第24話 斬り裂く鬼はイシを断つ
──侍というものを知っているだろうか?
その原初は日本の9世紀頃にまで遡るが、その元々の役割とは護衛である。身分の高い人間に仕えて身辺警護をする人間を侍と呼んでいたのだ。
だが時代は流れ、争いが多くなった時代には戦争で戦う者を侍と呼ぶようになって行った。勿論現代では既に、その役割は衰退し必要とされらものでは無くなった。
だがいつの時代にも何かを護る為に戦う、強く恐ろしい力を持つ者は現れる。
鬼離山桃太とはそういう人間だったのだ。
『「ぁー。ァー……やっぱりダメか…どうやっても声が混ざる…」』
彼は侍の姿へ変身を遂げた。
顔立ちこそ普段と変わらぬ容姿をしているが、彼が元々着込んでいた衣服は赫い輝きに包まれると同時に変形を始め、純白の布をベースとした羽織りへと作り替えられた。
羽織りの隙間からは簡易的な武将の鎧のようなものが確認できる。赫く艶のある鎧は、それが偽りなしの本物の装備であると確信させる。
phase3へと進化した鬼離山は、何一つ偽りのない、本物の侍へと変身を遂げていたのだ。
「…な、なんだヨォ!テメェなんなんだヨォ!!」
鬼離山が変化を終えると、恐怖で身動きを取れなくなっていた御門が彼に怒声を飛ばした。
『「なにって…phase3…俺もお前と同じように、モンスターと融合したってだけだろ…?」』
「ぁあ!?…どこがドウおなじだってんダァ!!テキトウこいてんじゃねぇゾ!」
同種のphase3でありながら両者の姿は同様のものではない。一目見て邪悪な石の怪物となった御門に対して、鬼離山の変化は怪物とは言い表せない。
額に鬼を連想させる真っ赤なツノこそ生えているが、その全身はただの和装、異形と呼ぶには余りにも平凡な姿だ。
とても怪人とは呼べないだろう。
『「やったこと自体は同じだ…これだけ変化に差が出来るのは…はっきり言えばお前が弱いからだな……」
「な、ナメン……ぁ?」
御門は鬼離山のその急激な変化を目の当たりにしたことで、とある不可解な現象を見落としていた。
そして今、彼からの煽るような解答を耳にしたことをキッカケとしてその現象を確認する。
「て、テメェ!さっきのケガは……オレがコウセンをくらわせたトキのケガはドウしやがっタァ!!」
鬼離山は先程、御門の攻撃を受けて大きなダメージを負った。一目見てその激痛を理解出来るほどの悲惨な外傷をだ。
しかし現在の彼には、つけられた筈のその傷が見当たらない。それどころか、身に付けていた衣服も変化と同時に修復され、綺麗さっぱり万全の状態へ回復していたのだ。
『「もう一度いうが…何も不思議なことじゃない、お前と同じことだ。お前と同じように融合し…そして再生させた」』
彼は淡々と言い放つ。彼にとってはそれほどまでに単純なこと、ありふれた事象なのだ。
「モンスターとくっつくとサイセイするってのかヨォ!!」
『「…無駄口が多いな。いいからかかってきたらどうだ?さっきまでは話を遮るほどだっただろ?」
「ッ!?…だまレェ!!」
鬼離山の挑発に乗る形で、御門は右腕を振りかぶる。そして彼の額目掛けて、怒りをのせた打撃を仕掛けた。
しかし、拳が彼の身に届くことはなかった。
「…な、なんだコイツは……なんでェ!なんでオレのウデがうごかねぇンダァ!!?」
御門の拳は鬼離山のまた鼻の先まで近づいたが、彼の額へ触れる直前に、その動きは静止した。
それを認識した御門が、拳へ再度意識を集中させようとも、拳が動きを再開することはない。完全な停止状態へ陥った。
『「動かせない訳じゃない。ただ、進めないんだよ。お前の腕は…」』
「ッ!?…まさかコイツは…クウキの…かべか…!?」
御門は理解した。何もないかに思えた拳の先には、目に見えない空気の障壁があった。
つまり自らの腕が動きを止めたのではない。目に見えないその壁に、進行を遮られたにすぎなかったのだ。
