第23話後半 変身
「……ぐっ!!ぁぁ、ぁ、ハァ……はぁ」
「ハッハッハッ!!アたったナァ!カラダのハンブンくれぇまるごとヨォ!!」
鬼離山の半身は、御門の放った光線によって大きなダメージを負った。光の接触面の服は当然焼き剥がされ、皮膚は血で黒く滲んでいる。
光によって熱されたことが一目で分かる。悲痛な傷跡が出来上がっていた。
「こりゃイッショウあとがノコるくれぇのキズじゃねぇかナァ??さすがのオレのかわいそうにおもえてくんぜ!!」
御門は下卑た笑顔で、心にもない言葉を吐く。
「あんなガキセオッてなきゃヨォ!!いくらかカワセもしたんだろうナァ?オメェもバカだよなぁ!!」
御門は続けて、鬼離山の行動を貶す言葉を吐いた。馬鹿にするような言葉を吐いた。
そこに人間の姿はない。邪悪で下衆な、怪人の姿がある。
「オレァわかんねぇナァ…テメェはなんでガキなんかたすけたんだ?…タナカッつうオカッパとおなじなのかよぉ?」
何故助けた。勝ちを確信したように、御門はそんな質問を投げかけてくる。
「………」
彼の質問に、鬼離山が答えることはなかった。
大きなダメージこそ負ったが、身体が震えて動かない訳でも、意識が朦朧として言葉を発せない訳ではない。ただただ、御門の言葉へ耳を傾けないでいる。
ただただ、彼は倒れず立ち上がったまま見つめ返す。質問を投げかける御門を敵意の籠った瞳で睨み付けていた。
「…キレるとクチきかなくなるってタチかテメェ? そんじゃあよぉ〜!!もっとイテェもんくらわしてやるよぉ!!!!」
御門は攻撃を再開する。
それまでと同様に、自身の巨大な拳を振り下ろし、鬼離山の頭部へ向かって攻撃を仕掛けている。
御門には既に不安などなかった、恐怖などなかった。負けるはずがない、そう考えていた。
──だが、それは間違いだ。
「……殻・炎魂」
「ぁ?…ぁッ!?」
振り下ろされた拳を鬼離山は受け止めた。そして彼が触れた拳の接触面は、ジュワジュワと鍋に溜められた水が沸騰した時のような音を立て始めた。
「ぁァッ!?テメェなにしてやがんダァ!!」
身の危険を感じた御門は、受け止められたのとは反対の拳で鬼離山へ攻撃を仕掛けようとする。
しかし、それさえも失敗に終わることになる。御門の意識外から現れた鬼鎧が、攻撃へ移った彼の左腕を妨害するからだ。
『玉・風寄ッ!!』
「クソッ!んだヨォ!!どういうことだァ!!」
鬼鎧が巻き起こした突風によって、御門の左腕の攻撃は妨害された。いや、それだけではない。
突風による衝撃を受けた左腕からは無数の石屑がこぼれ落ちている。そうなるだけの衝撃が、その風には込められていたのだ。
「どうなってる…さっきはソイツをくっらても、コウゲキのキドウをそらされるテイドだったはずダァ!! ホノオのほうなんかまるでキカなかったはずだろぉガァァ!!」
鬼離山と鬼鎧はそれまでには有り得ない攻撃力を見せた。炎はまともなダメージを与えられず、風の攻撃も、御門の動きを逸らす為に使われていた。
純粋な攻撃は自分へは通らない。そう御門は高を括っていた。しかし、さも当然のように鬼離山はその前提を覆してしまった。
「なにをどぉぉしたらヨォ!!んなキュウにつよくなるってんだァァ!!」
「……もう…守る必要はないからな」
「……ぁ?……あ!?」
守る必要がない。鬼離山の言葉を聞いて御門は辺りを見渡す。
彼の目が捉えたのは鬼離山とその相棒である鬼鎧、そして自らが生み出した石人形が10体程度、目に見える範囲にはそれ以外の生き物は確認出来なかった。
あの幼女が姿を消していた。
