「それは、確かにずっとそう思ってきたけど…」


「要は、だ。美波の根本が変わらないみたいに、カグヤが全部思い出しても、きっと根本は変わらないはずだ。」


 言われて、カグヤと過ごした日々を思い返す。少しずつ記憶を取り戻しつつあるのか、それとも茜と美波から学んだのか。出会ったときより自然に会話が出来るようになった。それでも変わらずに、美波に笑顔を見せている。まるで、美波に心配をかけない為に、変わったことを隠すように。


「そーだね…うん。ありがとう。」


「どういたしまして。分かったら早く寝ろ。電車の中で寝ても知らないからな。」


「そーだね。じゃ、改めて。おやすみ。あーちゃん。」


「あぁ。おやすみ。」


 茜は美波に背中を向ける。こうして二人は、ゆっくりと眠りに落ちた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 翌日。神名市に向かう電車内。三人は一言も喋らずに席に座っていた。電車内だから、他人に迷惑をかけないようにという意図もあるが、それ以上に感情が口に鍵をかけているようだった。その証拠に、電車を降りて歩いて神葬神社へ向かっているときも、誰も何も喋らない。

 そうして誰も喋らないまま歩き続け、ついにそのときが訪れた。


「ここが…」


「そう。ここが、神葬神社だよ。」


 カグヤは、金色の鳥居を見上げる。暖かい風が木々を、三人の髪を揺らした。


「…行こっか。この先に。」


 カグヤは、風で乱れた髪を整えながら言った。もう、彼女がほとんどの記憶を取り戻したことを茜と美波はその佇まいで感じ取っていた。

 カグヤに導かれ、神葬神社の境内を進む。桃の花びらが舞う中を、白髪を靡かせて歩くカグヤの姿はどこか幻想的で。


「綺麗だけど、寂しいよね。」


「…え?」


「この神社、綺麗だけど、鳥居と拝殿の2つしか無いの。その拝殿も、凄く広いわけじゃないしね。」


 この神社のことはもう思い出したようで、振り向きながら話しかける。


「何でその2つしか無いのかな?」


 出来るだけ、気にしてない様子を取り繕う為に美波は問いかける。


「ここはね、神様がいない神社なの。神様がいない場所で、自分自身の力で進むと、自分自身に誓う場所。己の中から、神様に対する甘えを葬る場所。だから、神葬神社。」


「そっか…言われてみたら、普通の神社としてはどうなのって感じの名前だね…」


 話しながら歩いている内に、建物の前に辿り着いた。


「これが拝殿。ようこそ。あなたの運命の始まりの地。神葬神社へ。」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 木々の揺れる音が境内に響く。拝堂前の開けた空間で舞うようにスキップする。


「ねぇ、カグヤちゃん。神社でそれはちょっと罰当たりじゃない?」


「大丈夫だよ。さっき言った通り、ここは神様がいない神社なんだから。ここにいるのは、私と美波だけ。」


 この場に茜はいない。カグヤの要望で、鳥居の前に戻り待機している。カグヤ曰く、「二人きりにして。ここからは、聖因子を持つ者としての美波と話したいから。」とのこと。


「ここ、広いでしょ。」


「卒業式の撮影会が出来るぐらいだからね。」


「本来は、舞踊を捧げる為に作られた空間だからね。」


「だからって、今のはあんまり良くないよ。」


「もー。大丈夫だって。心配症なんだから。」


「どんな事情があれ…お姉ちゃんだから。」


 そう言いながらも、不安気に視線を躍らせる。そんな美波の手の甲を、カグヤは小さな手でそっと撫でる。


「ありがとう。みなみ。」


 幼さが戻った声とは裏腹に、その微笑みには子供を褒める母親のような慈愛に満ちていた。


「じゃあ、聞いてくれる?私の話。」


「うん。聞くよ。」


 聞いたら、別れが来る。そんな証拠もない漠然とした予感を抱きながらも、美波は承諾した。


「ありがとう…でも、この話は、今は二人だけでだけだから。まずは他人に聞かれないようにするね。」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


「はい。情報遮断の膜も解除したよ。」


「実感湧かないなぁ。」


「まぁ、時間が止まるときほどの変化はないからね〜。」


「それもそうだけど、カグヤちゃんのしてくれた話もね。」


「信じられない?」


「信じるよ。だって、カグヤちゃんが話してくれたから。」


「…そっか。」


 表情を隠すように後ろを向く。美波から見えるカグヤのつむじの位置が少し下がる。桃の木を見上げているようだ。


「公園では梅。ここでは桃。結局、桜は見なかったなぁ。」


「…それはまた、次の機会ってことで。」


「次…うん。次ね。」


 カグヤは美波の後ろに移動し、腰に抱きつく。


「次は、桜も良いけど、別の季節が良いかな。また五人で海に行きたいし、紅葉も見たい。雪も見たいな。」


「うん。見よ。全部。」


「その為にまた…今は、お別れだね。」


 美波がカグヤの手首に触れようとすると、それを躱すように手が動いた。小さな手で、目を隠される。


「えっ⁉︎ちょっと⁉︎カグヤちゃん⁉︎」


 うなじに冷たくてやわらかい感触。


「がんばれ。おねえちゃん。」


 手が目から離れ、振り返る。そこに、カグヤはいなかった。


「うん。お姉ちゃん、頑張るね。」


 拝堂前で一人きり。美波は、音もなく消え去ったカグヤに向けて呟いた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


