第17話 弱虫の僕に
──
「な、なにかよう…ですか……?」
薄暗い夕日の光る夕方、校舎に遮られて影が生まれる。そんな薄暗い学校裏の空き地で、とある小柄な青年がが複数人の男達に囲まれていた。
「いやなぁに、大したことじゃねぇんだ」
「そうそう本当に大したことじゃねぇのねぇの」
男達の口調は荒々しく、身なりからも粗暴さが伝わってくる。所謂不良、バットボーイと呼ばれる素行の悪い高校生達だった。
ヘラヘラと、初対面で怯える高校生に気を配ることなどなく、少年の肩に手を置いて言い放つ。
「俺たちちょっと金なくてさぁ。ちょっとだけ貸してほしいのよぉ。ほんとにちょっと、2000円くらいでいいからさぁ」
「え、ぁいやそれはちょっと……」
男達がしようとしたことは、世間で言うところのカツアゲだ。親しくもない高校生に脅すように金を要求する。
無理な要求に、気弱な顔の青年は言葉を返す。
「今…お金持ってないんです…」
「うそうそっ!さっき君がコンビニから出てくるの見たよぉ?それですっからかんってことはないでしょー」
「もちろんちゃんと返すってぇ!ほんとに借りるだけだからさァ!!」
「い、いえよく知らない人にお金なん──っあ!?」
男達に青年の意見を聞くつもりなど一切なかった。
当然のように言葉を遮ると、彼の背負っていたリュックとジャケットを奪い取る。
「や、やめ…ぁ!」
「へぇーちょっとだけ借りるのもダメなのぉー?君ずいぶんケチクサイねぇー。いけないねー、なぁお前ら?」
やめてくれ。ただそれだけの抵抗が男達は気に入らなかったようだ。リーダーと思われる男が理不尽な言い分を述べると、流れるようにして青年は男達の内の1人に羽交い締めにされてしまう。
「は、離してくださいっ!」
「おーしそうそう、そうやって抑えてろよー」
腕をブンブンと振り上げて息を吐くリーダーの男の狂気に、青年は鳥肌を立てる。
男の動作から、この後何をするつもりなのかを理解してしまったのだ。
「教育ってやつさぁ。まぁ多分君とは一つくらいしか歳は変わらないけど。教えってのは大事だからねぇ?」
「ほ、本気で言ってるんですか!」
「うんマジマジ、正直金より大事なことだし…なッ!!」
男は腕を振りかぶり、拳は青年の鼻の真上に衝突する。接触の瞬間青年は悲痛な声を漏らし、鼻から血を垂らしてしまう。
しかし、青年の悲痛な様子を見ても尚、男は再び腕を振り上げて殴りつける用意を初めている。
「ぅがッ、……や、やめ」
「いやいや、まだ1回だけでしょうがよ!!」
再び拳は青年の顔に振り落とされる。先程と同様青年は声を漏らしたが、そこから立て続けに攻撃は繰り出された。
顎、頬、首、幾度となく殴られた顔は、拳の浮き上がるほどに腫れてしまう。
それでも尚、リーダーの男は拳を振り下ろす。続くように後ろに控えていた男達も手を出し始める。
──何度も、何度も、何回でも、男達は暴行を続けた。
「ぁ…ぅあ」
数分後、数えられないほどの打撃を浴びた青年は、声が出せないほどに弱り切っていた。
(い、いつもこうだよ…)
青年は幼い頃から気が弱く、些細な事で怯えて萎縮してしまう。
それは周囲の人間から見ても一目瞭然で、今回のように不良と呼ばれる輩に目をつけられることも珍しくなかった。
この時、既に高校に入学するほどの年齢になっても、その性格が改善されることはない。
変わらず気弱で臆病なままだったのだ。
「よぉーし、すっきりしたぁーー。んじゃ、またよろしくなぁーきみぃー」
リーダーの男が下劣な口調で話すが、青年に言葉を返すことは出来ない。それほどまでに弱りきっている。
「へぇへぇッ!やりすぎたんじゃないっすかぁー?死んじゃったかもですよコイツー!」
「いやいやっ、蟻んこじゃあるまいしなぁー!こんなんで死なれたらお笑いもんだろぉー??」
返答のない青年を見て軽薄な笑みを浮かべて笑い飛ばす男達。そんな最悪な光景を打開する力は青年にはなかった。
なにも出来はしない、言い返すことさえ出来ない。例え万全で声の出せる状態であっても臆病な自分がやり返すことも出来ないことは分かりきっている。
これだけのことをされて何も出来ない事に、青年は絶望するしか出来なかった。
