第15話 No.1にはなり得ない
「…それでそれデ鬼離山くン。歴史の覚え方を教えて欲しいんだよネ」
「…覚え方って、覚えるってのは結局頭の良し悪しが大きいわけだから…それよりかはどこが出題されるかを絞った方がいいぞ」
(……それでも覚えれる気しないなぁ…)
6月29日の16時頃、先日の約束の通りに鬼離山と兎崎と一葉は図書室に訪れていた。
そこで勉強を教える講師の立場である鬼離山と、勉強を教えられる2名の女生徒が向き合っていた。
一葉も兎崎も、どちらともあらゆる科目において平均を下回る学力だが、最も苦手とするのは歴史の教科だ。
「苦手とは聞いていたが…具体的に何点くらいだったんだ?前回の点数は」
教える立場として気になってしまうのは当然だろう。そんな言葉をかけられた兎崎と一葉はばつの悪そうな顔をして呟く。
「……39点ダヨ」
「……まだ…転校してきたばかりでテストは──
「──前の高校ではどうだったんだ」
「……27点です…」
一葉には「お前の方が低いのかよ」という鬼離山の声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
現実の彼はただただ苦悩し、頭を抱えていた。
「…出題範囲とは関係ないが、終戦は何年の何月何日か答えられるか?」
「わ、分かりません…」
「…1945年の……2月20日ダヨ!」
「適当に言ったら当たるもんでもないぞ…」
頓珍漢な回答をした兎崎に彼は呆れて、そのまま黙ってプリントを差し出し、仄かな怒気の籠った声で口にする。
「今回の出題範囲をまとめて、俺なりに出題問題をまとめた物だ。まずはそこの内容をひたすら頭に叩き込め…」
「「は、はい先生」」
そうして鬼離山と彼女らの間には教師と生徒のような、対等ではない上下の関係が構築されたのだった。
──そこから暫く、淡々と静かな時間が流れた。
生徒である兎崎と一葉の視線はただまっすぐプリントの方へと向き、その2人に鬼離山が睨みつける。
まるで既にテストが開始されたかのような緊迫感漂う光景が続いていた。
(……鬼離山くん、顔怖いよぉ…)
そのままの光景が続き既に1時間が過ぎようとしたが兎崎も一葉も勉強の手を緩める様子はない。
普段の彼女達なら、これほどの時間机に座って学び続けることさえ厳しいものだが、鬼離山の気迫の甲斐もあって手を休める様子はない。
それどころか緊迫感からかトイレなどと言って退室することもない。彼女達はそれほどの集中状態の中にいる。
───書いて、
────読んで、
──書いて読んで──読んでよんで──
──それがひたすら続いた。
「…2時間はやったな…そろそろ休憩するぞ」
「…え?ぁ、休憩するノ…」
(……なんかあっという間に時間が経っちゃった)
本来なら苦しく、途方に感じる勉学への道のりを容易を歩めてしまったことで、呆れるほどの脱力感が一葉を襲った。
「…というか鬼離山くん凄い怖かったよ…」
「ん…どこがどう怖かったんだよ」
「え、自覚ないノ!?」
2人の勉学を見守る彼の視線は、人間のものとは思えないほどに恐ろしく、恐怖を覚えるものだった。しかし当の鬼離山にその自覚はない。
彼自身は威嚇しているとは思っておらず、ただ彼女達の様子を眺めているに過ぎなかったのだ。
「意味が分からん…なんだ…」
「ぇえ…真顔がああなんだ…」
「驚きノ事実ダネ……」
驚愕を通り越して困惑の目で彼を見たが、それでも彼の態度は変わらなかった。彼女達と同じように困惑していたのだ。
それによってピリピリと震えるようだった図書室に、微かな安らぎが戻っていた。
「というか2時間ってことはもう18時くらいだよね?…鬼離山くん時間大丈夫…?」
「問題ないよ…まぁそろそろ高校は閉まる。だから休憩というより終了だな。用事があるわけじゃないが帰らせてもら──
「──オット。そうはいかないよ鬼離山くン!学校閉まるまでまだ30分はあるもんネ!」
(あ、やっぱりそういうこと言うのね香織…)
帰宅しようと席を立った鬼離山を兎崎が引き止める。彼女がそういった行動に出ることを感じ取っていた一葉は驚きを見せないが、鬼離山本人は疑問を浮かべずにはいられなかった。
「…何故止める?」
「こうユー勉強会の後には色々会話に花を咲かせるものナノ!!鬼離山くんも当事者なんだから付き合ってヨ!」
「い、意味が分からない……」
否定しつつも兎崎の勢いに圧倒される形で、彼は席に戻った。
鬼離山が席は戻ったことを確認した兎崎は、フッーと息を吸ったかと思えば、神妙な面持ちの末に言い放つ。
「さてさて、ではではでハ。ユッキー、鬼離山くん……ゲロってもらいましょカ?」
「げ、ゲロ?どういう意味──
「──2人の関係に決まってんジャンか!ユッキーなんのためにここに集まったっていうのさぁ!!!」
(勉強のためだよ……?)
