第30話 弱肉強食 猫はよゆー
「シャッー!」
一葉の危機を救ったのは猫政蓮華。猫のような姿をした少女の獲得者だった。
そして彼女は今正に、瓦礫に埋もれたモンスターを猫らしい声色で威嚇している。
(そ、そっか、この町の……鬼離山くん以外の獲得者の人…冷静に考えたらいて当然じゃん…)
初めて遭遇する鬼離山桃太以外の獲得者の姿を見て、一葉は思わず唾を呑む。
(…鬼離山くんは全体で見ても最高レベルだって聞いてるけど……普通の獲得者ってどんなものなんだろ?)
一葉は未だ新入りの身だ。彼女はこれまで鬼離山という1人の獲得者の姿しか知らず。その彼を力の基準としてしまっていた。
しかし前情報から予想されるに、多くの獲得者は彼ほど圧倒的な強さを持っている訳ではない。
──大丈夫だよ。
その言葉が事実なのか、一葉は信用しきれずにいたのだ。
「にゃっはー!ごめんニャ、ニャチって頼り無かったニャね!」
「あ、いえ、そんなことは……すみません」
「…猫政蓮華!ニャチの名前ニャ。だから大丈夫ニャ!」
(…え…なんで大丈夫なんだろ?」
不安な気持ちが顔に現れていたのだろう。一葉は猫政に猫の言葉で問いかけられた。しかしそれはそうとして、彼女の利他不明の鼓舞には首を傾げる他ない。
「……全然、安心してニャ。これくらいの相手なら、ニャチでも絶対大丈夫ニャから!」
「ガ…グァォォッ!!」
──彼女が返答した瞬間、鼠型のモンスターは瓦礫の中から雄叫びを上げ、怒りの困った形相で起き上がった。
「ぁ、ちゃんと離れてニャね」
「は、はい。頑張って下さい!」
「…グガォァァォォ!!」
2人が最後の会話を終えた頃に、モンスターは猫政へ向かって飛び掛かった。
しかしその怪物の突進を猫政は涼しい顔で受け止め、余裕の笑顔さえ浮かべている。
「…よっと」
(す、すごいパワー!)
「ニャっはー!こうやって変身したのも久しぶりで気分高まってる……ニャねー!!」
掛け声のようにして力を溜めると、彼女は受け止めた獣を真っ逆さまにするほどの勢いで空中へ投げ飛ばす。そしてそこへ追撃を仕掛けるように構えを取ると、猫政は両手から黄金色の煙を噴射した。
その煙は意思を持つ生物かのように、猫政蓮華の望むままに形を定める。噴射された煙は一瞬にして彼女の両手を包み込み、形状を巨大な爪上の刃物に変えた。
その武器を構えることで、猫政は追撃の一撃を叩き込むのだ。彼女の叫びと共にその攻撃は放たれる。
「いくニャよー!見てるニャよー!……名づけて!」
「──二猫無双!!」
──ザシッ…!
放たれた巨大な爪による追撃はモンスターの胴体を貫いた。生き物として当然のように攻撃を食らったモンスターは苦しみの鳴き声を漏らしたが、猫政は鼠が叫び声を上げることを妨げるように、素早く両手を振り回し、獣の身体に次々と刺し傷を作る。
そして宙を浮いた獣の身体は全身切り傷と刺し傷、鼠のモンスターは試合終了後のボクサーのようにくたびれた様子で大地に着地した。
(は、早い…浮いてた一瞬に……もうモンスターの身体から光が出始めてる…)
テラーモンスターはその多くが実在する獣の容姿をしているが、その体内は特殊なエネルギーの塊であり、本来の生物と同じように血を流すことはない。
そのかわり、モンスターは生命の危険へ近付くと身体から光の粒子状のエネルギーを垂れ流すようになる。
つまり既にこのモンスターは瀕死に近い状態なのだ。
「ガ、ガォ…グ……」
