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モンスタードラック ~災運少女は鬼を視る〜  作者: 麦茶革命
第一章 アカイ幸福・シロイ夢
31/68

第20話 凄いお前と屑の敵

「……というわけで頼む」


 鬼離山桃太は職員室へ現れる30分ほど前に、一葉と兎崎の元に現れ「田中実の件の真偽についてどう思っているかをクラス全体から聞いて回って欲しい」と、頼み込んでいた。

 

「…理由は分かったんだけど……それって本当に上手くいくの…?」


 彼から経緯と理由を伝えられた一葉は納得と同時に、上手く行くのかと不安に感じる。その隣で話を聞いていた兎崎も同様だ。


「うんウン、ユッキーの言うとーりだよ鬼離山くん。それでモシ、皆から意見を集められても田中くンに掛かった疑惑が晴らせるとも限らないじゃナイ。むしろ利根川先生を余計に怒らせル、なんてことあり得るんじゃナイ?」


 賛同するように真っ当な意見を兎崎は語る。

 仮に田中がそれほどの信用を集められたとしても、それが事態を解決へ導くとは限らない。最悪の場合は、利根川の怒りを買うことになる。


「分かった上だ、安心しろ。それにお前らが協力したってことを利根川や他の教員に伝えるようなことはしない。飽くまでも俺と田中で策を立てたって風を装う」


「い、いやそうじゃなくて…そもそもクラスのみんなが田中くんがカンニングをしてるって思い込んでたらなんのプラスにもならないかもしれ──」


「──問題ない、それは絶対にない」


(し、信用が凄い……)


「悪いが時間に余裕が無いんだ。あと20分もすれば田中は職員室に入る。引き受けるどうか、頼む側としてはなんだが、早く答えてくれ……」


 無愛想で無表情な顔の鬼離山だが、彼女達に頼み込む様は表情が動かないながらも焦りが感じられる。

 彼は頭を下げて必死の構えで頼み込んでいた。


(…モンスターとか…関係なくてもこうなんだね鬼離山くん)


 モンスターなどの異形が関わる、特異な状況でないにも関わらず鬼離山は人を助ける。

 それが生まれついての性格なのか、一葉には知り得ないことだが、その事実はどこか彼女の心に響き渡った。


「分かったよ鬼離山くん。私たちに任せて」


「助かる、俺は別にやることがあるからな、手が欲しかったんだ」


 一葉が了承したことを確認すると、鬼離山はそそくさと教室を立ち去った。彼がいなくなってすぐ、一葉の背後の兎崎はニマニマとした表情で彼女の肩を叩いた。


「ウン!いいないいね。なんか青春してるジャンユッキー!!」


「せ、青春ッ!?」


「臆病を拗らせてるユッキーが()()()()、なんて言うんだモン! これは流石に言い逃れ出来ませンナー!やっぱりそういう仲なんでしょ?」


(…あ、頭ピンク過ぎるよ香織)


 兎崎は何かにつけて色恋の話へ結び付ける性格をしている。今回についてはそれなりに真面目な状況にあると言うのに、彼女の性質が静まることはないようだ。

 一葉は心の内でため息を吐きながらも、鬼離山からの頼みを果すため、行動に移った。



     ◯



──────────




──え、田中のカンニングの話?多分デマだと思うなぁ。あいつすごい真面目なんだよ。前にちょっと勉強教えて貰ったりしたし。


──田中くんは何かの誤解なんじゃないかな?そんな悪いことするようには思えないし…


──田中?……いいやつだぜアイツ。


──この前落とした財布届けてくれたんだよねー。


──あたしは利根川が何かしたんじゃないかって思ってるよ。顔からしても悪役はあっちって思うじゃん?


──チビでオカッパでよく知らねぇけど、そんなセコイヤツには見えねぇなぁ。


──あいつ俺と同じ陸上部なんだけどさぁ。体力なくてすぐ貧血起こすのに毎日ちゃんと来てんだよな。ああいうバカ真面目なのは嫌いになれないよ。


─────────


「なんだ…これは……」


 場面は現在の職員室、利根川があの紙切れを開いた時間へ進んだ。

 開いて言葉を失った利根川に、鬼離山は急かすように伝える。


「たった今、言ったばかりですよね。田中のいるクラス、2年2組の意見を集めたものです。ただそれだけなものですよ。特に今回の話の解決には関係のない、意味のないものですよ」


「では何のつもりだ…鬼離山。これを何のために、何の意味があって私に手渡した!!」


 利根川の声には怒りと同時に、薄らとした恐怖の念が籠っていた。理由は簡単だ。紙切れに記されていた生徒達の言葉が、偽造ではない真実の言葉であると分かったからだ。

 自身が責め立てていた少年が、何人もの生徒から嘘ではない確かな信頼を、寄せられていた事を理解したからだ。


「そうだな…せっかくだし今この部屋にいる先生方にも、ある程度田中の印象を聞かせて貰いたいな。頼むよ浜口先生」


 続け様に鬼離山は背後にいた浜口へ質問する。


「……俺は田中は真面目な生徒だと思っている。授業で課題を出し忘れるなんてことはまずないし、部活動も運動が苦手な癖に頑張ってると知ってる…だから今回の件も、そんな訳ないと、薄々思っていた」