叫ぶように言い放った兎崎の問いは、幸村一葉と鬼離山桃太の関係性だった。
本来の目的さえ忘れるほど大々的に叫ぶ兎崎に半ば一葉は呆れたが、疑問に思うのは無理もない。
(まだ恋愛ごとだと思ってるんだろぅなぁ…)
兎崎の視点では、いつのまにか親友が男を作っていたように見えてしまってもおかしくは無いのだ。
大きな威圧と、少しの浮かれたような笑みを浮かべる兎崎を相手に一葉は口を閉じる。
しかし兎崎香織という人間を深く知らない鬼離山にはその質問の意図は理解できない。モンスターや組織などの話す訳にいかない情報を抑えつつ、問いの裏を考えることなく、彼は答えた。
「前に保健室に運んで話して…なんとなく話をするようになったってだけだぞ?関係って話ならそれほど仲が良いって訳じゃないしな…」
「う、うん!そうだって!香織が考えてたみたいな関係じゃないんだよぉ」
「ふむ…嘘と言えば嘘っぽいし…嘘じゃないと言えば嘘じゃないって感じの答え方ダネ……」
(そういうところ勘良いよね本当に……)
嘘のようで嘘じゃない。彼らの答えの本質を突いたような言葉だが、兎崎はそれ以上その言葉を言及するつもりはないようだ。
「まっ、そういう事にしてあげるヨ」と、よく聞く台詞と共に会話は切り上げられた。
そこから約20分、勉学とはまるで関係のない談笑が続いたが、兎崎の腕白なまでの語りの中で物語を動かす事になる、とある質問が投げかけられた。
「そういえバ鬼離山くんって学年2位くらいなんだよネ?1位っテ誰なノ?」
(い、いわれてみれば)
一葉はそれまで考えもしなかった情報に興味を掻き立てられる。
考えてみれば学年2位と噂されているということは、彼を超える1位の生徒がいる事に他ならない。しかし一葉の頭ではその1位の人間の人物像がとてもでないが想像出来なかった。
(鬼離山くんよりって一体どんな…)
「…てっきり1位が誰なのかくらい知ってるものだと思ってたよ。…噂ってのはいい加減だ」
呟く彼はどこか怒りを覗かせていたが、その些細な様子に2人が気付くことはなかった。
そして一瞬訝しむような仕草を見せた後、彼は口を開く。
「…田中実。学年1位は田中実だ」
「……エ、田中くんナノ?」
「え、香織田中くんって…誰…?」
彼の出した名前は、一葉には思い当たる物がなかった。転校して間もない彼女とはいえ、勉学において学年1位のものの名前を聞いて思い当たらないとは考えもしていなかった。
「ユッキー!ホラ、同じクラスだヨ!同じクラスにいた田中実くん」
「田中実…ぁ、あのメガネしててオカッパの田中くん?」
「ぁあ、その田中だよ。この高校のNo.1はアイツだ」
(…ほ、本当に田中くんなの?)
一葉が疑問に思うのも無理は無かった。
田中実は、クラスでは影が薄く、とても1位という称号から想像される外見をした生徒ではないのだ。
メガネでオカッパ頭、勉学面は知る機会が無かったが、運動面では体育の授業中に酸欠になって倒れてしまうほどに脆弱な肉体を持つ男生徒。
そんな彼が、鬼離山桃太を差し置いて学年1位という称号を手にしているとは、一葉にはとても事実とは思えなかった。
「信じられないって顔してるな……」
「う、うん…失礼だとは思うけどそんな風には見えないもん…運動は転校して短い私でも分かるくらいダメダメだったと思うし…普段から1位なんて存在感もない…」
「トいうか…2組って勉強出来ない子ばっかりだったと思うんだケド……なんで1位の田中くんが2組ナノ?」
「…この高校のクラス分けってのは入学試験時の学力が基準だからな……」
(入学時…?)
