第9話 鬼の日常
──ギィッ、ギギギ─、ッーッー
機械が振るえる。音を立てて、軋む。大量の資料と機械に囲まれた部屋で一人の青年がデスクを向いている。
《データ更新完了─解析ト記録ヲハジメマス》
ッー、ッー、ッーーー……
《VM18402┬C8281──個体名『霧兎』》
「あいつCランクだったのか…」
機械音声の響く部屋の中で、その声に反応する青年の名は鬼離山桃太。
彼は幸村一葉の記憶を消去した後、そのまま自身の所属する組織の基地に向かい、作業に取り掛かっていた。
その作業とは退治したモンスターのデータの記録だ。
モンスターとはゲームなどとは違い特定の場所や条件で同じ生体の生物が生まれることは少ない。その多くが固有の姿と能力を持ち、その走力や体力、知能、ありとあらゆるものが異なっている。
そのため組織内でもモンスターの生物としての限界値は未だ計り知れない。したがってモンスターの脅威の強弱に関わらず、小型の収集機によって観測されたデータを機械へ記録するように義務付けられている。
《VM18400┬D9005──『狸戒』》
──とはいったが、これは所謂雑用の作業なので戦闘員である彼に義務付けられた仕事ではない。それをよく思わず、彼に注意を促す者も当然いる。
「…貴方は獲得者でしょう……そうやって必要ないことでまで働く癖を治してと何度言えばわかるんです、桃太」
「…ぁあ……ミカか」
透き通るような高い声と共にとある少女は鬼離山の肩を叩いた。
「…別にやって悪いなんてことはないだろ?」
「大有りです。貴方はもう少し睡眠時間を取るべきなんです。そうすればそのとっつきにくい無愛想な顔も治るでしょう」
「無理を言うな」
少女の名はミカ。この組織においての非戦闘員、主にモンスターの解析と精密機器の修繕、開発を行うサポーターだ。
蒼くサラサラとした艶のある髪を揺らし、水縁のメガネをかけた、白のパーカーを着た知的な印象の少女。少女という表現で語ったがそれほど幼くはない。小柄にこそ見えるが歳は鬼離山より一つ上だ。
「戦う力を持ったものは常に万全の状態でなければならない。いつもそう言うのは桃太でしょう?」
「分かってるよ…でも今回は一度に5体も出たんだ、少しくらいは手伝った方が──
「──いりません」
「遮るなよ…」
ミカはコミカルな振る舞いのまま鬼離山を突き飛ばすと、彼が作業していたデスクに座り込んだ。
「そもそもこれは機械がまとめたデータに誤りがないかを確認するだけの単純作業です。辛いなんてものじゃないでしょう」
「この作業自体はそうだろうが…お前ずっと前からなにかの発明に打ち込んでるって聞いたぞ。時間が余ればその方がいいと──
「──睡眠時間削る人に言われることではありません」
「連続はやめろよ…」
これは鬼離山桃太の日常の一部だ。
基本的に彼の日常は一般人同様の勉学に励む高校生の時間、モンスターの退治を行う時間、そのモンスターのデータの登録と報告を行う時間に分かれていた。
「仕事の量はともかくとして…モンスターの同時発生はかなり稀なことです。それも5体同時なんて少なくともここ10年はないものと記録しています」
「昨年のモンスター発生件数は510。ここ数年はモンスターの増加傾向があるとはいえ異常なことだな。老裏さんに直接伝えた方がいいだろう…」
「あの人なら言われなくともデータだけで理解していると思います……桃太、話を変えますが──」
作業する手を止めた彼女は振り返り彼の瞳を覗き込む。
「今、学校はどうですか……?」
「なんだその母親みたいな台詞」
「ふざけているわけではありません。純粋な質問です」
「何もないだろ…部活は入ってないからこれといってやりがいはないが、別に仲の良いヤツがいない訳でもない…まぁ普通だ」
「…ならよかった」
返答を聞いてミカは静かに安堵したような息を吐き、そのままデスクに向かって作業を再開した。
「1年おきくらいで聞いてくるよなそれ…」
「当たり前ですよ。こうして戦士として選ばれなければ、貴方は普通の学生として暮らせていた。私は貴方に戦って欲しいなんて思ったことはない。それだけは忘れないでください。」
「別に俺に限った話じゃないだろ。そういう奴も最近じゃ珍しくもない、それを言うならミカもまだ未成年だって言うのに学校に行かずに組織で働いてる…人のこと言えないだろ?」
捨て台詞のように言葉を吐いて、鬼離山は部屋を後にする。
《トトト、記録──完了──シシ─マシタ》
残った部屋の中で聞こえるのは、ぎこちなく発せられる機械の声と──
「…私と貴方は、同じじゃないでしょ……?」
──どこか寂しげな少女の呟きだった。
◇
少し時間が流れ翌日の通学路。
学生達が談笑しながら学校へ歩む道のりを、鬼離山桃太は淡々と歩んでいる。至って普段通りの光景だった。
「…起きろ……鬼鎧」
『ふぁ〜。学生ってのは朝早くていけねぇよなぁ』
──ポンッ!
