第25話 鬼離山桃太という男
「…はぁ、はぁ、鬼離山くーーん!!」
幼い少女を避難所へ送った後、一葉は戦いの起きていた廃ビル付近へ舞い戻った。しかし現場に鬼離山の姿はなく、戦いの最中にあったはずの相手さえ見当たらない。
(…ぅぅ…多分戦いは終わったって…ことだよね?それなら連絡してくれたら良いのに…)
装備を介した通信が可能だと言うのに鬼離山からの連絡はない。
少なからず一葉も不満が溜まっているが、同時に彼の身を案じる不安も覚えていた。
(…負けちゃった……なんてことはないよね?)
考えても仕方のないことだ。
だが元来彼女は不安症、臆病で卑屈な女子高生である。心配をしないことなど出来はしない。
「はぁ、はぁ……ミカさんに連絡を…いや、やっぱり探そ……」
そんな独り言を呟いてしまう。
年端も行かない幼女を助ける。そんなヒーロー的行動をしたというのに、一葉の様子は怯えている。彼女は決して人を守れるヒーローではない。ただの一般人と変わらない風貌と態度を取っている。
彼女が鬼離山と合流を果たそうとしているのも、そんな心細い彼女の心情の現れによるものなのだ。
「はぁ…っ!!き、鬼離山くん!!」
『「…ぁ?あぁ…なんだお前か……」』
一葉がフラフラと名を呼んでいると、探していた青年の姿を視界に捉えた。同い年の高校生にして獲得者である、鬼離山桃太の姿だ。
「よ、よかったー。あの怪人さんを……てっ、えェェェェ!!!??」
一葉は彼の姿を捉えてすぐ、その驚愕的な服装の変化に声を上げた。
彼の侍のような装備と服装にだ。
「…ど、どうして!どうして急にお侍さんコスプレしたの!? 私すんごいアセ焦って来たのにぃ!!」
『「アセ焦ってってなんだよ…」』
一葉は驚くあまりに独特の言語を口にする。
しかし彼女が驚くのも無理はない。それほどに鬼離山の変化は受け入れ難いものがあるのだから。
『「phase3…ミカに教えられたんじゃなかったのか?」』
「い、いや…もっと怖い感じになるものだと…思って…………」
事前に説明こそ受けていたが、一葉はそれほどまで人に近しい姿だとは考えていなかった。
今しがた鬼離山の姿を確認するが、額に赫く輝くツノが生えている程度で、それ以外はありふれた鎧や和装を身に付けた王道を走るような侍の衣装である。
「…なんか普通にカッコイイお侍さんって感じだよ」
『「そうか、俺もそう思うよ…」』
(ま、まさかの同調!?)
予想外にも同調した鬼離山は、困惑する一葉に気付かない様子で言葉を続ける。
『「ツノと声が少し鬱陶しいが…侍というのは俺の流儀に合ってるからな」』
「流儀…?…そうだ。あの石っぽい怪人さんは……やっぱり殺し…ちゃったの…?」
『「アイツは……」』
数日前の講習にて、一葉はphase3に至った主の対処に関する説明を受けた。
組織に属する獲得者には、力の限りモンスターから一般市民の身を守る義務がある。しかしテラーモンスターとの融合を果たした人間は、一般人とは扱われない。
つまり、怪人としての討伐処理が許可されているのである。
(…つまり…き、鬼離山くんが……)
一葉は考える。
今こうして彼が戦いを終えているということは、御門結碁を殺してしまったということなのだと。
仕方のないことだと理解しつつ、その思考が浮かんだとたんに一葉の体は微かな震えを見せた。
しかし一葉が震える様子に気付いた鬼離山は、拍子抜けするほどあっさりとした口調で言葉にした。
『「…別に死んでないぞ、アイツは」』
「…っがぶぇ!!?」
思い掛け無い彼の返答に、一葉は奇天烈な叫び声を上げた。
『「ほら、そこの瓦礫の裏側を見てみろ」』
