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モンスタードラック ~災運少女は鬼を視る〜  作者: 麦茶革命
第一章 アカイ幸福・シロイ夢
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第一章閉幕 前半 平凡な救い

──鬼離山桃太は人間である。


 どれだけ超越した力を持っていても、彼も人間であることには変わらない。

 怒りも恨みも、不満も憤りもいくらでも沸いてくる。そんな、ただの高校生であることには変わりはない。

 そんな当たり前のことを、一葉は漸く理解した。


「…悪い、少し話し過ぎたな……」


「い、いや大丈夫だよ。聞いたのは私だし…)


(……当たり前といえば当たり前だけど……鬼離山くんも色々不満はあったんだなぁ)


 物珍しい一面を見て、一葉はそっと胸を撫で下ろす。そんな彼の言動に驚くと同時に、彼女の中でどこか安心する感情が芽生えていた。


 幸村一葉の想像よりも、彼はずっと彼らしい。


「…むしろ…なんだか安心したよ!」


「…は?」


「ぁ、悪口とかじゃないよぉ!?」


 貶した訳ではない。

 一葉は心の底から安堵していた。それで良かったと、深く息を吐き出した。


「…鬼離山くんもそれほど特別って訳じゃないんだなって……安心した!」


「……どうでもいいこというなよ…」


 淡々と言葉を返すと鬼離山は会話を再開させた。


「さっきの話をするぞ。なんで、俺がこの屑を助けたかって話をだ」


「あ、うん。色々と話遮っちゃってごめ──」


「──うるさい。そういうのいいから黙って聞いてろ」


(…なんかちょっと怒ってる……?)


 一葉との会話によるものなのか、鬼離山の返答は目に見えて荒々しい言葉が返ってきた。

 奇妙なほどに脈絡のない彼の怒りを、一葉も薄らも感じ取った。しかし、その原因は分からない。妙でこそあったが、一葉は黙って聞き取りに専念する。


「…面倒だ。一言で言えば……人助けの為だ」


「………イヤ、だからなんでぇ…?」


「…人助けだ」


「………」


「…?…人助──」


「──イヤ!?聞こえてるし!こんなよく分からないツッコミさせないでよぉ!!」


 鬼離山はきょとんとした顔で言葉を繰り返すが、言わせないとばかりに一葉は叫び声を上げた。


「…なんで…人助けをしたのって聞いてたんだよ…?私は……」


「…ぁあ、そうか……少し寝ぼけてたかもな」


(…寝ぼけてたっていうか……おじいちゃんみたいな反応してたよ?………実は天然?)


 唐突に、音ボケた老人のような言葉を鬼離山は言い放った。

 元より一葉の中で築かれていた鬼離山の人間性が静かに崩れていく、そんな音が聞こえてくるようだ。


(…やっぱりまだよく分かってないかもなぁ。鬼離山くんのこと)