彼の呼び声にあくびで答えると共に鬼離山桃太の身体から霧状のものが吹き出し、小さな小鬼を形作る。
「通ったことないだろお前…なんで中年のおっさんみたいな語り口なんだ」
「まぁなんか気分的な問題?」
モンスターを制御下に置いている人間は自由にその力を増幅、減少させることができる。しかしモンスターは常に実体化しているとエネルギーの効率が悪いため、不必要な時はその姿を主の中に収めているのだ。
しかし彼は毎朝、この時間になると鬼鎧を外へ出すようにしていた。
『てか別におれ起きてなくても良くないカァ?…モンスターなんていねぇじゃん』
「出して置いた方が色々便利だ。最悪パシリに使える」
『パシりって…お前そういうとこあるよなホント」
会話を挟みながら、鬼鎧を出したままの状態で他の学生もいる通学路を歩いたが、それに反応を示す者はいない。
『たまに不思議に思うんだよなァ、なんでおれたちモンスターは普通の人間には見えないんだろってさ』
「人間の目に捕らえられない光線という例がある。深い理屈は知らないし興味もないがそういう類のものとして考えろ…組織が設立時から隠蔽を続けられた理由がこれだ。」
テラーモンスターは常人の目では捕えられない、組織の中では当然のルールだ。まるで幽霊や妖怪のようにモンスターを視認できる人間は限られている。
『モンスターなんて名前がついてんのも割と謎だぜェ。妖怪とか怪異とか、そんな呼び方のがしっくりくる特徴してんだろおれたち」
「俺が知るか…」
素っ気ない答えを返す彼に、鬼鎧は表情を固くする。
「……おいおいまだ昨日のヤツ怒ってんのかヨォ。機嫌直せっての」
「……」
前日の険悪さは未だに抜け切っていない。一夜置いて治るものでない。それだけ彼と鬼鎧の間には明確な心の壁が存在しているのだ。
──ジジ─ジ、ジィ!!
鬼離山の腕につけられた腕時計型のデヴァイスが振動し、そこから甲高い機械音が聞こえてくる。
《──モンスター反応確認──モンスター反応確認─直ちにモンスターの消去に向かってください。》
これはモンスターが現れた際に組織に知らされる指示音声だ。主に観測位置から3km以内の構成員には優先的に受信され討伐を促される。
『おいおい朝からかァ?4日前にあんだけ出たくせにヨォ」
「ここからの正確な距離は?」
彼の声を読み取った機械は確認位置までの距離を提示する。
《ピッ──目標地点マデッ─北東7940m》
「ホームルームまで30分、急ぐぞ」
『おぉいおいおい。遠いだろ、8kmはちょっと遠すぎんだろォ?てか北東なら隣町の管轄なんだからおれたちが行かなくて良くねェか?』
「行って困るなんてことはないだろ…」
『いやホームルームまで時間ねぇってお前が言ったんじゃねェか!』
───
── ○
────
その後も否定と肯定が繰り返されるが、結果として鬼鎧に静止させることなく彼は目的地でモンスターを退治する。とても弱いモンスターだったので一撃で勝負がつき、無事問題なく登校を終えた。
その後ホームルームの時間も過ぎて次の授業までの時間を過ごす鬼離山と鬼鎧は、途切れていた会話を再開した。
『ミカちゃんもいつも無理すんなって言ってんのに、オマエ一向に直す気配ないのなァ?』
「あいつはあぁ言ってたいたが、そもそも今俺が学校に通っていることが間違いなんだよ…」
机に肘を立てるようにしながら、彼は無表情のまま現状に苦言を漏らす。
『ん?そうなのカァ?』
「ただの一構成員ならまだしも、おれたちは組織にとって重要な位置にいる……ミカもあの人もそれを分かった上で俺をこう扱ってるがおかしいんだよ…お前も分からない訳じゃないだろ?」
『マァそうカァ…』
彼は決して組織において下っ端と呼べる人材じゃない。人間の肉体で表すなら臓器を担う重要な存在だ、枯渇すれば苦しくなるし、なくなれば組織を維持することも出来なくなりかねない。
そんな彼を、頑なに学校へ通うよう促したのは彼の両親などではなく、あの構成員ミカである。
『そんだけお前のこと好きってことさァ』
「…中学生みたいなこというのやめろ」
一構成員のみの意見なら鬼離山自身の判断で押し切ることも出来たが、そのミカの意見に組織のトップたる人物が後押しし、そのことが決定的となって彼はこの化野川高校への登校を余儀なくされた。
しかしこう苦言を漏らしてこそいるが、既に2年目に突入したのだからその現状を受け入れていない訳ではない。飽くまでもこれは雑談の範疇にすぎないのだ。
「─ねぇ、鬼離山くん!」
「ん…どうした志村」
クラスの女生徒、志村が話掛けてきたことで、彼と鬼鎧の雑談は途切れた。傍らの鬼鎧は「おっと」と溢しながら口を手で閉じ、スッと姿を消す。
