第34話 柴犬(仮)
「くぁー。なるほどな…そのヘンテコなアリを出してる本体を見つけ出すってのが、オレのミッションか」
「えと、はい。今は特に危険はないみたいだけど……何があるかも分からないから急いで探して欲しいって鬼離山くんが」
一葉は桜井に事の経緯を語った。
能力の分からない蟻型のモンスター達が現れた。 それを生み出している本体を成長する前に見つけ出して欲しい、今回頼ったのは未知のモンスターの居場所を突き止める為だと言うことを。
「まぁ、オレを頼るって言ったらそういうことだよな。了解だよ」
「ワンっ!」
彼と愛犬の本当に理解したのか疑ってしまうほどの軽い返答に、一葉は疑念を積もらせる。その拍子に彼女は聞かなくともよい疑いの言葉で彼に問いかけてしまった。
「……あの、すみせん。失礼だと思うんですけど……貴方は本当に、鬼離山くんと同じ、獲得者なんですか…?」
「え、本当に失礼なの聞いてきたなぁ!」
一葉が疑ってしまうのも仕方がないだろう。
彼女から見て、桜井研磨と名乗る男は盗みに近い行為に及んでいた不審な者だ。とても少ない会話の中で信用出来る男ではなかった。
(最悪組織のことを知ってるだけの悪い人かもしんないもんね……あれで疑うなってのは無理…この人全然ヒーロー感ないし……)
現状彼女の目の前いるのは、どこかだらし無い空気を漂わせているだけの不審な男だ。彼の言い分が真実である保証もない。そして背格好こそ小柄で幼いが彼の髪は異様に派手な桜色、チャラチャラとした軽薄な男に見えてしまう。
「まぁそんな大層なヤツじゃないってのは違いないぜ。獲得者としての実力も桃太と比べれば鼻くそみたいなもんだしよ。んじゃあオレどうしよっかな」
「…念の為…本当に獲得者だって事を証明して欲しいです。…能力とかを見せて貰えれば……」
「ほぁーうたぐるねー。え、ぁーうん、参った。オレの能力はかなり地味で…証明めんどくさいしなぁ」
「ま、まさかほんとの本当に獲得者じゃない!?」
「いや嘘じゃないんだぜ!?本当、見せるにしても地味すぎてピンとこねぇと思うんだよ……
あ、てかあれだよ、一旦基地の方と連絡繋げてくれたらいいだろ。ミカちゃん辺りにさぁ!!」
(あ、確かに……)
冷静に考えればそれが確実だ。
指摘された通りに一葉はミカへ連絡する為、手首のブレスに触れた。そして触れた瞬間、さらに冷静な思考となった一葉は更に確実な証明方法に思い至った。
「…というか貴方のブレス見せて貰えれば証明出来るんじゃ……」
「え、ぁ……オレのは前に川に落として無くしちまったからさぁー。基地に行くのも忘れててそんままだわ」
(す、すごいいい加減な人だなぁ……ぁ…)
彼のだらしのない解答を聞いたことで、一葉は学校の校門前で相対した際の鬼離山桃太の言葉を思い出した。
『相当にいい加減な奴だからな……おそらく連絡用のブ・レ・ス・をつけていないか……うっかり無くしたとかそんなところだろう…』
(予想的中してるじゃん)
「うっかり無くした」鬼離山の話した予測がそのまま現実に起こっている。彼は自身の同僚の性格をとても良く理解しているようだ。
その話の合致に気付いた時点で一葉の頭から桜井研磨が虚言を吐いているという疑いは払拭された。しかし、それはそうと払拭された筈の事実から目を逸らすように、一葉はミカへの連絡を試みる。
──ピッ、ピピッ
一葉が数回操作した後、ミカとの通話は繋げられた。
《「…なんです幸村一葉……あのピンクのチビと遭遇出来ましたか?」》
「ミカちゃんなにその呼び方ァ!?」
《「見つけられたようですね。であればすぐにでも行動を起こすように催促しておいて下さい」》
(ミカさんおもいっきり無視してる……)
桜井の絶叫を聞いたミカは淡白な声で現状を理解した。彼の追求に反応は示さず、一葉へその後の行動を指示していく。
《「…モンスター本体の捜索はその男に任せます。おそらくは何日にも及ぶ長期的な捜索になりますので、貴方は明日から普通の生活を送りながら、軍隊アリに異変がないかを監視することにして下さい」》