──刹那の一瞬、青年が気付けないほどの一瞬に事態は変化を見せた。
「ぁ……れ…ぇ?」
青年が無力さを悔いて、下向きに倒れ込んだ時だろう。その瞬間にガンッと、鉄板を壁に打ちつけたような鈍い音が響き渡った。
何事なんだと青年が顔を上げた時映ったのは、先程まで青年を殴りつけていた男の内の1人が地面に倒れ込んでいる光景だった。
倒れ込んだ男は、白目を向いたまま気を失っている。
「な、なんだテメェ!!」
「ざけんなッ!!」
「………」
青年には、顔を上げて真正面に立っていた謎の男子校生が起こした出来事である事は容易に理解出来た。しかし、見ず知らずの男子校生に見覚えがない。
なんで不良を殴り倒した。自分を助ける為? 青年の頭を疑問が浮かぶが、唐突に攻撃を受けた男達は黙ってはいられなかったのだろう。
現れた男子校生を囲むようにして構え、一斉に掴み掛かる──が。
「お、おい……ぐぁっ!?」
「はぁ!?…おぶォッ!?」
(す、すごい)
複数人に囲まれているというのに、男子校生は男達の攻撃を容易に受け流す。
それだけにとどまらず打撃を仕掛けた男の1人の腕を掴み、他の男へ向けて放り投げ、さらに2人を戦闘不能に追いやった。
残る不良は青年を今も押さえ付けていた男と、男子校生を見て驚愕しているリーダーの男だけとなった。
「なんなんだよお前ェッ!他人のやり合いに入ってくんじゃねぇよぉ!!」
明らかに他の不良より大柄なリーダーの男が男子校生に殴り掛かるが、まるで相手にはならない。
何度拳を振おうとも男子校生は無表情のままあしらい、そして呆れたように男子校生は口を開いた。
「…あんまりダサいことはするんじゃない」
「ぁあッ!?テメェにゃ関係ねぇだろうガァ!人が気持ち良くやってるとこに水指すんじゃねぇ!!」
「……」
リーダーの男はそれまでより早く威力の籠った打撃を繰り出すが、結果はそれまでと変わらなかった。いや、それまで以上に容易く男子校生にあしらわれてしまう。
「チッ…おいお前、そのオカッパ頭が見えねぇのか!オレの連れが押さえんだゼェ!ヒーロー振りたいんだったら避けんじゃねぇよ!!」
「………」
(え、や、ばい、人質みたいに…)
不良が青年を人質のようにしたことで男子校生はスッと動きを止めてしまった。
「や、僕のことは気にしないで……ぁばァッ!?」
男子校生に声を掛けようとした青年の口は、青年を抑えていた男によって塞がれてしまう。
状況は好転したと踏んだリーダーの男は叫びながら男子校生に飛び掛かる。
「よし!ははは!!こいつをこれ以上痛めつけられたくなかったら黙ってオレにぃ───ぁ?」
(あれ、なんで?)
男が飛び掛かったその瞬間、青年を押さえ付けていたもう1人の不良が泡を吐いて気絶する。
一瞬の出来事で青年も困惑するが、解放されてすぐにリーダーの男から距離をとる。これによって彼は人質ではなくなった。つまり、不良のリーダーに勝ち目などなくなった。
「で……まだやるか?」
「…チッ、覚えてろよテメェら!」
舌打ちをし、捨て台詞のように吐き捨てて男は仲間の不良を背負って逃げ去って行く。そうして空き地には、青年と男子校生のみが残された。
しかし彼らは互いに初対面、男子校生はまずは「まずはそうだな」と呟いてから、青年に言葉を投げかけた。
「お前、名前は?」
「た、田中……実です。えと君は?」
「………鬼離山桃太だ」
──2004年6月18日
これが田中実と鬼離山桃太の最初の出会いだった。
◯
「……」
「ぃっ!?…だぁ…あ、ありがとう、志村さん」
「う、うん。それより酷い怪我だね…誰がこんなことを…?」
不良撃退から1時間後、鬼離山桃太に担がれて、田中実は化野川高校の保健室にて簡易的な傷の手当てを受けていた。
場に居合わせた女子生徒、志村は田中の現状を見て言葉を失う。顔全体が酷く腫れ上がった彼の様子は、受けた痛みを容易に想像させるものなのだ。
「複数人だよ、多分リーダーみたいな奴はこの高校の2年生。無断欠席、喧嘩の常習犯だったはずだ」
「こんなの冗談じゃすまされないよ、先生に…いや警察に言ったほうがいいんじゃ……」
彼の状態を見れば当然の意見だ。そうすることが正当なことは、田中本人はもちろんその場に居合わせた鬼離山の目からも明らかだった。
