第31話 休日:2人の時間
「それじゃあ…ミカさん、私はこの後どうすれば良んですかね。ぇと、トリカメ…あの記憶を消すための端末を呼ぶべきですか?」
《いえ、トリカメは基本的にモンスターを視認された場合に使用されます》
《話を聞いた限り今回の場合には被害こそあれどモンスターの情報が漏れる可能性は薄いでしょう。後は組織側で情報操作すれば済みます》
「そうですか。それじゃあお願いします」
《はい、何か問題があれば逐次連絡願います》
──ピッ
ミカへ短く連絡を済ませると一葉は目的の場所へ歩み始める。
(香織、怒ってないといんだけど……)
紆余曲折、山あり谷ありを超えて一葉は兎崎の元へ走り出した。
やむおえない状況だったとは言え、イイ加減な嘘を吐いて抜け出してしまったのだから後ろめたい気持ちは捨て切れない。そしてなにより、今回の事で彼女から距離を置かれてしまうのではと一葉は不安な想いを抑えられずにいた。
あの混沌の中でカフェに置き去りとなった親友へ掛ける言葉を、一葉は走りながらも必死に考える。
(トイレこんでて…カフェが臭すぎて…道端で迷子になってるおばちゃんがいたから……いや全部意味分かんないかぁ……)
テラーモンスターの存在を世間へ広める事は許されない。言い分を考えるが、彼女の頭では到底納得させられるようなものは思い付かない。
そうして走っているうちに一葉は彼女と別れたカフェの入り口付近まで辿り着いてしまっていた。
(早い…か、考えてる内に着いちゃったよぉ……)
未だ何一つ打開案は浮かんでいない。
そんな状態で辿り着いたものだから、一先ず一葉は挙動不審で怪しげな足取りでカフェ前の様子を覗き込む。
(…ぁっ!)
「ど、どうしたんですかこれっ!」
「あ!キミ近付いちゃダメだよー!」
隠れるように覗いた店前の様子を見て、一葉は困惑の叫び声を上げた。彼女が目にしたのは、救急隊員によって救急車へと運ばれる市民の姿だった。呆然としながら歩んでいた一葉は気付けずにいたが、カフェの周囲には大勢の人だかりが出来ており、事の重大さを理解させあ。
そして驚きと同時にサッと側へ近付こうとした一葉へ救急隊の一人が静止の声を掛けた。
「今忙しいよ!見て分かるでしょ?救急車来るの、原因不明の容態者もいるから大変なんだよー?」
「す、すみません…」
完全なる邪魔者扱いに気を落として距離を離す。 どうも一葉がいない内に事態は想像よりも大きく膨らんでいたようで、モンスターの能力によって体調を崩した一般人が救急車を呼び出し、今正に搬送されている最中だったのだ。
(もしかして鼠から逃げ回ってる時も能力がそのままだったのかな……救急隊の態度見た感じは命に関わるような容態の人はいないみたいだけど──)
「──ァぁー!?ユッキーいたァー!!何してんのさどこいってたのサユッキーサー!!」
聞き慣れた口調のする方に目を向けると、兎崎香織の姿が見える。プンスカプンスカと、そんなポップな効果音が聞こえてくるほどに彼女は頬を膨らませている。
「か、香織…」
「けっこう大変だったんダヨ!救急車くるワ、現状説明とか色々聞かれたりトカー!実際あんなのよく分かんないのに妙に色々聞かれたんだからァー!!」
「ご、ごめん……ぁれはその……ごめんね」
頓珍漢ながらも幾つか言い分を考えていたはずだが、詰め寄る兎崎に圧倒されてただ謝る事しか出来そうもない。そんな彼女の心中を察してか知らずにか、兎崎は深く言及せずにスッと現状を語り始める。
「ワタシは全然よく分かんないのに…その人達は何を食べてましたかーとか、何かおかしな言動はありましたかーとか、しつこいくらい聞かれたからネー」
(それはそっか…モンスターの能力で出る症状なんて医学的に調べようがないもんね)
一葉がカフェを離れた後、兎崎はカフェ内の店員達と共に状況を深刻に考えて救急に連絡、都合が良かったのか5分程度で救急車は到着した。
しかしモンスターの能力による解明不能の異常症状に当然救急隊は頭を悩ませ、兎崎は必要以上の事情聴取を受けることになった訳だ。
「ふーむ、ユッキーがどっかいなくなっちゃうのはイメージ通りだけどさぁ…ほんと大変だったヨ。体調崩したって人みんな枯れた樹木みたいに萎んじゃってたし……まぁ命が危ない人はいないって聞いたし、救急の人達にお任せするしかないね」
「そ、そうなんだ。本当にごめんね…大変な時に変なことしちゃって……」
「んまぁーイイヨ。理由なく居なくなった訳じゃないだろうシ、この後ご飯奢ってくれたら許ス!」
(……ぇ、それで許してくれるんだ)
「そっか…結局食べられてなかったしね。うんいいよ!」
「ヤッター!食べ放題だーイ!!」
「…いや、少しは遠慮して?」
「にっはっはー!!」
ほんの数秒前に大変だと不満を呟いていた筈の兎崎だが、食事への興奮はそれらを優に跳ね除けたようだ。呆れるほど無邪気な笑顔で、サーカスのライオンのように軽快に跳ね上がった。
(ホントに…軽いなぁ、香織は………)
想像以上にアッサリとした解決だ。
これほどの事があったというのに何処か薄情で、淡白とも言えるほど単純な兎崎の解決案に、一葉は思わず笑みを溢す。
「よぉーしそれじゃ早くいこ!何があったって今日は
笑顔で脳天気な言動で笑う兎崎を見て、一葉は不意に無意識の言葉を漏した。
「…ありがと、香織」
「お・に・く!さ・か・な!」
言葉に返答はなく、彼女は奇怪なリズムで歌うように食べ物を口遊む。