「…ぼ、僕もそう思います」


 そう思う。浜口の言葉へ賛同したのは同じ部屋に居ながら会話の外にいた他の教員の内の1人だ。

 その教員の一言をきっかけに、それまで傍観に達していた何人もの教員が口を開く。


「前回のテストもその前のテストも田中は満点でしたよ」


「成績が良いから特別注意して見回りしてますけどカンニングをしてる様子なんてありませんでした」


「本当に真面目ですよ田中は、可愛げがないくらいに真面目ですよ」


 教員達から放たれたのは田中を擁護する言葉だ。

 それまで神妙な空気で固められていたが、その場の教員に田中が本気でカンニングを犯したと思っている者はいなかったのだ。それだけ真面目な生徒として、田中は信用を得ていたのだ。


(ぼ、僕のことを…皆も…先生達も……そんな風に思ってくれてたんだ)


 田中は自らが知らず知らずのうちに得ていた、恐ろしいほどの信用に震える。

 そして小さく、静かな感動を覚える。目頭が熱くなる。泣きたくなるほどの喜びが、田中の心を包み込んだ。

 そんな田中の耳元に、どこか笑みを浮かべるような表情で鬼離山は囁く。


「…想像以上だよ田中。別に特別誰かしらと仲良くしてた訳でもないだろうに、真面目に努力してただけでこんだけ信じられてる訳だからな」


「鬼離山くんはこうなるって分かってたの…?」


「これが…お前がこの1年で積み上げたものだ。バカ正直にやってみるもんだろ?」


(う、嬉しいけど……けどこれが今回の事件の解決に、どう役立つって言う……ぅ? 利根川先生……?」


 田中は周囲の教員の声に耳を傾けていた為気付かなかったが、前方へ視線を向けると青ざめた顔の利根川の姿があった。その表情は間違いなく恐怖や不安を表すものだった。


「それについては、もう解決したようなものだな……おい、利根川先生!やっぱり人が多くてやり辛いだろう。

 隣の部屋の、静かな、待合室って部屋で……少しばかり話をしましょう。俺と2人きりでさ……」


「……わ、分かった」


「えっ!?ちょっと鬼離山くんっ!」


 鬼離山は利根川と共に職員室から出て行く。

 

 それから数分後、部屋へ戻ってきた利根川の口からは、「田中がカンニングしたというのは私の間違いだった。お騒がせしてすみません。田中にも悪いことをしてしまった…」という、事件の終わりを告げる言葉だった。



    ◯



「ど、どういうこと?鬼離山くん…」


「ん、つまりは一件落着ってことだ」


(いやそうじゃなくてっ!」


 利根川と共に戻ってきた鬼離山へ、改めて田中は質問したが、彼は当然のように恍けた答えを返した。


「…どうして利根川先生は急に意見を変えたの?あんなに感情的に怒ってたのに…」


「何も不思議なことじゃない。あの時利根川はただ、漸く()()になったってだけだよ」


(冷静にって…)


 彼はまるで、利根川がその時まで何らかの理由で冷静さを失っていたように語り出した。


「いや、単純に考えろ。特別恨みがあるわけでもないだろう生徒を、意味もなく陥れようなんてのは明らかに異常だ。冷静なんて言えないだろ」


「いや、だとしても、どうしてああすると利根川先生は冷静さを取り戻して…疑いを取り下げるって分かったの?」


 あの場面で何故、利根川は自身の行動を曲げたのか、田中には検討も付かなかった。

 しかし鬼離山は飽くまでも当然の事だと言うように、平静を保って語る。


「お前を陥れよう…利根川がそう考えたのはおそらく、お前が学年1位っていう肩書きを持っていて、毎度テストで満点を取ってたからだろう。自分の作るテストを簡単にとく人間が恨めしかったのか、そんな理由であいつはこんなことをやろうとしたわけだ」


「それだけの理由で僕を……」


 納得しかねる事実に、田中の身体は小さく震える。


「そんなもんなんだよ人の恨みってものは……それであいつは、生徒から追放があったなんて嘘をついてからお前の制服を調べ、服から見つけたかのようにカンニングペーパーを取り出した」