「わ、分かりました」
「…オレ無視して進めるの酷くない?」
《「…散々職務放棄していた人間が何を言っているのですか?」》
「……ごめんね」
(口論弱っ……)
食い下がろうとしたかと思えば、次の瞬間には謝罪させられている。通話越しの直接顔が見えない状況だが、その短いやり取りで彼らの言葉の力関係は容易に理解出来ただろう。
実に情けない光景だ。
(ホントの本当に……全然かっこよく……全然ヒーロー感ないよこの人)
一葉の中には、獲得者は絵物語のヒーローだと言う理想がある。事実として獲得者は驚異的なモンスターから影ながら平和を守っている存在である。
それぞれランクと能力による力の強弱こそあれ皆英雄、讃えられる存在には違いない。
一葉がそれまで出会った鬼離山桃太と猫政蓮華の2人の獲得者は、性格や雰囲気に癖があれど明確に危機から救い出してくれた存在、一葉の理想添った存在だった。
しかし目の前の男は、第一印象からして一葉の理想とするヒーロー性からは掛け離れた態度の存在だった。
《「…幸村一葉、それほど懐疑的にならなくて良いですよ」》
「え、な、な、な、何がですか?」
《「いえ、連絡前に桃太が危惧していましたから。桜井研磨を……幼稚さと低俗さと悪辣さを持つそのダメ男を見て、酷くガッカリしてしまうのではとね」》
顔も見えていないというのにミカは一葉の内心を見透かすように語ると、鬼離山桃太の言葉をやや誇張して彼女へ伝える。
それかみ少しばかり棘の強い言葉だったので、同時に桜井も黙ってはいられなかったようだ。
「……いや桃太流石にそこまで言わないだろミカちゃん?盛ってる?さては言葉盛りまくっただろ?」
《「はい、個人的見解を乗せました」》
「素直じゃん。はは……うん」
「……ワゥ〜ン…」
結果、清々しいほど簡単にミカは自身の誇張を白状した。そうしえ彼女が全くの罪悪感を見せずに淡々と白状したものだから、桜井は苦笑いを浮かべながらしゃがみ込み、誰の目からも明らかなほどに憂鬱な表情を浮かべている。
しかし、そんな彼に寄り添うように柴犬のポッケが頭を撫でる様子は、至極愛らしいものである。
「お、落ち込んじゃった……」
《「そうですか、少し大人気ないことをしたかも知れませんね。……まぁ年齢はその男の方が上な筈なのですが」》
(ミカさん思ったより鬱憤溜まってるんだなぁ)
日頃から彼はミカに多大な迷惑を掛けていることは彼女の必要以上に鬱憤の籠った罵倒から透けて見えてくる。
しかしそんな桜井も獲得者だ。
ただただだらしのない、無能な人材である筈は無いだろう。
《「…まぁこんな情けのない様ですが、この男は紛れもなく組織の獲得者です。そしてなにより……今回の件を解決するなら彼以上の適任はいません」》
「それって、モンスターの能力がってことですよね?…桜井さんって一体どんな能力があるんですか?」
(…てそういえば私鬼離山くんの持ってる能力も知らないじゃん)
一葉が組織に加入して既に2週間ほどの時間が流れたが、組織加入時にミカから教えられたのはモンスターの特徴や生態についてだ。だから未だに彼女は獲得者の能力について知りきれていなかった。
《「そう…ですね。その男の場合、能力以前にモンスター自身がかなり特殊な生態をしています」》
「特殊な…モンスター?」
「んぁ!!そっかそうじゃんかよぉ!オレって結構特別だったもんなぁ!んじゃオレ自ら解説すんぜぇ!」
特殊という言葉を聞いて気力を取り戻した桜井は、ミカと一葉の会話を遮って解説を始めた。
「まずオレのモンスターだけどさぁ、コイツだよコイツ?」
「え?」
桜井研磨は彼の足元で座っている、呑気に舌を出している柴犬の方へ指を差した。
そんな彼の言葉に、一葉は思考が追い付かない。
「ワンっ!」
「え、いやいや、何言ってるんですか」
「え、だからコイツがオレのモンスターなんだって」
「いやそんな適当な嘘に騙されるほど私もバカじゃ……」
《「──いえ幸村一葉、彼の言っている通りですよ」》
(………え、え、え?)
