第2話 兎崎と狸
なんページくらい書くのが正解なんだろう?
10000ページくらいは書いた方がいいんでしょうか。
「はぁ、うぁ……おぎゃぁぁぁっーー、ぽっ。」
改めて語ろう。
彼女……放心状態となって、頬を机に擦り合わせながらなんとも言えない絶望の表情で唸っているものの名前は幸村一葉。
日常的にカラスの排出物を頭に受けたり、猫に飛びつかれてひっかかれたり、転んだだけで古い建物を倒壊させてしまったりすること以外はごくごく普通の女子高生だ。
尚、彼女が転校を繰り返しているというのは、この不運な体質が原因に他ならない。告白の返答の最中にカラスのソレが額を垂れ落ちる、常人は一生のうちに経験することのないであろう不運な出来事だ。いくら最上不運女子高生である幸村一葉であっても、その心身へのダメージは計り知れず、以上の奇行に走ることとなった。
「あぅ、あり、あの、あぐぃ……アギィィッ!!」
ここは彼女が属する2年2組の教室。告白の返答後、白いソレを洗い流したのちに何事のないという態度に振る舞い授業に勤しもうとした彼女であったが、蓄積された苛立ち、不満という感情を抑え切れなくなった彼女は今現在言葉にならない変化を遂げ、現在に至った。
他にも同クラスの生徒が多く着席しており、彼女が例の佐藤先輩から呼び出されたことを知っていた生徒は少なくはない。
内容を気にするもの、告白を受けたのかと興味を持つもの、呼び出しを受けたことに対して既に嫉妬心を隠せないものなど、様々な視点が混在していたのだが、困惑する他ない彼女の変質によって恐怖とともに静かに距離を取っていく。
そんな彼女のもとに、白色の髪をなびかせ、いたずら顔の女子生徒が一人、背後からゆっくりと近づいていた。
「──ワァ!!」
「ギガガァ…カレーィッ!?」
耳元から発せられたその音に、ビクリと跳ねあがる。机に頭を伏せていたがため、反応とともに頭部を思い切り打ち付けることとなり、彼女は額を抑えひどく悶絶しながら顔を表にあげる。
「えぁ…大丈夫?そんなにしっかり驚かれるとは思わなかったヨ。」
「か、香織!?……いやぁ本当にもう少し考えてやってほしいというか、いやっ、危ないからやらなくてはいいんだけども…え、えと今日も天気が良いね!満天の星空って感じに!!」
一葉の目を見開かせ、その彼女に天気の話を振られてしまい、頬を引っ掻いている女子生徒の名前は、兎崎香織。
肩まで伸びる白髪をまとめあげ、スッキリとしたポニーテール、独特の片言語尾、行動通りのいたずら好きの表情をしておりながら、その面差しからはその妖しさとたしかな可愛らしさを感じ取れる。
「天気が良いって、今日は悪いとも良いとも言えない曇った空だし、まだ10時だよ?午前10時!そんなに後ろめたくなることでもあったノ?」
兎崎の冷静で淡々としたツッコミを食らいながら、後ろめたさを隠せない女こと、幸村一葉は思考を巡らせる。彼女、兎崎もまた例の先輩を好いていたものたちの1人であり、直接聞き出しては来ないが、呼び出しの内容を疑い、気に止めていないわけではないのだろう。
「あ、あの。先輩からのお呼び出しってあったじゃんあれって、…その……」
彼女はその先輩に対して確かに、「ごめんなさい、付き合えません。」という言葉をぶつけ、確かに彼からの告白を断った。しかし、それは結果の話に過ぎず、その先輩から確かな好意を抱かれ、真剣な表向きでの告白を受けてしたったという事実は間違いではなかった。
確か、香織は先輩のこと1年以上前から好きだったって言ってた。結構本気の恋ってヤツだし、断ったとはいえ気まずくなるのは避けたいな……
兎崎香織という少女は、端的にいうのならば可愛い。身長は一葉より一回り多い160cm台で、少しつり目ながらも二重で整った目とついた顔、陸上部所属もありすらりと細く白く健康的な脚、多くのものから羨ましいがられるものがあるのは違いない。
人当たりも良い彼女は、同じ女性である一葉から見ても有用物件。彼女がアプローチを重ねれば田中先輩でも裕に捕まえられるだろう。
そう感じながら一葉は机に手をつき、立ち上がり、詰まらせていた口を開いて、言葉を紡ぐ。
「告白されちゃったの田中先輩から。」
「……」
兎崎の表情は固まっていた。そう言うよりも表情が変わらなかったというべきだろう。驚きで目を見開くでもなく、疑問を抱いて首を傾げるでもなく、怒りを覚えて歯ぎしりを始めるだなんてこともない。まったくと変化のない彼女の表情に淡い恐怖を感じながらも、顔の正面を見つめながら口を動かす。
「もちろん断ったよ、香織が先輩の事好きだっていうの知ってたし……そ、それに私は人と付き合うっていうのもよくわかんないからさ。そ、その…とにかくごめん!!」
