第35話 兵隊アリの謎
『…見つかんねぇぜ桃太。やっぱおれが探す意味なくねぇかァ?』
「なにもしない時間が無駄だ。無駄口叩いてる暇があったら身体を動かせ」
『きちぃねェー』
現在は午後7時。辺りは暗くなり、電灯の光が目立つ時間になっていた。そんな中今朝モンスターを発見してからその時刻まで、鬼離山桃太は拡散するアリの大群を観察し続けていた。
彼が立つ場所は化野川高校の校門前、夜分で人通りは少なく、閑散とした空気が流れている。
(特に目立った動きも…これと言った規則性も見つけられないか……)
鬼離山は生息範囲、行動範囲の検証を自身の分身とも言える鬼鎧へ押し付け、アリの取る行動と細かな言動の変化を観察していた。しかし未だその実態は掴めてはいない。日の大半の時間を費やしたというのに、全くの進展も得られなかったのだ。
だが彼は実力ある獲得者、この程度の苦難など想定の範囲内。これはあくまでも確認作業に過ぎない。
(予想通り……この様子だと今のアリはまだなんの能力も発現させていない。センサーが反応しないから判断出来なかったが、発生からまだ半日程度なんだろう…)
モンスターは発生直後、大抵の場合は幼体であるphase1の状態で姿を現す。その状態では成体時のように十分に能力を行使出来ない為、討伐は容易である。しかし現在モンスターの位置を特定するセンサーは使用困難な状況にある。
(位置さえ分かれば、今すぐにでも仕留められるっていうのにな……)
本来なら簡単に解決出来る状況、その歪な問題が彼の心境を掻き乱す。鬼離山はミカへ異変の解決を促していたが原因は未だ分かっていない。
(御門の時といい…奇妙な事が続いている……一度顔を合わせてあの人に伝えておく必要がありそうだ…)
「──おっ!みっけたみっけた!おーい!」
彼の真剣な思考に割り込むように、軽薄な声が辺りに響く。その声の主は桃髪の獲得者、桜井研磨である。
「…なんだ、やっと来たのか……研磨」
「サボってた訳じゃねぇって!試しに市全体を回って来たんだよ。聞いてた通り、チョラチョロちっこいのがわんさかいたぜ。つーか事前に何処いるのかあの子にも伝えてとけよー!オレの能力頼りかよー」
「…お前ならなんとでもなるだろ」
午後6時頃に一葉と別れた桜井は、知らされた情報を元に約1時間の間散策を続けていた。彼らの担当地域であるこの化野辛市の面積は約720㎢、常人ならとても気軽に見回り出来る広さではないが、彼の能力を活用すれば困難な事ではなかった。
桜井研磨が持っているのは周囲の生物と感覚を共有する能力。それを用いれば広範囲の索敵を可能とする。
「…半径……20kmだったか?…相変わらず、お前の能力の有効範囲は飛び抜けているな」
「そりゃ、それだけが取り柄だしな!」
獲得者はそれぞれ固有の特殊能力を持っているが、当然、無制限に力を振るえる訳ではない。どんな状況、どれだけの範囲、どれほどの出力を発揮できるかは能力と獲得者によって様々である。しかし、異なる能力で発動条件や有効範囲を比べることに意味はない。その有効範囲に優劣などはありはしない。
だがその前提を持ってしても、彼の能力の有効範囲は驚異的な物がある。
「有効範囲が20km…てのがスゴイには違いねぇけど、あんま良いもんでもないぜ?範囲広げ過ぎると頭がガンガン痛くなっちまう。実際今ポッケは疲れてオレの中で眠っちまったしなぁ」
桜井は謙遜するように言葉を返したが、鬼離山はそんな彼から視線を逸らして一方的に言葉を並べ始めた。
「……アリの数は何体だ?だいたいでいい」
「ぁーそうだな、この市全体の人口っていくらだったよ?回ってきた感覚だと人口の1割くらいだったと思うぜ」
(……この市の人口は約60万人、コイツの言う通りならアリの数は約6万体…想像よりも多いな)
「…アリの拡散範囲はどの程度だ?市内に収まっていたのか?」
「…んと、全体的に市の中心辺りに数が固まってたな。逆に市の端っこの方は全くってほどにアリの反応が見当たらなかったから、市外に漏れ出てる奴はいないと思うぜ」