何処かいい加減で信用ならない男だが、今回に関しては桜井研磨の言葉は嘘はない。一件はなんの変哲もない愛らしい柴犬、しかしその実情は強力な能力を秘めた異形の存在。
《「VM16982┬C9420──『柴犬』、それが桜井研磨のモンスターです》
「ほ、本当に?」
《「はい本当に」》
一葉が想像するよりも、テラーモンスターという存在は深い謎に満ちている。
「でもでもっ!この子なんの特徴も…ぁちょっと言い方悪いか…いやそうじゃなくて!」
「……一葉ちゃんだっけか、言いたいことは分かんぜ。オレもコイツを初めて見た時はただのイヌッコロとしか思ってなかったからなぁ」
信じられないのも無理はない。柴犬と名付けられたそのモンスターには、モンスターと呼べるほどの強大な特徴がない。モンスターと判断出来るほどの生物として異質さがなかったのだ。
「大きさは普通だし…身体のどこも変な感じはしない。体毛の色だってよく見る柴犬とおんなじですよ…?」
柴犬の外見は一般的な柴犬と全くと言って変わらない。珍しい犬種という訳でもなく日本ではポピュラーな柴犬と同様の外見である。大きさも犬自身仕草もその全てが平凡な柴犬、そんなありふれた犬を見て、怪物と判断出来るものはいないだろう。
「……ってそうだ!もしモンスターならおかしいですよ!もしモンスターなら、私達以外の…この商店街の人達に認知されてるのはおかしいですよ!」
《「そうですね。それが彼の最も特殊な特徴です」》
本来、テラーモンスターとは特殊なエネルギーの集合体である為、人間との融合状態であるphase3以外は人間の目で捉えることが出来ない。
それが可能なのはテラーモンスターを支配下においた獲得者か、モンスターを視認することが出来る素養に目覚めた人間だけなのだ。
であれば柴犬を視ることが出来た商店街の者達がそれに当てはまるのかというと、その問いは否定しなければならない。
「柴犬の姿は普通の人にも見えるんだよ。どういう理屈なのか分かんねぇけど!」
「れ、例外ってことですか?……もしかしてすごい希少な例だったり」
《「ええ、モンスターは現在までに一万を超える個体が確認されていますが、phase2時点でこの例に当てはまるのは柴犬だけ。純粋な希少性ではAランクの獲得者をも上回ります」》
「き、鬼離山くんとかより希少なのぉ!?」
続々と明かされる情報の嵐に、一葉は奇声を上げる。桜井はその様子をニヤニヤとした笑みで見つめていた。
「ふふふ、いやぁ〜いいなぁ。なんか久しぶりに敬われた気がするぜ」
「え、いや敬ってるとかではないです」
《「実際は希少なだけですので、特別利点はありませんよ。敬うのをやめなさい幸村一葉」》
「敬うのをやめなさいって酷くない?」
(敬ってはないけど…)
桜井が話せば一瞬にして彼の言葉は否定される。
そんな様子を見ていた一葉は、ミカと桜井をお笑いコンビのようだと感想を持ったが、両者の面立ちをみてそれを口に出来る筈はなかった。
一瞬の脱線を通して、再び柴犬についての会話に戻る。
「そうだよそうだよ能力の話しようぜ能力。今回一番の自慢ポイントだからな」
「あ、そうでした。それがそもそもの目的でしたもんね」
「おうよ、まぁ地味だから見せるって感じでもないけどよぉ〜ぅしいくぞポッケ」
「ワンっ!」
ポッケは元気な声で返事をする。そうして叫んだ瞬間、犬の身体の体毛が心なしか逆立つと、周囲の空気が揺れるような錯覚に襲われた。
(な、なにが起きるの?)
何が起きるのか一葉は彼と犬から目を離さずに待ち構える。
──待ち構えた。
「ん、もしかして一葉ちゃん今朝小指をどっかにぶつけたりした?」
「え、はい。タンスに…なんで分かるんですか?」
一葉起床してすぐの自室での出来事、母親でさえ知らないはずの情報だ。何故分かるのかと聞き返すが、桜井は一方的に言葉を連ね始める。
「つーかなんか全身に力入ってるなぁ。オレを目の前にして緊張してんだな」
(え)
──必死に隠そうとしていた筈の言動を見破られた。
「あと数分前に獣類と戯れたな?あ、それはポッケか」
──数分前に起きた事を言い当てられた。
「いやだからなんで分かるんですかぁ!!」
それも彼には見えている筈のない出来事だ。見透かしたような言葉に一葉の中でジワジワとした不安が湧き上がる。
いや、それは怒りかもしれない。
「朝食が食パン一枚にバター、昼がカツのサンドウィッチ……ぁ、1時間前くらいに間食もとっ──」
「──プライバシーの侵害じゃないですかぁ?」
質問を無視して話す桜井を一葉は凍えるほど冷たい表情で怒鳴りつけた。その顔は悪魔のように恐ろしい。極めて珍しい、幸村一葉の怒りの面が露わとなった。
「うぇ!?…わ、わかったって、ちょっと調子乗っちまったな」
「はい、恐らく時代や状況によってはセクハラだと言われるので気を付けて下さい」
(意外とこぇーなこの子…)
彼女の変貌に桜井は冷や汗を掻きながら頭を下げた。外見からは意外すぎる怒り表情に、人は見かけに寄らないものだと桜井は後悔する。
《「そうですよ桜井研磨。通話開始からもう10分も経っています。この程度の説明は早めに済ませて下さい」》
「そ、そうだな。…えーと、つまりポッケの能力ってのは周囲の人間と五感を共有できるてもんなんだよ」
(…五感?)