化野川高校では、入学時に行われる基本科目4種の試験を元にクラス分けがなされる。
1組は成績上位の者達、2組は成績下位の者達。そして3組は成績とは関係のない特別な事情を持った生徒が集められる。
つまり田中実が2組に所属しているというのは、その際の田中の成績が下位であったことを意味する。
「じゃあ1年生の時は成績が良くなくて…その後必死に勉強して1位になったってこと…?そんな漫画みたいな……」
「確かに絵に描いたような物語だな。だが現実として、田中は俺より良い点数を取って、その成績を維持してる。間違いない本物の1位だよ。」
「成績下位から1番カァ…なんか夢のある話ダネ!」
「…うん。そうだね」
(そういう話聞くと、ちょっと恥ずかしくなっちゃうな…)
1位の人間の美談を語られて、一葉は赤点を取るか取らないかなどと滑走していた自らが恥ずかしく思えてしまう。
「別にお前らが悪いって訳じゃないから気にするな…勉強ってのは結局、将来の夢とかの為にやるもんだからな」
「ん、田中くんはそういう夢がアルってコト?知ってるのね、鬼離山くん」
「知ってるがそういうのは個人情報だから言わん…」
(ま、真面目……)
田中実の夢を知っている上で真面目過ぎる理由から鬼離山は答えなかった。しかし一葉にとっても兎崎にとっても、将来や夢とは他人事には出来ない言葉だった。
将来の夢。成人に近づく高校生にとっては決して考え過ぎることのない壮大な空想である。
「わたしは将来栄養士っテのいうのになるつもりなんダ!鬼離山くんはドウなノ?」
「…一応勉強会ってはずだったんだが…」
「う、うん。でも鬼離山くんの将来ってちょっと気になるな……ぁ」
(そ、そうだ…私はまだしも鬼離山くんは…)
言葉にしてすぐ一葉は自分の浅はかさを悔いる。
まるで普通の高校生のように話をしてしまったが、彼は普通とは言い難い世界に生きる獲得者だ。
その将来もあの組織で働くことを強いられていることは想像に難くない。
「ぁいや…やっぱり人の夢なんて軽く言い合って良いもんじゃないよ!個人情報個人情報!!!」
「ぇーユッキーまデお固いコトをーー」
一葉はそのまま会話を有耶無耶にしようと紛争する。しかし兎崎の追求は止まらず、その矛先は切り替わる。
「それじゃあ、ユッキーの夢ってナニ?」
「え!?…いや、私はまだ……なにも」
「ふむふむ少しアヤシイ反応ダネ。将来の夢は綺麗なお嫁さんとかだと見タ!」
「思い出したかのようにそういう話にするのやめて?」
話題を逸らそうとする一葉と再び色恋に話題を移そうとする兎崎に挟まれて、何も言わずにに鬼離山は黙り込んでいた。
しかし彼はひたすらに彼女達の言葉を聞き取っていた訳ではない。彼女達の言い合いに割って入る隙を探っていた訳でもない。
その場の話題とは異なることへ、思考を回していた、遠い遠い夢の景色の中へ移っていたのだ。
(夢…か………アイツは一体、どんな夢を見るはずだったんだろうな……)
彼は過去失われてしまったナニカに思いを馳せていた。
─それは、取り戻すことの出来ない夢の景色。
──それは、彼が取りこぼした大切なナニカ
胸の内とは、決して他者には視認できない。
しかし失われたいつかの思い出は、彼の心を突き動かし続ける。
「…鬼離山くん……?」
ほんの数秒間で、空想に浸っていた彼の思考を幸村一葉の言葉が引き戻す。
(ぁあなんでもない……)
彼はそう答えるつもりだったが、何故が言葉が声出ていなかった。何故かは彼自身にも分からない。
「どうしたの…?なんだかちょっと怖い顔になってるよ…?」
「なんでもない…大丈夫だ」
「大丈夫」彼はその言葉を最後に、一言も喋ることなく席を立った。
どこか神妙な彼の表情に、彼女達も何も言葉をかけられず、そのまま彼は図書室から去っていく。
そうして彼らの勉強会は、言葉に言い表せない不思議な空気に包まれたまま幕を閉じたのだった。
◯田中実と鬼離山桃太
田中実は決して頭の良い人間ではないが、現在の化野川高校2年生で1番の成績を維持している。
彼が1位になる前の入学試験では鬼離山桃太が最も高い成績で入学していたが、本人に1番を目指すような気概はなく、その後2位へ陥落した際も特別気に止めることなく生活している。
田中実はゲストキャラクターのような扱いなので、全国で1番多い名前を採用しています。
しかし一章のトリを飾る存在でもありますので、全国の田中実さんはご理解お願いします、