『「ぁあ、さっきも見せただろ?風で身体を包み、障壁を作り出した。お前の腕が届かないのはそういう理由だ」』
「さっき…のだト……!?」
先程も自身へ向けられた、鬼離山の風の能力。それが彼の身を守っていた。
しかし御門は彼の言葉を理解出来ない。いや、納得出来ない、それが真実とは到底納得がいかなかった。
それに納得するには、この障壁は頑強すぎる。
──いくらなんでも強すぎる。
「ふ、ふざけんナァァ!なにがサッキとダ!これがさっきのとおなじだァァ!? ホラふいてんじゃねぇぞォ!!」
その障壁は強すぎる。
たった1度の接触で、御門自身に突破不可能だと悟らせてしまうほどに。
もし鬼離山の言葉の通り、先程見せた風の力の発展上にあるものだとすれば、自身に勝ち目などない、そんな確信が生まれてしまうほどにだ。
『「なんだ?まさかもう勝てないなんて考えたのか?だから嘘だ虚言だと……現実から目を背けているのか?」』
「ッ!……うるせぇ…うるせぇんダヨォ!!」
御門は鬼離山へ振り翳していた右腕を引き離し、距離を取った上で掌を突き出す。それは先程彼が光線を打ち出した際と同様の動作だった。
「…なんだかしらねぇがヨォォ…これならきかねぇわけねぇダロォォ!!」
光が現れる。
エネルギーが収束する。
御門は鬼離山の身を焦がした光線を再度打ち出そうとしていた。
『「…なるほど、光線は質量を持たない。風で障壁を作ろうとほとんど影響がないという訳か……頭の割には良い攻撃を思い付いたな?」』
攻撃を仕掛けられようとしていると言うのに、鬼離山は平然とした態度で分析する。
そんな彼の余裕に、蓄えられた御門の怒りは頂点に達した。
「…し、シニヤガレェェ!!」
先程と同様、いや、それほどまで以上の力が込められた光線を鬼離山へ向けて打ち出した。
だがその光線でさえ、彼の身体を傷付けることは出来ない。
『「玉・痣光」』
「ぁ…あ…アァァ!?」
打ち出された光線は、鬼離山の掛け声とともに現れたもう一方の光線により相殺された。
またしても、御門の攻撃が彼に届くことはなかった。
「…どぅいう……ことダァァ!!テメェ!!」
『「ぁあ…不思議だろ?光も本来は質量を持たない。光と光が対面すれば、こうして相殺することはなく、互いに干渉せずに素通りするはずなんだ。だが何故か現実ではこうして相殺される…モンスターの能力の未知だな」』
「……んなハナシしてんじゃねェェ!!テメェのそのコウセンはァ!!どういうことだっていってんダヨォ!!」
さも当たり前かのように、光線は相殺された。それは間違いなく、鬼離山の手によって起こされた事象だった。
『「どうもこうも……俺の能力だ。俺の能力の一部だ。だがお前はそれで納得は出来ないんだろ?ならお前に能力について教える理由はない。どのみちお前はここで倒すからな」』
「…………ノウリョク…だぁ?……ぁぁぁあ!!」
御門は叫んだ。悲痛なほどの叫びが辺りを包んだ。それは彼の感情を、およそ大半を埋め尽くした感情の流れを伝えてくる。
強大な力を目の当たりにした際の、圧倒的恐怖感情、彼の中で溢れていた怒りの感情のなど掻き消すようにそれは呑み込んでいく。
戦意など、既に薄れつつあるのだ。
そんな時、鬼離山の口から衝撃の言葉が放たれる。
『「ぁあ…そうだな…このままじゃ戦いにならないか。わかったよ…能力使わないでやる」』
「………ぁ!?」
『「聞こえないか?使わないでやるって言ったんだ。俺の能力をな。それくらいじゃなきゃ、お前じゃ勝負にならない」』
鬼離山は言い放った「能力を使わない」と。そうしたことで御門の思考は疑問で包まれる。しかし同時に喜びの念が浮かんだ。
鬼離山の表情や仕草から、それが嘘偽りのない本音であると悟ったからだ。何故かは分からないが、自身に勝ち筋が生まれた、その事実は彼の気分を高揚させる。