混ざり膨れ上がる感情を押し殺せずに、彼女は頭を降り下げ謝罪した。彼女本人は悪意などは一切なく、この件においていうならば加害者の立場であり、非難を受ける言われなどなかった。だが、彼女の内の中の淀んだ罪悪感は収まることを許さず、彼女から惜しくも溢れだしたのだ。
「……」
それでも兎崎は表情を変えない。
やっぱり、オコってるんだ。
仕方ない、そういうものだと思いながらも変わらない彼女の様子に額からの汗を流しながらも、それでも尚、謝罪の姿勢を崩さない。そんな最中、ようやく固まりきった兎崎の表情に変化が現れ、閉じていた口を動かしていった。
「…ゆっ……」
「ユゥッキィー!!」
「ふぇ!?」
突如として放された特大口弾によって、一葉は目、口、眉を大きく広げながら、奇声を発し爆発的に飛び付いてきた兎崎を受け止め、驚きを再確認した後、直前にあった神妙な雰囲気、淀んで息苦しかった空気感を思い返す。
「え、え?今すごい表情固くなってて、すごい緊張感ある感じだったのに。ど、どういう事?告白の件怒ってたりしたんじゃないの?」
「いやぁ全然!友達でしょうがヨ~。好きな人がコクっちゃったり何なりしても怒ったりしないっテ。寧ろそんなに気を使ってくれてたんだって思ったら、なんか嬉しくてサ!アッ、今度から今見たいに親しみを込めてユッキーって呼ぶことにするよ?よろしくユッキー!!」
「あ、あうんよろしく…頭ちょっと、イタインダケド。」
興奮状態の中で、刷り寄せられた香織の頬は柔らかくモチモチとした感触がして気持ちが良いものだったが、それとともに背に垂れ掛かっていた白いポニーテールが荒ぶり暴れ、一葉の後頭部を右往左往しながら激しく殴打していた。
◇
「おちついた?」
「うん!プシューって感ジ?」
すっかり感情の発散を終え、緊張の糸の切れた彼女らは、椅子に腰をかけ落ち着いた様子で会話を始める。といっても、その会話は先程のような淀んで息の苦しい地獄の対面とは異なり、彼女らの何気ない日常的会話、世間話とも言えるようなものたちであった。
「そういえばニュース見タ?例の有名俳優のアレ?」
「薬物の所持容疑だっけ?…珍しいね、香織がそういう事件の話するなんて……」
彼女は、良くいえばポジティブ、悪くいえば楽観的で事件などを気に止める節ではない。
一葉と親しくしていることで交通事故に遭遇する事は少なくない、その直後には驚き、冷静を欠いてひどく震えてしまっていたが、翌日には変わらぬ笑顔を取り戻していた。
「いやァ、良く聞く話って感じなんだけド、なんかちょっと怖い噂みたいなのがあるんだよネ。」
「怖い?」
(薬物投与した人が暴力を振るったとかそんな話?)
「よく薬を使うと幻覚が見えるって言うデショ?その俳優も幻覚見てるって訴えをだされて捕まったらしんだけド……」
「…だけど?」
「本人から薬物投与された反応がでてこなくて、しかも検査してた施設で謎の爆発事件。そこに勤めてた人たちのほとんどは死体も見つかってない状況らしいんだヨ…」
「えっ」
それを聞いた一葉は言葉に詰まり、思わず口を閉じる。
「爆発の原因もわからないし、俳優の人も巻き込まれて死体も見つからない。なんか不思議って言うか不可解って言うか…ネットでは俳優が逃げるために爆弾を仕組んだとか、研究施設の実験の暴発だとか、国が仕組んだ陰謀だとか勝手なように言われてるんだけド」
「……怖い話だなぁ」
彼女、幸村一葉にしては珍しくない事だった。
あくまでもニュース。画面、テレビを挟んだ知らないどこかで起きた出来事、そう思おうとしても彼女にはどう意識しようとそうは思えない、彼女は不運なのだ。
毎日テレビで報道されているニュース、その約三割ほどの事件にはいつも彼女が関わっている。彼女にとって画面の向こう側の不幸は他人だけでなく、自分の不運とも繋がっているのだ。
他人事とは思えない。何かの不運が重なって自身もそれに巻き込まれるかもしれない。
彼女の顔は誰の目からもはっきりとわかるほどに凄まじい勢いで青く変化していき、その手足全身は震え、兎崎に悟られまいと顔を右手で覆い隠す。
いつも鉢合わせている不安だが、今は何故か、そのいつも以上に怯える心を鎮められずにいた。
「……ユッキー?」
「な、なに?」
「……もしかして怖かったノ?ごめんネ、こんな話して。ユッキー運悪いし結構身近に感じちゃったのかな?」
「こ、怖いって、そんなことないよ。あくまでもニュースだし!」
昔から彼女は嘘、隠し事が大の苦手だった、彼女がどう頑張ったところで秘密を守ることはできない。
だが兎崎はやっと出来た友人。何かしらの弱味を見せて彼女を不安にさせることはどうやっても避けようと考えていた。初めはその不運の特徴さえも隠し通そうとしていたほどに。
