第22話 怪人
戦いとは無関係の子供が争いの場に巻き込まれる。この世のありとあらゆる物語で聞き覚えのある、とてもありふれた光景だ。
物語では否応なく訪れるその危機に直面してしまったことで、鬼離山桃太は言葉に出来ないほどの鬱蒼とした気に包まれていた。
(こうなった以上……やるしかないか…」
「ぁ!?んだよ関係ねぇガキじゃねぇかァ!気分高まってたってのによぉー……んお?もしかしてこれチャンスなのか?」
「ぇと、お兄ちゃん達何してるの?……プロレスごっこ?」
子供は状況が呑み込めていなかった。おそらく幼子によくある興味本位で、爆音の轟くほうへ近付いてしまったのだろう。力を持たない幼女には御門と鬼離山が何をしているのかも理解出来るわけがなかった。
そして御門はというと、高揚する気分に水を刺されたと舌打ちをしたのちに、その状況によって舞い降りた好奇を、ゆっくりと理解した。
「コイツァいいな、そうだよこのガキ狙えばいいんじゃあねぇか!!テメェはヒーロー気取ってるお優しい善人様だもんなァ!何も知らねぇ子供を見捨てたりしねぇもんな!!」
叫ぶと共に、御門はゴーレムを幼女にけしかける。それに反応した鬼離山はゴーレムの正面へ割り込み、手をかざして呟いた。
「風寄」
──呟きの瞬間、彼の手元から突風のような強い圧力が生まれた。その圧力に当たったことでだろう。まるで見えない大砲に押し出されたように、ゴーレムは後方へ吹き飛んだ。
その際怪物は背後にあった電灯へ衝突し、その電灯はへし折れられた。
「ぇ!きゅ、急に電灯が倒れて来たよ!?お兄ちゃん達何かした?」
「…おい子供、ここら辺は欠陥工事が多いんだ。危ない目に会いたくなければ逃げろ……」
鬼離山はここから離れるよう促すが、幼女は尻もちをついたまま立ち上がろうとしない。
いや、出来ないような素振りを見せていた。
「ぇ、ぁ…」
「…ん、どうした」
「び、ビックリして足を挫いちゃった…お兄ちゃんおんぶしてくれない…?」
(……最悪だな)
幼女は身動きが取れなくなった。
つまり見知らぬ幼女を巻き込んだまま戦わなければならなくなったのだ。
下衆な性格の御門なら、何度でも危害を咥えようとするだろう。その屑から幼女を守らなくてはならなくなったのだ。
最悪だ、そんな思考を巡らせる内にも御門は鬼離山へ敵意を向け続けている。
「ファー……またかよ、テメェの能力さっきの炎じゃねぇのかヨ!!つくづく舐めたやろうだな!!」
「別にそれだけとは言ってない…」
「しっかし残念だったナァ!そんなガキがいたらオメェはろくに、本気なんて出せてねぇよなぁ!!」
御門も現状を既に理解している。
こうして向かい合っているだけでも、鬼離山は幼女から離れられない。隙など見せれば、この屑は十中八九幼女へ攻撃を始めるだろう。
鬼離山桃太は今、身動きが取れないのだ。
『オイオイ桃太。結構やばくねぇか?一旦この娘背負ってトンズラこくか?」
「…ダメだ…今コイツから目を離したら……何をしでかすか分からない。鬼鎧、お前あのゴーレムを早く片付けろ。それしか勝ちはない」
『ンァー…まぁそうなるカァ。んじゃまぁ周りの建物とか壊すかもとだけ言っとくぜ!!』
鬼鎧は荒々しい咆哮と共に、巨大なゴーレムへと飛び掛かる。
『玉・風寄ォォ!!』
先程鬼離山が見せたものと同種の攻撃が鬼鎧によって放たれる。しかしゴーレムは攻撃を予期していたように、巻き起こされた突風を避けてしまった。
「言葉も話さねぇ無生物型かと思ったが…知能はあるみたいだな」
そうして彼らの戦いが再開された時、鬼離山桃太が手首に取り付けていた装備アイテム、ネクストブレスから着信があった。
《「桃太、聞こえますか桃太!すぐ確認させて下さい、今貴方はモンスターと戦っているのですか!?》
装備のスピーカーからの聞こえて来たのは、組織のオペレーター、ミカの声だ。
「ミカ丁度良い時にかけてくれたな、今すぐトリカメを何体か呼び出してくれ。頼む」
これだけの規模の戦いになった以上、一般人の記憶を消去するトリカメは必要不可欠だ。
《「肯定と捉えます…既にトリカメを貴方のいる座標へ向かわせています。それと敵モンスターのランクはなんですか?」》