「い、いつまにイナくなりやがった、あのガキィ!テメェにぶんなげられてすぐはそのヘンでねっころがってただろうがヨォ!!」
「そうだな…正直上手くいくとも思えてなかったよ。アイツの判断に任せるしか無かったからな……」
鬼離山は戦いの最中に考えていた。この逆光を退ける方法を、そして彼は掛けた。曖昧で頼りない上で不確か極まりないあの味方を、仕方がないとばかりに頼ることにしたのだ。
「あ、アイツダァ?」
「ぁあ、アイツだ。お前の知らない奴だ。アイツもお前なんて知らない。そして一生顔を合わせることはないだろうな……」
◯
「…うぁぁぁん!あたまイタイよぉーー!おにぃちゃんひどぃよ……」
鬼離山へ投げ飛ばされた時、建物の隙を伺っていた少女は幼女を背負って、被害の及ばない街の中心地へと移動した。
その少女とは勿論、現場へ駆け付けた幸村一葉だった。
「な、泣かないで……ぁ、アメちゃん食べる?」
「…ぅぐっ……たべる……」
親しい年下の後輩や兄弟もいない一葉には、子供の宥め方など分からない。なのでふと思い付いたように飴玉を少女へ手渡した。
だが今現在、そんなことは重要ではないだろう。
(…鬼離山くん…)
一葉は鬼離山が幼女を背負い回避に徹していた時には現場へ到着していた。
しかし現場へ着いてから数分の間、彼女は両手で口を塞ぎ震え動かなかった。動く事が出来なかった。表に出て何かをなせる力など、自分は持ち合わせていない。そう理解していたからだ。
しかし結果的に、彼女が黙って潜伏を続けていた事が良い方向へと作用した。一葉の存在を感じ取っていた鬼離山は、御門が光線を放った瞬間に彼女の隠れる方角へ幼女を投げ飛ばすことが出来た。
そして御門の光線を敢えて身体で受けることで、鬼離山は御門の意識を自らに集中させる。そうして一葉が幼女避難する為の隙を作り出したのだ。
勿論、鬼離山が意図して光線を受けたことは彼自身しか知らない事である。
(隙を見て助けられたけど…これからどうしよう……子供は逃がせそうだけど鬼離山くんは大怪我しちゃったみたいだし……)
このままではまずい。どうにか彼の手助けをしなくてはと、一葉はその為に頭を回したがとても良い案など浮かばない。
《──「幸村……ぃ……は!」─》
「わぁッ!?」
一葉が頭を悩ませていた時、彼女の手首に取り着けられた装置が鳴り出した。そして装置からは聞き覚えのある、彼女の声が聞こえてきた。
組織の構成員、ミカだ。
《「やっと繋がりました……貴方今どこにいるんです。貴方は桃太と連絡が取れてますか?」》
「わ、私もですよ!さっきから何回繋げようとしても通信出来なくて…ぁいや、私は今、モンスターが出た現場から200mくらいの場所にいます!!」
漸くミカとの連絡が取れたことで余分な言葉を並べそうになるが、今は緊急時、一葉は兎にも角にも現状を伝えることにする。
「鬼離山くんは倒壊したビルの傍でモンスター…phase3の怪人と戦ってます!それに大怪我で…あれじゃ勝てそうにないかもって…私思います」
《「……一般市民が巻き込まれてしまったようですね。そして貴方は今その子供を連れていると言ったところですか?」》
(さ、察し良すぎ……)
僅かな説明で、ミカは細かな現状までを理解した。そしてであるならと、彼女は一葉へそれからの行動を指示する。
《「既にここら一帯には緊急避難警報が出ています。貴方はそのまま子供を連れて街の市役所辺りまで避難して下さい。私は細かな対処へあたります」
「ぇ!?ぃや、鬼離山くんを早く!誰か他の獲得者を呼んだりして助けて上げて下さい!あの怪我じゃ──
《「──必要ありませんよ、幸村一葉」》
必要ない。幸村一葉が抱えた不安をミカは一括するように口にした。