空中に浮き上がって行動不能に陥った一瞬、その1秒に満たない一瞬に、モンスターはその実力差を分からされた。
既にその鼠から戦闘の意思は感じられなくなった。
「ニャー……もう完全に逃げる気だニャね」
獣の脳内にあったのは実に弱い獣らしい、逃走の念だけだ。
「ニャー、まぁオリジナルからして相性悪いもんニャー。ニャチとキミ!」
猫と鼠、その2種の動物は日本の古来から長い険悪な関係にある。そして古来より、鼠は猫に狩られる存在だ。
「泣いて逃げても無駄ニャよ」
──彼女の勝利は既に決まっている。
恐れ慄き背を向けて、逃げ出す事しかありえない。それは即ち、狩り。圧倒的な食う者と、泣き叫ぶ事しかできぬ食われる者の対立だ。
(可哀想なほど一方的……)
様子を眺める一葉は同情の言葉を呟くが、それは致し方のない理屈、この世の摂理、それはつまり弱肉強食。
弱い獣は逃げる事しか許されないのだ。
事実として、戦意を失った獣は無様にも逃げ出すことのみに頭を回す。モンスターという姿形をとっていたとしてもそこに違いはない。
そして今この瞬間に、鼠型のモンスターは逃走開始を告げる雄叫びを上げるのだ。
「…ギィ……グァォォォォン!!」
「逃す訳ないニャしょ!さっきまでそこの子を追いかけ回してた癖になさけニャいニャー!!」
追われる立場となれば行動も違う、当然ながら鼠は猫政の立つ位置とは真反対の方向へ駆け出した。
そして走ると同時にモンスターは身体から真っ白い粒子を撒き散らす。それは一葉がカフェにて目撃していたものだ。
「ぁ、気を付けて下さい!あれを吸い込むと味覚が無くなって……スキャンした通りだと体の栄養を吸い取られちゃいます!」
「大丈夫!来る時にデータは見たニャ!……それに、ニャにもニャチが追いかける必要もニャいからニャ!」
「…へ?」
大丈夫。彼女がそう言う通り問題はない。
鼠が漏らす粒子による栄養吸収には即効性がなく、詰まるところただの目眩しの役割しか持たない。
そして何より、そんな小さな小細工で逃走させるほど猫政蓮華は甘くない。
猫政は両手を包む爪のサイズを縮小すると同時に、より細く鋭利な形状へと変化させた。
そしてそのまま、彼女は野球でショートボールを投げるように真っ直ぐ、至って当然という表情で自身の右手を投げ飛ばした。
「ェバァッ!?」
右手を投げ飛ばした、という表現は少しばかり誤りがあある。正しく言い換えるのならば自身の右手を切り離し、ロケットのように噴射させたというべきだろう。切断面はどうなっているのか、そんな疑問点も上がる攻撃方法である。
とても人間技とは思えないその光景に、一葉は奇天烈な叫び声を上げた。
だがそんな奇妙な攻撃でも、背を向けて逃げるモンスターには効果的だ。放たれた猫政の右手は鼠の後頭部に突き刺さり、衝撃を受けて鼠は大勢を崩した。
「ニャッハー!これは名づけて野猫の槍!かっこいいニャしょー!」
「ぇ、は、はい……」
(…なんかテンション高いなこの人。てあれ…)
猫政の態度はまるで酒に酔ったサラリーマンのようで話し辛いだろう。何より振り返って一葉へ顔を合わせているのだから、当然のようにモンスターから目を逸らしている。
「いや!逃げちゃいますよ!起き上がってますよあの鼠さんッ!」
「ニャー、まぁ大丈夫だニャ……もう掴んでるからニャ♩」
焦る一葉とは対極的に、余裕な笑みを浮かべる猫政。その余裕の理由は一瞬にして明かされた。
──フオォッ
「……ぁれ?」
──グッ─ザシッ!