「ほんとウ?」
「ほ、ホントウ」
彼女の悪い癖だ。困惑、焦り、不安、緊張、などなどの様々な感情が蓄積されていくことで、その言葉は固く荒く、日本語の儘ならない外国人のような口調をしてしまう癖。
「片言で嘘っぽいけド、まあそう言うことにしとくよ。でもホントにダメだってことはちゃんと言ってヨ?ワタシ別に子供じゃないんだから素直に気を付けるし」
「あ、ありがとう」
兎崎香織はそのいたずら好きの性格と同時に、人の心を気遣う優しさを兼ね備えていた。
その気質は確かに周りの人々を惹き付け、救い暖かくする。その特徴こそ彼女が彼女である由縁であり、幸村一葉の心を支える力であったのだ。
しかし、そんな暖かい対話の最中。彼女らは、今現在自らの置かれている状況を思い出す。
「あァ!!次移動教室だったァ!」
「ホントだ、ヤバい忘れてた…あと三分で始まるんだけド……」
痛恨のミス、周りに他の生徒はおらず既に移動を終えているのだろう、それもそのはずだ。確か理科は島崎先生。忘れ物、遅刻、それらを決して許さない。遅れたら問答無用で反省文を書くはめになる……
避けなければならない、止めなければならない、そんなイベントと遭遇してはならない。
落ち着くのだ。まだ負けてない、まだ勝てないと決まった訳ではない、心を落ち着かせ焦りを鎮め、戦い始める覚悟を形作れ。時計の針は動いているが、時間はまだ過ぎていない。目的地の理科室は、現在地から徒歩8分、よく移動が不便過ぎるから改善するよう訴えられていた。遠い、だが不可能ではない。
無へと感情を近づけ。彼女らは、言葉を発する事なく互いの顔を見つめ合い、覚悟決めて口を開く。
「本気でいくかァ!ユゥッキィー!!」
「了解……!」
話し声を消し去って、決死の気迫を放ちながら立ち上がり、教室の扉を力強く開き走りだしたその姿は並みの高校生たちのモノではなかった。そう、例え表すのなら鬼、鬼の形相と言って間違いのないものである。
ただひとつの、ただひとつだけの勝利を勝ち得るために、彼女らは全てをすり減らすことで脚を動かし続けていく……
残り一分。目的地まで数メートルという場所で、彼女、幸村一葉の敗北が決定した。
その理由はひどく馬鹿らしく、口にする事さえ恥ずかしいものだった。
「教科書持ってくるの忘れてた…」
「……ばかァ」
(バカです、ゴメンナサイ……)
こうして激しい戦いに負け、幸村一葉は元の教室へと戻っていく、たった一つの教科書を持ってくるために。
◇
(…なんか悪いことばっかり続くなぁ。)
反省文が確実となったとたん彼女はやる気を失ってしまい、身体中の力を抜いてしまっていた。
不運であると同時に、ドジで幾度となくこういった敗北を重ねていた彼女だが、何度繰り返そうとその脱力感になれることはないだろう。
(えーんと。あ、あった。当たり前だけど誰もいないで静かなんだよね-)
先程は遠く感じた道のりも落ち着いて思えば短く、一人で歩くことが少し寂しく感じてしまうこと以外これと言う問題もなく歩み終えて、教室へ戻り目的の教科書を確認し、教室の真ん中で誰もいない、電気さえついていないその場所を、静かに眺めていた。
実のところその静かな空間は、彼女にとってとても親しみを感じるものなのだ。
幼い頃訪れた大自然の中。そこにあった自然の力強さ、広大で美しい風景と比較できるものでないが、その誰もいない教室のなかに吹き込んでくる風や太陽の光による静かな落ち着きは、彼女の心を少し静かにしてくれた。
(なんだかんだポジティブなんだなぁ、私…)
静かな教室の中で、彼女は穏やかに微笑む。人一人いないその場所で、重なり積み上がっていた様々な感情を吐き出して、彼女は再びその人生を歩み始めるのだ。
しかし数秒後、再び彼女の運命は狂い始める。
「……え?」
教室の扉をくぐり、理科室へと向かおうとした彼女の意識は、たったいま壁をうち破り入り込んできたその異物へ釘付けとなった。
動物だ。茶色い体毛に覆われて、その分厚い四本足は教室の床に小さく亀裂を入れている。
歪で凶悪な風貌、口元からは雨粒ほどの涎が滴っていて、恐怖を煽る灰色の目を備え、その目元は黒く、その身体は熊ほどに大きい。
だが彼女は、自身も知るその生き物であるということを直感的に感じ取っていた。
「た、タヌキ……!?」
兎崎香織(16) 誕生日10月10日
身長163cm 体重◯9kg 血液型O型
化野川高校 2年2組 出席番号2番
所属部:陸上部 将来の夢:栄養士
好きな食べ物:キャロットケーキ 好きな言葉:国士無双
特徴:???
最初の敵がタヌキになってしまった。