《エピローグ》


 カグヤちゃんがいなくなってから、一週間がたった。カグヤちゃんの教えてくれたことは、まだ誰にも言ってない。それがカグヤちゃんの頼みだからね。カグヤちゃんがいなくなったってことしか言えなかったけど、つきむんは責めなかったし深掘りもしなかった。いつかは話すから、許して欲しいな。


 そんな私は、神名市からの帰ってきて、家の最寄り駅にいた。つきむんから金城邸に呼び出されて、つきむん、愛さん、シズちゃんと情報共有をしてたからね。今日してくれた話によると、カグヤちゃんが行っちゃう前の実験のおかげで、ずっと前からやろうとしてた、砂時計から人を復活させるっていう目標を達成出来そうなんだって。


「そんなときなのになぁ…」


 青空の中に、一箇所だけ雲が紛れ込んでるみたいな。そんな、明るくなりきれないような複雑な気持ち。カグヤちゃんに言われたことをまだ言えないっていうもどかしさ。隠し事って、こんなにモヤモヤするんだ。ちーくんも、こんな気分だったのかな。

 俯いたままため息をつく。4月だけど、夜だからかな。吐いたため息が白く広がっていった。家に向かって歩いてると、俯いた私の視界の端にすれ違う人の革靴。一瞬しか見えなかったけど、何かを感じて。


「あ、あの‼︎」


 気が付いたら、声をかけてた。いきなりの大声で、すれ違った「その人」が肩をビクってする。そっから、ゆっくりとこっちを振り向く。


「やっぱり、お父さんか。」


「なんというか…久しぶり、だね。美波。」


「うん…本当に、久しぶり。」


 あの人と離婚してから、一度も会って無かったから。見た目も結構変わってて。それでも、何でかすぐに分かった。


「何でここに?」


「なんというか…話が、聞きたくなって。」


 もしかしてと思って、一瞬スマホの待ち受け画面の日付けを見る。ははーん。なるほど。そういうことね。


「いいよ。私も、お父さんとお話したい。お酒でも飲みながら。」


「お酒って…」


「飲めるようになるよ。お店に着く頃には。そうでしょ?」


 一瞬見た待ち受け画面には、4月9日の23時56分って書いてあった。この時間に私がここにいるのは、つきむんが金城邸での話し合いを長引かせたから。全く、器用なんだか不器用なんだか。


「…そうだね。念の為、ゆっくり話しながら行こうか。」


「うん。そうだね。」


 私もお父さんも、ポケットに手を入れて歩く。出したら、子供みたいに手を繋ぎたくなるかもしれないから。


「ねぇ、お父さん。私さ、良い友達を持ったでしょ。」


「…香月さんのことかな?一緒に暮らしてるんだってね。」


「あー、とぼけるんだ。バレバレなのに。」


「…背中を押されただけで、言われなくてもいつかは…」


「いつかって、いつかなぁ?私が結婚式の招待状送ったら?」


「けっ…けっ⁉︎美波…そ、その…相手とか、もういるのかな?知らない間に…いや、あんまり関われてないから、知らないことだらけだけど…」


「ごめんごめん‼︎冗談‼︎恋愛とか…そんな暇も余裕も、今の私には無いから。」


 お父さんの慌てる表情を見て、ちょっとモヤモヤが減った気がする。そんなフワフワした心で少し早足に歩いて、お父さんを追い抜く。そうしてお父さんの方を振り向く。


「お父さん‼︎」


「な、何かな?」


「私はだーれだっ‼︎」


「美波、だけど…」


「フルネームでっ‼︎」


 お父さんが戸惑う。もしかしたら、さっきの冗談を聞いたとき以上に。ゆっくり俯く。戸惑うと俯くクセ。あぁ。家族、なんだなぁ…


「谷川、美波です。」


 お父さんの後ろの時計を見る。11時59分。4月だし、卒業シーズンは過ぎてる。だけど、これは私の遅過ぎた卒業式。涙声になりかけるけど、それを押し込むように息を吸い込む。


「正解‼︎」


 4月10日。ポケットから手を出して、お父さんを手招きする。追いついたお父さんの隣を歩く。ポケットから手を出したまま。

 小さい居酒屋で、いろんな話をした。聖因子の話はしなかったけど。あの人のこととか、バイトとかの、大変だったこと。大切な妹たちのこととか、学校であったこととかの、楽しかったこと。本当にいろいろ。酔って口が軽くなったのか、お父さんは今回の裏側を教えてくれた。やっぱり今回の再会を仕組んだのはつきむんだったこと。そのつきむんが、あかりとともりを使用人見習いとして金城家に受け入れることで、面倒を見ようとしてること。本人からその話をされたときは、知らなかったフリをしよう。演技下手だから、見抜かれないように頑張らなくちゃ。

 お父さんが家まで付いてきてくれて。バイバイって手を振った。きっと、それこそ結婚式するときぐらいしか会えないんだよね、もう。私より先に、ともり辺りが結婚するかもなぁ。

 手を振ってお父さんに別れを伝える。それだけじゃなくて、手を振って、もう一つお別れ。さようなら。火野美波(私)。

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