そして忘れかけていた、鬼離山への怒りを思い出す。
「…ヒィッ!ハッハッハッ!!つくづくナメテくれやがんナァテメェわヨォ!!ハンデマッチってやつカァ?わらっちまうナァ!!」
『「…ぁあそこまであからさまに乗ってくるとは思わなかったよ…しかしまぁ…なにも反撃しない訳じゃない。綺麗に…斬り裂いてやるつもりだよ」』
斬り裂く。御門は鬼離山のその言葉に引っ掛かりを覚える。
「…ぁ、んだと?」
御門の疑問に答えないままに、鬼離山は手首に取り付けられたネクストブレスを操作した。
《──Change on material──ROD》
ブレスからは発声の後に、光の粒子が溢れ出る。そして一瞬にして、純白の杖のようなものが出現した。
「…んだそりゃ……まさかそのボウキレでオレとやりやおうってノカ?」
「まさか…これはこうする為のものだ」
──ギィ──ビキビキッ─
鬼離山の手に握られた純白の枝は、不可思議な波動を伝えながら変化を起こす。
赫の粒子に包まれて、枝は形を形作る。
伸びて、尖れて、研ぎ澄まされて、鋭利な刃を形作る。持ち手は赫く、刀身は墨のような純黒、歪ながらに畏怖の籠められた形を作る。
その変化の結末は、経過を見た御門の目からも容易に予想のつくものだった。
「…か、カタナを……つくったってのか……テメェ!!」
「…ぁあ。それじゃあ、やろうか?」
赫き侍に生み出された、黒き刃。その刀身は怪人、御門結碁へ向けられた。
鬼離山は日本刀のような形の刃物を創り出した。
黒く禍々しい刀身だが、それは間違いなく日本に限らず世界で大きな知名度を誇る侍の武器。
その切れ味は地上最強と呼ばれるほどのものである。
常人が本物を目にすれば、確かな高揚感と同時に、その武器への恐怖心が湧き上がるだろう。
しかしその刀身を向けられた御門は、嘲笑うように言い放った。
「…ハッハッ!そんなヨォ…カタナなんてもんでヨォ…オレのコウゲキをどうトメようってんダァ!」
『「……」』
刀とは武器であり、常人なら危険だと危機感を持つだろう。だがそれは常人に限っての事柄、刀とは人を斬り裂く為の武器なのだ。
御門は既に、怪人と呼ばれるほどの異形となってしまっている。人間相手の武器が通用とするはずがないと余裕を見せているのだ。
「マァマァ…わざわざツクッてきやがったからヨォ……テメェはそうとうそいつをツカイなれてるっつうことダロォ?だがザンネンだなぁー。オレの体はヨォ。タブンてつよかカテェぜ?」
『「……」』
「ぁあ?…テメェなにもイイカえしてこねぇのか?」
口数の少ない鬼離山をみて御門が追求する。
「…ハッ!まさかテメェいまコトバをもうテッカイしちまうのカァ?…まぁわかんぜ?カテルキしねぇもんなァオレにヨォ!!」
御門はそんな言葉を吐いた。鬼離山が手札を縛ることで成立したはずだと言うのに、そんな彼の琴線に触れかねない罵声を浴びせた。
御門結碁とは、どこまでも軽薄で下劣な人間だった。
そして御門が言葉の醜悪を晒した後、鬼離山は彼の疑問への解答を述べた。
『「いや…お前の声聞き取りづらいんだよ」』
「………コロす」
呆気に取られるほど辛辣な鬼離山を見て、御門は巨大な殺意を湧き上がらせる。そして思うままに、感情の赴くままに、鬼離山の頭上へ拳を振り上げた。
しかしさも当然のように、御門の殺意が彼に届くことはなかった。
──ガガッ
「ぁ?」
金属の接続部が擦れあったような、鈍い高音が響き渡る。不可解な音が聞こえて尚、御門は鬼離山への攻撃を続けようとしたが、そんなことは成し得ない。
「…ぁ!?」
──既に、彼の右拳は存在しなかった。
それ以前にも存在していなかったと錯覚するほどに、御門の拳は跡形もなく消失していた。
「なんなんダァ!ナニしやがったんダァ!テメェ!!」
『「…お前そればっかりだな…何だとか、どうだとか」』
「ワケのわかんねぇのはテメェだろガァ!!