だがそう言われても尚、一葉の中で不安は消え去ることはなかった。しかしそれは、ミカも同様だ。
「い、いくら鬼離山くんが強いからって、なんの助けも要らないなんてことはないんじゃ…」
《「…勿論、どんな状況でも負けない超人なんて、この組織にもいませんよ。ですが…桃太は間違いなく……強い。強い力を持った獲得者なんです」》
(な、何を根拠に……)
鬼離山を心配し、不安がる一葉とは対照的に、ミカの言葉に不安など籠っていなかった。
巨大な大樹に支えられているかのような、落ち着いた声色で彼女は話をしている。その安心の意味が一葉には分からない。
「鬼離山くんが…心配じゃないんですか……?」
《「…私はただ、桃太がどれだけの人間なのか知っている……それだけです」》
ただミカは知っていた。
鬼離山桃太という人間を。そして彼が手に入れてしまった、異次元の力を。
《「本当に…心配など入りません」》
それは油断や奢り、過剰な信頼による盲目的思考ではない。
《「桃太は凄いんですよ…天気どうも無愛想なのは、ご愛嬌ですがね……」
一葉からはミカの表情を見ることが出来ない。
声のみの通信音声だと言うのに、そう呟く彼女はどこか誇らしげで、どこか笑っているように思えた。
◯
場面は倒壊したビルの傍へ戻る。
鬼離山が幼女を逃す為に画策していたことを理解した御門は、理解し難い異様な怒りを見せていた。
「…はなっからあのガキをニガすってウゴキをしてたわけか……どこまでいってもナメテやがんのナァテメェ……」
「…お前は最初、力比べがしたいと言ったと記憶してるが?」
戦況が変わる度、御門は自らにとって都合の良い状況となる度に、態度を切り替えた。始めは幼女が戦いに紛れ込み苦言を吐露することさえあったというのに、今は幼女がいなくなったことで無性に腹を立てている。
どこか理解し難い、歪な精神状態と言わざるを得ない。
「ウルセェなぁ…オレァヨォ!なにも真剣勝負なんざキョウミねぇんだよ!!」
「…どういうことだ?」
「そんまんまのイミだろぉ?オレァただナァ……オレが優位だっつうことをミセツけられりゃぁいいんだヨォ!!!」
つまり、御門に真剣勝負を望む感情など始まりからして存在していなかったのだ。彼には相手と力比べをしたい気持ちも他人を深く陥れたいという気持ちさえなかったのだ。
彼が今回こうして力を振るったのは、
ただ自らの力を固辞してたかった。
ただ自らの優位性を示したかった。
そんな浅ましくも醜い、邪悪な心が招いたものに過ぎない。
御門結碁とはただそれだけの、大義なき邪悪な人間に過ぎなかったのだ。
(…そうか……もう…分かったよ……)
その事実を、鬼離山桃太は今になって理解した。
そして、決断した。この眼前の怪人を、始末する決断を。
「いや、コイツみたいなのは…やり易くていいか…こんな決断なんて気分になるほどでもないな…」
「ぁあ!?ナニいってんだテメェ」
「いや、なんだ……ちょっとした感謝を言っておくよ…お前に…」
「よけいにイミがわからねぇナァ!!なにがいいてぇんだテメェ!!」
鬼離山は唐突に感謝と口にする。それには当然御門も理解の出来ない感情に駆られたが、御門に耳を傾けないまま彼は言葉を続ける。
「俺は普段、お前みたいな怪物を、何体も倒すって暮らしを続けてる…まだまだ無知だった8歳程度の時からな」
「そうしてると思うんだよ。こんなの何を目的に続けるんだってな……まぁ結局は思い直して続けるんだが、まともな意思を持たないモンスターを仕留めるってのは害獣駆除みたいなもので…やってると妙な虚無感みたいなものに襲われる。」