「…そういう計画を立ててたなら、どうして先生はあの時冷静になったの?というか冷静になったってどういう………」


「冷静になったってのはつまり、自分がどれだけ半端で、危ういことをしてたのかに気付いたってことだ」


 冷静になる。彼のその言葉は決して何かを示唆する暗喩ではない。言葉通りの、そのままの意味を表している。


「あいつはあそこでお前が学校からある程度の信用を得ていると理解した。それはつまるところ、簡単に押し通せる相手でないと理解したということだ」


「…つまり、言い合いが続いたら…自分のやった悪事が暴かれるかもしれないから、逃げるように疑いを取り下げたってこと?」


 利根川はあの時、あの対話で敗北する可能性を想像してしまったのだ。それが、あそこで彼が恐怖を覚え、負けを認めるように疑いを取り下げた理由だ。

 彼はただ、恐れを成して逃げただけに過ぎなかったのだ。


「…利根川がやったことは……元々作戦とも、計画とも呼べない、単純すぎるやり方だ。探せばボロなんていくらでも出てくる。アイツはあんな状況になって漸くそのことに気付いたんだよ。だから逃げた。俺が作ってやった、1番安心な逃げ道に、喜んで飛びついてきたんだよ」


 険しい山かに思われた今回の騒動には、至る所に間抜けな穴が空いていたのだ。

 そして鬼離山は短い時間でそれを理解し、最も事を荒立てない手段を用いて、田中を救い出したのだ。


「すごいね……鬼離山くん、もしかして利根川先生が僕を陥れようとしてたっていうのも、最初から何か確信があったの?」


「…何もかも分かってた訳じゃない、だがお前が無実なのは最初から分かっていた、それなら考えるのは幾分か楽だろ?」


 鬼離山は変わらずそれが当然だと言うように田中は投げ掛ける。

 それが田中はたまらずに嬉しかった。嬉しくて仕方がなかった。


「まぁ、完璧に解決出来たってわけじゃないか、出来れば利根川は何かしら痛い目に合わせておくべきだったしな…」


「大丈夫だよ。本当に……ありがとう、鬼離山くん」


「ぁあ…それじゃあな」


 じゃあな。そんな軽い言葉を吐いて、鬼離山はその場を立ち去ろうと歩み出す。

 その様子は1年前の事件の後、田中から去っていた行った時と同じような光景だった。


(…やっぱりそうだよね……)


 鬼離山と田中、彼等は意味もなく関わる間がらではない。1年前も今も、何も変わってはいなかった。


(………いやっ!)


 だが一つ、ほんの少しだけの変化が田中にはあった。そして感情のままに、彼は叫び出す。


「また今度ォ!勉強教えてね!絶対だよ!!」


 声を聞いて、鬼離山は振り返る。そして小さく短い言葉を残して、再び歩み出すのだ。


「……ぁあ…考えておくよ」




 こうして、田中実の関わるこの事件は解決した。

 結果としてこの事件の話題は長く学校内で広がり続けることはなく、数日後には生徒達の記憶から忘れ去られる。


 しかしこの事件の本質は、未だ解決されていなかった。その事実を、解決されずにいる事件の核心を、鬼離山桃太は隠している。田中実に伝えずにいる。

 そして彼は事件は解決したと後退るフリをして、その本質の元へと、歩みを進めていた。



     ◯



──タッ─タッ─ッタ


 ここは化野川高校の近辺、近辺にあるコンクリート製のビルだ。

 その建物は古く、所々に老朽化による亀裂が入っていて、現在は廃墟として立ち入り禁止のテープで封鎖されている。

 そんなビルの階段を鬼離山桃太は駆け上がり、たった今頂上へ辿り着いた。


 本来そこは廃墟だ。鬼離山は勿論、それ以外の人間の姿もあるはずがない。そんな場所へ彼は訪れた。

 彼は今訪れた、その筈だった。しかし彼が屋上へ辿り着くよりも前に、屋上(そこ)には人の気配があった。




「…へぇ、テメェオレに気付いてたのかよ……あいも変わらずムカつく野郎だなぁ…しかし、また顔を見ることになるとは思わなかったぜェ?」


「ぁあ……正直、俺も予想外だった。お前がここまで面倒な人間だとは、思ってなかったよ……そういえばだが、お前なんて名前だ?」


 そこにいたのは鬼離山が会いたくもない低俗な人間。


「それをイヤァテメェもだろォ?名乗れよ名前?」


「…鬼離山桃太だ」


 そこにいたのは田中に暴力を払い、苦しめた人間。


「ハッハッ!なんか懐かしくなって来たなぁ……オレァもう学校なんざ通う気はねぇんだけどナァ」


 それは鬼離山が最も嫌う性質を持った人間。田中を苦しめ、暴行犯として教員に抑えられた男……


「オレァ御門結碁(みかどみうご)だァ。んでよぉオカッパチビはどうなったよぉ」


 今回の騒動の真実を握るのは1年前田中実へ暴行を働き、少年院へ送られていた不良生徒、御門結碁だった。










御門結碁(みかどゆうご)


 今から2004年、田中実に暴力を振るったことで少年院に送られた18歳の元学生。少年院へ送られた後も素行は改善されず、何人もの職員へ暴行を働いていた。

 2005年の3月に送られた少年院が何者かに爆破されたことで、警察には消息不明という扱いを受けている。

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