「…ぇっと……」
彼が指刺す方向に目を向けると、建物の瓦礫が転がっていた。そして言われるがままに、瓦礫の裏側へ覗き込むように顔を出す。するとそこには御門結碁の姿があり、気を失い、泡を吹いて寝転がっていることが分かった。
「ぇ!?ほんとうに…いる。というかこれって…」
御門は生きていた。
鬼離山の言葉の通り、殺されず、生きていたのだ。
そしてそれのみに止まらない。彼はモンスターと融合したことで異形の肉体へ進化を遂げていた。そうだと言うのに、瓦礫の裏にいる彼は至って平常、異形とは呼べない通常の人間の姿をしていた。
「ただの人間に…戻ってる?…これさっきの石の怪人と同じ人だよね!?」
『「…ぁあ、さっきの石屑野郎だ。だが安心しろ、コイツにはもう人以上の能力なんて備わっちゃいない。ただの人間だ」
(い、いや…そうじゃなくて)
鬼離山はさらりと言ってのけたが、一葉は素直に納得出来そうはない。
「…どうして元に戻ったの…?phase3って確か…」
『「…何故そんなに疑問に思う……ミカに説明されてたんじゃなかったのか?」』
疑問を投げ掛けた一葉だが、彼は彼女の言動に更に言葉を返すように疑問投げ掛けた。
「…えと、ミカさんは確か…細かなことはなしで、怪人になったらまず元には戻れないって……」
『「……そうか。いや、その考え方で間違ってはないか」』
気を落ち着かせるように、鬼離山は手首に取り付けていたネクストブレスを操作する。すると彼の身に純白の粒子が集まる。
《──Allbetter──》
ブレスからの機械音と共に鬼離山は瞬い輝きに包まれる。
そして白の粒子が光を失うと、彼は常体へと戻った。普段通りの、学生服姿の鬼離山だ。
「…うあ!…ぁ、そっか鬼離山くん。元に戻ったんだね」
「…あの状態は少し落ち着かない、話を遮って悪かったな」
元の姿へ戻った鬼離山は会話を再開させる。
「結論から言えば、怪人になった人間を元に戻すことは可能だ」
「うん。それはこうして見てるから納得するしか無いんだけど……それじゃあ何でミカさんは私にその事を教えてくれなかったんだろう?」
「……そもそも主がモンスターと融合するってのは、主とモンスターのシンクロ率が高まることで起きる現象だ」
「…し、シンク……?」
「……モンスターは人の心から生まれる。そして生まれてすぐの頃、主から流れ込んでくる感情を糧にして成長し、その感情を基本に生物としての形を模倣する」
「………か、カテ……モほす?…お、おけー」
頭の弱い一葉には難しい言葉が多かったが、なんとか話に意識を集中させる。
「そういった成長段階があるが、基本的にモンスターの成長はphase2までで終わる。だからそもそも怪人なんてものになるヤツは多くはない」
「……ぁー。Aランクのモンスターみたいに、かなり希少なケースなんだね。だからミカさんも説明しなくても良いって思ったのかー」
「……いや、ミカはそう思っちゃいないだろうな」
(え、違うの?)
鬼離山は少し話し辛そうな表情を浮かべて、彼女の言葉を訂正する。
「欲望が大きく、それに忠実な人間ほどphase3に至りやすい。……だからだろうな。そうなった人間を助けることはない、ミカはよく…そう言ってたな」
「…え」
(助けることはない……?)
一瞬理解が遅れたが、その言葉の意味を理解し、一葉は絶叫した。
「えぇ!!? 分離させないで殺しちゃうってこと!?」
「…別にミカも、悪人を見殺しにしたいなんて訳じゃない。アイツはただリアリストというか、何をやるにも優先順位をつけたがる。…それだけなんだ」
(優先順位…?)