しかしその当然の意見を、どういうわけか田中は否定する。
「いやっ!ダメだよ。大丈夫……見かけほど大したものじゃないんだよ」
「強がっちゃダメだよ!鬼離山くんから聞いた限りだと本当に何もしてないのにやられちゃったんでしょ?」
「あぁ…間違いなく一方的なやられ方だ。コイツが何かやってたとしても割に合わないくらいのな」
志村の言葉を鬼離山が肯定する。
冷静な判断を下せばそのまま放っておく事ではないと分かる事態だが、田中尚否定を続けた。
「…鬼離山くんも、僕を助ける時にあの人たちを殴ってたでしょ…多分警察になんて大事にしたら鬼離山くんも何かの問題にされちゃうよ…」
「…状況的に正当防衛の範疇だ。というより俺がどうこうって問題で済むなら十分だろ。警察に通報する」
話途中のまま、鬼離山は携帯を取り出して警察の番号を入力し始める。しかし田中はそれを放っておかなかった。
「だ、ダメだよッ!!」
番号を入力しようとした彼の携帯を、田中は慌てて奪い取る。
「……わけがわからないな」
「そうだよ田中くん!警察に頼めばいくらか解決するよ?少なくともしないほうがいいなんてこと……」
「…あるよ」
思わぬ言葉に志村、鬼離山ともに呆気に取られる。
「え…?」
「あるんだよっ!!警察沙汰がダメな理由がぁ! 助けてくれたのは感謝してるけど……これ以上何もしないでくれよ!!」
大人しい外見からは想像の付かない田中の叫びに、納得のいかないままに志村は押し切られてしまう。
「…ほ、本当に辛くなったら警察に言わないとダメだよ……」
「………」
彼がそこまで警察沙汰を避ける理由は分からないが、本人の意に沿わないことを強要は出来ない。そのまま志村は、田中の叫びに圧倒される形で保健室から立ち去ってしまった。
しかし田中の叫びを聞きながらも鬼離山は平然とした面持ちのまま、その場に留まった。
「…助けてくれたのは感謝してるよ。とても嬉しくもあったよ…でも警察に言うのはやめてくれよ鬼離山くん……」
「…なら理由を言ったらどうだ。なんでそれほどに否定する?意味が分からないぞ俺には」
田中がそれを避ける理由が分からない。理解できない。鬼離山にとって田中実の行動は異常といって差し支えなかった。
しかし田中にとって、鬼離山が理解出来ないその理由は、至極当然でありきたりな物であった。
「……警察沙汰になって…何かの間違いで裁判なんかに発展したら、勉強する時間が無くなっちゃうでしょ……?」
「……は?」
田中の言葉に、鬼離山は呆気に取られてしまう。一体何を言っているのか、彼の中でそんな感情が駆り立てられた。
「えと…ごめんちょっとテンションおかしくなって訳わかんない言い方しちゃった…。でも本当にそういう理由なんだよ…?」
「…つまりどういう事だ?」
田中は昂らせていた落ち着かせ、改めて自身の身の上を語り出した。
「僕、小さい頃から運動も勉強も、何をするにもパッとしなくて…よくあんな風にいじめられることが多かったんだ……だから高校に入ってからは、徹底的に切り詰めて、将来の為に勉強しようと決めてたんだよ。」
「…だから…警察沙汰にはするなと…?」
あまりにも単純かつ不明瞭な答えに、本気で言っているのかと鬼離山は疑惑の目を向ける。
しかし見つめた先には呆れるほど純粋な彼の瞳が見えていた。
とても嘘には思えない。
(こんなやつ、久しぶりにあったな……)
「と、というわけでさ、警察沙汰にするのはやめて欲しいんだ…えと、鬼離山くん聞いてる?」
「ぁあ聞こえてるよ……思ったより馬鹿なヤツだなお前」
「えぇ!?なんなのっ、いきなり!」
「いやなんでもない…天気安心しろ。不良連中も、俺がなんとかしてやる」
鬼離山の細やかな罵倒とともに、彼らの話し合いは決着した。
警察への通報は中止となり、そしてしばらくの間不良グループからの護衛として、鬼離山は田中と登下校を共にすることになる。
◯オペレーターミカの秘密1
ミカは生活の大半を都市の地下にある支部で過ごしている為、小学校低学年程度の絶望的な身体能力を持っている。
体力は特に酷く、支部内の廊下を歩いてるだけで息を切らし、挙句、何もないところで捻挫してしまうなど目も当てられないほどだ。