「…これを見れば分かるだろ。わざわざ聞くな」
鬼離山は左手に刀を握っていた。ただ握っていた。
「ざけんじゃネェゾ!!そのカタナがなんだったんダァ!!そいつでオレのガチガチのカラダをキリさいたとでもいいやがんのカァ!!そもそもイマテメェはァ!カタナなんざふるっちゃいなかったダロォガ!!!」
殺意を浮かべて攻撃を仕掛けた御門だったが、怒りの余りに理性を失っていた訳ではない。
鬼離山と御門の間合いは6mほど、御門は攻撃へ移る動作の中でも最速最短の動きを心掛け、鬼離山の行動も油断せずに観察していた。
少なくとも、御門の目には鬼離山が刀を振るう動作など映ってはいなかった。
『「…お前の目には……だろ?なんなら…もっとゆっくりやってやろうか?」』
「ざ、ざけんナァ!!」
御門は自らの能力を使用し、右拳に埋め合わせるように石の塊を生み出す。石は変形し、数秒で元通りの拳へ形どられた。
「なんだかシンネェけどヨォ!オレのカラダはとっくにイシになってんダァ!!コワされようとサイセイなんざわけないんダゼェ!!」
『「…本当にバカなんだな。お前」』
「なん──
『「なんで俺が能力を使わないと宣言したのかとか考えないのか?」』
言葉を遮られた御門は仄かな怒りを抱いたが、同時に、鬼離山の言葉に思考を吸い寄せられた。
「……んなもん。テメェがオレをナメてやがるってんだロォウガ!!どこまでも、ドコマデモヨォ!!」
『「…手を抜く、そんなことを言い出す人間の殆どはそうだろうが、実際のところ、とても勝負が成立するほどの力関係じゃないんだよ。俺とお前は……」』
鬼離山の言葉に反応を示さずに御門は拳を振り上げ、不意をつくように攻撃を仕掛けた。
しかしそんな攻撃さえ、彼の元へは届かない。振り上げると同時に、気付けば御門の拳は両断されてしまう。
それでも繰り返し、御門は両腕を振り翳して攻撃を仕掛ける。何度も何度でも拳を振り翳すが、その何度もの全ては、音もなく切り落とされてしまうのだ。
『「何かの間違いだと思いたいのか?何回やっても同じだ」』
「…ッ!?ウルセェェ!!」
やられてままではいられないとばかりに、御門は拳を再生しては攻撃を繰り返す。だが何度やろうと、結果が変わることはない。その拳のの全ては、鬼離山の手によって切り落とされた。
そんな事を繰り返していると、御門の体にも異常が現れる。
「…ッ!!ァァ!!ンダヨォ…なんでハエねぇんだヨォ!!」
御門の肉体の再生、それは決して永続的な力ではない。体の再生といってもそれは、ただ崩れ落ちた肉体に、新たな石塊を詰め合わせているに過ぎない。
つまり再生の為には、能力による物質の蓄えが必須なのだ。
『「思ったより早かったな……どうする?また建物や地面を吸収して石を蓄積させるか?」』
「…テメェ……」
どんなモンスターでも、怪人であっても、際限なく力を行使することは出来ない。幼い頃から戦いの場にいる鬼離山は、そのことを深く理解していた。
今回の御門についても、この例に漏れることはない。
『「どうする?」』
「ナメンジャ…ジャアネェゾォォ!!」
攻撃の全てを封殺されたというのに、御門の戦意は消え切らない。ふざけるな、ふざけるな、なめるな、なめるな、と譫言のように呟いた後に雄叫びを上げる。
「ぶつけてやんよ…オレのゼンブをヨォ!!!!」
叫びと共に周囲の建造物に振動が伝わる。そして倒壊してしまった廃ビルの石片や、目視出来ないほど細かく散らばっていた砂鉄が浮き上がり、彼の元へ集まって行く。