(…ミカに確認させてた通り、やはりこのモンスターの発現主はこの市内の人間…モンスターもこの市の何処かで隠れていることになる)
「…肝心のモンスターの位置は分かったのか?」
「いや流石にまだ無理だっての。兵隊のアリならそこらにいるからいくらでも見分けをつけられたけどよー……本体のモンスターは実際にはどんな姿かも分かんねぇんだぜ?マジで見つけるってならじっくり時間掛けて地域ごとをしらみ潰しにしなきゃ無理だっつーの」
「だろうな…そんな気はしてたよ」
探索に特化した彼の能力でも、この広範囲から一体のモンスターを特定することは容易ではない。彼自身には分かりきった答えだった。
「…今日は一通り見回りをして帰るとするぞ…対象は能力に目覚めていない、だから時間はかかっても良い、お前が確実に場所を割り出せ」
「わかってんよ…なんせ!オレはそれしか取り柄ない訳だしなぁ!」
薄暗い夜道の端で桜井は鬼離山の顔を覗き込み、わざとらしく嫌味のように叫んだ。
「……なんだ?妙に嫌味な返事だな」
「ん、ぁいやぁー新しいサポートの…一葉ちゃんって子?…オレが本当に獲得者なのかーって言ってきてよー」
「…ぁあ、なるほど」
桜井はあっけらかんとしたいい加減な男だが、一葉の問いかけを気に留めていたようで、その件について嫌味たらしく苦言を漏らす。
「軽く流したけど結構傷ついたぜ?テンションだだ下りよ!オレが色々パッとしねぇのはその通りだけどよぉー」
「…獲得者らしくないってのは見た目や能力の話じゃないだろ?それだけお前は普段から軽薄な態度だってことだよ…」
「なんだよ軽薄ってよぉ!抽象的でわかんねぇーっての!言ってみろ言ってみろ!絶対実例なんて出せないんだろ!」
「そうだな…『一葉ちゃん』なんて、初対面の異性の名前を馴れ馴れしく呼んでいるところとかじゃないか?」
「死ぬほど具体的じゃねぇか!くそ負けた!」
(勝手に負けんなよ……)
その僅かなやりとりで、桜井研磨は勝手に言葉の勝負を始め、鬼離山の一言で敗北をきした。見事なまでの瞬殺、語るまでもない明白な負け犬が誕生した。
桜井のそんな勝手な戯言を聞き流して、鬼離山桃太は帰路に向かって足を進める。
「んぁーいやもう冗談だっての!あ、つーか聞き忘れてたことあったわ、止まれ!」
「…はぁ…なんだ?」
そんなため息混じりの鬼離山を静止して、桜井は突飛な質問を投げ掛けた。
「あの幸村一葉って子とどういう関係なんだ?制服見た感じお前と同じ高校だろ?」
全くモンスターとは関係のない話題だったが、鬼離山は呆れながら言葉を返す。
「……ただの同級生、特別親しい訳でもない」
「いやうっそだー!絶対うそだな!なんかあの子妙に獲得者の理想高かったしよ!あの子の命の危機に颯爽と駆けつける的な展開があって距離が縮まってるとかだと睨むぜ。オレの予想は7割当たる!」
「小学生かお前は……獲得者なら当然だろ」
「はぁ!?当たってんのかよ!うぁまた負けかぁ」
桜井は離山の返答を聞いてまたしても勝手に敗北を宣言し、「ケッ」と不満気な様子で頭を引っ掻いた。未成熟の子供のように、極めて落ち着きのない姿だろう。
そんな様子の彼に、鬼離山がふとした些細な疑問を投げかけた。
「…?…予想が当たっていたなら勝ちじゃないのか?」
「気持ちの問題だよ!あーあ、そうやってお前ばっか女子にモテてんだから意味わっかんねぇよなぁ」
鬼離山には彼の言葉の通りわかりかねる心境である。鬼離山は積極的に人と関わろうとする人間ではない。そうした意味では、彼は桜井のはるか対極に位置する存在なのだろう。
「…相変わらず人の話を聞かないヤツだな」
彼は桜井の言葉に相も変わらず、淡白な表情で言葉を返す。
「…んま、相変わらずなのはお互い様だろ?…久しぶりに会ったってのに仕事の話だけはつまんねぇだろって。最近どんな調子か聞かせろよ。やっぱまだ女子にモテてんのか?」
「うるさい、モテていない」