奇怪な高音が聞こえたかと思えば、一葉の視界が変化した。たった今捉えていた筈な猫政の顔が見えない。それどころか逃走しようとしていたモンスターの姿さえ見当たらなくなっている。
「ね!大丈夫ニャったでしょ!」
「へ!?ぇ……後ろ?なんでこんなに距離離れて……モンスターが倒れてる!?」
目の前に居た筈の猫政はいつのまにか一葉の背後へ、そして走り出した筈のモンスターはさらに後方で倒れている。怪物には既に手足を動かす気力も無い。
一葉が気付かぬ内に、決着はついてしまったのである。
「にゃっはー!そう!これにて決着!」
「ぇ、いや!今のなんですか!なんか急に瞬間移動して……」
「ぁーニャチの能力ニャよ!まぁー簡単に言うニャら入れ替えの能力ニャね。それでキミと鼠くんの位置を入れ替えたんニャよー」
彼女が使用した能力は生物の位置の入れ替えるというもの。これによって逃走する鼠と猫政の後方で守られていた一葉の位置が入れ替えられ、モンスターを射程に捉えた彼女が一瞬にして止めを刺したという訳だ。
(そ、そっか。能力……能力ってやっぱりすごい)
「じゃあすっかり…めでたしめでたしですね!」
「そうニャよ!大丈夫だったにゃしょ?」
「はい。遅くなりましたけど…助けて頂いてありがとうございます」
一葉がペコリと頭を下げると、猫政はそれまで以上に饒舌な喋りを始める。
「にゃっはっはー!人助けは当たり前ニャよ!ー。ぁそう言えばキミ何歳ニャ?この町では見かけニャいけどどこの町のサポーターさんニャ?」
「ば、化野辛市の方からの来ました。ぇと、16歳。幸村一葉です。ちょっとお買い物に来てたらモンスターに遭遇しちゃいまして…」
「化野辛………、ニャー同い年ダニャ!この町の基地には近い年齢の子いないから嬉しいニャねー」
「……?…そうなんですか」
化野辛市と聞いて猫政は一瞬深刻そうな表情を見せたが、すぐさま笑顔へ切り替える。不自然な表情の変化に一葉ひ疑念を持ったが、指摘することもないだろうと会話を続ける。
「そうニャよ〜。ニャチ以外はサポーターの人も獲得者の人もほとんど大人ニャから肩身が狭いんだニャー」
「あはは、同年代だって聞くと落ち着きますもんね」
「そうニャよ!前だって──」
《──ジジジ─警報警報─活動限界時間ガ近付イテイマス─10分以内ニphaseヲ切リ返エてクダサイ》
突如として鳴り響いたその音は会話の声を遮った。
その音の発信源は猫政の左手首、獲得者専用アイテム、ネクストブレスから発せられた音である。
「ニャー、時間切れが来ちゃったニャね」
「ぇ、なんですかこれ」
「んー時間制限ニャよー。移動中にphase3になってからそろそろ30分経つから警報がなったニャんね」
「け、警報?」
聞き覚えのない話に一葉は首を傾げる。
「知らないのニャ?人によって違うらしいニャけど、phase3状態には時間制限があるんだニャ。時間を過ぎて使おうとすると危険なんだってニャ」
「そ、そうなんですか」
(うん、聞いた事ない……)
一葉には伝えられていないが、獲得者の中では常識的な知識である。phase3とはモンスターとの融合状態。異形の怪物との融合には当然相応の危険が伴うものなのだ。
事実として獲得者の装着するネクストブレスとは、使用者のphase状態を安定させて長時間の融合を可能とする機能が備わっており、その上でphaseの移行は飽くまでも本人の自由意思によって引き起こされる。
ただ融合する為なら、ネクストブレスは必要ないのだ。
「昔はブレスが無かったせいで大変だったーって代表に聞いたことあるニャけど、イマイチ若者のニャチには分かんないけどニャー」
そうして猫政は「ニャハ〜〜」と背伸びをすると、一葉へそっと言葉を掛けた。
「じゃあまた今度会おうニャ一葉ちゃん。ニャチはこのモンスターの消滅を確認したら帰って寝るにゃから。一葉ちゃんも帰ってくれると嬉しいニャ」
「ぇ、今すぐ変身解除しないんですか?危ないんじゃ……」
「ィニャ〜この格好の後に普通の姿見られるの恥ずかしいんニャよー」
「ぇ……へ!?ぁ、そ、そ、そそうですね!」
目に見えて動揺した一葉は、その短い会話にも言葉を詰まらせた。危機的状況で遭遇したことで忘れていたが、猫政蓮華は凄まじく露出の高い格好をしていた。角度によっては彼女の人に見せられない部位が透けて見えてしまいそうなほどに、際どい衣装に包まれていたのだ。
ハッとその事を思い出した一葉は顔を赤面させ、猫政の身体から目を晒す。
「ニャッーハー!可愛い反応ニャねー!」
「か、からかったんですかー!?」
「いんにゃ、純粋に可愛いって思ったニャよー。にゃはっ!」
(か、からかってるじゃんッ!)
小馬鹿にするような笑いを見て、一葉はスッと身体を震えさせる。そしてその場に止まっている事さえ恥ずかしく思えて行った彼女はサッと立ち上がった。
「わ、私もう行きます。助けて下さりありがとうございました。で、では!」
「ニャッハー!やっぱり可愛いニャね〜」
去り際に聞こえた猫政の声にさらに顔を赤面させたが、その顔が見えぬようにと猫政の方を振り返らずに駆け出した。
そして一葉は帰って行く、親友と別れたあのカフェへと。
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猫政蓮華(16) 誕生日2月21日
身長166cm 体重◯6kg 血液型O
異形対策組織:SEED 獲得者
配属地域:中国地方 広島県 安喜田町
好きな食べ物:カステラ 好きな言葉:二人三脚