「タクワエヨォ!!バラさず、アタマもつかわずヨォ!!まるごとゼンブぶちこんでやんゼェェ!!」
御門の肉体から石は生成される。そして生み出されたそばから石は彼の肉体を覆うように接合される。生み出され、接合され、繰り返す内に御門の肉体は巨大な球体へと形を変えた。
その全高は約14mほどで、辺りの建物を押し潰してしまいそうなほどの巨体だ。
『「ハリボテだな……」』
「ツヨがってんじゃあネェゾォ!!いくらテメェでも、こんだけのシツリョウをぶったぎれるワケねぇだろうがヨォ!!」
石塊に包まれて声を籠らせながらも、御門高らかには言い放つ。
圧倒的な巨体で飛び掛かり、鬼離山の全身を押し潰す、それが御門の考え付いた最大の攻撃なのだ。
そして鬼離山の精神に揺さぶりを掛けるように、選択を迫るように、御門は最後の問いを投げかける。
「いますぐヨォ…ごめんなさいとでもアヤマルってんなら…カンベンしてやってもいんだゼェ?」
『「本当に…どこまでもバカなヤツだな…お前」』
答えはそれまでと変わらない罵倒。
返答を聞いた御門は奇怪な騒音を上げながら体を震えさせ、巨大な石の球体が宙へ浮かぶ。
「シネェェェェ!!!」
『「さっきも聞いたな……その言葉」』
浮き上がった石の球体は裕に鬼離山の体を押し潰せるほどの全高だ。このまま回避しなければ、彼の命は助からない。就寝中に天変地異に襲われた一般人と変わらない、無力な最後を迎えることになる。
しかし鬼離山に焦りの表情は浮かばない。浮かぶはずが無かった。
──鬼離山は既に、居合いの構えを終えている。
『「一箕……抜刀…」』
『「…桃源淘汰」』
──桃源淘汰。それは鬼離山桃太にとって必殺技とも呼べる攻撃の一つだ。
炎魂、風寄などなど、彼は攻撃の度に自らが命名した技の名を律儀にも叫んで戦っている。それらの技を通常の攻撃とするならば、桃源淘汰とは彼にとって、文字通りに相手の命を奪い、必ず仕留める為の必殺の技。
刀を抱えるような神妙な覇気の籠った居合いの構えから放たれる剣圧は、相対する全ての怪人を斬り払う。
──その居合いの速度は……マッハ6にも達する。
「ぁ……あぁ……ぁああ!!!!」
『「…どうした……事前に言ったはずだ。勝負になんてならないと…」
御門が彼の必殺を回避することなど出来ない。
10mを超えていた御門の全身のほとんどは消滅し、台風によって倒壊したビルのように粉々に荒らされてしまった。その様子はとても刀によって斬り払らわれたとは思えないが、その惨状は鬼離山桃太という、たった1人の人間によって起こされた事象である。
「…ぁ……ぁ…ぁ」
居合いを受けてなお、御門はなんとか意識を保っていた。
というより、鬼離山の意思で彼の生身を避けるように攻撃が繰り出されたという方が正しい。
「どうした…いい加減、無理だって分かったか?」
「…ぁ………ぁあ!!!」
鬼離山は御門を生かした。
明らかに、意識的に、意図した彼によって生かされた。
『「どうした…とうとう人間の言葉を話せなくなったか?」』
鬼離山の問い掛けは、御門に残されていた戦闘本能を一片残らず喪失させた。
もし鬼離山が容赦せずに攻撃を仕掛けていたのなら、御門の全身は跡形もなく消滅させられていた。 その事実が御門の体を静止させる。手も足も、視覚も聴覚も、呼吸さえままならないほどに彼の体は震え痺れる。
戦意など抱けるはずはない。
『「…それじゃあ……トドメにするか……」』
鬼離山は小さく呟く。
そしてこの一方的な戦いの決着を付ける為に妖しく輝く刀を握り、御門の眼前へと突き出すのだった。