そうして発せられた桜井の言葉を鬼離山は無表情で跳ね返すと、ため息を吐きながら呟く。
「…なにも気軽に会話するような仲じゃないだろ?」
「オレはそういう仲だと思ってたけどな?少なくとも2年くらい前まではよぉ…」
(……本当に…うるさいやつだな)
この両者が初めて顔を見合わせたのは3年ほど前、鬼離山が中学二年生の頃だった。そして桜井の言葉の通り、彼らは暫くの間は顔を見ない日などないほどに親密な生活を送っていた。
……とある事件が起こるまでは。
「……わざわざ2年前なんていって、いい加減よりを戻せってことか?」
「……そうゆんじゃねぇっての、どうもお前が気にしてるみたいだからな。一応いっこうと思っただけだよ」
「…余計なお世話だ」
獲得者としての仕事、奇妙なモンスターの捜索、そんな重要事項さえ忘れてしまうほどに、彼らは自分達の物語に浸っていた。
桜井に「気にしている」、そう問われた鬼離山の表情は静かに穏やかさを失っていた。
「…怖いぜ。とてもヒーローって顔じゃねぇな」
(……そうだな)
彼の軽口を聞くと鬼離山スッと身体の力を抜き、感情を落ち着かせる。
「………分かったよ。そのうちアイツのところに顔を出すとしておく、それでいいか?」
「お!いーじゃんよ!そん時はオレもついてくかんな!!隣町は美味いケーキ屋があるって専ら評判だかんなぁー!!」
「……本当に、鬱陶しいヤツだよお前は……」
「アイツにアイツに会いに行く」そうして会話にひと段落つけた2人は、互いに別々の方角に視線を向ける。薄暗く閑散とした住宅街の道を、月の光が輝き出す夜の時間を、彼らはまっすぐ歩み初め……
「──あ、忘れてた!桃太ーー!」
帰路へ着こうとした鬼離山の足を、桜井の声が再び静止した。
「なんだ、何故引き止める。くだらない理由ならお前の腹を蹴り上げるぞ」
「こぇ、キレんなよ!…いやいやちがう、モンスターの話だよ!アリンコのモンスター!」
夜道を歩みだそうとした最中に、桜井は目標のモンスターに関わるとある些細な情報を思い出した。
「いや勘違いかもしれねーちょっとした事なんだけどよ。あのアリンコ見てる内に気付いた事があったんだよ」
「…気付いた事?」
「ああ、あのアリンコどういう訳なのか…張り付く見てぇに人間の近くに固まってんだよ」
桜井研磨は能力による観察の中で、アリの行動の小さな規則性に気付いていた。
「近く…人の多い場所に固まっていたという事か?…いやだが、発現主の持つ欲望によっては特別珍しくもない事だろう」
「ただ人間の近くにいるってだけならそうだけどよぉ、不思議なのはア《・》リと人間の数なんだよ。なんつーか…人間が10人いるところにはさ、アリもきっちり10体いる…みたいなさ」
(……人とアリの…数が一致?)
「んまぁ、なくてもいい小さい情報だな。悪い、わざわざ止めることも無かったわ!」
桜井の気付きとは、まるで人と数を合わせたようにアリが徘徊しているという事である。彼の言葉の真偽は分からない、案外ただの間違いなのかもしれない。しかしその小さな情報は探索に少なくない影響を与える。
「…そうでもない。もしモンスターが数万匹ものアリを市の人間に一体ずつ追跡させているとするなら、それが何かしらの能力を通して発現主の欲望を満たすことに繋がるという事だ。つまり、アリはただでたらめに拡散を続けていた訳ではないということ、それを確信できる」
「え、マジかよ!結構大事な情報だったのか!?」
「ああそうだ。予想と確信は大きく違う、モンスターの能力自体は全くの謎でも、その確信が持てたならやり方は変わってくるだろう……理想は…明日だな」
確信を得たなら、掛けられる人員は変わる。
その情報を得たことで、鬼離山は問題解決への糸口を見つけ出してしまったのである。
「──明日だ。明日にでもモンスターの位置を特定し、討伐を完了する」
「ぅおし!いーじゃん!いぇっせぇぇーー!!」
明日の行動に備える為、漸く彼らは帰路に着く。桜井の爆発的な奇声と共に、静かに、煩く、彼らは夜道を歩き出すのであった。