「Bだ。だがまず問題はない。ただそれなりだ、建造物に気を使っていられるほどの余裕はないからな、周囲に避難警報でも出して、ここに人を近づけないようにだ」
《「分かりました。では桃太、今か──ぁ」》
「…どうしたミカ」
突如ノイズのような音が響き、ブレスから出ていたミカの声が聞こえなくなる。疑念こそ浮かんだが、鬼離山は思考を切り替える。
そして彼が平然と連絡を続けていた間にも鬼鎧とゴーレムは戦いを続けていて、御門は呑気に思える連絡を取る鬼離山を見て、人知れず怒りを湧き上がらせていた、
「テメェ…その腕時計みてぇなので電話でもしてやがんのか……オレは片手間でも余裕だってのかァ!!!」
御門は拳を振りかぶったが、鬼離山は幼女を背負い上げ、御門との距離を離す。
「お前じゃ戦いにならない……結局お前は獲得者では無いからな」
「ワケわかんねぇことイッてんじゃねぇぞ!!」
再度御門は拳を振りかぶる、しかし結果は変わらず、容易に距離を離されてしまった。そこから何度も、何度も攻撃を仕掛けるが、御門の拳が彼の身体に触れることはなかった。
「何もお前だけの話じゃない……お前から生まれたあのモンスターだってそうだ」
そうだと言うと鬼離山は自身から見て右前方、御門から見て左後方を指差す。
そこは鬼鎧と石のゴーレムが戦いを繰り広げている辺りだ。
「…んぁな、ドウナッてんだよコイツァ!?」
「見て分かるだろ?あとほんの少しで…決着が着くってことだよ」
そこにあったのは全身に亀裂の入り、両腕を砕かれ、戦意を失ったゴーレムの姿だ。戦闘開始から1分程度だったが、既にそれほどの攻防が起こった。
しかしそれに対して鬼鎧は身体に些細な擦り傷がついた程度で、ダメージと言える負傷を負っていない。
その結果は両者にどれだけの力の差があったかを露呈させた。
『ふぃー、終わったぜ桃太!期待したよりは強くなかったなコイツ」
「無駄口叩くな、まだ倒しきっちゃいないだろ。油断をするな」
『ヘイヘイッ』
「な、な、なんでだよ!俺は、オレは……」
鬼離山桃太とそのモンスター鬼鎧には、まるで緊張が感じられない。とても危機に面している人間の態度をしていないのだ。
それも当然、彼等にとって今は危機とは言い難い。危険というには容易い戦いだったのだ。
その事実を御門はそっと理解する。
「ナメてんじゃ…ねぇぞ!ワカッてねぇのか!まだオレァピンピンしてんダゼ!!タタカイってのはまだこれからなん──」
「──いや、もう終わりにするぞ」
「ごぉッ!?」
苦し紛れの啖呵を切る御門の言葉を遮るように、鬼離山は彼の腹部を蹴り上げた。御門は苦痛な声を上げて地を転がった。超人の蹴りの威力は計り知れない、その一撃のみで御門は呼吸さえままならないほどのダメージを負った。
「これでお前は戦闘不能だ。黙って終わるのを見てろ」
「ふ、ぁがぁ……ォェ、ゴホォ……」
戦闘不能。文字通りに御門は戦う力を奪われた。
ゴーレムも既に瀕死の重症を負っている、争うすべなどない。
「ぅぉ…やめ……ろぉ、ざぁ…ん、ゃょ」
そしてこれで戦いは終わる。余りにも一方的で、どちらが世間にとって悪であるかも分からなくなっていたその戦いは、そうして幕を閉じる─────
──ことはなかった。
◯
「もしもーし!ミカさん出てよぉー!」
視点は幸村一葉へと移る。
建物が倒壊する爆音をモンスターによる被害だと察知した彼女は、既に廃ビルのある建物から400m程度の地点へ近付いていた。
そして今は現状を把握する為にと、近辺の建物の木陰で、アシストブレスを通したミカへの連絡を試みていた。
「連絡取れないなぁ……電波が悪い時とかあるのかな?こんなにハイテクしてる装備なのになぁ…」
理由は不明だが、通信が繋がらないなら仕方がない。
一葉は休めていた足を再び動かして目的の方角へと歩み始めようとした。
──ようとした。
つまり、実際には歩み出さなかった。
彼女の歩み出しをある現象が遮ったのだ。
「な、な…にあれ…!?」
一葉の眼前には異常な光景が広がっていた。
──ジュッアァァァ…ザゾザッ!