「この組織だと、そういう奴は結構多い。それで組織を抜けようとする奴もいるから困ると、俺の姉みたいな立場の奴も度々言ってるよ……」
「ナニガいいてぇんだテメェは!!」
淡々と話す鬼離山に痺れを切らし、御門は拳を振り上げた。しかし鬼離山はその拳を、あろうことか右の拳で打ち返した。
結果、巨大な石腕と押し合った鬼離山の腕はあらぬ方向へ折れ曲がり、悲惨な状態へ変化した。
「ハッハッ!!いつまでもダラダラしやがってヨォ!!だからこうなん──
「──構わない。腕一本くらいくれてやるよ…」
「……イかれたのか、テメェ……」
「大したものじゃない……俺はこれから…お前の命ごと取ろうとしている訳だからな。その分をやる……」
「て、テメェ!!どこまでもオレを……はぁ?」
狂気さえ感じさせる鬼離山の行動に御門は恐怖を覚えたが、彼の視線にはそれと同時にもう一つの異常が現れた。
たった今、へし折られたハズの鬼離山の右腕が、ひとりでに元の形へと再生していったのだ。
「そうだな、さっきの言葉を漸くするとだな……」
鬼離山は語り出したが、御門がそれを再度中断させることはなかった。異様な彼の振る舞いに恐怖で口出しすることが出来なかったのだろう。
そして鬼離山は一言、御門の恐怖を煽る、異常の言葉を言い放った。
「お前みたいなのは、倒しやすいくて良いってことだよ」
「……な、な、……な、……ナメんじゃ…」
御門は言葉を失う。
力ではない、鬼離山から放たれる底知れない殺意に、彼の精神は押し殺されそうになったのだ。
対話の終わりを合図として、彼らは戦闘を開始するかに思われた。しかし結果的に御門は戦意の大半を、戦闘直前に掻き消されることになった。
だが、そこで鬼離山の行動は完結しない。
彼は御門の戦意にトドメを刺すかのように、とある行動を実行した。
「…鬼鎧、久しぶりになるが、ヘマはするなよ」
『オッ!!マジィ!?久しぶりにやるのかよ!イイなぁ!気分爽快ってもんだな!!」
『「執行」』
《──起動コード認識─起動コード認識》
彼と鬼鎧が声を揃えて呟くと、彼の左手首へ装備されたネクストブレスが反応を示す。
《──Nowloading─phase2》
「な、なんだソレぁ!!なにしてやがんだテメェらァ!!」
言葉を取り戻した御門が叫びを上げたが、その言葉が彼等の行動を阻止することは出来なかった。
《──Next to─beast──standby》
流れ出すアナウンスのような音に従うまま、鬼離山はそのまま手首のブレスのスイッチを押して、
「討伐…開始」
そう言葉にした。
《──STAND LUCK─》
言葉に返答するかのように、鬼離山桃太と鬼鎧に著しい変化が起こった。鬼離山のブレスからは赫く激しい光が発せられ、鬼鎧は光の粒子のようになってブレスへ吸い寄せられる。
鬼鎧の姿が完全に光となった頃に、鬼離山の全身はそれまた赫い輝きに包まれた。
──その現象は彼と鬼鎧の融合である。
それは御門と同じphase3へと変化するための行動だった。しかし彼等からは御門の放つ邪悪な気配は感じられない。
それはつまり彼等が怪人でない、別の何かへと変化しようとしていることを意味する。
そこに明確な呼び名はないが、ここにはいない、幸村一葉のセンスで語るのならそれは、ヒーローである。
《──Bring out the power─移行完了──鬼鎧phase3確認シマシタ》
それはモンスターの力、人の心から生まれた編むべき力。しかしその力は善意を持って邪悪を殺す。
『「悪鬼統一…鬼鎧 改」』
そこにあったのは、下衆な怪人を打ち倒すヒーローの姿。
──赫き輝きを纏った、侍の姿だ。




