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ジカンヨトマレ 特別エピソード:si"star"s time☆ミ(上)

「何この娘‼︎めっちゃカワイイじゃん‼︎」


 一人の大学生、火野美波が叫ぶ。彼女の目の前にいる白髪の幼女が肩をビクッと揺らし、影山月美の影に隠れてしまう。


「この娘はイレギュラーよ。アース曰く、いつの間に地球にいた存在。」


「いつの間に地球にいた存在って…」


「人間じゃないそうよ。そして、デビルと似て非なる力を持ってるだとか。」


「なるほどね〜。」


 そう言いつつ美波は一歩進んで月美に、正確には月美の背後に隠れる幼女に近付き、しゃがんで彼女と目線を合わせる。


「いきなりおっきな声出しちゃって、ごめんね。私は美波。きみは名前、なんていうの?」


 幼女はそっと俯き、小さく首を振る。嫌われたと思い肩を落とす美波。そんな彼女に月美がそうではないと説明する。


「記憶がないみたいなのよ。だからと言って、私にもネーミングセンスは無いし。」


「なるほどねぇ…ほら、こっちおいで。」


 美波がしゃがんだまま手を広げると、幼女はゆっくりと美波の元へ。胸に飛び込まずに、美波のズボンの裾を掴む。美波が幼女の頭をそっと撫でる。幼女の頬が緩む。その表情が、美波にはどこか儚げに見えて。


「カグヤ。」


「え?」


「あなたが、本当の名前を思い出すまでの仮の名前。どうかな?」


「カグヤ…カグヤ‼︎」


 幼女は美波の肩に頬を擦り付ける。こうして幼女はカグヤになった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 月美曰く。美波を呼んだ理由は、カグヤを引き取って欲しいからということだった。月美と愛が進めている、砂時計から消滅した人物を蘇生させるという研究が大詰めであり、実験をする上でカグヤというイレギュラーがその実験にどのような影響をもたらすか分からない。その為、カグヤには出来れば神名市外にいて欲しいらしい。神名市外にも頼れる人物がいないでも無いが、月美達としては聖因子の存在を出来るだけ秘匿しておきたい。そこで、現在神名市外に住んでおり、なおかつ元から聖因子の存在を知っている美波に頼ったということだ。


「なるほどねー。それで私に。」


「別に、いろいろ理由をつけて別の人物に頼ることも出来るから、無理強いはしないけれど。引き受けてくれるかしら?」


「つきむんからのお願いだから、二つ返事でOKって言ってあげたいけど、あーちゃんとの兼ね合いもあるからなぁ…ちょっと聞いてみるね。」


 美波が神名市外に住んでいる理由。カグヤを泊めるのに、茜の許可が必要な理由。それは、単純に大学の都合だ。ラグナロードとの戦いの後、美波の母の鈴音は結局結婚することになった。新しい父親となった人物は、人格に問題はなかったが、我が強くない人間だった。その為鈴音に意見をすることがあまり無く、仕事終わりに家事をする様子はどこか有吾の姿を彷彿とさせた。どう関われば良いのか分からないからか、美波達との間にもどこか壁のようなものがあった。父と母による二重の束縛という最悪の事態から逃れられ、今までと違い家計が火の車という環境でも無くっなった。

 それでも、鈴音の近くから離れるべきだという事実には変わりない。これからどうするべきかと考えている際に、茜から同じ大学に通わないかと誘われたのだ。バイトを減らせていた為、勉強時間は充分あった。市外の大学に通うということは市外に拠点を移すことを意味する為、あかりとともりのことが心配だったが、二人からも背中を押されて受験を決意。茜の指導もあり、なんとか合格した。

 そんな事情もあり、美波と茜は現在神名市外で生活を共にしているのだ。


「分かっているわ。さっきも言ったけれど、無理なら無理で別の人物に頼る手はあるから。そう深刻に考える必要は無いわ。」


「りょーかいりょーかい‼︎じゃあそろそろ出ないと帰りが遅くなるから、そろそろ行くね!OKだったらカグヤちゃんをまた引き取りに来るから!」


「えぇ。じゃあ、また。」


 美波が部屋から出て行く。月美は付いて行こうとするカグヤの肩を軽く押さえて止める。ムッとした顔で月美の目を見上げるカグヤ。


「最初は警戒してた割に、すぐに懐いたわね。」


「なんか〜、どこかから年下全般から好かれるオーラでも出てるのかな〜?」


「言っても子供だけでしょう。」


「本当にぃ、そう思ってる〜?」


「…別に、私は彼女を好いている訳じゃありません。ただ、借りを返したいだけです。本命は別にいるので、浮気をするつもりはありません。」


 そう吐き捨てるように言い残し、彼女は部屋を後にした。そんな月美の後ろ姿を見届け、疑問符を浮かべるカグヤの頭を撫でつつ愛は呟く。


「借りを返す、ねぇ。それだけの理由でぇ、裏でこそこそ動いて〜…本当にぃ、こんなにも頑張れるのかなぁ?」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 場面は変わり、美波と茜の同居する部屋。