それは砂が風に吹き飛ばされる様子だ。
いや、ただそれだけなら、ただ近辺の砂場から風に乗って来たというだけだろう。
しかしそれだけとは言えない、そうとは説明出来ないほどの量が、周囲の空を埋め尽くすほどの砂が宙を泳ぐように飛んでいたのだ。
(ちょっと、黒っぽい…これってもしかして砂鉄?)
砂鉄。
それは川辺や浜辺などにある、砂状の磁鉄鉱だ。小学校の理科の実験などで取り扱われることもある、磁石へ吸い寄せられる砂だ。
そして空中を舞う砂鉄は全て、ある一定の方向へ向かって進んでいる。
(砂鉄ってことは…もしかして磁石みたいに、何かに吸い寄せられてる…?)
砂鉄が向かう方向は丁度一葉が目的としていた方角、倒壊音が鳴り響いたその建物の方角だ。
モンスターが原因の可能性が高い以上、一葉はその仮説が正しいのだと理解する。
(鬼離山くんはもう現場に着いてるのかな?私も行かなきゃだ)
危機感を覚えた一葉はそれまで以上に急ぎ、目的地へと向かう。
──距離は僅か600m、現場の地点で辿り着くのにはそれほど時間はかからない。
約2分後、幸村一葉は戦いの現場へ合流した。
(ぁ、あれだ!…てぇ!?)
現場に辿り着いた。そしてすぐ、彼女の目には理解の及ばない事象が映り込んだ。
「ヒヒッ!ギリヒヒヒィィァァァ!!!」
それは御門結碁の叫びだった。
彼はとても正気とは思えない、精神が正常でないとすぐに理解できるほどの異常な奇声を上げていた。
だがその場面において、延いては一葉にとって、彼の奇声など些細なことに過ぎない。それよりも、それさえも薄れてしまうほどの異常が、そこにはある。
「人間……いゃ、人間じゃない……?」
御門結碁は人間では無くなっていた。
少なくとも一葉の目には、彼の姿が人間には映らなかった。
彼は人間とは思えないほどの、異形の姿に変化していたのだ。
皮膚は灰色に変色していて、右腕は身体全体と比べて見ると大きく歪な形へと肥大化してる。体の節々からは鉱物のような石が生え、頭部の半分以上は錆びた鉄の塊のようなものに覆われている。
しかし彼はそれでも、人間の形を崩してはいない。それがより一層不気味な印象を加速させる。
「イやぁ、いいもんだなコイツァよぉ!!てっきりオワッちまったとオモッたらこんな具合にパワーアップしちまうとはヨォ〜」
(パワーアップ…?ぁあ!?)
パワーアップしたという御門の言葉を聞き、一葉は数週間前構成員ミカに、モンスターの知識を教えられた時の言葉を思い出す。
『機会はほとんどないでしょうが、phase3についても解説して起きます』
『phase3とは、phase2を超えた、モンスターの進化段階です。1と2とは比べ物にならない一線を隠した力が引き出されるのは勿論、その最大の特徴は……』
(phase3だ……ミカさんが教えてくれた通りだもん…これってつまり)
モンスターの進化段階は、幼体であるphase1から始まり、基本的には成体であるphase2まででその成長は停止する。
しかし主とモンスターのシンクロが強く、それでいて主が過度なストレスと強い欲望を秘めていた時、それ以上の進化は起こり得る。
──それはテラーモンスターと主の融合。
phase3、それに至った時、主とモンスターは融合を果たし、異形の生命へと進化を果たす。
その姿はまさに、人ならざる者。
異形の身体は精神を蝕む物。
それつまり人間でない。
──欲望のままに力を振るう、怪人となるのだ。
◯専門用語まとめ その1
◇ テラーモンスター 人の心から生まれる人ならざる怪物。発生した主の持つ欲望によって生態が異なり、固有の姿と固有の能力を持っている。
因みに物語上でも文章上でも基本的にモンスターと省略して呼ばれる。
◇獲得者 発生したモンスターの力を自らの意思で支配下におき操れる超人達の呼び名。そのほぼ全ては組織に所属している。
◇ 異形対策救命組織【SEED】 モンスターを退治し、日々解析を続ける秘密組織。
◇ アシストブレス 獲得者を除くSEEDの構成員全てに着用を義務付けられた装備アイテム。
以下の通り、大きく分けて4つの機能が備わっている。
モンスターの眼をくらまし逃げるためのフラッシュ機能。
発生したモンスターの能力を解析して数値化するスキャン機能。
組織の支部や構成員との連絡、モンスター発生時の警報などを受信する為の通信機能。
無力な構成員が弱いモンスターを仕留める為のショクガン機能。