五感とは生き物が持つ視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚と言った、人体に備わった感覚の総称だ。
彼の語った五感を繋げる能力とは、その言葉の通り、他者の感覚に干渉することが出来る力を意味する。
「……てっきり心を読む能力とかかと…どうして食べた物とか、怪我したこととかが分かったんですか?」
「この能力って共有って言っても正しくはオレが一方的に覗いてるみたいなもんで相手はオレの感覚を感じ取れる訳じゃないんだが、オレ自身は共有された本人よりも正確に、本人の身体の状態を感じ取れちまうんだよ」
「…?よく分かんないです」
「要するに、肉体の感覚からソイツの体調とか怪我の状態とかを把握出来るってことだよ。食ったものを当てられたのは腹の中まで触覚を伸ばして食い物を感じ取ったって感じだわ」
心を読むではなく、身体から当人の状態を読み取る、それが先程の問答の真相だった。
「なんかちょっと……やっぱりプライバシー侵害してる能力じゃないですか?」
一葉は倫理観に反していると口にしたが、この組織は元より秘密裏な存在である。倫理に反した能力も現実も、なにも今に始まった事ではないのだろう。
説明を終えた桜井にミカは次の行動を指し示す。
《「……能力の詳細は掴めたでしょう。そろそろ桜井研磨には仕事に取り掛かって貰います」》
「ゲッ!?もうかよミカちゃん、てか今もう6時過ぎだぜぇ?…明日からってダメ?」
《「ダメです」》
「はは、だよなぁ〜。んじゃあ、行くかぁポッケ!」
「ワンっ!」
そうして桜井は仕事へ取り掛かろうとポッケとともに立ち上がった。
「あ、ちょっと待って下さい。これを持って行って下さい」
「へ?」
立ち去ろうとした桜井を引き止めて、一葉は手首に身に付けていたアイテムを取り外し、彼へ差し出す。
「ブレスなくしちゃったんですよね。私のアシストブレスをどうぞ…連絡の為には必要ですよ」
「あっー悪いなぁ、でもいいの?予備とか持ってる?」
「いえ、私は捜索に加われませんし…また今度基地で新しいものを貰います」
「へぇ……あんがとね」
一葉なりに役に立とうとして結果の考えだ。善意に満ちた彼女の笑みを見て、笑い返しながら桜井は彼女からブレスを受け取った。
「んじゃあ!!また今度な一葉ちゃん!!!」
「は、はい。また今度…」
《「……無くしていたのですね。ブレスの費用は桜井研磨の給与から差し引いて置きます』》
(あ)
そんな悲惨な場面を見逃して、桜井研磨は獲得者としての仕事へ取り掛かっていくのだった。
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◯テラーモンスター段階解説
【phase1】
モンスターが発生直後に形取る第1形態。言わば幼体であるからして体は小さくモンスターの身体能力は成体時の十分の一程度しか発揮されず、特殊能力も不完全なものとして発現している。
この段階では力も弱く欲望による凶暴性も薄い為、一部の例外を除き容易に討伐が可能である。
【phase2】
モンスターが発生後エネルギーが蓄積されることで成体となった姿。多くの場合はこの段階となるまでに数日の時間を要するが、発現主の性格やストレスによっては発生時からこの姿を形作ることもある。
幼体時よりも数段大きな力と体格を持っており、発現主の欲望を満たす為に行動を開始する。
【phase3】
モンスターが発現主と融合して生まれる姿。発現主の強い欲望によって引き起こされる融合であり、便宜上ではこの状態の人間は怪人と呼ばれる。
phase2をはるかに上回る能力を発揮できるが、力がます程に発現主の理性は消え、人間性が薄れた制御不能の怪人となってしまう。
そうして怪人化した場合、発現主の人間もモンスターと同様に組織にとっての討伐対象となる。