小さく呟かれた感謝の言葉は兎崎には届かなかった。それでも一葉は静かに満足げな顔を浮かべて、走り出した兎崎の背中をまっすぐに追いかける。
──2人の休日はまだ始まったばかりだ。
◯
──カタッカタカタッ
─タッ
「………」
休日とは何も幸村一葉だけのものではない。
世界全国、ありとあらゆる人種年齢を問わずに休息の時は与えられる。
しかし中には休みを与えられたにもかかわらず、それに甘んじず、それを謳歌しようとしない変わり者もいるだろう。異形対策救命組織SEED所属、サポーター兼開発者ミカもその1人だ。
「……」
──カタカタカタッ…タッタッ
この秘密裏な組織でも休日は平等に与えられる。 幼き頃から日常的に組織に身を置いているミカも例外ではなく、住み込みで働く彼女の場合は本人の希望により1週間の内1日が休日と指定されている。
だがしかし彼女の休日の実情は一般的な構成員のものとは大きく違う。事実として、本日休息日であるはずの彼女は何故か基地内のデスクにて実務をこなしていたのだ。既に時計の針は9時を回っていたが、彼女の様子に変化は見られない。
彼女はただただ淡々と、彼女はキーボードで音を立てながら黙々と作業に望んでいた。
「おいミカ、お前またやってるのか…」
背後からの声を聞き、ミカは作業の手を止める。
声を掛けたのは彼女もよく知るこの男、鬼離山桃太である。
「……桃太ですか。なんです、今日あなたは非番だった筈ですが?」
「…どうせ緊急なら呼ばれるんだ、獲得者に非番なんてないようなものだろ。実際今日も警報が鳴ってたみたいだしな」
「…まさか向かおうとしていたのですか?安喜田町は貴方の管轄外なんです、余程の事ではないのですからやめて下さい」
──本日7月3日12時30分、安喜田町の喫茶店にて鼠型のモンスターが出現。サポーター幸村一葉が現場に居合わせ、彼女の誘導の元に被害は最小限に抑えられ、安喜田町の担当獲得者である猫政蓮華の手によって無事討伐される事となった。
「発生から10分程度で討伐は完了しました。それ以前に実力があろうと、なにも全てのモンスターを貴方が倒す必要は無いのですから無理はやめて下さい…」
「分かってる…というか俺の話はいいだろ」
「無理をするなってのはお前だろミカ」
反論するかのように鬼離山がミカを指で差す恍けるようにミカは答える。
「…さて、なんのことですか」
「白々しいな…お前こそ今日非番だろ。先週もその前も、ろくに休んでなかっただろ。そんなに働いて身体壊したら意味ない、だからやめろ」
「何も無理をしている訳ではありませんよ…存外、私はやりたくてやっているだけなんです。開発者として新しいシステムの開発も進めたいですしね」
「…新システム?……だとしてもそんな情報まとめの雑務までやらなくてもいいだろ……人に言う癖に守ってないよなお前」
「いや桃太の言えた事ではないでしょう」
互いに互いを指摘し合っても話は平行線だろう。
2人は幼い頃から組織で過ごしてきたこともあり、互い互いに組織のない生活を想像出来ずにいるのだ。なのだから相手に指摘は出来ようと、自身の失点には気付けない、少しばかり間抜けな関係性だとも言えるものだ。
「……どっちもどっちで納得するか?」
「いえ、私は別に悪くありませんが」
「いや聞き入れろよ、わがまま小学生かお前」
「……小学校には行けてませんからね。まぁその必要が無かったとも言えますが」
ミカの「小学校には行けてません」という言葉でスッと口を閉じたのも数秒、彼女の後の言葉を聞いて、アホらしくなった鬼離山は呟いた。
「はぁ……お前が自信家でよかったよ」
「…はい。桃太よりは年上ですからね」
「いや、そういう話じゃないがな……ほら」
「……なんです」
話しの拍子に彼は何本かの缶ジュースをミカのデスクへと置いた。彼女は彼の方を振り返らないまま、缶ジュースへと手を伸ばした。
「最近お前栄養ゼリーばっかりみたいだったからな。せめてそれでも飲みながらにしろ。あと雑務は俺がやるから教えろ」
「あなたは非番──」
「──お前もな。つまり俺達は勝手に労働基準を無視してただ働きしてるわけだが問題ないだろ。他には誰もいないわけだし」
「そうですが……全く、こんな夜遅くに男女揃って何してるんだってお話ですよ……」
「仕事だよ。見たら分かるだろ、見られたら困る訳だがな」
(本当に……まったくのまったくのまったくのまったくです。)
胸の内で文句のように連ねていても、ミカは浮かび上がる喜びと感謝を抑えられ無かった。そしてそのまま小さく彼に告げる。
「……ありがとうございます、桃太」
「……ぁあ」
キンキンに冷えた缶を頬に当てて、ミカは優しく微笑むのだった。
「─ぁ、炭酸は好きではないのでお返しします」
「お前なぁ……」
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◯不必要な情報その2
組織へ務める構成員には活動状況に関わらず一律で月数万の給与が与えられる。収入というには心元ない金額だが、サポーター、開発者、獲得者とそれぞれの役割によって加算されるように給与が増加する。
当人の働き方次第ではあるが、獲得者の場合はランクによって給金が倍増され、それに加えてモンスターの討伐へ加担した場合には対象の脅威ランクによって可変式にボーナスが与えられる仕組みとなっている。