 分からない。

 彼の人らしい()()を知って数秒、薄れ掛けていたそんな感情が、一葉の中で呼び起こされる。

 だが彼女の中に不満はなかった。

 それどころか、不自然に見えるほど自然に、一葉の顔からは笑みが浮かび上がる。


「…プッ!ハハハ!!」


「…?そんなに面白いこと言ったか? 俺」


 和やかな表情で笑う一葉とは反面、鬼離山は不満を浮かべる。それは正に理解が及ばない者を見る視線である。


「…えと、話していいか? いい加減、この後意外と時間がないんだよ」


「あ、ごめん!…また本題忘れところだった」


 何度目かの脱線の果てに、鬼離山桃太は語り出す。

 彼の中に()られた、救いの流儀を。




「……つまるところ…俺がコイツを救ったのは…俺が、()()心に従ったってだけなんだよ」


 心に従う、つまりは自らの思う通りに行動した。

 それが彼が御門を救った理由だ。深みなどない、それだけの理由だった。


「……この人に…死んで欲しくないから助けたってこと?」


「いいや…正直死ねばいいのにとも思ったよ」


「?じゃあなんで…わざわざ危険なやり方をしてまで助けようとしたの……?」


「死ねばいい」そんな悪感情を持ちながらも、鬼離山は迷わず御門を人間に戻す方法を実行した。死ねと救うは、明確に対極に置かれた言葉である。

 そんな矛盾した行動を取った理由が、一葉には分からなかった。


「…俺の流儀……まぁそう言って片付けるのは違うか。言葉にしなきゃ…分からないからな」


「……?」


 一葉の瞳を覗きながら、まるで彼女とは別の誰かへ語り掛けるように彼は呟く。そして改めてるように表情を変えて語り始めた。


「…人を救いたいって気持ちは…意外に誰の心にもあるものだ。俺にも…一葉(お前)にもな」


「…?う、うん」


「だが大抵、人間はどこかで妥協する。そうでなくても、相手によっては嫌いだから助けない、なんて様に考えて…誰かが死んで、寧ろ喜ぶなんてヤツも出てくる」


「………、ぅ…ん」


 当然と呼べば当然だ。

 ある程度差はあれど、人間の大半はほどほどの善意を持って生まれてくる。

 だがその本人自身や様々な環境とは、備わっていた善意を侵食して行き、善意とは対極的な悪意へと変化することもある。


 実に人間らしい心境と悪意だろう。


「……つまるところ、俺はそれが嫌いなんだ」


 鬼離山が今回、いや、()()()()も悪人と呼ぶべき人間を救っていた理由とは、それだけの事に過ぎない。


「…コイツはムカつくから助けない、アイツは悪人だから見捨てる……どうにしたってそれは人を殺しているのと変わらないだろ? まぁ極論なんだがな」


 助ける人間を選び、判断し、見捨てる。彼はただただ、そんな人間の()()を嫌っていた。


「だから俺は…そいつがどんな屑だろうと助ける気でいる。例えそいつがその後、重大な犯罪に手を染めるとか、人を襲って殺すとかをやりかねない極悪人だったとしてもだ」


「……鬼離山くんにとって、どれだけ嫌いな相手だったとしても……?」


「ぁあ、どう思ってようとそいつらを、俺が裁く権利なんてない。その後そいつがどうなるかは、組織や…国の警察に任せる」



(……ほんとに、凄いな)


 彼の言葉に、幸村一葉は春風に吹かれたような、優しげな衝撃を受けていた。

 同じ国、同じ地域、同じ学校、同じ歳。一葉と彼にはそれだけの共通点がありながら、まるで違う思考と性格を持って生きている。人間である前に、生き物であれば個体差などあって然るべきだ。


 だがそんなことさえ不思議に思えてしまうほど、一葉は彼の()()()に打ち震えていた。


(…優しい……とか、そんな次元じゃないじゃん)


 初めて彼と顔を合わせたその時に、一葉は自らの本能に従い、鬼離山を善人だと評価していた。しかし彼は既に、彼女の想像など超える存在である。


 彼女を震えさせたのは、備わった強大な能力のことではない。

 それは彼の心に宿っていた紛れもない()()()()()()、直視出来なくなるほどに眩しい、彼の持つ善意の心だ。


「やっぱり…ヒーローだよ。鬼離山くんは、私確信した!」


「…ただの仕事なわけだが…まぁそうだな」


「あれ?…ヒーローって言うのは否定しないんだね!もう完全に認めちゃったか!」


「……なんだ、妙なテンションだな」


 一葉の心にあったのは、ただただ純粋な、喜びの感情だった。

 彼女が望むようなヒーロー精神を持った人物が、これほど直近にいると確信が得られたのだから。


「ふふ!だって嬉しいんだもん!やっぱりそうだと思ったんだよ!やっぱりそうだよね〜だと思ったんだよね〜〜」


(…なんだ?酔っ払いかコイツ」


「…俺はお前がよく分からなくなってきたよ……」


 そんなやり取りの中で、一葉は満面の笑みを浮かべていた。ニマニマとした、からかうような笑み。

 鬼離山は呆れたように、酔った中年男性を見るような表情で眺めていたが、尚のこと彼女の笑みが崩れることはなかった。


 そこから数分間、それまであった緊張の糸を細切れにするように、一葉は小さな幸福の渦にに包まれるのだった。


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