ミカは決して悪人ではない。彼女はただリアリスト、詰まるところ現実主義な人間なのだ。
「…phase3の怪人を元に戻すのには、それなりに手間がかかるんだよ。」
「…具体的にはどんな……?」
「まず、モンスターと主のシンクロ率を緩めるところから始め、急所の部分を避けながら死ぬ寸前まで痛めつける必要がある。つまり戦闘中に余計な意識を割かれてしまう」
「俺は今回、この石男を元に戻す為に怒らせるなり、必要以上に痛めつけるなりしてシンクロ率を落としていったが……それと同じやり方が出来る奴は少ないだろうな」
(ぁ…そっか。冷静に考えたらそうだよね…)
ある程度の攻撃と防御を繰り返しながら思考を働かせる能力が必要。モンスターと融合した人間を正常に戻す為には、相応の実力が求められるのだ。
詰まるところ実力のない獲得者であれば、思考の隙を突かれやられてしまう可能性もある。相当の危険を伴う行為である。
「…怪人を元に戻そうとして……うっかり大ダメージを負うなんて獲得者もいる。だから獲得者にはphase3に至った人間を処理することが許可されているし……実際にほとんどが怪人のままに助からない」
「……そっか…うん。…そうだよね」
(やっぱり…現実はそうなんだよね…)
仕方がない。そうだよね。
納得したと言葉を返す一葉だが、その内心は明るくはなかった。どこか鬱蒼、どんよりとした重い空気に満ちている。
彼女の心は現実を打ち付けられたと、目に見えて静かになってしまっていた。
「…ミカさんが言わない訳だね。少なくとも私には…どうしようもないことだし……」
「…分かりやすく気が落ち込んだな。お前よく面倒くさいって言われないか?」
「…最近だと鬼離山くんに言われたよ……」
罵倒混じりの鬼離山の言葉に、呟くように一葉は返答したが、彼女の声色は枯れた花のように弱々しかった。
すっかり萎れてしまった一葉を見て、何を思ったのか、鬼離山は深くため息を吐いた後に一葉の肩に手を添えて言い放つ。
「…安心しろ。ヒーローって奴は…ちゃんといる」
「…ヒーロー?…」
ヒーロー。鬼離山の口から発せられたことには違和感さえ覚える言葉だ。彼の人物像から、彼の性格から、そんな言葉が使われるとは想像だにしなかった。
「…お前、そういう言い方が好きなんだろ?」
「…えと、あっ!最初に会った時のこと!?」
既に過去となったその日、彼と初めて対面したあの日に、一葉は鬼離山をヒーローと仮称した。すっかり消えかけていたその時の記憶が一葉の脳で再生された。
──本当に、ヒーローみたいだね!
──こんなのただの仕事だ…
「…ん、でもその時鬼離山くん、『ただの仕事だ』って……というか…今とどう関係して──」
「──なに、お前の定義だと、俺はヒーローらしいからな。そうでないにしても、いうほど世界は現実的でもない。事実、俺は今回この石屑野郎を助けてるわけだからな」
(…そ、そうだ。……ぇでも、それはそれで…)
彼は事実として怪人になっていた御門の命を救った。しかし善行である筈の鬼離山の行動も、直前の会話から続くと違和感を覚えるものがある。
彼は何故、御門を助ける道を選んだのか。
「私はよく分かんないけど…この人すごい嫌な人だったんだよね…?多分モンスターとか、そういうのは関係なく……」
不意に浮かんだ疑念だったが、一葉は問わずにはいられなかった。
「…どうして…この人を助けようって思ったの?」
「なんだ、さっきは怪人を助けない事に不満を漏らしてた癖に……意見は統一して欲しいものだな」
「………」
軽めのジョークにも思える鬼離山の言葉を、一葉は聞こえないとばかりに無反応を貫く。そうすることで、自らの重苦しい心情を理解させる為である。
彼女の神妙な態度を見て、彼は頭をポリポリと掻く仕草をする。
「因みに…なんでこの泡吹き男が嫌な奴だと?」
「…遠目で見てただけだけど…戦ってる時の鬼離山くん…凄い怖い顔してたから……」
「……ぁあ、言う通りだ。クソ野郎だよコイツは」
その一言からだ。詰まっていたものが吐き出されるように、鬼離山は軽快な口調で語り出す。それはそれまでの彼の人物像が覆ってしまうほど、激しい語り部だった
「…まぁお前は知らない話だから割愛するが、兎にも角にも、この石男は凄まじくクソな野郎だ。所謂、カリスマなんてものも無ければ、何か巨大な野望がある訳でもない。ただ自分の気に入らないものは無ければいい、ただ自分の思う通りになると嬉しい……そんな救いようのないチンピラだよコイツは。何か野望を持っているだとか、理想があるだとか、そんなものもないただのクソ人間だ」
「……思ってたより……思ってたんだね…」
畳み掛けるように解き放たれた鬼離山の内心に、一葉は押し潰されるように圧倒される。
それが彼の中での御門の印象、雪崩れ込むような悪印象の嵐だ。高低差の混じった圧倒的な言葉の嵐に、気付けば一葉は石片の散らばる道路上で、勢いあまりと尻餅をついてしまうのだった。
鬼離山桃太(16) 誕生日6月6日
身長178cm 体重68kg 血液型B型
化野川高校 2年1組 出席番号6番
所属部:なし 将来の夢:なし
好きな食べ物:りんご飴 好きな言葉:なし