「まぁ、良いんじゃないか?一応あかりとともりが来たときの為に、予備の布団ならあるし。」


「ありがと‼︎つきむんに伝えとくね‼︎」


 そう言い廊下に行く美波。うっすらと話し声が聞こえるので、恐らく電話でカグヤを引き取る日程の相談をしているのだろう。


「…そういえば、今は春休みだから良いが。それが終わって、なおかつ私達が大学のコマが被ってるときはどうするつもりなんだ?」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 その3日後、カグヤは美波と茜の同居する部屋を興味深げに見ていた。特に、そこに飾られている写真を。


「えっと…あーちゃん。この子が言ってたカグヤちゃんね。」


「あぁ。分かった。私は茜。香月茜だ。これからよろしく、カグヤ。」


「…あかね…あかね‼︎」


「そうだ。よろしく。」


 茜が軽くカグヤの頭を撫でると、もっと撫でてと言わんばかりに背伸びをする。撫でられることに満足すると、また写真を見始める。


「それ、気になる?」


「みなみ、あかね?」


「そう。あーちゃんと、私。あーちゃん、他のも見せていい?」


「好きにしろ。私は課題が残ってる。すぐに終わらせるから、その間目を離さないようにな。」


「…なんか赤ちゃん育ててるふうふみたい。」


「そうでもないだろ。じゃ、頼んだぞ。」


 そう平坦な声で言い、茜は早足で勉強部屋へ向かった。ドアが閉められるのを見ると、カグヤがニヤリと笑って美波に言う。


「あかね、かおまっかだった‼︎」


「あーちゃん、恋愛には疎いからね…ウブなんだから!」


 二人でくすくすと笑う。茜にも聞こえた音で、ドン‼︎とドアを叩く音。


「ほらほら‼︎ドアが壊れちゃうから‼︎八つ当たりしないの‼︎」


 そう言うとドアの向こうが静かになったので、美波は茜が持ち込んでいたアルバムを開く。最初の写真の中心にいたのは、まだまだ小学生だった茜。端の方には、怯えた目で周りを見ている少女もいた。小学校の入学式のようだ。


「真ん中があーちゃんで、この端っこの方にいるのが、私。」


「これ…が…?」


「意外?」


「なんか…みなみっぽくない。」


 それを聞いた美波は苦笑いする。どこか遠い目でその写真に映る自分をフィルムの上から優しくなぞる。


「私ね。この頃は今よりちょっと、暗い子だったんだ。いろいろあってさ。保育園にも幼稚園にも行ってなかったから、知らない子達と話すのが怖くてさ。いわゆる、人見知りってやつ。」


 知らない言葉だらけで頭に大量の疑問符を浮かべるカグヤ。そんなことにも気付かず、美波は話を続ける。


「その頃の私、勉強なんて全然出来なくて。運動は少しは出来たけど、まぁ上の下って感じで。自信なんて無かった。最初は、あんまりクラスの子達とも話せなくて…」


「みなみ?」


 呼ばれて、表情を見て。ようやく一人で話してしまっていたことに気付く。


「ごめんごめん‼︎勝手に一人で話しちゃって‼︎」


 ごまかすように、アルバムのページをめくる。


「ほら‼︎この写真とか‼︎けっこー今の私と雰囲気近いよ‼︎」


 何ページかめくってから彼女が指差したのは、小学校の卒業式の写真。中心に満面の笑みを浮かべた美波がいて、その隣に茜の姿。茜は朱色、美波は橙色の着物を着ている。


「ふたりとも、きれい…」


「いやぁ、そー言われたら照れちゃうなぁ‼︎」


 美波はカグヤの髪を撫でる。


「さっきのと、ばしょがちがう?」


「そーそー‼︎ここはおっきい神社でね‼︎神名市のいろーんな小学校の子をみんな集めて、卒業式をしたんだよ‼︎確か、この神社は…」


「しんそうじんじゃ。」


「そうそう‼︎神葬神社‼︎…え?何で知ってるの?」


「…わからない…」


 首を傾げるカグヤ。そんな彼女の肩をさすりながら、美波は写真をよく見る。しかし、どこを探しても神葬神社という示す看板などその写真には映っていなかった。


「ま、まぁ、このことを考えるのはやめ‼︎他の写真見よ‼︎どれが良いかな…これとか‼︎」


 そう言い指差したのは、ファストフード店の制服を着た美波の写真。キメ顔でカメラに向けてピースサインを向けている。先程の卒業式の写真とそう見た目は変わらないので、小学校卒業からそう期間は空いてないだろう。


「これは、なにをやってるの?」


「アルバイト。簡単な、お仕事だよ。初めてのアルバイトの日に、あーちゃんが様子を見に来てくれたんだ。これはそのときに撮ってくれたの。」


 写真を撮った後、店長に見られていたみたいで真面目に働けと注意されたこと。それを聞くカグヤは、嬉しそうに微笑んでいた。


「みなみ。ありがと。」


「どーいたしまして。」


 その感謝の言葉を告げる声は、少し大人びて聞こえた。その他は異常無く、美波と楽しげにアルバムの写真を眺めていた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「神葬神社という単語を知っていた?」