志村は学級委員で明るく人に隔てなく接する人気者だ。鬼畜とさえ噂される鬼離山にここまで気軽に話掛けられるのはこのクラスだと彼女だけだろう。
「1年の子に剣道のサイン頼まれちゃったんだ!お願いできる?」
「いいが…俺はもう引退した身だ。サインなんて欲しがってる奴いるのか?」
鬼離山は志村にほんのりと疑惑の目を向ける。
「またまた〜〜。そりゃ確かに鬼離山くんもう引退しちゃってるし、色々怖がられているってのは違わないけど。それでも顔もそれなりにカッコイイんだし好きな子は結構多いんだよ?」
「イマイチ納得しかねる話だな」
「本当に無愛想だよね鬼離山くんは!もうちょっと愛想振りまいたら文句なしの色男になれるのにさ」
志村は「勿体無いなぁ」と訴えるような表情を見せながら、ペンと紙を差し出した。
対する鬼離山はサインを書き始めながら眉毛を細めて口にする。
「あれだけ広く噂が広まってるんだ…ちょっと愛想良くした程度じゃ寧ろただ怖がらせるだけだろ。」
「そうでもないでしょ。ほらなんだっけギャップ萌えなんて言葉もあるじゃない?」
「俺はその言葉初めて知ったよ」
「えぇ!?もしかしてこれマイナーな言葉だったりする?だったらちょっと恥ずかしいなぁ」
志村はほんのり顔を高揚させるが、その間にも鬼離山はペンを動かしてサインを書き終えた。
「これでいいか?」
「オオ…なんやすごいイイ感じだね。中学の頃はよく書いてたの?」
「それなりには」
紙の下半分にはアルファベットの達筆で名前が書かれていて、中心にはデカデカと剣道の文字。緩急のついた豪快な文字は見たものに真っ直ぐと迫力を伝えさせる。誰であっても文句が出ない完璧なサインだろう。
「にしても鬼離山くん器用だよね。字すごい綺麗だし纏まってる、私が欲しいくらいだね。」
「取るなよ…」
「冗談だよ堅物めっ!……それじゃもう授業始まりそうだしまたね」
「あぁ…」
思考の固い彼の脳を叩くように叫び声を上げる彼女。そうしてやり取りが終わり、感謝の言葉とともに離れようとする志村と座る鬼離山。
しかしその数秒後、教室へ響いたある者の叫びが鬼離山の意識を吸い寄せる。
「──す、すみまべん!き…鬼り、鬼離山くんはいますかっー!!」
(…は?)
思わずそんな声が漏れそうになる。
彼にとって聞き覚えのある声だ。というよりつい最近聞いたばかりの声だ。その声の主が生臭い牛乳の匂いを漂わせながら涙を流していたことを覚えている。
(いや、ありえないだろ)
しかし何故だ。あの彼女が自分の名前を呼ぶことはありえない。ひたすらに困惑と理解できない状況に苦しむ。既に前日に、彼と彼女の縁は断ち切れたはずだ。既に彼女は何も知らない人間であるはずだ。
そんな彼女は何故か、彼の教室の扉の前から名前を呼んでいる。
「鬼離山くん、誰か呼んでるよ?」
隣にいた志村に声を掛かられ鬼離山は少し冷静さを取り戻す。
(そうだ何もそのことについて知っているとは限らない。記憶は無くなったがそれとは別の要件で尋ねてきたという可能性が高い…高い……なら……)
鬼離山は席を立ち、声の主がいる方向へ歩み出す。声の主と遠回しな語りを続けていたが、彼の座り込む席からも十分にその姿を確認できる。
先日のモンスター被害者、幸村一葉を姿を。
「なにかようか?」
「え、いや…あのぉ……えとちょっとここでは話辛いというか」
それもそのはず、壊れ掛けの機械のように高低差のある一葉の叫びに驚かされた生徒一同は、その彼女の言葉に釘付けになっていた。「失礼だしやめようよ」と言う生徒の声も聞こえたがその声の本人でさえも耳を澄ますことをやめられずにいる。
その様子を見れば鬼離山も無理強いはできない。
「移動…は面倒か、耳打ちで要件を言ってくれ」
一葉が耳の位置に届くように、鬼離山は膝を小さく曲げた。対する彼女は耳打ちに少なからず抵抗がある様子だが、声を震えさせながらも行動に移した。
「え…ぁー、うん……」
「…私覚えてるよ……全部」
「──そうか……」
諦めにも似た困惑の表情で、鬼離山は一葉の言葉を受け入れた。何故そうなったのか分からない。しかし事実として彼女は彼を忘れていない。
彼ら彼女らの物語は全くと言ってよいほど終わっていない。ここから漸く始まる。
──切り落とされたと思われた2人の縁は、未だに固く結ばれていた。
ミカ(18) 誕生日4月2日
身長155cm体重◯9kg 血液型A型
異形対策救命組織:【???】 開発者兼作業員
配属地域:中国地方 広島県 化野辛市
好きな食べ物:豆大福 好きな言葉:論より証拠
特徴:???
序章部分が思ったより長くなってしまいました。この物語は幸村一葉と鬼離山桃太の2人を主人公として書いていますが、視点の切り替わりが多くなってしまうのが悩みどころです。