「そーなんだよねー…本当に不思議だけど。」


 その日の夜。二人はリビングで話していた。寝室のベッドはカグヤに譲り、あかりとともりが泊まりに来たときの為に用意していた布団で寝ることにしたのだ。


「それから変わった様子は?」


「うーん…微妙に成長したみたく見えた…?」


「微妙に、か…幼稚園児みたいだったのが小学生低学年レベルになったとか、そういう感じか?」


「そう‼︎まさにそんな感じ‼︎」


 それを聞いた茜は目を瞑り考え込む。


「状況から判断すると、カグヤは見た目以上に長い年月生きている可能性が高いな。その中で神葬神社に訪れていた。言動が成長したように感じたのは、カグヤが神葬神社という過去の記憶に関するものに触れた影響で、本来の精神年齢に近付いたから。」


「…じゃあ、明日は神葬神社についてもっと…」


「早まるな。」


 咎めるような、静かな声。それでいて、静かさの裏に芯と鋭さを持った声。そんな茜の圧で、美波は言葉を続けることが出来なかった。


「カグヤはイレギュラー。それを忘れるな。今は記憶を無くしているから友好的なだけで、実際は敵対関係の可能性もある。」


「そんな…」


「声が大きい。寝室まで響く…私だって、カグヤを信じたいよ。ただ、金城家は疑っている可能性が高いと思う。」


「神名市から離したのは、イレギュラーだからじゃなくて…」


「妨害を防ぐ為。その可能性がある。ただ、美波と金城家の意志に齟齬があっては、カグヤに対する行動が変わる。明日きちんと連絡をとれ。金城家の対応によっては、神葬神社の件もちゃんと伝えること。良いな?」


「…分かった。」


 不満気に答える美波。そっと美波は掛け布団を口元に近づけた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「いたい。」


 幼い声が、部屋に響いた。


「いたい。イタイ。いたい。いたい…痛い。」


 悲鳴ではなく、呟き。その小さな声は部屋の中から外に出ることはなく、籠ったまま中で響き続ける。ジワリとした汗。薄い掛け布団さえ邪魔なものに思えて。


「あぁ。見極めなきゃ。」


 カグヤの紫色の瞳が知性を映す。と、一瞬で元に戻り首を傾げる。軽く頭を撫でて頭痛が治ったことを確認するとニコリと愛らしく笑い、眠りに落ちていった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


 夏のようなじめっとした暑さと、肌にまとわりつく汗で美波は目を覚ました。


ー春なのに暑いなぁ…


 そう考えながら、そっと目を開ける。目の前に広がるのは、宝石のような紫の煌めき。


「みなみ、おきた‼︎」


 意識が目覚め、紫色の煌めきの正体がこちらを見つめるカグヤの瞳だったと理解する。


「うん。おはよ。」


 美波はカグヤを抱き寄せ、頭を優しく撫でる。その温かさで、暑くて寝苦しかったのはいつの間にか布団に潜り込んでいたカグヤが原因だったのだと理解する。


「何で私の布団にカグヤちゃんが?」


「あかねがね?起こしてきて〜って!」


「そっか‼︎偉い偉い‼︎」


 美波はゆっくりと伸びをしてから起き上がる。


「じゃあ、行こっか!」


「うん!」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「美波。今日は随分とねぼすけだったな。」


「ちょっとねー。」


 ピザトーストを齧りながら会話する2人。カグヤはフーフーと息をかけてピザトーストを冷ましている。


ーなんか、熱いのが苦手でふーふーするの、つきむんみたい。


 そんなことを考えながらカグヤを見てると、美波の視線に気付いたカグヤはキョトンと首を傾げる。ポカンとした表情が愛らしくて微笑むと、カグヤもニコリと微笑み返した。


「おいしい!」


 猫舌ではあるが、食事はするし、味も分かるということは金城家で預かられていたときから分かっていたらしい。睡眠もするなど、完全に人間と同じ習性。アースに指摘されなければ、人間では無いと分からなかったはずだと断言出来る。


ー…アースが嘘をついてるんじゃないかって疑いたくなるぐらい普通なんだけどなぁ…


 人間味に溢れた仕草の数々を見て、そう考えてしまう美波。食べかけのピザトーストを皿の上に起き、ぼんやりとサラダを食べていると隣から悲鳴。慌ててそちらを見ると、ピザトーストから噛みきれなかったベーコンだけが抜けてしまい、顎に付いてしまっていた。美波は慌てて皿をカグヤの前に差し出し、カグヤの口を開かせて皿の上にベーコンを戻させる。涙目になっているカグヤの口元を、茜が用意していた濡れたタオルで拭く。


「あつかった…」


「じゃあ、サラダから食べようか。」


「うん…」


 不満そうな顔でサラダのレタスを口に運ぶ。


「カグヤ。今日の午前中…昼までは美波、用事があるんだ。私と一緒に待とうな。」


「…うん…うん!あかねといっしょ!」


 一緒見せた寂しそうな表情に罪悪感を覚える。


「お昼からは、一緒にいようね。」


 どこか大人びた微笑みの裏には、まだ少し寂しさが残っているように見えて。美波は感情を抑え込むようにコーンスープを飲んだ。

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